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【第一章】黒船来たる(一)
しおりを挟む(サスケハナ号模型)
幕末維新は、嘉永六年(一八五三)年の黒船来航に始まるといわれる。実際にはそれより早く、少なくとも天保期には、国の内外で幕府政治の限界は見えはじめていたといっていい。
しかし黒船来航が榎本釜次郎をはじめとして、この物語の登場人物の運命を、まったく違う方向へ導いたことは事実であろう。
かのペリー提督と、その他の乗組員を乗せた蒸気船サスケハナが、バージニア州ノーフォークを出港したのが前年十一月であった。その後、大西洋を横断して喜望峰回りでセイロン島を経て、香港に到達したのが嘉永六年の四月である。香港や上海で他の三隻の船と合流し、ついに琉球(沖縄)に達したのは同年五月二十六日頃だった。
ペリー提督は、例え武力に訴えても日本を開国させるという、ある意味悲壮な覚悟をもって事にのぞんだといわれる。それはアメリカがメキシコとの米墨戦争に勝利し、その領土が太平洋側にまで達したことと無縁ではなかった。
アメリカとしては日本を開国させる最大のメリットは、太平洋での商業捕鯨の補給その他の基地として、日本が最も適していたということであった。
時に嘉永六年の六月三日、新暦に直すと七月八日となる。この日、浦賀奉行所の与力・同心達は炎暑の中、砲術の訓練のため久里浜にいた。
与力の中に、三十三歳になる後の蝦夷共和国箱館奉行並・中島三郎助の姿もあった。この男は若年の頃より砲術に尋常一様ならざる才能を見せ田付流、集最流、荻野流の免許、高島流の皆伝をすでに受けていた。
この日もまた演習最中、中島三郎助はケベール銃を構える。左手で銃床を保持し、火薬を流し込み、弾を挿入し索杖で突き固める。撃鉄を上げ、火門に雷管を被せ二段式の撃鉄を最後まで引き上げて銃を発射した。その射撃の腕は周囲をうならせ、弾丸が的を射抜くたびに歓声があがった。
「いかんなこのゲベール銃では、装槙時間は火縄銃より短いが命中精度はむしろ劣っている」
三郎助は思わず愚痴をいった。
ちなみにゲベール銃は、一六七〇年代にフランスで開発され、天保二年(一八三二)にオランダから輸入されたといわれる。口径十八ミリ、重量四千グラム、全長千五百ミリ。西欧の戦争において、あのナポレオンが敵の密集兵団の中に撃ち込み、兵を混乱させる為に作られた銃であるといわれる。
中島三郎助は射撃の腕は超一流、そして実に優秀な役人であった。一方で家庭では、二人の子供の実によき父親であった。しかし三郎助の運命はこの日、激変することになる。
最初に黒船を発見したのは、地元の漁師であったといわれる。蒸気船サスケハナ、ミシシッピ、帆船サラトガ、プリマスからなるアメリカ合衆国東インド艦隊であった。
この第一報が久里浜で演習最中の浦賀奉行所の与力・同心達の耳に入るや否や、座は騒然となった。ちょうど八つ半(午後三時)になろうかという時分であった。
「して、異国船はいずこの方角へ向かった?」
「浦賀の方角と思われます」
「よし演習は中止だ! 全員浦賀へ急げ!」
浦賀奉行の戸田伊豆守氏栄は、かすかに声を震わせながらいった。
すでにアメリカの船が近々日本近海に現れるという情報は、オランダを通じて幕府の役人の耳にも入っていた。浦賀奉行所にも内々に伝達されていたが、しかし備えが十分であったとは到底いえない。
この時、中島三郎助は実に損な役回りだった。月番の応接係りとして、黒船という水面に浮かぶ未知の巨大な文明と、日本人として最初に遭遇し、相対しなければならなかった。
番船に乗った三郎助は、堀達之助という名のオランダ語通訳とともに、ゆっくりゆっくりと黒船に近づいていく。
「蝉の鳴く声も、もう聞こえなんだな」
ちょうど陸地が薄霧で見えなくなる頃、三郎助はぼそりといった。堀は最初、この非常時に三郎助がなぜ蝉のことなど語ったのか、その真意をわかりかねた。しかし眼前に黒煙をあげる海の化物が、次第、次第に輪郭をあらわにするにつれ、堀にもその胸中が薄々ながら理解できた。
なにしろ相手はまったく得体の知れぬ怪物なのである。もしかしたら殺されるかもしれないし、身柄を拘束されアメリカに拉致されるともかぎらない。あれいは日本国の代表として黒船に赴く以上、事によっては無事戻れても、腹を斬らなければならないかもしれない。
そのような状況におかれて、ふとなにげない蝉の鳴き声すら懐かしく思えたのであろう。事実、三郎助はこの時、精神が高揚し軽いめまえさえ覚え、喘息の持病のためしばしば咳をした。
すでにアメリカのマシュー・ペリー提督は、各艦船に完全な臨戦態勢をとらせていた。艦の前後と両側の舷門に哨兵を配置し、各砲には大量の砲丸と四箱のブドウ弾を配備。各ボートにもカーピン銃、ピストル、短剣等を配備した。そのような状況下に中島三郎助と堀達之助が番船で姿を現した。三郎助達が赴いたのは、艦隊の中で最も巨大なサスケハナ号であった。
ペリー艦隊側の記録によると最初、堀達之助は巨大な巻紙を広げ、フランス語で艦隊の即時撤退を求めたという。もちろんこれは拒絶される。
次いで三郎助が舷梯をおろすよう身振り手振りで艦側に指示した。しかしこれも艦側は、提督は日本側のしかるべき身分の者にしか面会しないという言葉で拒絶する。
「やむをえぬ。このままでは埒が明かない。わしは浦賀奉行所の副奉行であると偽る。そうメリケンの船乗り達に伝えよ」
深いため息の後、三郎助はようやく決心した。しかしこの決断は堀を驚かせた。
「真に、よろしゅうございますか?」
なにしろ徳川封建制の世である。身分というものは絶対といっていい。それを偽ったということになれば、後日いかな重い処分が待っているか想像もつかない。
「かまわぬ! いざとなればわしは腹を斬らねばならぬかもしれぬ。なれど今の我等に、もしかしたら日本国の将来がかかっているやも知れぬのだ」
すでに堀は、カタコト程度の英語で、艦側に自分がオランダ語を話せることを伝えていた。そこで艦側からもオランダ語の話せる者が姿を現した。その者を通じて三郎助を副奉行と偽ると、恐らく最高責任者のペリー提督と協議していたのであろう。しばし時をへて、ようやく舷梯が降りてきた。
甲板上では海兵達が、銃を持ち直立不動の姿勢で三郎助達を出迎えた。両者は艦の後尾の狭い部屋へ案内された。この時、日本側との会見に応じたのはペリー提督ではなく、コンティー海軍大尉という者だった。ペリー提督はあくまで、日本側の最高位の者としか面会しないという決意だった。
三郎助にとっては、この一件は大災難であったかもしれない。だが日本国にとっては、むしろ幸運であったといえるかもしれない。当時、天下泰平の世において旗本といえど、ろくに鎧の着用方法すら知らぬ者もいた。しかし三郎助は、まるで元亀・天正の頃の武士を思わせるような、侍精神の持ち主であった。しかしその三郎助をもってしても、この日のアメリカ側との会談は紛糾した。
「何度いわせたらわかるんだ! 我が国の法ではこのような場所で異国の国書など受けとれん。長崎へ出向くがよろしかろう!」
「NO! 我等はアメリカ大統領の親書を携えてここへ来た。例えこの国の法といえど、大統領閣下の命なれば従うことはできない」
三郎助は思わず唇を噛んだ。
「提督がここ浦賀にやって来たのは、もちろん江戸に近いからであり、決して長崎には行かぬ。我々は戦争のためでなく、友好のために今日ここに来た。しかし我が国の尊厳を傷つけるような真似は、断固として許さない。私は、今この艦隊を取り巻いている日本側の船の即時退去を求める。もしそれができぬというなら、兵器を用いることになるであろう」
コンティー海軍大尉は言葉に脅しを匂わせながらいった。すでに浦賀奉行所の側では、万一の事態に備えて、番船をアメリカ側の艦隊を取り囲むように配置していた。
その時、三郎助は席を立った。舷門の方角に向かうと大声で何事かの指示をだした。すると番船の群れが徐々に退去し始めた。しかしその後も、事態は中々好転しなかった。
「どうしても、ここで大統領閣下の親書を受け取れぬというなら、こちらにも覚悟がある。我々はこのまま江戸湾の奥へと侵入し、例え武力を用いてでも、親書を直接この国で最も身分の高い者へ渡すことになりますぞ。それでよろしいかな?」
三郎助の額を汗がつたった。三郎助とてメリケンと日本の軍事力の差は理解していた。もし戦争勃発ということにでもなれば、日本側に勝ち目がないのは明白だった。
「致仕方ない。事が事だけに、わしごときの一存では事を決するわけにはまいらん。今日のことはわしの口より、奉行に全て伝える。後日わしより高位の者が、再びこちらへ面会へ参るであろう」
結局、この日の会談は物別れに終わった。三郎助は、アメリカ側の尋常一様ならざる決意を見せつけられるはめになった。
三郎助が浦賀奉行所に戻る頃には、すでに陽は暮れていた。
「なんと、その方副奉行と偽った申すか?」
奉行・戸田伊豆守は、まず驚きの色を浮かべた。
「それがし、いかような責めも甘んじて受ける覚悟」
しばし両者の間に沈黙があった。
「今は危急の時、そなたのことは後回しだ。それよりどうじゃ? メリケンの者達は説得に応じる気配はないのか?」
「一歩も引かぬ覚悟と存じます。最悪の場合、一戦も辞さぬ腹かと……」
「戦って勝てそうか?」
戸田伊豆守とて彼我の力の差はよくわかっていた。それでもこの状況下、希望的観測がほしくて、あえてたずねてみた。しかし三郎助の返答は手厳しいものだった。
「勝てませぬ!」
三郎助は、同じ言葉を二度繰り返していった。
「ええいその方、今一度メリケンの船へ赴いて連中を追い返すことかなわぬのか?」
事態の解決の糸口が見つからず、戸田はやや混乱した様子でいった。その時だった。ドーンという鈍い衝撃音がした。
「何事か! 敵の砲撃か?」
やがて市中へ赴いた者が戻ってきた。
「申し上げます。先ほどの爆発音は、メリケンの船の空砲と思われまする!」
空砲と聞いて、戸田はひとまず安堵した。
「恐らく我等に対する脅しでござりましょう。すでに市中は大騒ぎでござる。それがしこの目に、しかと敵艦の有様焼き付けましてござる。敵は最新鋭のカノン砲を搭載しておりまする。もし江戸湾に潜入した場合、約十八丁(約二キロ)の距離から的確に江戸を攻撃することが可能でござる。すなわち江戸城本丸まで砲弾が届くという意味でありまする」
その場にしばしの沈黙があった後、戸田は深くため息をついた。
「とにかく此度の事、我等には荷が重すぎる。すでに江戸には早馬を飛ばしたが、その方がメリケンの船に赴いてのこと詳細に江戸に報告するため、今一度早馬を飛ばす。幕府の決断に事を委ねるしかあるまい。それまで時をかせぐことしか我等にはできぬ」
その夜遅くまで、浦賀奉行所では他の与力・同心達もまじえて善後策の協議が延々行われた。
日付も変わって寅の刻(午前三時)にもなろうかという頃、今までの人生で最も長い一日を終え、ようやく三郎助は自邸に戻った。
妻のすずが夜分に家の戸を叩く音で出迎えた。すでに異国の黒煙をあげる船が沖合いに現れたということで、市中は大騒ぎである。すずもむろん存じていたし、三郎助が応接係として黒船に赴いたことも知っていた。
「お帰りをお待ちしておりました」
すずはまず膝をついて、型どおりの挨拶をした。しかし返事がない。頭を上げると、三郎助は不気味なほど青白い顔をしていた。目の下に隈があり、髷もかすかに乱れ、やはり喘息のせいでゴホゴホと咳をくりかえした。疲労がはっきりと見てとれた。
「腹がへった。湯漬けでいいので用意してくれ」
絞りだすような声である。やがて座敷で三郎助は豆腐の味噌汁を喉にかきこむと、きんぴらゴボウをボリボリとかじった。その間、すずが何を話しかけても、うわの空で返事がない。やがて思いつめたように立ち上がった。
「子供達の顔が見たくなった」
「まあ、こんな夜中に子供達なら寝ていますが?」
「いやひと目でいい」
三郎助は子供部屋に赴くと、障子をわずかだけ開けて、子等の顔を見た。三郎助の長男・恒太郎、次男の英次郎。いずれもまだ幼子である。何も知らずに寝息をたてる様子を見ながら、三郎助はただ自問していた。はたしてこの幼い子等のために、己に何ができるのであろうかと? やがて時代の奔流が、三郎助と二人の子等の運命を大きく変えていくのであった。
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