奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

文字の大きさ
43 / 67
『河東の乱編』 天文六年(一五三七年)

第43話 松井宗信って知ってる?

しおりを挟む
 二俣城に静と仙がやってきた。
 輿入れでは無いので、懸川城の家人に付き添われ徒歩で。馬でも中々の距離があるというに、あのめんどくさがりの友ちゃんが徒歩で来るとは。

 色々とやんごとなき事情により妾を迎える事になったと、すずなには正直に話した。一瞬ムッとした顔をされたが、その後すぐに笑顔に戻った。正直、冷や汗をかくほど怯んだが、どうやらわかってはくれた様子。

 ほっとしたのも束の間、翌日花月院に呼び出されしこたま叱られた。

「五郎八郎殿、事前に奥方に何の相談も無く新しい妾を囲うとか、いかなる了見なのですか?」

 同じ事を家人の藤四郎に指摘されたから、菘に報告したのだが……

「そもそも! 菘様が懐妊された時に、妾なら用意して差し上げたではありませんか! 器量器量とうるさい五郎八郎殿の目に叶うようにと、菘様と一緒になって見つけた『まい』の、何がそんなに気に入らなかったのか、手も付ずに放置して」

 いやそれは……妻が妊娠中だからと別の女子に横恋慕するのもと思ったからであって……

「それが何ですか! ちょっと戦に行ったら、相手の姫君を戦利品かの如く連れて帰ってくるとか。どこの賊の所業ですか!」

 それはさすがに誤解だと反論しようとも思ったのだが……だまらっしゃいと怒鳴られるのが目に見えている。例え話の言葉尻をとらえるなと。

「あの……帰ってから舞殿の姿が見えぬのですが……」

 花月院はじろりと五郎八郎を睨み、はあと呆れたようにため息をついた。

「舞でしたら和田八郎二郎に下げ渡しました。手も付けなかったのですから構わないでしょ?」

 正直悔しさで涙が出そうだった。
 なんであそこまでの美女を八郎二郎なんぞに!
 で、なんでこっちは友江なんだよ!
 くそっ!

「今回はもう過ぎてしまった事だからやむを得ませんが、次回からはかような事の無きよう!」

 渋々「はい」と返事をすると、声が小さいと叱られてしまったのであった。


 やってきた静と仙を見て、どう扱ったものだろうと頭を抱えた。友ちゃんの性格からして、絶対大人しくしていてくれるわけがない。菘と喧嘩でもされたらどうしよう。
 思わずため息が漏れる。

 静は人の顔を見て悪戯っぽい顔をし、しおらしく「お世話になります」などと言ってきた。
 そんな事を言われても、飢えない程度に食事の世話くらいしかしてやる気はない。大体、妾と言ったって友ちゃんとそんな関係になれるわけがない。そもそもこちらは家庭のある身なわけで。

 色々な意味で何でこんな事になったのやら……

「部屋は又六に案内させるから、落ち着いたら花月院殿とうちの内儀に挨拶を頼むよ」

 そう言ってそそくさとその場を逃げ出したのだった。


「へえ。本当に宗太が松井宗信だったんだ。凄いじゃん! 今川家のNo.4なんでしょ。歴史の流れを知ってるからって言ってもさ、よく上手い事流れに乗れたよね」

 静こと友江は、先日兄備中守の持ってきた茶葉でお茶を淹れている。
 すでに花月院と菘には挨拶を済ませてきたようで、仙は菘の侍女の露草に城内を案内してもらっている。ちなみに露草は、先日家人の篠瀬藤三郎と夫婦になっている。

「昔、プレステ2で発売された織田軍の部隊を動かすってレトロゲーム、飽きるほどやってたからね。ところでさ、友ちゃんは松井宗信って人の事知ってる? 僕、知らないんだよね」

 すると友江は茶碗を差し出し「多少は知っている」と回答。この辺りが有名人の伝記とゲームから歴史に詳しくなっていった僕と、広く歴史への興味からゲームにも興味を示していった友江との差だろうか。

 友江の話によると、今川家中ではかなりの戦上手な人物で今川義元の側近だったらしい。桶狭間の戦いで義元の本陣の前に陣取っていて義元より先に討死してしまった。残念ながら友江も知ってる知識の全てがそれらしい。

「マイナー武将には違いないよね。ドが付くレベルの。宗太がよくやってた会社のゲームには出て無かったけど、私がハマってたカード使うゲームには出てたよ。今川のデッキだと低コストのわりに制圧持ちで使えるカードだったんだよね。(玉砕スキル持ちだから囮に最適……)」

 その説明で思い出した。一時期三人でドハマリしてた、ゲームセンターのあのカードを前後させるやつだ。
 そういえば友江は今川デッキだったな。僕は上杉デッキだったんだよね。

「つまりは、このままいくと待っているのは桶狭間での討死エンドって事か。何とかして矯正力を乗り越えてバッドエンディングを回避しないとなあ」

 「矯正力って何の事?」とたずねる友江に、先日の義元の命名の話をし、どうやら歴史を捻じ曲げようとしても本来の歴史に引き戻そうとする強い力が働くらしいと説明した。

「ふぅん。じゃあさ、この間の花倉の乱って、全部史実通りだったって事? 実際に私みたいな変な姫様が朝比奈家にいて、北条綱成つなしげの奥さんになってたって事?」

 『変な姫様』って……自分でそれを言うかなあ。
 そもそも花倉の乱の詳細なんて知らないし、史実通りかどうか問われてもわかるわけがない。

 ……え?

「今何て? 北条綱成? 何でここに北条綱成が出てくるの?」

 意味が分からないと言う宗太に友江は逆に驚いている。結構有名な話だと思うのにと。

「『地黄じき八幡はちまん』で有名な玉縄たまなわ城主の北条綱成って福島正成の子なんだよ。まさか四人もいるとは思わなかったけど、でもうちの一人は綱成のはず。恐らく私の夫だった孫九郎って人がその人だと思うんだよね」

 宗太のやってたゲームの伝記には書いていなかったかもしれないけど、自分のやってたカードゲームにはちゃんと書いてあったと友江は説明。
 どういう経緯かまではわからないけど、北条家に身を寄せる事になり、当主の北条氏綱に気に入られ、氏綱の娘を娶って北条姓を名乗る事になる。その後、北条家が一大勢力を築く事になる『川越夜戦よいくさ』で大活躍するんだと。

 もしそれが正しいとするなら、色々と考えさせられる事がある。

 福島正成の子が北条家を頼って落ち延びるという事は、恐らく花倉の乱は北条氏綱が裏で糸を引いていたという事になるだろう。だとすれば最初の近侍の五人の中に氏綱の命を受けていた者がいるという事になる。
 恐らくその人物は、福島安房守の弟の福島弥四郎。

 最初からどこか話が通らないと感じてはいたのだ。遠江衆の領地替えの話から、どうして駿河衆まで領地替えという話に発展してしまったのか。
 考えてみればそこの話の飛躍が無ければ、先代のお館様を殺害などという事態には発展しなかったはずなのだ。だが、それを煽った者がいるとなれば合点がいく。
 だとすれば、きっと第二幕がある。

「もしも僕が北条綱成を召し抱えたらどうなるんだろう? 例え成功したとしてもやっぱり矯正力で出て行かれちゃうのかな?」

 「そうねえ」と言って、友江は少し冷めてしまった茶を啜った。あれがこうなって、これがそうなってと何やらぶつぶつと独り言を言い始める。

「試してみたら面白いかもね、もしかすると北条家は川越夜戦で負ける事になるかも。そうなったら関東管領と古河公方でまた争う事になって、今川家は三河、尾張に手が出しづらくなるかも。そうなれば桶狭間は無くなるかもね」

 ……それだと単に三河を織田家に取られてじり貧になるだけだったりしないのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...