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キャンピングカーで始める異世界スローライフ
第2話「九段下半蔵」
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俺の名前は九段下半蔵だ、ハンゾーって名前だが伊賀者の末裔でもなんでもない。
どこにでもいるしがない会社員、ブラック企業の社畜って奴だ。
そんな奴はいくらでも、それこそ履いて捨てるほどありふれている。
なんの自慢にもならないし、救いもない。
若いころは未熟なせいだって思っていたけれど、どうやらそれだけが原因ではないらしい。
会社ってのは社員をコキ使うことに意味を見出している。
若手には若手の、ベテランにはベテランの、限界ギリギリってのを見極めて……いや、見極めてなんかないな……ただ絞り尽くすんだ、可能な限り、あらゆる手段で……。
「やめだやめだ、ネガティブな考えはやめだ」
この独り言を聞く相手はいない。広い車内に虚しく響いた。
休日の朝を迎えている。二十連勤明けのひさしぶりの自由だ。
運転しているのはただの車じゃない。
リッチRV社の最高グレードのキャンピングカーであるECRAだ。
新車であれば二千万、三千万の代物だ。おっと、レンタカーじゃないぞ?
名実ともに俺のマイカーだ。諸事情でオーナーを転々としたそうだが、中古車としては驚くほど綺麗で、新車と殆ど変わらない。
値段もそれ相応だったが、頭金は三十過ぎまでボロアパートに住み続け、半額惣菜で食い繋いで貯めた金で工面した。
残りは二十年のローンだ。
それなら家でも買えと言われそうだが……俺が欲しかったのは、家じゃない……。
なんなら、本質的にはキャンピングカーですらない……。
「欲しかったのは、自由だよ」
また、声が出ちまった。
嫌がらせのように仕事を押し付ける上司も、イジりだけが得意な後輩も、この場にはいない。
なにもかも忘れられる時間。俺だけの空間、居場所ってやつだ。
恋人が欲しくないと言えば嘘になるが、いまはゆったりと流れる時間の優先度が上だ。
話相手に犬か猫でも飼おうかと考えたことはあるが、朝早く出て、夜遅く帰る俺が主人だと、ペットも可哀想だ。
俺はひとりだ。でも、それでいいんだ。ひとりになりたいんだ……。
ブッ! ブッ! ブーッ!
「やべっ!」
クラクションが鳴った。
鳴らしたのは俺じゃない、俺は鳴らされた方だ。なんなら煽られてる……くそぉ……こえーよ……。
都会の独り身に車なんて分不相応だ、生まれてこの方マイカーを持ったことはなかった。このECRAがはじめての車になる。
いまは県境の峠を走ってる。
深い森を見渡す景色は最高だが、同時に切り立った崖、山の傾斜に沿ってうねる峠道……俺には荷が重い。
ブーーーーーッッッ!!
「嘘だろ!? ぶつかってないかっ!?」
スポーツカー?
車には詳しくない。軽自動車と普通車の違いくらいしかわからない。だが、とにかく青くて速そうな車がピタリ後ろにくっついてくる。
ブーブーブーブーッッッ!!
「くそ! なんだよ! 先にいけば良いだろ!?」
それが無理なのは頭では理解している。
視界の悪い峠道だ、追い越しのための余白なんてない。
それでも、スポーツカーなんてものに乗ってる運転自慢なんだから、パッパッと追い越せよっ……と、そう思う。
「おいっ! いまぶつけてきたろっ!?」
走ってるだけじゃありえない衝撃が伝わってきた。
おそらくぶつけてきたのだ。いくらなんでもそれはないだろう、もう事故だ。
「深呼吸っ! 深呼吸だっ! スー! ハーッ! スーッ! ハーッ! スッスハー! スッスハー!」
深呼吸の筈が、あまりの緊張感に、妊婦のリズムになる。
こいつから離れなければいけない。速度、速度を上げるんだ。
アクセルをベタ踏みした。
フルコンの車体だが、思いのほかスピードが出た。
自重に振り回されてハンドルが暴れる、そして、その暴れ馬を制御するテクニックが俺にはない。
金に輝くゴールド免許は伊達じゃないんだ――
「――うっそっだろっ!」
脳天に響く衝撃と音の後に、突如として目の前が開けた。
ジェットコースターで下りになったときのあの感覚、下半身がヒヤっとする浮遊感。
俺は、俺のECRAはガードレールを飛び越えて、いま、空中にいる。
どこにでもいるしがない会社員、ブラック企業の社畜って奴だ。
そんな奴はいくらでも、それこそ履いて捨てるほどありふれている。
なんの自慢にもならないし、救いもない。
若いころは未熟なせいだって思っていたけれど、どうやらそれだけが原因ではないらしい。
会社ってのは社員をコキ使うことに意味を見出している。
若手には若手の、ベテランにはベテランの、限界ギリギリってのを見極めて……いや、見極めてなんかないな……ただ絞り尽くすんだ、可能な限り、あらゆる手段で……。
「やめだやめだ、ネガティブな考えはやめだ」
この独り言を聞く相手はいない。広い車内に虚しく響いた。
休日の朝を迎えている。二十連勤明けのひさしぶりの自由だ。
運転しているのはただの車じゃない。
リッチRV社の最高グレードのキャンピングカーであるECRAだ。
新車であれば二千万、三千万の代物だ。おっと、レンタカーじゃないぞ?
名実ともに俺のマイカーだ。諸事情でオーナーを転々としたそうだが、中古車としては驚くほど綺麗で、新車と殆ど変わらない。
値段もそれ相応だったが、頭金は三十過ぎまでボロアパートに住み続け、半額惣菜で食い繋いで貯めた金で工面した。
残りは二十年のローンだ。
それなら家でも買えと言われそうだが……俺が欲しかったのは、家じゃない……。
なんなら、本質的にはキャンピングカーですらない……。
「欲しかったのは、自由だよ」
また、声が出ちまった。
嫌がらせのように仕事を押し付ける上司も、イジりだけが得意な後輩も、この場にはいない。
なにもかも忘れられる時間。俺だけの空間、居場所ってやつだ。
恋人が欲しくないと言えば嘘になるが、いまはゆったりと流れる時間の優先度が上だ。
話相手に犬か猫でも飼おうかと考えたことはあるが、朝早く出て、夜遅く帰る俺が主人だと、ペットも可哀想だ。
俺はひとりだ。でも、それでいいんだ。ひとりになりたいんだ……。
ブッ! ブッ! ブーッ!
「やべっ!」
クラクションが鳴った。
鳴らしたのは俺じゃない、俺は鳴らされた方だ。なんなら煽られてる……くそぉ……こえーよ……。
都会の独り身に車なんて分不相応だ、生まれてこの方マイカーを持ったことはなかった。このECRAがはじめての車になる。
いまは県境の峠を走ってる。
深い森を見渡す景色は最高だが、同時に切り立った崖、山の傾斜に沿ってうねる峠道……俺には荷が重い。
ブーーーーーッッッ!!
「嘘だろ!? ぶつかってないかっ!?」
スポーツカー?
車には詳しくない。軽自動車と普通車の違いくらいしかわからない。だが、とにかく青くて速そうな車がピタリ後ろにくっついてくる。
ブーブーブーブーッッッ!!
「くそ! なんだよ! 先にいけば良いだろ!?」
それが無理なのは頭では理解している。
視界の悪い峠道だ、追い越しのための余白なんてない。
それでも、スポーツカーなんてものに乗ってる運転自慢なんだから、パッパッと追い越せよっ……と、そう思う。
「おいっ! いまぶつけてきたろっ!?」
走ってるだけじゃありえない衝撃が伝わってきた。
おそらくぶつけてきたのだ。いくらなんでもそれはないだろう、もう事故だ。
「深呼吸っ! 深呼吸だっ! スー! ハーッ! スーッ! ハーッ! スッスハー! スッスハー!」
深呼吸の筈が、あまりの緊張感に、妊婦のリズムになる。
こいつから離れなければいけない。速度、速度を上げるんだ。
アクセルをベタ踏みした。
フルコンの車体だが、思いのほかスピードが出た。
自重に振り回されてハンドルが暴れる、そして、その暴れ馬を制御するテクニックが俺にはない。
金に輝くゴールド免許は伊達じゃないんだ――
「――うっそっだろっ!」
脳天に響く衝撃と音の後に、突如として目の前が開けた。
ジェットコースターで下りになったときのあの感覚、下半身がヒヤっとする浮遊感。
俺は、俺のECRAはガードレールを飛び越えて、いま、空中にいる。
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