邪馬台国の女王には隠し事がある

氷室ゆうり

文字の大きさ
3 / 4

敵襲

しおりを挟む
亀の甲羅を並べていく二人、
「そういえば、近いうちに洪水が来そうだからな、それっぽく振舞えよ。」
「この時期は毎年来るからね。まあ、早いうちに言っておけば予言っぽく伝わるだろうから頑張っとく。」
「…」
「なに?」
「いや、さっきから亀の甲羅ばっかり見てるけどせめて磨いてくれと思ってさ。」
「ああ、ごめん。」
「ったく。」
「だって、こういうの苦手だし…」
「見た目は女なのにこういう家事はへたくそだよなあ。ま、いいや、たまには洪水の被害を抑える方法でも考えとけ。」
「はーい」





「堤防を作ろうか。」
「まあ、間違ってはないが、金も時間もかかるぞ。」
「いいんだよ。間に合わなかったら間に合わなかったで判断が正しくても人々が間に合わなかっただけになるし。間に合わないかもよ?って言っといて提案だけしておこう。」
「…お前もなかなかあれだよなあ。」
お告げが正しいことが一番重要なのは二人ともわかっている。卑弥呼だって根っこのところは優しい性格だ。実際のところそこまで残酷な命令をすることはできない。そこまでは徳子も分かっていた。
(つってもたまにこういって変なたわごとをぶちまけるところがあるよな)
まあ、それで他人に迷惑をかけるわけでもないからと、昔から放置しているのも徳子だ。
「…なんだよ。」
気が付くと、卑弥呼がこちらを見ていたことに気づく。
どうしたのだろうか。
いろいろ心の中で陰口をたたいたのがばれたのだろうか。
俺がうんうん考えていると、徳子はきっとにらめつけてこう言い放った。



「背丈が僕を追い越したからってちょうしにのらないことだね!」
「そこじゃねえよ!」
以心伝心の代名詞は、いま、あっけなく崩れ落ちる。
明後日の方向に考えて、勝手に恨まれた無罪の徳子は突っ込みを入れるしかない。
(まったく、勘がいいくせに俺のことになると見当違いの答えにたどり着く、相も変わらず困った兄だ)
結局最後の一つまで徳子が片付け、甲羅掃除は無事終了した。

「さて、そろそろ僕は水浴びに行くから。」
「マジか、俺もいきたい」
「ダメ、男子禁制。」
「俺の兄ちゃんは女なんだな。」
「うん、今だけはね。」
「調子のいいやつめ。」
「否定はしない。だから君も自分の仕事に戻った方がいいよ。そろそろ国が攻めてきそうなんでしょ?」
さりげなく大事な話をかぶせる卑弥呼。
「ああ、今夜にでも大掛かりに会議をしようと思ってたんだ。どうもキナ臭くてな。」
「ん?普通の戦じゃないの?」
「わからんが、裏切り者がいるかもしれん。」
「ふーん。」
「ふーんておまえ」

「徳子。」
振り返ると、そこには優しそうな顔をした卑弥呼がいる。
「大丈夫、きっと何とかなる。」
「何とかするの俺だからね?」
「大丈夫。神のお告げで大丈夫って言ってる。」
「その神のお告げももとをただせば俺からの情報だからね?」
この時代でも指折り数える頭脳を持つ二人は、だがいっさいの油断なく、互いを信じぬいたらしい。以心伝心とまではいかなくとも、互いを信じたい心だけは、まさしく本物だった。
正直労働という意味では弟の方が明らかに重労働であった。
「僕はみんなの前で女の子として立ち回ってそれっぽいことを言い当てる。君は外を駆けずり回ってあちらこちらから情報を集めていく。やることこんだけ違っても?ほいっ」
「…ギャラは、おなじ。はあ」
現代の立場から客観的に見れば二人とも結構な働き者である。だが、当時の感覚で言えば、卑弥呼が圧倒的に楽をしているとみるものがほとんどなのかもしれない。






「さて、考えようか。相手の国は、確かクナ国とか言ったっけ。」
卑弥呼は頭を回転させる。先ほどはいろいろ言ったが、それでも考察くらいはしておいた方がたがいのためなのだ。
「まあ、裏切るとしたら戦争の真っ最中だよね。混乱に乗じて僕と徳子を打ち取れば新しい邪馬台国の女王になれるわけだし。」
こいつの頭の中ではだれしも女装が一般的になっているのだろうか。自分を中心にして考える。相手の立場に立って考える。まあ、いい方はいろいろあるがこれらはすべて自己中心的に他ならない。
「ん―逆に女の子が男の格好してもいいかもなーそれはそれで面白そうだし。」
そして、両親の残念なところもこの卑弥呼は十分に受け継いでいた。
そして、案外この二人だと弟の方がいい加減に見えてつっこみ気質だということがよくわかる。もし徳子がいれば、こんな風につっこんだはずだ。
―おい、なんで裏切り者議論で女子の男装の話になるんだ。と。


「…あれ?」
裏切り者のことを考えていたはずなのに、気づけば男装女子について考えてしまっている。
くしくも、これこそが日本史上初の男装女子を生むことになるとは、まだ誰も知らない。



「あれ?なんで男装なんて考えてたんだっけ?」
そんな物、筆者にだってわかるもんか。
だが、この卑弥呼、一見まともそうに見えてなんだかんだ天然なところがある。
「まあいいよね。ええと、あの国が攻めてくるのが仮に明後日として、うーん。城の守りを固めるように言っておこうかなー」
城の守りを固めさせてもし本当に来たらお告げが当たったとみんな大喜び、もし外れてこなくても気を引き締めるためにいったと勘違いしてもらえる。
そのような微妙なずるがしこさも卑弥呼は持っていた。
「それにしても、裏切り者、裏切り者かあ」
ぼんやりと考える。あり得ない前提だが、もし裏切り者が徳子なら、自分にできることはない、大人しく殺されて邪馬台国は徳子のものだ。
「だからそれはないとして、だったらしばらく徳子を近くに置いておいた方がいいかなあ?」
そう心の中で結論付けたところ、急に体が冷えてきた。
「戻ろう」
後ろを向いて付き人から衣服をもらおうと向かうと、
「卑弥呼様!おられましたか!」
「ん?は、はい、いますよ。」
瞬間真面目モードに切り替えた卑弥呼。
「どうしましたか?近いうちにクナ国の連中が攻めてきそうですからね。気を張ってください。」
おおと、歓声が上がる。卑弥呼の予言は大体こういう形でさりげなく行うのだ。それで、当たったところだけを救い上げる。これこそ卑弥呼の処世術だ。
だが、卑弥呼は運を持ってはいるが、その分トラブルメーカーでもあった。
兵士の一人がこういったのだ。
「さすがは卑弥呼様!現在クナ国の兵隊がこちらへ向かっております!いかがなさいましょう!」
(ええーっ!今日きちゃうの?)
徳子の馬鹿と、言いたくなった卑弥呼だが、あくまでも情報は情報。
少しずれたならうまいこと合わせればいいのである。
「まだこちらには向かってないはず。なんとしても食い止めなさい、と、我らが神のお告げです。」
「はっ!」
一礼して兵士は駆け出す。そして卑弥呼はおつきのものに、
「今から緊急会議を行うから、主要な面々を集めるように。」
と、女王としても威厳のある声で、告げた。











「兄さん、今帰った、会議は?」
「もう終わった。遅いよ。近々とか言ってたじゃん、なんですぐそばまで来てるのさ。」
「…ごめん」
「…素直に謝らないでよ。不安になる。」
徳子がいいわけもせずに謝られると、卑弥呼はとてつもなく不安になった。自分が割と言い訳をしまくる分、徳子にも言い訳してもらわないと困るらしい。難儀な性格だ。
そんな不安そうな卑弥呼に、徳子はこらえきれず笑い出す。
「悪い悪い、こっちも情報を集めてたんだ。」
「・・・もう。ふふっ」
そもそも、そんなことは卑弥呼も分かり切っている。だからそれほど強く徳子をいさめたわけではない。
ただ、徳子がいつも通り振舞ってくれたことがうれしかったのだ。
「軽く見てきたが、あれは、乗り込んでくるぞ。」
「分かってる。国の中に乗り込まれる前に何とかしたいけど。裏切り者をどうにかしないといけないね。」
「策は?」
「主要な面々の誰かが裏切り者かと思ったけど、正直皆怪しく見えた。もうみんな裏切り者なんじゃないかな?」
「全員殺すか?暴君だな。そりゃ。」
「まさか!なんだかんだ言って気に入ってるのもいるし、できるだけ信じたい。」
「…兄さんはいいやつなのか悪いやつなのか時々わからん。」
「男なのか女なのかも、最近は分からなくなってきたよ。」
「…とうとう自分で言いだしたな。」
それは今に始まったことではないが、徳子も思っていたことだった。








「じゃあ、そういうことで。」
「うん、気を付けてね。」
その後、裏切り者対策の話し合いを済ませ、卑弥呼は社に引きこもった。
どのみち明日には戦争になる。いつ死んでもいいように最後の言葉を交わしておくべきか、とも一瞬だけ思ったが、どちらが死んでも邪馬台国はある意味終わったようなものだ。
だから、なんとしても生き延びねばならない。
生き延びるのだから別れの言葉はいらない。
そう結論付けた卑弥呼は、亀の甲羅コレクションの一つに火をつけ、
「大丈夫、僕はこの世界の誰よりも亀の甲羅を大事にしてきた。ヒビからだってわかることはたくさんあるはずだ。」
最後は本気で神頼み。この期に及んでと言われるかもしれないが、それこそ神の妻にふさわしい。どこの神話でも神の妻とは理不尽で気まぐれなものが多いのだ。
だから、吉と出るか、凶と出るか、それは本当に天のみぞ知る。







そして、邪馬台国にも敵兵は攻め込んでくる。
「行けっ!男は皆殺しだっ!」
『ヒャッハー!』
何とも悪役らしい悪役が攻め込んできた。
「おい!女がいるぞ!捕まえろっ!」
幸い数は大したことがないが、それでも、敵を国内にいれてしまったことが危機以外の何物でもない。
「おおっ、こいつは上物だなっ」
だが、運の悪いやつもいる。
ザシュッ
「僕は、男だっ!」
死にゆくものになら正体を明かしてもいいかと一言。そして、あえてそこそこ見つかるように社へと逃げていく卑弥呼。
それを見逃すはずもないのが敵兵たち。
「ん?あやつは卑弥呼ではないか?とらえろっ!」
『うおおおおっ』
卑弥呼は男であるがそれでも半分女の子のようなものだ。だからそこまでの運動能力があるわけではない。ないが。
「くそっつ、ちょこまかと。」
「おい、見失った!」
幸い卑弥呼には地の利がある。そして微妙に何人かに見つかりながらも、何とか社へ逃げ込むことに成功した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...