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【第四章】箱館戦争
覚悟と決断
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(一)
戦局の悪化にともない、高松凌雲が頭取をつとめる箱館病院は、半ばパニックの様相をおびはじめた。
昼夜問わず運びこまれてくる戦傷者たちで、病院はパンク寸前と化す。負傷者たちのうめき声、絶望の叫び、手当のかいなく死んでいく者たち。血の臭いと薬品の臭いが混ざった異様な臭気。病院の最高責任者である高松凌雲と、その他の医師たち、そして助手たちは眠ることすらろくにできないでいた。そのため充血しきった目で、傷病者の治療に全身全霊をつくすこととなる。まさにそこは別の意味で戦場だった。
助手たちの中に一人だけ女性がいた。あのフランス語通訳のアラミスだった。いや今はもうアラミスではなく、お柳という一人の女性にすぎなかった。フランス人たちが去り、事実上彼女の役目は終わった。しかし彼女は戦いが続く中にあって自分の役割をさがし、この病院で働くことを榎本に申しでたのだった。
もっとも彼女が突如として男から女になったことを、奇異の目で見る者は当然いた。しかし彼女と幾度か接したことがある者なら、実は「女」であることを薄々は察していた。ただお互いの暗黙の了解で、そのことを表沙汰にする者はいなかっただけである。そのため彼女が「女」になっても、そこまで驚く者はいなかった。
医師団の疲労は限界に達していたが、彼女もまた就業中めまいをおこしたり、あれいは嘔吐することさえあった。凌雲は最初それを疲労のためと思っていたが、やがて医師として多くの病人と接してきた経験から、彼女にある疑念を抱くようになっていた……。
戦況は、日をおうごとに悪化の一途をたどっていた。榎本はじめ蝦夷共和国の幹部たちは、傷病者を救うため凌雲に一つの提案をした。負傷者と共に、より安全なモロラン(室蘭)に移ってはどうかというのである。しかし相談におとずれた会計奉行の榎本享三に対し、凌雲この話しをはっきりと却下した。
「お気持ちはありがたいが、我らがモロランにおもむいたところで食糧、そして薬品がつきるまでそう時はかからないでしょう。その先にあるのは病者にとっても我ら医師団にとっても、無残な死だけかと存じる。せいぜいよい方向に考えてみても、敵に捕縛される運命であろう」
「それでは貴殿は、敵兵がこの病院に現れたらいかがするつもりであるか?」
と享三は、困惑しきった様子でたずねた。
「何も策はありませぬ。私はこの病院の頭取であり、最高責任者であります。したがって私は戦傷者と生死を共にする覚悟を決めました。もし敵きたらば、私は彼らの前に進みでて戦傷者の助命をこうまで。もし聞き入れられずば、戦病者もろとも我が命運も尽きることとなりましょう」
享三は、凌雲の決意が固いことを悟って去っていった。
(二)
五月十日、この日はあの土方歳三戦死の前日である。翌日をもって新政府軍が総攻撃を開始するという情報は、箱館病院にもとどいた。凌雲は最悪の事態を想定して、もし万一の場合、ロシア領事が病人の保護をするよう手筈をととのえる。一方で戦病者から一切の武器を取り上げる。もし病者といえど一人でも抵抗する者があらば、敵兵は容赦なく、他の戦傷者もろとも皆殺しにすることもありうるだろう。
そのうえで凌雲は、高龍寺にある分院も含めて、病人一人一人に優しい言葉をかけて回る。彼らの不安をしずめることに心をくだいた。
その夜、凌雲と医師団そして戦傷者たちは 今まで生涯で最も長く、眠れない夜を過ごさなくてはならなかった。
翌、十一日は未明から砲声が箱館病院にもきこえてくる。負傷者の中には、傷の痛みの影響もあって情緒不安定になり叫んだり、暴れたりする者もいた。凌雲と医師団たちはそれらをなだめると共に、固唾を飲んで戦況を見守った。
やがて午前九時頃、馬で病院に姿を現したのは人見勝太郎だった。勝太郎は、
「凌雲殿、残念ながら我らは敗れました」
と衝撃的な言葉を発した。
そして新政府軍が箱館山を占拠し、奇襲をしかけたことなどを大声で語った。
「とにかく戦傷者のこと頼みましたぞ」
勝太郎はそのまま立ち去ろうとしたが、しばらくすると馬首をかえした。
「特に八郎のこと、よろしく頼む」
と、この病院に入院している伊庭八郎のことを、最後まで案じながら去っていった。
この後、人見勝太郎は七重浜方面での戦場に赴くこととなる。辞世の句をしたためた旗を、高々とひるがえしての覚悟の出陣であったと伝えれる。
幾萬奸兵海陸来(幾万の奸兵海陸より来る)
孤軍塲戦骸成堆(孤軍防戦、骨堆をなす)
百籌運盡至今日(百籌運尽き、今日にいたる)
好作五稜郭下苔(我、好んで五稜郭の苔とならん)
勝太郎は激戦最中、敵の砲弾を受け重傷を負うが命はとりとめた。函館戦争後の勝太郎は実業家や茨城県令などをつとめながら、ついには八十年の天寿を全うすることとなる。明治をも通りこして大正十一年(一九二二)のことだった。
晩年には史談会に出席するなどして、鳥羽伏見から箱館戦争までを生々しく語ったと伝えれる。ただ伊庭八郎のことだけは多くは語らなかった。盟友八郎のことを思うに、よほど胸中に去来するものがあったのだろう。
(三)
最悪の事態が現実のものになろうとしていた。まず松前藩兵と津軽藩兵が高龍寺の分院に襲いかかった。
「俺は松前藩の谷本だ! この寺は我が軍の宿舎として使えそうだな。こったらに臭え病人がいたら、あずましくねえ(邪魔、目障り)皆殺しにするか」
この時、病院掛補佐の木下が、ロシア領事からの保護の確約を受けているので病人を助命してほしいと必死に訴えた。しかし谷本は木下を一刀のもとに斬り捨ててしまった。
これをきっかけに虐殺が始まった。分院はたちまちのうちに阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。さらに松前藩兵は寺に火を放った。足を引きながら必死に炎の中から救いを求める者もいた。あれいは戦傷兵ではなく梅毒を患った遊女や、子供までいたが外へ脱出しようにも松前藩兵が見張っており、焼け死ぬか、その場で斬殺されたのだった。
そして、箱館病院本院にも薩摩藩兵と筑前藩兵が押し寄よせてきた。特に筑前藩兵の乱暴狼藉は凄まじく、多くの戦傷者が無意味な暴力の犠牲となる。そして筑前藩兵は、病院の片隅に隠れていたあの柳を発見した。
「おお、こいはよかおなごばい! おいたちとよかことでもせんか!」
「いや来ないで!」
柳は悲鳴をあげた。
「おとなしくせんと、殺すぞ!」
ついに筑前藩兵はピストルを柳につきつけた。この時、柳は苦しまぎれに背後の棚にあった薬品を筑前藩兵に投げつけた。これが幸運にして、目潰しの役割をはたした。
「こいはどげんしたことだ! 目が、目が見えん!」
柳は筑前藩兵が落としたピストルを拾い、必死の思いで引き金を引いた。筑前藩兵は喉元を撃ちぬかれ即死した。
「君たちよしたまえ!」
と大音声をあげたのは、この病院をあずかる高橋凌雲だった。先生は極度の疲労とストレスのせいか以前に比べるとだいぶ痩せていた。髪も乱れ、歩く姿にもこころなしか力がなかった。ただ眼光だけは異様に鋭く、何か強い決意のようなものを感じさせた。
「なんじゃおまはんは!」
薩摩藩士らしい大男が、凌雲に血走った目をむけた。
「私はこの病院の頭取で高松凌雲という者だ。ここにいる者は皆傷つき動くことができない。君たちも武士ならば、無抵抗な者を斬るようなことは、武士にあるましき行為のはず。ここはお引き取り願えないだろうか」
「ああ! おまはん薩摩示現流って知っちゅうか? 一撃でスパッと首が飛ぶ。次におまんが瞬きした時が最後だ。覚悟はええか!」
兵士は刀に手をかけた。全身から血のにおいがした。
「どうやらこれまでのようだな……」
凌雲が半ば観念したその時だった。
「ちっと待ちゃんせ!」
背後で声がした。それは薩摩隊の隊長で山下喜次郎という者だった。
「おまんが高松凌雲先生でごわすか? 負傷した我が軍の兵士の面倒まで見てくださったと聞いたが、ほんのこつ間違いなかか?」
「医者に敵味方などない。あるのは患者だけだ!」
「ようわかりもうした。確かに身動きできぬ者を斬るは薩摩武士のやることでんなか。皆引き上げるぞ」
この瞬間、凌雲は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
しかし薩摩藩兵は隊長の命に従っても、筑前藩兵は納得しなかった。
「他藩の者の命令は受けん」
となおも病院を破壊しようとした。その時、山下が怒号をあげた。
「おまんはそいでん武士か!」
この薩摩武士の気迫の一喝で、さすがの筑前藩兵も沈黙した。
こうして箱館病院は絶体絶命の窮地を脱した。門の前には「薩州隊改め」と書かれた張り紙がはられ、戦局はともかくとして、病人に治療はこれまでどおり続けられることとなった。しかし喜びも束の間だった。翌十二日深夜、凌雲は悲しいしらせを聞くこととなる。
(四)
戦局が悪化する中にあっても、凌雲の実兄である古谷佐久左衛門に率いられた衝鋒隊は、たびたび夜襲を行うなどして新政府軍を苦しめた。しかしこの日の夜は、夜襲をおこなうこともなく、ただ決戦が近いとして別れの宴を屋外で開いていた。
特に佐久左衛門は元見廻組の今井信郎と仲がよく、この日も昔話しなどをして夜を過ごしていた。やがてほどよく酔いがまわる頃、佐久左衛門は以前から気になっていたことを、はっきりと今井にたずねてみた。
「かすかに噂で聞いたことだが、慶応三年に慶喜公が大政を奉還した直後に、土佐の坂本龍馬を殺したのはお前たち見廻組か?」
すると今井の表情が、わずかに影をおびた。
「だとしたらどうだというんだ。今の俺たちには何の関わりもないことだ」
今井は不機嫌そうにいった。
「いや何もし本当にそうだとしたら、もしかしたら龍馬がお前たちに斬られたことは、ある意味では幸運だったのではないかと思ってな」
「妙なことをいう奴だな。あの龍馬とかいう土佐の田舎者が、俺たちに斬られることの何が幸運だというんだ?」
今井は不思議そうな顔でたずねた。
「考えてもみろ慶喜公が大政奉還をしてから、俺たちはいかほど辛酸をなめたと思う? 幾度戦いに敗れた? いかほど人に裏切られことか……。幕府が事実上倒壊した後も生き続けることの苦しみに比べれば、死はもしかしたら救いなのではないかと思ったのだ」
今井はこの時、見廻組の仲間だった佐々木只三郎のことを思いだしていた。只三郎は鳥羽伏見の戦いで、藤堂藩の寝返りに激高し、幾度も突撃をくりかえす。そして、ついに銃弾を大量に浴び大坂城に担ぎこまれることとなった。最後はまだ死ねぬと繰り返しながら、ついに帰らぬ人となった。
「わしはかなうことなら、天子様に逆らった逆賊として後世に名を残すことだけはさけたかった」
と佐久左衛門は重苦しくいう。
「もういいではないか。こうなった以上逆賊、悪党として名を残すことも一興だとは思わないか?」
すると佐久左衛門はしばし、穴のあくほど今井の顔を見た。
「確かに、そなたのその悪党面で善人であったら、かえって薄気味が悪いわい」
「おう! こやつ言うてくれるのう!」
今井はその悪人面をひきつらせながら笑った。佐久左衛門も笑った。やがて今井は立ちあがった。
「すこしばかり酔いを覚ましてくる」
宴会の席をわずかな間だけ離れたことが、両者の運命の別れ道となった。
しばし周囲をぶらぶらするうちに、突如として今井はドスンという鈍い音を聞いた。酔いも瞬時に消し飛び、ものすごい勢いで室外に設けられた宴席にもどってみたが、そこであまりの惨状に今井は言葉をうしなった。
宴席が、甲鉄艦からの七十斤ピントコーゲルの巨弾の直撃を受けたのだった。今井はかろうじて、この修羅場から大量出血で意識混濁状態の佐久左衛門を発見した。
「おい! しっかりしろ! なんとかいえ!」
今井が必死に佐久左衛門の体を揺さぶると、佐久左衛門はかすかに薄目を開いた。
「やっと楽になれる……」
これが最後の言葉だった。
その夜、箱館病院でようやく眠りにつこうとしていた高松凌雲は、突然もたらされた兄の不幸に驚愕した。この事実を伝えにきたのは、今井同様かろうじて難をのがれた衝鋒隊の隊士だった。
「それで兄上の容態は!」
凌雲は思わず鬼の形相で聞きかえした。
「今は湯川の病院で絶対安静とのことです。極めて危険な状態が続いています。さりながら先生であるなら、もしやしたら助けることができるかも」
凌雲はしばし天をあおいだ後、意外な返事をした。
「それはできぬ」
「なぜですか!」
「私は兄上と約束したのだ。兄だからだとて特別扱いはするなとな。もし自分が負傷しても、私が他の患者を捨ててまで兄上を助けるというなら、腹を斬るとそう申した。あの兄上の気性からしておどしではない。私が行けば兄上は本当に腹を斬るだろう」
凌雲は断腸の思いで兄を見捨てる決断をした。結局、佐久左衛門は助かることなく、ほどなく三十七年の生涯を終えるのだった。
(五)
翌、五月十三日のことである。高松凌雲のもとから五稜郭の榎本のところへ、一通の書状がとどいた。その内容は、早い話しがこれ以上の抵抗は犠牲者を増やすのみであるから、そろそろこいいらあたりが潮時であろうというのである。降伏をすすめる書状である。
すでに蝦夷共和国側では、あの蟠竜丸もまた敵の攻撃で損傷して、浮砲台としてしか使えないものと化していた。艦隊はほぼ全滅した。残る抵抗の拠点は弁天台場と千代ケ岡台場くらいのものである。冷静になって考えてみれば、確かにその通りではある。
実はこれより少し前、新政府軍の責任者としてあの黒田了介が、箱館病院に姿を現していた。要件は、榎本に降伏を勧告するための交渉を請け負ってほしいというものだった。
榎本はただちに軍議を開き、ほぼ全会一致でこれを却下することに決定した。丁重だが覚悟の意思を伝える手紙が、その日のうちに凌雲のもとに届いた。
黒田は困惑した。そして同じ薩摩藩士の田島圭蔵という者を呼んだ。
「実はのうおいは、あん榎本という男に一度会ったことがある。何年前のことか詳しくは忘れたが、榎本という男は長崎海軍伝習所の実習生であったはず。たまたま航海実習ではるばる薩摩まできたところ、道に迷って賊に襲われかけているところを、おいと川路さんで助けてやったというわけでごわんと。
目の澄んだ男でごわした。まさかこげいな形で敵味方にわかれようとは……。聞けば語学に堪能でオランダに留学した経験があり、国際法や化学の知識もあるとか、役にたつ男でごわんと。みすみす殺したくはなか……」
黒田の密命を受けた田島は、まず弁天台場を目指す。かってこの田島という薩摩藩士は、新政府側の軍艦高雄丸の艦長をしていた。明治元年の十月に箱館の近くを通過したところ、不覚にも船ごと旧幕府軍に拿捕されてしまう。投獄され死を覚悟したが、捕虜の命を奪わないという、榎本の西洋式の考えによって無事津軽までの帰還を許された。そのため榎本に恩義を感じていた。
弁天台場は新政府側に包囲されていたが、田島は黒田の名をもって一旦攻撃を中止させる。そして白旗をかかげながら、この台場を任されている永井尚志に面会を申しいれた。田島は永井に、自らが直接榎本に会って今後の事を相談したいと申しいれた。
永井は五稜郭の榎本のもとに赴き、田島の言葉を伝えた。榎本は降伏するか否かはともかく、後々のことを話しあうことは重要なことであるので、田島の申し出をうけることにした。会見の場所は千代ケ岡台場に決定した。千代ケ岡台場は中島三郎助が将をつとめており、やはり新政府側と交戦中であったが、ここも一時休戦ということになった。
かくして高松凌雲、中島三郎父子、永井尚志たちが見守る中、榎本・田島会談が実現されることとなった。
「先日は高雄丸の件、死は免れぬところを寛大な処置により、命を救われもうした。ほんのこつお礼の言葉もござりもうさん」
と田島はまず、高雄丸拿捕の件で榎本に礼をいった。
「いや何、あれは戦時国際法に基づけば当然のこと、礼には及ばん」
榎本はつとめて冷静にいう。
この後、両者はおよそ一時間にわたり降伏云々について話しあったが、榎本は頑なにこれを拒否した。
「我らはもとよりここを死に場所とこころえておる。黒田殿に伝えるがよい、どうか存分に攻めかかってこられるがよろしいとな。ただし、君に一つだけ頼みがある」
榎本は懐から一冊の書物をとりだした。
「これは海律全書という。海の国際法とでもいうべきものだ。我らはじき死ぬ身であるかもしれんが、この本は日本国の後々のことを思うに、灰にするにはあまりに惜しい。どうか持ちかえって、この国の将来のために役立ててほしい。
例え我らの身が滅んでも、この国が新たな政府のもと一致団結して、列強に制圧されず、これに劣ることない国家となるなら、我らの戦いも無駄ではなかったと私は信じている」
榎本は無念を押し殺しながらいった。こうして交渉は事実上決裂して、田島は断腸の思いで黒田のもとへ去っていったのだった。
榎本はこの後、高松凌雲と共にここにやってきた、あの柳と二人きりになる時間をあたえられた。
「申し訳ない。私の力が及ばないばかりにこんなことになってしまった。俺はじき死ぬ。だがお前はすぐにここを立ち去れ」
「嫌です! 私は榎本様と最後まで生死を共に……」
「生死を共にするだと! それじゃあおめえどうするつもりだ! そのおなか中の子供を!」
柳の表情が豹変した。
「御存じだったのですか!」
「先生から全て聞いたよ。いいか、例え俺が死んでも俺の魂はおまえが生き続けるかぎり、ずっとお前と共にいる。早くに立ち去るのだ、手遅れにまる前にな」
「榎本様、どうかこの場所から永遠に見守っていてください。私と私の命より大事なこの新たな命を……。私にとり御前のひたむきさ、真摯さは希望でした。御前の魂を後々に伝えることこそ私のさだめ」
柳はまさに、榎本の目をまっすぐに見つめながらいった。
「柳よ、最後の一瞬が来る時まで俺のために祈ってくれ。お別れだ」
柳は思いがけず流れてくる涙を止めることができなかった。
翌日、柳は箱館の町が再び砲火にさらされる様をその目に焼きつけながら、船で蝦夷地を後にした。その後の柳のことは詳しくはわかっていない。子供のことも、はっきりとはわかっていないのである。
交渉は決裂し、箱館戦争はいよいよ終盤戦をむかえようとしていた。
戦局の悪化にともない、高松凌雲が頭取をつとめる箱館病院は、半ばパニックの様相をおびはじめた。
昼夜問わず運びこまれてくる戦傷者たちで、病院はパンク寸前と化す。負傷者たちのうめき声、絶望の叫び、手当のかいなく死んでいく者たち。血の臭いと薬品の臭いが混ざった異様な臭気。病院の最高責任者である高松凌雲と、その他の医師たち、そして助手たちは眠ることすらろくにできないでいた。そのため充血しきった目で、傷病者の治療に全身全霊をつくすこととなる。まさにそこは別の意味で戦場だった。
助手たちの中に一人だけ女性がいた。あのフランス語通訳のアラミスだった。いや今はもうアラミスではなく、お柳という一人の女性にすぎなかった。フランス人たちが去り、事実上彼女の役目は終わった。しかし彼女は戦いが続く中にあって自分の役割をさがし、この病院で働くことを榎本に申しでたのだった。
もっとも彼女が突如として男から女になったことを、奇異の目で見る者は当然いた。しかし彼女と幾度か接したことがある者なら、実は「女」であることを薄々は察していた。ただお互いの暗黙の了解で、そのことを表沙汰にする者はいなかっただけである。そのため彼女が「女」になっても、そこまで驚く者はいなかった。
医師団の疲労は限界に達していたが、彼女もまた就業中めまいをおこしたり、あれいは嘔吐することさえあった。凌雲は最初それを疲労のためと思っていたが、やがて医師として多くの病人と接してきた経験から、彼女にある疑念を抱くようになっていた……。
戦況は、日をおうごとに悪化の一途をたどっていた。榎本はじめ蝦夷共和国の幹部たちは、傷病者を救うため凌雲に一つの提案をした。負傷者と共に、より安全なモロラン(室蘭)に移ってはどうかというのである。しかし相談におとずれた会計奉行の榎本享三に対し、凌雲この話しをはっきりと却下した。
「お気持ちはありがたいが、我らがモロランにおもむいたところで食糧、そして薬品がつきるまでそう時はかからないでしょう。その先にあるのは病者にとっても我ら医師団にとっても、無残な死だけかと存じる。せいぜいよい方向に考えてみても、敵に捕縛される運命であろう」
「それでは貴殿は、敵兵がこの病院に現れたらいかがするつもりであるか?」
と享三は、困惑しきった様子でたずねた。
「何も策はありませぬ。私はこの病院の頭取であり、最高責任者であります。したがって私は戦傷者と生死を共にする覚悟を決めました。もし敵きたらば、私は彼らの前に進みでて戦傷者の助命をこうまで。もし聞き入れられずば、戦病者もろとも我が命運も尽きることとなりましょう」
享三は、凌雲の決意が固いことを悟って去っていった。
(二)
五月十日、この日はあの土方歳三戦死の前日である。翌日をもって新政府軍が総攻撃を開始するという情報は、箱館病院にもとどいた。凌雲は最悪の事態を想定して、もし万一の場合、ロシア領事が病人の保護をするよう手筈をととのえる。一方で戦病者から一切の武器を取り上げる。もし病者といえど一人でも抵抗する者があらば、敵兵は容赦なく、他の戦傷者もろとも皆殺しにすることもありうるだろう。
そのうえで凌雲は、高龍寺にある分院も含めて、病人一人一人に優しい言葉をかけて回る。彼らの不安をしずめることに心をくだいた。
その夜、凌雲と医師団そして戦傷者たちは 今まで生涯で最も長く、眠れない夜を過ごさなくてはならなかった。
翌、十一日は未明から砲声が箱館病院にもきこえてくる。負傷者の中には、傷の痛みの影響もあって情緒不安定になり叫んだり、暴れたりする者もいた。凌雲と医師団たちはそれらをなだめると共に、固唾を飲んで戦況を見守った。
やがて午前九時頃、馬で病院に姿を現したのは人見勝太郎だった。勝太郎は、
「凌雲殿、残念ながら我らは敗れました」
と衝撃的な言葉を発した。
そして新政府軍が箱館山を占拠し、奇襲をしかけたことなどを大声で語った。
「とにかく戦傷者のこと頼みましたぞ」
勝太郎はそのまま立ち去ろうとしたが、しばらくすると馬首をかえした。
「特に八郎のこと、よろしく頼む」
と、この病院に入院している伊庭八郎のことを、最後まで案じながら去っていった。
この後、人見勝太郎は七重浜方面での戦場に赴くこととなる。辞世の句をしたためた旗を、高々とひるがえしての覚悟の出陣であったと伝えれる。
幾萬奸兵海陸来(幾万の奸兵海陸より来る)
孤軍塲戦骸成堆(孤軍防戦、骨堆をなす)
百籌運盡至今日(百籌運尽き、今日にいたる)
好作五稜郭下苔(我、好んで五稜郭の苔とならん)
勝太郎は激戦最中、敵の砲弾を受け重傷を負うが命はとりとめた。函館戦争後の勝太郎は実業家や茨城県令などをつとめながら、ついには八十年の天寿を全うすることとなる。明治をも通りこして大正十一年(一九二二)のことだった。
晩年には史談会に出席するなどして、鳥羽伏見から箱館戦争までを生々しく語ったと伝えれる。ただ伊庭八郎のことだけは多くは語らなかった。盟友八郎のことを思うに、よほど胸中に去来するものがあったのだろう。
(三)
最悪の事態が現実のものになろうとしていた。まず松前藩兵と津軽藩兵が高龍寺の分院に襲いかかった。
「俺は松前藩の谷本だ! この寺は我が軍の宿舎として使えそうだな。こったらに臭え病人がいたら、あずましくねえ(邪魔、目障り)皆殺しにするか」
この時、病院掛補佐の木下が、ロシア領事からの保護の確約を受けているので病人を助命してほしいと必死に訴えた。しかし谷本は木下を一刀のもとに斬り捨ててしまった。
これをきっかけに虐殺が始まった。分院はたちまちのうちに阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。さらに松前藩兵は寺に火を放った。足を引きながら必死に炎の中から救いを求める者もいた。あれいは戦傷兵ではなく梅毒を患った遊女や、子供までいたが外へ脱出しようにも松前藩兵が見張っており、焼け死ぬか、その場で斬殺されたのだった。
そして、箱館病院本院にも薩摩藩兵と筑前藩兵が押し寄よせてきた。特に筑前藩兵の乱暴狼藉は凄まじく、多くの戦傷者が無意味な暴力の犠牲となる。そして筑前藩兵は、病院の片隅に隠れていたあの柳を発見した。
「おお、こいはよかおなごばい! おいたちとよかことでもせんか!」
「いや来ないで!」
柳は悲鳴をあげた。
「おとなしくせんと、殺すぞ!」
ついに筑前藩兵はピストルを柳につきつけた。この時、柳は苦しまぎれに背後の棚にあった薬品を筑前藩兵に投げつけた。これが幸運にして、目潰しの役割をはたした。
「こいはどげんしたことだ! 目が、目が見えん!」
柳は筑前藩兵が落としたピストルを拾い、必死の思いで引き金を引いた。筑前藩兵は喉元を撃ちぬかれ即死した。
「君たちよしたまえ!」
と大音声をあげたのは、この病院をあずかる高橋凌雲だった。先生は極度の疲労とストレスのせいか以前に比べるとだいぶ痩せていた。髪も乱れ、歩く姿にもこころなしか力がなかった。ただ眼光だけは異様に鋭く、何か強い決意のようなものを感じさせた。
「なんじゃおまはんは!」
薩摩藩士らしい大男が、凌雲に血走った目をむけた。
「私はこの病院の頭取で高松凌雲という者だ。ここにいる者は皆傷つき動くことができない。君たちも武士ならば、無抵抗な者を斬るようなことは、武士にあるましき行為のはず。ここはお引き取り願えないだろうか」
「ああ! おまはん薩摩示現流って知っちゅうか? 一撃でスパッと首が飛ぶ。次におまんが瞬きした時が最後だ。覚悟はええか!」
兵士は刀に手をかけた。全身から血のにおいがした。
「どうやらこれまでのようだな……」
凌雲が半ば観念したその時だった。
「ちっと待ちゃんせ!」
背後で声がした。それは薩摩隊の隊長で山下喜次郎という者だった。
「おまんが高松凌雲先生でごわすか? 負傷した我が軍の兵士の面倒まで見てくださったと聞いたが、ほんのこつ間違いなかか?」
「医者に敵味方などない。あるのは患者だけだ!」
「ようわかりもうした。確かに身動きできぬ者を斬るは薩摩武士のやることでんなか。皆引き上げるぞ」
この瞬間、凌雲は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
しかし薩摩藩兵は隊長の命に従っても、筑前藩兵は納得しなかった。
「他藩の者の命令は受けん」
となおも病院を破壊しようとした。その時、山下が怒号をあげた。
「おまんはそいでん武士か!」
この薩摩武士の気迫の一喝で、さすがの筑前藩兵も沈黙した。
こうして箱館病院は絶体絶命の窮地を脱した。門の前には「薩州隊改め」と書かれた張り紙がはられ、戦局はともかくとして、病人に治療はこれまでどおり続けられることとなった。しかし喜びも束の間だった。翌十二日深夜、凌雲は悲しいしらせを聞くこととなる。
(四)
戦局が悪化する中にあっても、凌雲の実兄である古谷佐久左衛門に率いられた衝鋒隊は、たびたび夜襲を行うなどして新政府軍を苦しめた。しかしこの日の夜は、夜襲をおこなうこともなく、ただ決戦が近いとして別れの宴を屋外で開いていた。
特に佐久左衛門は元見廻組の今井信郎と仲がよく、この日も昔話しなどをして夜を過ごしていた。やがてほどよく酔いがまわる頃、佐久左衛門は以前から気になっていたことを、はっきりと今井にたずねてみた。
「かすかに噂で聞いたことだが、慶応三年に慶喜公が大政を奉還した直後に、土佐の坂本龍馬を殺したのはお前たち見廻組か?」
すると今井の表情が、わずかに影をおびた。
「だとしたらどうだというんだ。今の俺たちには何の関わりもないことだ」
今井は不機嫌そうにいった。
「いや何もし本当にそうだとしたら、もしかしたら龍馬がお前たちに斬られたことは、ある意味では幸運だったのではないかと思ってな」
「妙なことをいう奴だな。あの龍馬とかいう土佐の田舎者が、俺たちに斬られることの何が幸運だというんだ?」
今井は不思議そうな顔でたずねた。
「考えてもみろ慶喜公が大政奉還をしてから、俺たちはいかほど辛酸をなめたと思う? 幾度戦いに敗れた? いかほど人に裏切られことか……。幕府が事実上倒壊した後も生き続けることの苦しみに比べれば、死はもしかしたら救いなのではないかと思ったのだ」
今井はこの時、見廻組の仲間だった佐々木只三郎のことを思いだしていた。只三郎は鳥羽伏見の戦いで、藤堂藩の寝返りに激高し、幾度も突撃をくりかえす。そして、ついに銃弾を大量に浴び大坂城に担ぎこまれることとなった。最後はまだ死ねぬと繰り返しながら、ついに帰らぬ人となった。
「わしはかなうことなら、天子様に逆らった逆賊として後世に名を残すことだけはさけたかった」
と佐久左衛門は重苦しくいう。
「もういいではないか。こうなった以上逆賊、悪党として名を残すことも一興だとは思わないか?」
すると佐久左衛門はしばし、穴のあくほど今井の顔を見た。
「確かに、そなたのその悪党面で善人であったら、かえって薄気味が悪いわい」
「おう! こやつ言うてくれるのう!」
今井はその悪人面をひきつらせながら笑った。佐久左衛門も笑った。やがて今井は立ちあがった。
「すこしばかり酔いを覚ましてくる」
宴会の席をわずかな間だけ離れたことが、両者の運命の別れ道となった。
しばし周囲をぶらぶらするうちに、突如として今井はドスンという鈍い音を聞いた。酔いも瞬時に消し飛び、ものすごい勢いで室外に設けられた宴席にもどってみたが、そこであまりの惨状に今井は言葉をうしなった。
宴席が、甲鉄艦からの七十斤ピントコーゲルの巨弾の直撃を受けたのだった。今井はかろうじて、この修羅場から大量出血で意識混濁状態の佐久左衛門を発見した。
「おい! しっかりしろ! なんとかいえ!」
今井が必死に佐久左衛門の体を揺さぶると、佐久左衛門はかすかに薄目を開いた。
「やっと楽になれる……」
これが最後の言葉だった。
その夜、箱館病院でようやく眠りにつこうとしていた高松凌雲は、突然もたらされた兄の不幸に驚愕した。この事実を伝えにきたのは、今井同様かろうじて難をのがれた衝鋒隊の隊士だった。
「それで兄上の容態は!」
凌雲は思わず鬼の形相で聞きかえした。
「今は湯川の病院で絶対安静とのことです。極めて危険な状態が続いています。さりながら先生であるなら、もしやしたら助けることができるかも」
凌雲はしばし天をあおいだ後、意外な返事をした。
「それはできぬ」
「なぜですか!」
「私は兄上と約束したのだ。兄だからだとて特別扱いはするなとな。もし自分が負傷しても、私が他の患者を捨ててまで兄上を助けるというなら、腹を斬るとそう申した。あの兄上の気性からしておどしではない。私が行けば兄上は本当に腹を斬るだろう」
凌雲は断腸の思いで兄を見捨てる決断をした。結局、佐久左衛門は助かることなく、ほどなく三十七年の生涯を終えるのだった。
(五)
翌、五月十三日のことである。高松凌雲のもとから五稜郭の榎本のところへ、一通の書状がとどいた。その内容は、早い話しがこれ以上の抵抗は犠牲者を増やすのみであるから、そろそろこいいらあたりが潮時であろうというのである。降伏をすすめる書状である。
すでに蝦夷共和国側では、あの蟠竜丸もまた敵の攻撃で損傷して、浮砲台としてしか使えないものと化していた。艦隊はほぼ全滅した。残る抵抗の拠点は弁天台場と千代ケ岡台場くらいのものである。冷静になって考えてみれば、確かにその通りではある。
実はこれより少し前、新政府軍の責任者としてあの黒田了介が、箱館病院に姿を現していた。要件は、榎本に降伏を勧告するための交渉を請け負ってほしいというものだった。
榎本はただちに軍議を開き、ほぼ全会一致でこれを却下することに決定した。丁重だが覚悟の意思を伝える手紙が、その日のうちに凌雲のもとに届いた。
黒田は困惑した。そして同じ薩摩藩士の田島圭蔵という者を呼んだ。
「実はのうおいは、あん榎本という男に一度会ったことがある。何年前のことか詳しくは忘れたが、榎本という男は長崎海軍伝習所の実習生であったはず。たまたま航海実習ではるばる薩摩まできたところ、道に迷って賊に襲われかけているところを、おいと川路さんで助けてやったというわけでごわんと。
目の澄んだ男でごわした。まさかこげいな形で敵味方にわかれようとは……。聞けば語学に堪能でオランダに留学した経験があり、国際法や化学の知識もあるとか、役にたつ男でごわんと。みすみす殺したくはなか……」
黒田の密命を受けた田島は、まず弁天台場を目指す。かってこの田島という薩摩藩士は、新政府側の軍艦高雄丸の艦長をしていた。明治元年の十月に箱館の近くを通過したところ、不覚にも船ごと旧幕府軍に拿捕されてしまう。投獄され死を覚悟したが、捕虜の命を奪わないという、榎本の西洋式の考えによって無事津軽までの帰還を許された。そのため榎本に恩義を感じていた。
弁天台場は新政府側に包囲されていたが、田島は黒田の名をもって一旦攻撃を中止させる。そして白旗をかかげながら、この台場を任されている永井尚志に面会を申しいれた。田島は永井に、自らが直接榎本に会って今後の事を相談したいと申しいれた。
永井は五稜郭の榎本のもとに赴き、田島の言葉を伝えた。榎本は降伏するか否かはともかく、後々のことを話しあうことは重要なことであるので、田島の申し出をうけることにした。会見の場所は千代ケ岡台場に決定した。千代ケ岡台場は中島三郎助が将をつとめており、やはり新政府側と交戦中であったが、ここも一時休戦ということになった。
かくして高松凌雲、中島三郎父子、永井尚志たちが見守る中、榎本・田島会談が実現されることとなった。
「先日は高雄丸の件、死は免れぬところを寛大な処置により、命を救われもうした。ほんのこつお礼の言葉もござりもうさん」
と田島はまず、高雄丸拿捕の件で榎本に礼をいった。
「いや何、あれは戦時国際法に基づけば当然のこと、礼には及ばん」
榎本はつとめて冷静にいう。
この後、両者はおよそ一時間にわたり降伏云々について話しあったが、榎本は頑なにこれを拒否した。
「我らはもとよりここを死に場所とこころえておる。黒田殿に伝えるがよい、どうか存分に攻めかかってこられるがよろしいとな。ただし、君に一つだけ頼みがある」
榎本は懐から一冊の書物をとりだした。
「これは海律全書という。海の国際法とでもいうべきものだ。我らはじき死ぬ身であるかもしれんが、この本は日本国の後々のことを思うに、灰にするにはあまりに惜しい。どうか持ちかえって、この国の将来のために役立ててほしい。
例え我らの身が滅んでも、この国が新たな政府のもと一致団結して、列強に制圧されず、これに劣ることない国家となるなら、我らの戦いも無駄ではなかったと私は信じている」
榎本は無念を押し殺しながらいった。こうして交渉は事実上決裂して、田島は断腸の思いで黒田のもとへ去っていったのだった。
榎本はこの後、高松凌雲と共にここにやってきた、あの柳と二人きりになる時間をあたえられた。
「申し訳ない。私の力が及ばないばかりにこんなことになってしまった。俺はじき死ぬ。だがお前はすぐにここを立ち去れ」
「嫌です! 私は榎本様と最後まで生死を共に……」
「生死を共にするだと! それじゃあおめえどうするつもりだ! そのおなか中の子供を!」
柳の表情が豹変した。
「御存じだったのですか!」
「先生から全て聞いたよ。いいか、例え俺が死んでも俺の魂はおまえが生き続けるかぎり、ずっとお前と共にいる。早くに立ち去るのだ、手遅れにまる前にな」
「榎本様、どうかこの場所から永遠に見守っていてください。私と私の命より大事なこの新たな命を……。私にとり御前のひたむきさ、真摯さは希望でした。御前の魂を後々に伝えることこそ私のさだめ」
柳はまさに、榎本の目をまっすぐに見つめながらいった。
「柳よ、最後の一瞬が来る時まで俺のために祈ってくれ。お別れだ」
柳は思いがけず流れてくる涙を止めることができなかった。
翌日、柳は箱館の町が再び砲火にさらされる様をその目に焼きつけながら、船で蝦夷地を後にした。その後の柳のことは詳しくはわかっていない。子供のことも、はっきりとはわかっていないのである。
交渉は決裂し、箱館戦争はいよいよ終盤戦をむかえようとしていた。
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