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異世界でガソリンを手に入れる方法
第16話「オハナバタケ・ギャル美」
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『”マスター“……なんと情けない奴……オマエのような“弱者”に握られたこと。我が“剣生”において一度たりともなし』
「うるさいっ! 生まれてこのかた、喧嘩なんかしたことないんだよ! ドラゴンなら倒したことがあるけどな!」
ドラゴンブレイカー――それが俺、九段下半蔵の称号だ。
異世界エルグランデでは、強力な存在を打ち倒した者に、通り名が与えられる習わしだそうだ。
先の一件で、グリーンドラゴンを討伐……といっても、腹の中で暴れまわって、嫌がらせをしただけだ。
ドラゴンに傷ひとつつけることなく(尻は痛めつけてやったつもりだが)、退けただけ。
だから「竜を休ませし者」。壊すほうじゃない、休憩のほうのブレイクだ。
『“体”だけではなく、“心”も伴っていない。これは“喧嘩”ではない“命”のやりとりだ』
「だったら黙っててくれ! 気が散って殺されるっ! あとおまえは剣じゃない斧だっ!」
「ハンゾー! ひとりでなにを喋っている! 口ではなく手を動かせっ! 気でもふれたかっ!」
背中合わせの大声に、耳鳴りがした。
メイド服姿のダークエルフが、俺の背後を守るように立っている。
「足手まといにはなるなよっ! 武装展開っ!」
リーシャーはそう言いつつ、右手を掲げた。
人差し指と中指を揃え、空中を切り裂くように走らせる。
指先が通った軌跡に、淡い光の線が残った。
カクカクとした直線の組み合わせ。漢字のようにも見えるが、読むことはできない。
『反面この女は“できる”と言っていい。古代エルフ語、いわゆるルーン文字だ。たった一文字に百の文脈をもち、その高速詠唱を持って“武装領域”より千の武具を――』
「説明どうも! そして黙ってろ……って、うおおぉぉぉ!!」
しなりを持って襲いかかる蔓が、足元をビシビシと払った。
「あぶねぇ!」
ドンッ!
腰が引けた拍子にリーシャーにぶつかった。
「貴様っ! 邪魔するんじゃないっ!」
返ってきたのは罵倒だった。
続けざまに振るわれたのは大鎌。彼女の背丈とおなじ長さで、刃は大きく湾曲している。
首でも刈られるのかとヒヤっとしたが、その斬撃は、攻撃ではなく防御に使われた。
俺に向かってつぎつぎと飛んでくる蔓を斬り払っていく。
背をぶつけた際に、ビクともしない力強さは感じた。
だが、その背中は案外、小さくて、女の子なんだと思った。
「フンッ!」
彼女が大鎌を振り抜くたび、風が吹いた。
空間ごと両断するように、木々が倒れていく。
いや、どこが女の子だ。
「おいおいおい! なんか俺ばっかり狙われてないか⁉」
リーシャーは派手に暴れている。俺は膝を折って縮こまっている。
なのに、すべての攻撃は俺に向けられていた。
目立たないようにしてるつもりなんだ。こんなの理屈に合わないだろう。
『“アルラウネ”だ。オマエだけが狙われるのは道理だろう』
「なんだその道理は! 知らん!」
目の前にいる魔物? は、裸の女達だった。
もっと正確に表現するなら、素肌と似たような色のドレスを着た女達、だろうか。
髪の色は緑。それを白に近づけるように薄くした肌色。
胸元と腰回りを申し訳程度に花びらが覆っている。隠しているというより、強調しているようにしか見えない。
ところどころ、蔓が肌に絡みついて、柔らかそうな部分に食い込んでいた。
目のやり場に困る。だが、そんなこと言って目を離すわけにはいかない。
女達が俺たちを取り囲み、蔓の鞭がビュンビュンと音を立てて、俺に襲い掛かってきているんだからな。
「戦う気がないなら頭を下げていろ! 役立たずがっ!」
最後の一言は余計だと思うが、もう慣れた。
リーシャーの口の悪さは彼女の個性だ。そう言い聞かせないと、精神が持たないからな。
実際、頭を抱えてうずくまっているだけだ。役立たずで間違いない。
『“アルラウネ”は“男”のみを喰らう。捕食植物だ』
「肉食系女子⁉」
森ガールの進化版みたいな感じだろうか。
捕食するために、色香じゃなくて、物理攻撃をしてくるこの感じ。どう考えても退化だろう。
野蛮過ぎておじさんには理解できない。
「ずっとひとりでうるさいぞハンゾー! くそっ! 数が多すぎるっ!」
アルラウネはその場から動かない。地面に根を張っているかのようだ。
『ふむ。“マスター”オマエのせいだ。このエルフはオマエの“守り”に手一杯になっている』
悔しいが同感だった。
四方八方から飛んでくる蔓を、リーシャーは一本残らず斬り払っている。
だが、それだけだ。防戦一方で、反撃に転じる隙がない。
アルラウネ達は不気味な笑みを浮かべたまま、攻撃の手を緩めない。
ピシィッ!
「――痛ッッッ⁉」
リーシャーが初めて被弾した。
メイド服の肩口が弾けて、褐色の地肌が露わになる。
鮮血がじわりと布地を濡らした。
「リーシャー!」
「なにもできないならせめて口を閉じていろっ!」
これは口の悪さとは関係がない。
防御に必死で、俺に構っていられないのだろう。
「くっ……!」
筋の悪い判断だったと思う。
俺にもなにかできることはないのかと、立ち上がってしまった。
結果としてリーシャーの動きを阻害し、敵にとっての的を大きくしてしまった。
「ハンゾー‼」
「しまっっっっ‼」
緑色のなにかが視界を横切った。蔓だと気づいた時にはもう遅い。
バシィン――
「なにぃ⁉」
リーシャーが驚きの声を上げた。
「なんだってぇ⁉」
俺はもっと大きな声で驚いた。
『やれやれ“マスター”。オマエの“役目”は我を振るい“姫”を守ることだ。守られてどうする』
右手に持ったバトルアックス――聖剣アルファードが蔓をパリィした。
ひとりでに勝手に動いたわけではない、俺の体が俺の意思に関係なく動き、アルファードを振るったんだ。
『“実践教育”だ。言葉では語らん。“体”で覚えろ』
「なんだってんだよっ!」
このやりとりの間も敵は待ってはくれなかった。
波のように攻撃が押し寄せてくる。
その攻撃を俺の体を操るアルファードがすべて打ち返していく。
『ほれほれ。こっちだこっち。“前”を見ろ。“視界”を狭めるな。すべての動きを“六感”で感じ取れ』
べらべらとうるさすぎる。語らないんじゃなかったのか、と頭に過るが口には出せなかった。
運動不足の体が、飛んで跳ねて、腕を振るうたびに悲鳴を上げる。
「ぐぉおおおおっっ‼」
「ハンゾーっ! どうした⁉ 大丈夫なのか⁉」
アルファードの実践は的確なのだと思う。
だが、なにをやってるのか、どんな動きなのか自分でもよく分からなかった。
しかし、一度として攻撃を受けた様子はない。
延々と繰り返される攻撃をすべて跳ね返していた。
「よくわからんがっ! これならいけるぞっ!」
リーシャーが傍を離れた。
大鎌を構えたまま、アルラウネに突進していく。
濃紺のスカートがふわりと広がり、白いエプロンが風に舞った。
ドヒュン――
大鎌が三日月のように閃いた。
「おわっ! 首っ! 首いぃ!!」
アルラウネの頸がスポーンと飛んだ。
整った顔立ちが、宙を舞う。美人の生首ほど生々しいものはない。
それを見て正気でいられたのは、血しぶきが緑色だったからだろう。
血ではなく、汁なんだと自分に言い聞かせることができた。
『“人”ではない。“植物”だ。森を傷つけるのは手慣れたものだろう? “人間”』
俺の戸惑いを見抜いたような言葉を、アルファードが飛ばしてきた。
無駄に皮肉を効かせているので少しイラっとしたが、応える間もなく次の行動に移された。
『我々も征くぞ"マスター"!』
腕を引っ張られるような感覚を覚えた。
俺の意思ではなく、アルファードの意思で俺の体が動いている。
視認すらできない蔓の一撃を、紙一重で避けていく。
避けながら、前へ。一歩、また一歩、アルラウネとの距離が縮まる。
「うぉ! うぉ~~~! 近いっ!」
気づけば、目の前にアルラウネがいた。
目が合った。そこで初めて人間ではないんだと確信した。
目もある。鼻もある。口も、眉毛も、そのまま人間だ。
だが、瞳に光がない。異常なまでに精巧なマネキンのような物体がそこにあるだけだ。
ブンッ――
そんなことするつもりは無かったが、アルファードを女の頭めがけて振り下ろした。
ドビュシューッッ!
硬い物を砕く感触を想像していたが、実際には薄い手ごたえだった。
汁を含んだ風船でも引き裂くように、頭から臀部に沿って一刀両断した。
「うげぇ……」
人間ではないとはいえ、気持ちのよいものではなかった。
罪悪感は感じないが、人を殺める気持ちは理解できたかもしれない。
そこからは一方的だった。
俺がひとり……いや、一体駆除するたびに、リーシャーは三体駆除していた。
大鎌をくるくると振り回し、ものすごいスピードで彼女は舞っていた。
濃紺色のメイド服に、無骨な大鎌は不釣り合いだったが、洗練されたその動きには美しさすら感じられた。
「さぁ、残り一体だ。貴様のほうが近い、貴様がやれ」
リーシャーがそう口にした瞬間に、もうなにも手にしていなかった。
彼女はあらゆる武器を使いこなすウェポンマスターだ。
すべての戦況に対応できるだけの武器を、武装空間と呼ばれる別次元に保管しているそうだ。
片付けが得意なメイドらしい能力だなと思う。
アルラウネをあれだけぐちゃぐちゃにしていたのに、汁の飛び散りはすべてエプロンで受け止められていた。メイド服には一滴の染みもない。
リーシャーは汚れたエプロンを外し、それも武装空間にしまった。
乱れた前髪を指ですき、ふぅと小さく息をつく。まるで庭掃除でも終えたかのような仕草だった。
『“マスター”。最後まで“油断”はするな』
アルファードに促されるまま、俺はあたりに視線を向けた。
一面に美女の死体が散乱している。ほとんど猟奇殺人事件の現場といった有様だが、ビュッビュと吹き出す汁が赤くないのが救いだった。
少し奥のほうに、頭を抱えてうずくまる一体を見つけた。
「……攻撃してこない?」
『“油断”をするなと言ったぞ“マスター”。“擬態”は植物の“生存戦略”だ』
つまり、俺が背を向けた瞬間にズドン――ということか。
覚悟を決めて、油断なく歩みを進めた。
『“マスター”。最後くらい自分で“やれ”』
「ええっ……まじかよ……さっきまでのも、自分でやってたのと変わらねーだろ……」
リーシャーがじーっとこちらを見ている。
腕を組んで、指でトントン、足もトントンと、明らかに苛立っているのがわかる。
その態度と目が「早くしろ」と急かしていた。
「……くそ……こいつは人間じゃない……人間じゃないんだ……」
ラスト一体のアルラウネに近寄り、アルファードを握る拳に力を込めた。
手が汗ばむが、滑り止め加工のされたグリップはギュッと手になじんだ。
「……薪割りの要領……薪割りの要領だ……」
ブツブツと呟きながら、腕を振り上げた。
おびえるアルラウネと目があった。
ん? おびえている……のか?
「ちょっ! まった! 人間っ! あたし人間だからっ!」
目に光がある。表情がある。なにより喋っている。
肌の色は同じだが、髪の毛が薄いピンク色で、他の個体とは明確に違った。
「見てわかるっしょっ! 人間だから! 殺したらガチで呪うからね! クソおぢっ!」
よく見れば、目元にはガッツリとアイシャドウが塗られている。
つけまつ毛か? いや、マツエクか? どっちでもいいが、とにかく盛られている。
自然ではない、明らかに人の手が加わっていた。
他のアルラウネ達はナチュラルメイク。というか、ノーメイクだった。
なにも足さず、引き算もせず、素体そのままの自然美。
だが、このアルラウネは、「自然」と、「作られた美」が同居していた。
ふと歳の離れた姪っ子を思い出す。
高校生になった瞬間にメイクに目覚め、まずは雰囲気が変わった。同時に俺への態度も変わった。
「ほらぁ! はやくそれしまってってば! あたしなにも悪いことしてなくない⁉」
これが、俺とコイツ。
花の錬金術師――オハナバタケ・ギャル美との最初の出会いであった。
「うるさいっ! 生まれてこのかた、喧嘩なんかしたことないんだよ! ドラゴンなら倒したことがあるけどな!」
ドラゴンブレイカー――それが俺、九段下半蔵の称号だ。
異世界エルグランデでは、強力な存在を打ち倒した者に、通り名が与えられる習わしだそうだ。
先の一件で、グリーンドラゴンを討伐……といっても、腹の中で暴れまわって、嫌がらせをしただけだ。
ドラゴンに傷ひとつつけることなく(尻は痛めつけてやったつもりだが)、退けただけ。
だから「竜を休ませし者」。壊すほうじゃない、休憩のほうのブレイクだ。
『“体”だけではなく、“心”も伴っていない。これは“喧嘩”ではない“命”のやりとりだ』
「だったら黙っててくれ! 気が散って殺されるっ! あとおまえは剣じゃない斧だっ!」
「ハンゾー! ひとりでなにを喋っている! 口ではなく手を動かせっ! 気でもふれたかっ!」
背中合わせの大声に、耳鳴りがした。
メイド服姿のダークエルフが、俺の背後を守るように立っている。
「足手まといにはなるなよっ! 武装展開っ!」
リーシャーはそう言いつつ、右手を掲げた。
人差し指と中指を揃え、空中を切り裂くように走らせる。
指先が通った軌跡に、淡い光の線が残った。
カクカクとした直線の組み合わせ。漢字のようにも見えるが、読むことはできない。
『反面この女は“できる”と言っていい。古代エルフ語、いわゆるルーン文字だ。たった一文字に百の文脈をもち、その高速詠唱を持って“武装領域”より千の武具を――』
「説明どうも! そして黙ってろ……って、うおおぉぉぉ!!」
しなりを持って襲いかかる蔓が、足元をビシビシと払った。
「あぶねぇ!」
ドンッ!
腰が引けた拍子にリーシャーにぶつかった。
「貴様っ! 邪魔するんじゃないっ!」
返ってきたのは罵倒だった。
続けざまに振るわれたのは大鎌。彼女の背丈とおなじ長さで、刃は大きく湾曲している。
首でも刈られるのかとヒヤっとしたが、その斬撃は、攻撃ではなく防御に使われた。
俺に向かってつぎつぎと飛んでくる蔓を斬り払っていく。
背をぶつけた際に、ビクともしない力強さは感じた。
だが、その背中は案外、小さくて、女の子なんだと思った。
「フンッ!」
彼女が大鎌を振り抜くたび、風が吹いた。
空間ごと両断するように、木々が倒れていく。
いや、どこが女の子だ。
「おいおいおい! なんか俺ばっかり狙われてないか⁉」
リーシャーは派手に暴れている。俺は膝を折って縮こまっている。
なのに、すべての攻撃は俺に向けられていた。
目立たないようにしてるつもりなんだ。こんなの理屈に合わないだろう。
『“アルラウネ”だ。オマエだけが狙われるのは道理だろう』
「なんだその道理は! 知らん!」
目の前にいる魔物? は、裸の女達だった。
もっと正確に表現するなら、素肌と似たような色のドレスを着た女達、だろうか。
髪の色は緑。それを白に近づけるように薄くした肌色。
胸元と腰回りを申し訳程度に花びらが覆っている。隠しているというより、強調しているようにしか見えない。
ところどころ、蔓が肌に絡みついて、柔らかそうな部分に食い込んでいた。
目のやり場に困る。だが、そんなこと言って目を離すわけにはいかない。
女達が俺たちを取り囲み、蔓の鞭がビュンビュンと音を立てて、俺に襲い掛かってきているんだからな。
「戦う気がないなら頭を下げていろ! 役立たずがっ!」
最後の一言は余計だと思うが、もう慣れた。
リーシャーの口の悪さは彼女の個性だ。そう言い聞かせないと、精神が持たないからな。
実際、頭を抱えてうずくまっているだけだ。役立たずで間違いない。
『“アルラウネ”は“男”のみを喰らう。捕食植物だ』
「肉食系女子⁉」
森ガールの進化版みたいな感じだろうか。
捕食するために、色香じゃなくて、物理攻撃をしてくるこの感じ。どう考えても退化だろう。
野蛮過ぎておじさんには理解できない。
「ずっとひとりでうるさいぞハンゾー! くそっ! 数が多すぎるっ!」
アルラウネはその場から動かない。地面に根を張っているかのようだ。
『ふむ。“マスター”オマエのせいだ。このエルフはオマエの“守り”に手一杯になっている』
悔しいが同感だった。
四方八方から飛んでくる蔓を、リーシャーは一本残らず斬り払っている。
だが、それだけだ。防戦一方で、反撃に転じる隙がない。
アルラウネ達は不気味な笑みを浮かべたまま、攻撃の手を緩めない。
ピシィッ!
「――痛ッッッ⁉」
リーシャーが初めて被弾した。
メイド服の肩口が弾けて、褐色の地肌が露わになる。
鮮血がじわりと布地を濡らした。
「リーシャー!」
「なにもできないならせめて口を閉じていろっ!」
これは口の悪さとは関係がない。
防御に必死で、俺に構っていられないのだろう。
「くっ……!」
筋の悪い判断だったと思う。
俺にもなにかできることはないのかと、立ち上がってしまった。
結果としてリーシャーの動きを阻害し、敵にとっての的を大きくしてしまった。
「ハンゾー‼」
「しまっっっっ‼」
緑色のなにかが視界を横切った。蔓だと気づいた時にはもう遅い。
バシィン――
「なにぃ⁉」
リーシャーが驚きの声を上げた。
「なんだってぇ⁉」
俺はもっと大きな声で驚いた。
『やれやれ“マスター”。オマエの“役目”は我を振るい“姫”を守ることだ。守られてどうする』
右手に持ったバトルアックス――聖剣アルファードが蔓をパリィした。
ひとりでに勝手に動いたわけではない、俺の体が俺の意思に関係なく動き、アルファードを振るったんだ。
『“実践教育”だ。言葉では語らん。“体”で覚えろ』
「なんだってんだよっ!」
このやりとりの間も敵は待ってはくれなかった。
波のように攻撃が押し寄せてくる。
その攻撃を俺の体を操るアルファードがすべて打ち返していく。
『ほれほれ。こっちだこっち。“前”を見ろ。“視界”を狭めるな。すべての動きを“六感”で感じ取れ』
べらべらとうるさすぎる。語らないんじゃなかったのか、と頭に過るが口には出せなかった。
運動不足の体が、飛んで跳ねて、腕を振るうたびに悲鳴を上げる。
「ぐぉおおおおっっ‼」
「ハンゾーっ! どうした⁉ 大丈夫なのか⁉」
アルファードの実践は的確なのだと思う。
だが、なにをやってるのか、どんな動きなのか自分でもよく分からなかった。
しかし、一度として攻撃を受けた様子はない。
延々と繰り返される攻撃をすべて跳ね返していた。
「よくわからんがっ! これならいけるぞっ!」
リーシャーが傍を離れた。
大鎌を構えたまま、アルラウネに突進していく。
濃紺のスカートがふわりと広がり、白いエプロンが風に舞った。
ドヒュン――
大鎌が三日月のように閃いた。
「おわっ! 首っ! 首いぃ!!」
アルラウネの頸がスポーンと飛んだ。
整った顔立ちが、宙を舞う。美人の生首ほど生々しいものはない。
それを見て正気でいられたのは、血しぶきが緑色だったからだろう。
血ではなく、汁なんだと自分に言い聞かせることができた。
『“人”ではない。“植物”だ。森を傷つけるのは手慣れたものだろう? “人間”』
俺の戸惑いを見抜いたような言葉を、アルファードが飛ばしてきた。
無駄に皮肉を効かせているので少しイラっとしたが、応える間もなく次の行動に移された。
『我々も征くぞ"マスター"!』
腕を引っ張られるような感覚を覚えた。
俺の意思ではなく、アルファードの意思で俺の体が動いている。
視認すらできない蔓の一撃を、紙一重で避けていく。
避けながら、前へ。一歩、また一歩、アルラウネとの距離が縮まる。
「うぉ! うぉ~~~! 近いっ!」
気づけば、目の前にアルラウネがいた。
目が合った。そこで初めて人間ではないんだと確信した。
目もある。鼻もある。口も、眉毛も、そのまま人間だ。
だが、瞳に光がない。異常なまでに精巧なマネキンのような物体がそこにあるだけだ。
ブンッ――
そんなことするつもりは無かったが、アルファードを女の頭めがけて振り下ろした。
ドビュシューッッ!
硬い物を砕く感触を想像していたが、実際には薄い手ごたえだった。
汁を含んだ風船でも引き裂くように、頭から臀部に沿って一刀両断した。
「うげぇ……」
人間ではないとはいえ、気持ちのよいものではなかった。
罪悪感は感じないが、人を殺める気持ちは理解できたかもしれない。
そこからは一方的だった。
俺がひとり……いや、一体駆除するたびに、リーシャーは三体駆除していた。
大鎌をくるくると振り回し、ものすごいスピードで彼女は舞っていた。
濃紺色のメイド服に、無骨な大鎌は不釣り合いだったが、洗練されたその動きには美しさすら感じられた。
「さぁ、残り一体だ。貴様のほうが近い、貴様がやれ」
リーシャーがそう口にした瞬間に、もうなにも手にしていなかった。
彼女はあらゆる武器を使いこなすウェポンマスターだ。
すべての戦況に対応できるだけの武器を、武装空間と呼ばれる別次元に保管しているそうだ。
片付けが得意なメイドらしい能力だなと思う。
アルラウネをあれだけぐちゃぐちゃにしていたのに、汁の飛び散りはすべてエプロンで受け止められていた。メイド服には一滴の染みもない。
リーシャーは汚れたエプロンを外し、それも武装空間にしまった。
乱れた前髪を指ですき、ふぅと小さく息をつく。まるで庭掃除でも終えたかのような仕草だった。
『“マスター”。最後まで“油断”はするな』
アルファードに促されるまま、俺はあたりに視線を向けた。
一面に美女の死体が散乱している。ほとんど猟奇殺人事件の現場といった有様だが、ビュッビュと吹き出す汁が赤くないのが救いだった。
少し奥のほうに、頭を抱えてうずくまる一体を見つけた。
「……攻撃してこない?」
『“油断”をするなと言ったぞ“マスター”。“擬態”は植物の“生存戦略”だ』
つまり、俺が背を向けた瞬間にズドン――ということか。
覚悟を決めて、油断なく歩みを進めた。
『“マスター”。最後くらい自分で“やれ”』
「ええっ……まじかよ……さっきまでのも、自分でやってたのと変わらねーだろ……」
リーシャーがじーっとこちらを見ている。
腕を組んで、指でトントン、足もトントンと、明らかに苛立っているのがわかる。
その態度と目が「早くしろ」と急かしていた。
「……くそ……こいつは人間じゃない……人間じゃないんだ……」
ラスト一体のアルラウネに近寄り、アルファードを握る拳に力を込めた。
手が汗ばむが、滑り止め加工のされたグリップはギュッと手になじんだ。
「……薪割りの要領……薪割りの要領だ……」
ブツブツと呟きながら、腕を振り上げた。
おびえるアルラウネと目があった。
ん? おびえている……のか?
「ちょっ! まった! 人間っ! あたし人間だからっ!」
目に光がある。表情がある。なにより喋っている。
肌の色は同じだが、髪の毛が薄いピンク色で、他の個体とは明確に違った。
「見てわかるっしょっ! 人間だから! 殺したらガチで呪うからね! クソおぢっ!」
よく見れば、目元にはガッツリとアイシャドウが塗られている。
つけまつ毛か? いや、マツエクか? どっちでもいいが、とにかく盛られている。
自然ではない、明らかに人の手が加わっていた。
他のアルラウネ達はナチュラルメイク。というか、ノーメイクだった。
なにも足さず、引き算もせず、素体そのままの自然美。
だが、このアルラウネは、「自然」と、「作られた美」が同居していた。
ふと歳の離れた姪っ子を思い出す。
高校生になった瞬間にメイクに目覚め、まずは雰囲気が変わった。同時に俺への態度も変わった。
「ほらぁ! はやくそれしまってってば! あたしなにも悪いことしてなくない⁉」
これが、俺とコイツ。
花の錬金術師――オハナバタケ・ギャル美との最初の出会いであった。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
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