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愛の日には苦い薬を……

【1】

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その冬。
東京は記録的な寒波に見舞われていた。

「ジェイさんっ」

 女の子が自分の名前を呼びながら走ってくる姿は、なんでこんなに可愛いんだろう、と慈英は思う。
 今日も小雪は、真っ白だ。白いふわふわした素材のスカートに、白いもこもこした丈の短めのダウンを羽織って、ニーハイブーツまでも真っ白だ。

「小雪ちゃん。転ばないでね」
「だ、大丈夫だもんっ」

「そか……今日も可愛いね」
 小雪の恰好を確認すると、慈英はにっこり笑ってそう言う。女の子には、褒めてあげる事が大事。多少オーバーでもそのくらいの方が喜ぶ。

「ふふっ、ありがとう」
 慈英の思った通り、小雪はにっこりと微笑んで、それに安堵しながら、慈英は目の前で揺れる白い手袋をした小さな手を、捕まえる。

「えへへっ」
 手を握られて、白い肌を微かに紅色に火照らせて、小雪が長い髪を揺らして笑う。それをみて、慈英はその愛らしさに自然と笑みが浮かぶ。

「小雪ちゃんの手って、やっぱり冷たいね」
 ぎゅっと握りしめた手は今日も冷たい。小雪ちゃんは冷え性だと言っていた。本当にそれだけならいいのだけれど。

「うん、だって今日も寒かったもん。ねえ今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「そうだね、どこか温かい所に行ってのんびりする?」
 ゆらりと揺れる手を指先が互い違いになるように繋ぎ直しながら、白い雪の世界を二人で歩く。

 2月に入ってから、東京上空には大寒波が居座っていて、何十年ぶりかの大雪が続いている。常に積雪が残っている状態が1週間以上続いているなんて、異常気象もええところや、と暁月がぼやいていたけれど。
 確かに慈英もこんな雪が続くのは、ここらでは何十年ぶりだろう、と思っている。

「ジェイさん、やっぱり雪を見ようよ。だって東京にこんなに一杯雪が積もっているの、珍しいもん」
「えええ、この寒いのに、平気なの?」
 慈英が小雪の顔を覗き込むと、小雪はもう一度にっこりと笑う。

「うん、小雪、寒いの好きなんだ。ねえ、公園にいこうよ。きっと綺麗だよ」
「もう小雪ちゃんには敵わないな。じゃあ行こうか。風邪ひかないでよ」
 ……手の冷たい、小雪ちゃんは。

 いつだって可愛い普通の女の子に見える。
 ……見えるけど……。
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