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「うーん、まずいな。大丈夫だろうか。」
社へ逃げ込んだ卑弥呼は想定を超える惨状に少しだけ不安になる。卑弥呼たちの予想が正しければ、そろそろ裏切り者が出てきそうだ。
「がんばれ、徳子」
そして、その卑弥呼の頑張れは、徳子に届いたのだろうか。
「聞こえてるぜ兄さん、この戦いを無事切り抜けたらあんたがお姉さんになって一生俺を甘やかしてくれるって声が。」
卑弥呼の頑張れは、まるで伝言ゲームのように、あることないこと付け足した形で徳子に伝わった。やっぱりこの二人、以心伝心からは程遠い。
そしてその直後、徳子の背に刃が突き刺さる―
「来ると思った。」
「!?」
「いやいや、見事なもんだぞ。混乱に乗じて国を乗っ取る。なんだかんだ言って有効な方法だよな。おっさん。」
「ふふ、気づいておったか。だが遅い。もう社は完全に包囲されておる。そこに卑弥呼がおるのだろう。奴を殺せばあとはお前だけ。そこまで行けばほおっておいても国は落ちるだろう。」
裏切り者の言う通り、社に卑弥呼がいるのも事実、今から急いで向かっても間に合わない。暗殺をこの位置にしたところまで含めてこの男の策略なのだろう。
だが、
「悪くない読みだが。悪いな。」
脱兎のごとく走り出す徳子。
「ばかめ!もう終わっておるわ!」
「ああっ!確かに今回の策略、俺らにはまったくよめなかったわ!」
裏切り者の存在までは読めても、それが誰かまでが全く分からなかった。そしてこの状況も装丁より大きく何人も犠牲が出ている。卑弥呼も徳子も、決して特別優秀な王ではない。
だが―
「でもな!うちの卑弥呼がそう簡単に死ぬもんかよ!」
卑弥呼の生存を信じ、徳子は社へ向かって走り続ける。
そして―
「ほうら!いきてた!」
社の前で絶体絶命ではあるが、確かに首のつながった卑弥呼の姿がそこにはあった。
(ナイス!)
マジでくたばる5秒前だった現在、徳子が来てくれた。
卑弥呼は兄弟のきずなを信じて目で合図を送る。
(社を取り囲まれて何とか出てきたんだよ!ほかに打開策がなかったの!)
当初は社の隠れ通路から逃げ出すという計画があったが、こうなってしまっては仕方がない。
(後はいつもの強運に任せて、徳子の策略で何とかするだけ!頑張って!)
そう目で訴えるも、徳子は明後日の方を向いている。
そうなると、今まで何とか持ちこたえていた卑弥呼もだんだんとその心が折れてくる。
(え…うそでしょ?こっちを向いてよ、徳子!)
もうその目は彼氏に振り向いてほしい彼女の眼だ。実際先ほど空回りの男をもう楽できないかとそれっぽいしぐさを見せている。だが、結果は御覧のありさまで、徳子はこちらを振り向いてすらくれない。卑弥呼はとんでもなく焦りだした。
(こっちをじろじろ見るなバカ!立ててもない作戦を感づかれるだろうが!)
徳子は、激怒した。必ず、この無駄に色っぽい王を涙目にさせてやろうと決意した。
信頼関係というのは長い付き合いと、お互いがお互いを思いやる気持ちがはぐくむものだ。そして、その二つはもともとこの兄弟には備わっているもの。
そこに関してはこの二人も全く持って心配していない。
だが、それが備わっているからと言って、信頼関係というものは本番であてにしてはいけない。
それが、兄弟が今日得るべき教訓に他ならなかった。
「ふふ、お前たち二人さえ片付けてしまえば、邪馬台国は我がもの、すでにクナ国の国王と話はついておる。」
黙り込んでしまった二人に対し、国王が話し出した。
これこそが後のこの兄弟と、この男の運命を決めることになる。
「安心せよ、お前たちが死んだのちは、私がこの国を引き継いでやろう。女の力ではなく、これからは男の時代がやってくる。お前は最後の女王として立派に務めを果たしたのだ。胸を張るがいい。…あまりないな。ははっ」
現代ならばセクハラと言われても仕方がない言葉は、しかし卑弥呼が男である以上、当然と言えば当然である。
上機嫌になった裏切り者は、しかし、
「その美しさ、本来ならば夜の相手でもさせておきたいところだが、今回ばかりは仕方がない。運命を恨むことだ。」
その時、黙り込んでいた卑弥呼が一言。
「まさか。あなたの相手なんてしたくもないわね。」
もともと男の上に、こんなあさましい男の相手は絶対に嫌だと断言する。
それは、卑弥呼にできる精いっぱいの抵抗だった。
「ふん、その言葉が貴様の最期か、弓ひけい!」
兵士たちが弓を構える。
そして、いつでも放たれる準備が出たところで、
「ひ、一つ予言をしてあげましょう、雨が降ります。」
「なにを」
徳子はよく知っていたが、卑弥呼は確かにあきらめが悪い。生き恥でも何でもさらしまくるタイプだ。
天が卑弥呼に味方したのかどうか、それは分からない。
ただ、卑弥呼は生き残りたい一心と、徳子が空を見たことを雨が降ると解釈して最後のばくちに出ただけだ。
そして、
ポツリと、一人の敵兵のもとに、雨粒が当たった。
この時代は火縄銃などは使われない。ゆえに雨が降ろうが弓矢の危険性は変わらず、万一手元が滑るとしても、剣に持ちかればいいだけの話である。
だが、卑弥呼の予言どおり、雨が降ったという事実は兵士たちを驚かせた。
そして、そのすきを見逃す徳子ではない。
(兄さん、こいつら懐柔しろ!)
これが伝わらなければおしまいだと、最後の願いを込めて兄にメッセージを伝えた。
(よっしゃあ!ふった!降ったよ!徳子!)
とっさに徳子を見ると、睨み返された。
卑弥呼は知っている。これは、卑弥呼が仕事をさぼった時にする顔だ。
(言われなくても分かってるってば!)
そして今度は以心伝心など必要ない。働けということだ。誰だってわかる。
必要な物をしっかりと見抜く目さえあれば、この邪馬台国を守り抜く意志さえあれば、だれでも自然と口は動く。
「お聞きなさい。みての通り私の予言は外れません、今私に弓を引けば、あなた方に永遠に続く苦痛が与えられると予言します。」
たかが予言。しかしこの時代においての卑弥呼の予言は、国の動きすら捻じ曲げるほどの力がある。
そして、極めつけに一言。
「信じていないものもいるようですね。よろしい。では予言します。いまから我が弟とそこの裏切り者が決闘します。私は弟が勝つと予言します。裏切り者が死んだならば、あなたたちまで罪をかぶることはない。忠誠を誓い、私の元に戻りなさい。」
よくもまあ、ここまでぺらぺらと、と思ったのは、徳子も裏切り者も同じこと。
だが、この提案は二人をしてもそこまで悪いものでもなかった。
「よいだろう。正当にお前を殺せば正式に我が王になれる。」
「ほんと、うちの姉さんはわがままなんだからなあもう。」
向かい合う二人、いつの間にか間に腰掛ける卑弥呼。
「あなたたち、何をしているのですか。弓を下ろしなさい。」
兵士たちとしても想定外の事態に戸惑っている。しかも自分たちのリーダーが話に乗ってしまった以上、確かに弓を構える必要はない。どのみち自分たちの安全は確保された。退路を用意されればそこに向かうのは人間の性である。
「…わかりました」
こうして、卑弥呼と兵士たちの立会いの下、弟と裏切り者の決闘が始まったのである。
「ちょうどいい、お前を殺したのち、あの女も一晩だけ遊んでやろう。殺すのはそのあとでもいい。いい大義名分ができたものだ。」
「ほざけ、お前なんかにうちの兄弟を渡すもんか。分かってるのか?おまえ、姉さん一人に誘導されて決闘にまで誘導された。劣勢だった戦況はお前のあほな判断のおかげで5分5分にまで戻ったんだ。お前は王の器じゃねえ。大人しくここで死んどけ。」
「やかましいっ!」
裏切り者の刃物が音を立てて徳子の胴を切り裂かんと向かう。
だが、
「おりゃっ」
一撃を受け流すかのように同じく剣で受け止める徳子。
「ほう、ろくな戦の経験もないであろうおぬしが、よくこれを受け止めたな。」
「知るかよ。お前が俺より弱いだけだ。気にすんな。」
そして、剣をはじき、間髪入れずに切り返す。
「ぬう…!」
「ま、お告げで俺が勝つことは決まってるんだ。大人しく死んどけ。」
そう、戦局が互角、わずかに徳子に傾いているのもお告げの影響がある。
お告げで負けると宣言された。その事実は想像以上に裏切り者を精神的に追い詰めていた。
この時代においては、お告げの力はそれほどに強かったのだ。
「わかったかい?お前は最初から間違いまくってるんだよ。」
「間違いだと!私が何を間違えた!」
「一つ一つあげればきりがねえよ。」
徳子の剣がわき腹をえぐる。そのまま下へ向けて切り込みを入れると、裏切り者は片膝をついた。
「ぐっ、ぐううっ!」
呻く裏切り者だが、これで決着はついた。
「まあ、黄泉の国への土産に教えておいてやる。」
そして、裏切り者にのみ聞こえる声で一言。
周りの兵士たちは何一つ聞き取れなかった。だが、当の裏切り者は、
「な!、そんな、そんなことがあるか!あ、あの見た目は、間違いなく…」
と、卑弥呼を見て信じられないと、徳子の嘘だと断言する。
だが、
「それがあり得るのが現実なんだよ。最後に知れてよかったな。」
じゃあな、と、動けなくなったその首をはねたのだ。
その顔は、恐怖というよりは驚愕に包まれていたとのことである。
卑弥呼の予言が当たったこと、裏切り者が、自分たちの上司が死んだこと。また、最後に何か発狂させられたこと。これだけの事実を前に、敵だった兵たちは神の奇跡を目の当たりにした。
そして、そのすきをうまく着くのが卑弥呼という女王だ。
「さあ、これで私の予言はすべて当たりました。ですが、神のお告げではあなた方を許すように言われています。誰が言い出したか、どういう計画だったか。どこの国とつながりがあるかを洗いざらいすべて話しなさい。そうすれば、私も神の、我が夫の意思に逆らうつもりはありません。」
それは、国内の戦いが終結した合図でもあった。
そして、その日の晩。
「さて、あとは報復を済ませるだけかな。」
「そうだね。でも、その前に」
トントンと、座りなさいと、卑弥呼が合図を出す。
これは説教だろうなあと思いつつも、あえて曲解した徳子は、卑弥呼の膝の上に頭をのせる。膝枕だ。
怒られるならせめて相手の周りに入り込んでやる。これが徳古流のしのぎ方だ。
そもそも、卑弥呼にだって反省点は多いのだ。少しはいい思いがしたい。自分の兄でも、男であっても、それでも実際心地いいのだから仕方がない。
「…そういうつもりで行ったわけじゃないんだけど。」
「いやいや、どう考えてもこれは女の足だ。すごいな、あの裏切り者のおっさんも最後に無茶苦茶狼狽してたし、ははっ。」
「そう、その話をしようってことだよ。いくら死にゆくものにだってそうやすやすと伝えないでよね?」
そういうセリフが命取りになる、と、たしなめる卑弥呼。これには徳子も一応反省しているようで。
「ま、まあ、悪かったと言えば悪かったよ。だって、その辺の男にあんたをくれてやりたくなかったって言うか。偉そうなことを言われてむかついたというか…」
「もう、まったく。」
だが、卑弥呼の表情はそこまで怒ってはいないようで。
「体が凝った。揉んで?、それで許したげる」
「ん、了解。」
「ん、んんっ、あっ」
室内に響く甘ったるい声。だが残念、男同士の、兄弟のただのマッサージである。
とはいえ、
「…もう少し静かにしてくれませんか兄さん。あんたの声、なんか変な気分になるんだが。」
「…無理っ、ああっ」
「…まったく、最後の仕事が残ってるのを忘れないでくれよ?」
「わ、分かってるって、あ、そこ、そこっ、ああっ」
最後の仕事、クナ国への報復である。
「や、夜襲を仕掛ける準備は整ってるでしょ?今日は雨は降らないだろうから、火をつけて弓矢で放って出てきたところを殺していきますっ、ひゃああっ」
「可愛らしい声をあげるなぁ、ほんと、いざとなれば俺が抱きたいくらいだ。ま、それはさておき、作戦はやっぱり変更なし。今晩に出発して仕掛ける。」
「うんっ。…ちょっとまって、今回は前半の言葉が気になるんだけど…」
「さあ、出発だ。」
「待って!徳子、君は僕を何だと思って…!」
だが、振り向いた徳子の言葉に思わず黙り込んでしまう卑弥呼。
「何って、俺の大事な、邪馬台国の女王様だよ。」
「…複雑」
微妙に顔が赤くなっていたことは、徳子は気づいていたのだろうか。
「逃げ出してきたぞっ」
「今だ!うてっ!」
結論から言えば、この戦争は大成功である。司令官からの発射の合図が出るたびに犠牲者が現れ、この一晩で、クナ国は歴史から姿を消した。
訂正。一晩では終わらなかった。三日かかった。
だが、そのほかの事案については特にさしたる抵抗もなく。そしてとくにここに書き留めるようなこともなく。
この時代の家は藁で出来ているためよく燃える。
どこへ逃げればよいかもわからないところへ矢を放てば誰かに当たる。
それほどに楽な戦であったことは確かだ。
一つ特別なことをあげるとすれば、その戦に、卑弥呼と徳子が参加していたことくらいだ。
「いいのか?国を開けるのは危険だろう?」
「いいの。今回ばかりは、ちゃんと最後まで見届けないとね。」
「そっか。」
二人が何を思ったか。自分の国に攻め込まれた以上最後まで蹴りをつけたかったのかもしれない。
そして、この戦いを最後に、二人が戦場に足を運ぶことはなくなった。
それは別に悪いことがあったわけではない。
国が思ったより繁栄して、忙しくなったからである。
「あの、兄者?」
「ん?」
ある日の昼下がり、珍しく占いをする兄弟二人がそこにあった。
「兄貴はともかく、完全な男の俺が占いをするってのもおかしくないか?」
「僕も男だからね。君に手伝ってもらうことにはまったくもって違和感ないよ。」
「…頼むから持ってくれ。」
「ふふっ、やだ。」
「ったく」
二人は甲羅を火であぶっている。割れ目のひびを見て結果を見るあれだ。
「どうだ?」
「わかんない」
「おい」
珍しく占っているのは、邪馬台国の今後。
今回の一件で少しばかり神様にも世話になったと判断した二人は、少しばかり供物を増やし、また、普段は行わない占いにも手を付けようと思ったらしい。
そして、その結果は―
「…たぶん、当面は大丈夫だと思うけど。」
「けど?」
「やっぱり、いつかは滅ぶよ?この国」
「…まあ、滅びない国なんてないだろうしな。そん時はもう、俺たちも別の国にいるだろうし…黄泉の国だけど。」
何やらしんみりしたムードが漂う二人、だが、
「悪いことばかりでもないよ。なんか、もう少ししたら優秀な子が生まれるみたい。名前は…「いよ」とかだといいなあ」
「占いで希望を出すなよ。」
「え?占いってそれっぽかったり、そうだったらいいなって感じじゃない?あ!そうだ!僕が適当な子を見繕ってその子に名付ければいいんだ!」
卑弥呼のあんまりな占いの解釈に呆れてしまう徳子。
だが、
「まあ、俺らが死ぬまで平和なら、まあいいか。」
「そうだね。」
「こうやって、お姉さまの膝枕もできることだし。」
「…もう、まったく」
この二人、歴史上では兄の、否、姉としての方しか伝えられていないが、それでも確かに、彼らは生き延びた。希望的観測でもない。ただの事実である。
神の妻は、男であった。
男であっても、やはり神に愛されたのか。もしくは神以外でも誰かに愛されたことがこの結果を生んだのか。それは最大の謎ですらない。永遠の謎である。
だが、彼ら兄弟にとっては、この生き抜いた時代こそが唯一無二の真実なのだ。
これは、謎おおき邪馬台国の、その真実の一端。なのかもしれない。
社へ逃げ込んだ卑弥呼は想定を超える惨状に少しだけ不安になる。卑弥呼たちの予想が正しければ、そろそろ裏切り者が出てきそうだ。
「がんばれ、徳子」
そして、その卑弥呼の頑張れは、徳子に届いたのだろうか。
「聞こえてるぜ兄さん、この戦いを無事切り抜けたらあんたがお姉さんになって一生俺を甘やかしてくれるって声が。」
卑弥呼の頑張れは、まるで伝言ゲームのように、あることないこと付け足した形で徳子に伝わった。やっぱりこの二人、以心伝心からは程遠い。
そしてその直後、徳子の背に刃が突き刺さる―
「来ると思った。」
「!?」
「いやいや、見事なもんだぞ。混乱に乗じて国を乗っ取る。なんだかんだ言って有効な方法だよな。おっさん。」
「ふふ、気づいておったか。だが遅い。もう社は完全に包囲されておる。そこに卑弥呼がおるのだろう。奴を殺せばあとはお前だけ。そこまで行けばほおっておいても国は落ちるだろう。」
裏切り者の言う通り、社に卑弥呼がいるのも事実、今から急いで向かっても間に合わない。暗殺をこの位置にしたところまで含めてこの男の策略なのだろう。
だが、
「悪くない読みだが。悪いな。」
脱兎のごとく走り出す徳子。
「ばかめ!もう終わっておるわ!」
「ああっ!確かに今回の策略、俺らにはまったくよめなかったわ!」
裏切り者の存在までは読めても、それが誰かまでが全く分からなかった。そしてこの状況も装丁より大きく何人も犠牲が出ている。卑弥呼も徳子も、決して特別優秀な王ではない。
だが―
「でもな!うちの卑弥呼がそう簡単に死ぬもんかよ!」
卑弥呼の生存を信じ、徳子は社へ向かって走り続ける。
そして―
「ほうら!いきてた!」
社の前で絶体絶命ではあるが、確かに首のつながった卑弥呼の姿がそこにはあった。
(ナイス!)
マジでくたばる5秒前だった現在、徳子が来てくれた。
卑弥呼は兄弟のきずなを信じて目で合図を送る。
(社を取り囲まれて何とか出てきたんだよ!ほかに打開策がなかったの!)
当初は社の隠れ通路から逃げ出すという計画があったが、こうなってしまっては仕方がない。
(後はいつもの強運に任せて、徳子の策略で何とかするだけ!頑張って!)
そう目で訴えるも、徳子は明後日の方を向いている。
そうなると、今まで何とか持ちこたえていた卑弥呼もだんだんとその心が折れてくる。
(え…うそでしょ?こっちを向いてよ、徳子!)
もうその目は彼氏に振り向いてほしい彼女の眼だ。実際先ほど空回りの男をもう楽できないかとそれっぽいしぐさを見せている。だが、結果は御覧のありさまで、徳子はこちらを振り向いてすらくれない。卑弥呼はとんでもなく焦りだした。
(こっちをじろじろ見るなバカ!立ててもない作戦を感づかれるだろうが!)
徳子は、激怒した。必ず、この無駄に色っぽい王を涙目にさせてやろうと決意した。
信頼関係というのは長い付き合いと、お互いがお互いを思いやる気持ちがはぐくむものだ。そして、その二つはもともとこの兄弟には備わっているもの。
そこに関してはこの二人も全く持って心配していない。
だが、それが備わっているからと言って、信頼関係というものは本番であてにしてはいけない。
それが、兄弟が今日得るべき教訓に他ならなかった。
「ふふ、お前たち二人さえ片付けてしまえば、邪馬台国は我がもの、すでにクナ国の国王と話はついておる。」
黙り込んでしまった二人に対し、国王が話し出した。
これこそが後のこの兄弟と、この男の運命を決めることになる。
「安心せよ、お前たちが死んだのちは、私がこの国を引き継いでやろう。女の力ではなく、これからは男の時代がやってくる。お前は最後の女王として立派に務めを果たしたのだ。胸を張るがいい。…あまりないな。ははっ」
現代ならばセクハラと言われても仕方がない言葉は、しかし卑弥呼が男である以上、当然と言えば当然である。
上機嫌になった裏切り者は、しかし、
「その美しさ、本来ならば夜の相手でもさせておきたいところだが、今回ばかりは仕方がない。運命を恨むことだ。」
その時、黙り込んでいた卑弥呼が一言。
「まさか。あなたの相手なんてしたくもないわね。」
もともと男の上に、こんなあさましい男の相手は絶対に嫌だと断言する。
それは、卑弥呼にできる精いっぱいの抵抗だった。
「ふん、その言葉が貴様の最期か、弓ひけい!」
兵士たちが弓を構える。
そして、いつでも放たれる準備が出たところで、
「ひ、一つ予言をしてあげましょう、雨が降ります。」
「なにを」
徳子はよく知っていたが、卑弥呼は確かにあきらめが悪い。生き恥でも何でもさらしまくるタイプだ。
天が卑弥呼に味方したのかどうか、それは分からない。
ただ、卑弥呼は生き残りたい一心と、徳子が空を見たことを雨が降ると解釈して最後のばくちに出ただけだ。
そして、
ポツリと、一人の敵兵のもとに、雨粒が当たった。
この時代は火縄銃などは使われない。ゆえに雨が降ろうが弓矢の危険性は変わらず、万一手元が滑るとしても、剣に持ちかればいいだけの話である。
だが、卑弥呼の予言どおり、雨が降ったという事実は兵士たちを驚かせた。
そして、そのすきを見逃す徳子ではない。
(兄さん、こいつら懐柔しろ!)
これが伝わらなければおしまいだと、最後の願いを込めて兄にメッセージを伝えた。
(よっしゃあ!ふった!降ったよ!徳子!)
とっさに徳子を見ると、睨み返された。
卑弥呼は知っている。これは、卑弥呼が仕事をさぼった時にする顔だ。
(言われなくても分かってるってば!)
そして今度は以心伝心など必要ない。働けということだ。誰だってわかる。
必要な物をしっかりと見抜く目さえあれば、この邪馬台国を守り抜く意志さえあれば、だれでも自然と口は動く。
「お聞きなさい。みての通り私の予言は外れません、今私に弓を引けば、あなた方に永遠に続く苦痛が与えられると予言します。」
たかが予言。しかしこの時代においての卑弥呼の予言は、国の動きすら捻じ曲げるほどの力がある。
そして、極めつけに一言。
「信じていないものもいるようですね。よろしい。では予言します。いまから我が弟とそこの裏切り者が決闘します。私は弟が勝つと予言します。裏切り者が死んだならば、あなたたちまで罪をかぶることはない。忠誠を誓い、私の元に戻りなさい。」
よくもまあ、ここまでぺらぺらと、と思ったのは、徳子も裏切り者も同じこと。
だが、この提案は二人をしてもそこまで悪いものでもなかった。
「よいだろう。正当にお前を殺せば正式に我が王になれる。」
「ほんと、うちの姉さんはわがままなんだからなあもう。」
向かい合う二人、いつの間にか間に腰掛ける卑弥呼。
「あなたたち、何をしているのですか。弓を下ろしなさい。」
兵士たちとしても想定外の事態に戸惑っている。しかも自分たちのリーダーが話に乗ってしまった以上、確かに弓を構える必要はない。どのみち自分たちの安全は確保された。退路を用意されればそこに向かうのは人間の性である。
「…わかりました」
こうして、卑弥呼と兵士たちの立会いの下、弟と裏切り者の決闘が始まったのである。
「ちょうどいい、お前を殺したのち、あの女も一晩だけ遊んでやろう。殺すのはそのあとでもいい。いい大義名分ができたものだ。」
「ほざけ、お前なんかにうちの兄弟を渡すもんか。分かってるのか?おまえ、姉さん一人に誘導されて決闘にまで誘導された。劣勢だった戦況はお前のあほな判断のおかげで5分5分にまで戻ったんだ。お前は王の器じゃねえ。大人しくここで死んどけ。」
「やかましいっ!」
裏切り者の刃物が音を立てて徳子の胴を切り裂かんと向かう。
だが、
「おりゃっ」
一撃を受け流すかのように同じく剣で受け止める徳子。
「ほう、ろくな戦の経験もないであろうおぬしが、よくこれを受け止めたな。」
「知るかよ。お前が俺より弱いだけだ。気にすんな。」
そして、剣をはじき、間髪入れずに切り返す。
「ぬう…!」
「ま、お告げで俺が勝つことは決まってるんだ。大人しく死んどけ。」
そう、戦局が互角、わずかに徳子に傾いているのもお告げの影響がある。
お告げで負けると宣言された。その事実は想像以上に裏切り者を精神的に追い詰めていた。
この時代においては、お告げの力はそれほどに強かったのだ。
「わかったかい?お前は最初から間違いまくってるんだよ。」
「間違いだと!私が何を間違えた!」
「一つ一つあげればきりがねえよ。」
徳子の剣がわき腹をえぐる。そのまま下へ向けて切り込みを入れると、裏切り者は片膝をついた。
「ぐっ、ぐううっ!」
呻く裏切り者だが、これで決着はついた。
「まあ、黄泉の国への土産に教えておいてやる。」
そして、裏切り者にのみ聞こえる声で一言。
周りの兵士たちは何一つ聞き取れなかった。だが、当の裏切り者は、
「な!、そんな、そんなことがあるか!あ、あの見た目は、間違いなく…」
と、卑弥呼を見て信じられないと、徳子の嘘だと断言する。
だが、
「それがあり得るのが現実なんだよ。最後に知れてよかったな。」
じゃあな、と、動けなくなったその首をはねたのだ。
その顔は、恐怖というよりは驚愕に包まれていたとのことである。
卑弥呼の予言が当たったこと、裏切り者が、自分たちの上司が死んだこと。また、最後に何か発狂させられたこと。これだけの事実を前に、敵だった兵たちは神の奇跡を目の当たりにした。
そして、そのすきをうまく着くのが卑弥呼という女王だ。
「さあ、これで私の予言はすべて当たりました。ですが、神のお告げではあなた方を許すように言われています。誰が言い出したか、どういう計画だったか。どこの国とつながりがあるかを洗いざらいすべて話しなさい。そうすれば、私も神の、我が夫の意思に逆らうつもりはありません。」
それは、国内の戦いが終結した合図でもあった。
そして、その日の晩。
「さて、あとは報復を済ませるだけかな。」
「そうだね。でも、その前に」
トントンと、座りなさいと、卑弥呼が合図を出す。
これは説教だろうなあと思いつつも、あえて曲解した徳子は、卑弥呼の膝の上に頭をのせる。膝枕だ。
怒られるならせめて相手の周りに入り込んでやる。これが徳古流のしのぎ方だ。
そもそも、卑弥呼にだって反省点は多いのだ。少しはいい思いがしたい。自分の兄でも、男であっても、それでも実際心地いいのだから仕方がない。
「…そういうつもりで行ったわけじゃないんだけど。」
「いやいや、どう考えてもこれは女の足だ。すごいな、あの裏切り者のおっさんも最後に無茶苦茶狼狽してたし、ははっ。」
「そう、その話をしようってことだよ。いくら死にゆくものにだってそうやすやすと伝えないでよね?」
そういうセリフが命取りになる、と、たしなめる卑弥呼。これには徳子も一応反省しているようで。
「ま、まあ、悪かったと言えば悪かったよ。だって、その辺の男にあんたをくれてやりたくなかったって言うか。偉そうなことを言われてむかついたというか…」
「もう、まったく。」
だが、卑弥呼の表情はそこまで怒ってはいないようで。
「体が凝った。揉んで?、それで許したげる」
「ん、了解。」
「ん、んんっ、あっ」
室内に響く甘ったるい声。だが残念、男同士の、兄弟のただのマッサージである。
とはいえ、
「…もう少し静かにしてくれませんか兄さん。あんたの声、なんか変な気分になるんだが。」
「…無理っ、ああっ」
「…まったく、最後の仕事が残ってるのを忘れないでくれよ?」
「わ、分かってるって、あ、そこ、そこっ、ああっ」
最後の仕事、クナ国への報復である。
「や、夜襲を仕掛ける準備は整ってるでしょ?今日は雨は降らないだろうから、火をつけて弓矢で放って出てきたところを殺していきますっ、ひゃああっ」
「可愛らしい声をあげるなぁ、ほんと、いざとなれば俺が抱きたいくらいだ。ま、それはさておき、作戦はやっぱり変更なし。今晩に出発して仕掛ける。」
「うんっ。…ちょっとまって、今回は前半の言葉が気になるんだけど…」
「さあ、出発だ。」
「待って!徳子、君は僕を何だと思って…!」
だが、振り向いた徳子の言葉に思わず黙り込んでしまう卑弥呼。
「何って、俺の大事な、邪馬台国の女王様だよ。」
「…複雑」
微妙に顔が赤くなっていたことは、徳子は気づいていたのだろうか。
「逃げ出してきたぞっ」
「今だ!うてっ!」
結論から言えば、この戦争は大成功である。司令官からの発射の合図が出るたびに犠牲者が現れ、この一晩で、クナ国は歴史から姿を消した。
訂正。一晩では終わらなかった。三日かかった。
だが、そのほかの事案については特にさしたる抵抗もなく。そしてとくにここに書き留めるようなこともなく。
この時代の家は藁で出来ているためよく燃える。
どこへ逃げればよいかもわからないところへ矢を放てば誰かに当たる。
それほどに楽な戦であったことは確かだ。
一つ特別なことをあげるとすれば、その戦に、卑弥呼と徳子が参加していたことくらいだ。
「いいのか?国を開けるのは危険だろう?」
「いいの。今回ばかりは、ちゃんと最後まで見届けないとね。」
「そっか。」
二人が何を思ったか。自分の国に攻め込まれた以上最後まで蹴りをつけたかったのかもしれない。
そして、この戦いを最後に、二人が戦場に足を運ぶことはなくなった。
それは別に悪いことがあったわけではない。
国が思ったより繁栄して、忙しくなったからである。
「あの、兄者?」
「ん?」
ある日の昼下がり、珍しく占いをする兄弟二人がそこにあった。
「兄貴はともかく、完全な男の俺が占いをするってのもおかしくないか?」
「僕も男だからね。君に手伝ってもらうことにはまったくもって違和感ないよ。」
「…頼むから持ってくれ。」
「ふふっ、やだ。」
「ったく」
二人は甲羅を火であぶっている。割れ目のひびを見て結果を見るあれだ。
「どうだ?」
「わかんない」
「おい」
珍しく占っているのは、邪馬台国の今後。
今回の一件で少しばかり神様にも世話になったと判断した二人は、少しばかり供物を増やし、また、普段は行わない占いにも手を付けようと思ったらしい。
そして、その結果は―
「…たぶん、当面は大丈夫だと思うけど。」
「けど?」
「やっぱり、いつかは滅ぶよ?この国」
「…まあ、滅びない国なんてないだろうしな。そん時はもう、俺たちも別の国にいるだろうし…黄泉の国だけど。」
何やらしんみりしたムードが漂う二人、だが、
「悪いことばかりでもないよ。なんか、もう少ししたら優秀な子が生まれるみたい。名前は…「いよ」とかだといいなあ」
「占いで希望を出すなよ。」
「え?占いってそれっぽかったり、そうだったらいいなって感じじゃない?あ!そうだ!僕が適当な子を見繕ってその子に名付ければいいんだ!」
卑弥呼のあんまりな占いの解釈に呆れてしまう徳子。
だが、
「まあ、俺らが死ぬまで平和なら、まあいいか。」
「そうだね。」
「こうやって、お姉さまの膝枕もできることだし。」
「…もう、まったく」
この二人、歴史上では兄の、否、姉としての方しか伝えられていないが、それでも確かに、彼らは生き延びた。希望的観測でもない。ただの事実である。
神の妻は、男であった。
男であっても、やはり神に愛されたのか。もしくは神以外でも誰かに愛されたことがこの結果を生んだのか。それは最大の謎ですらない。永遠の謎である。
だが、彼ら兄弟にとっては、この生き抜いた時代こそが唯一無二の真実なのだ。
これは、謎おおき邪馬台国の、その真実の一端。なのかもしれない。
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