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愛の日には苦い薬を……

【14】

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「にいちゃん、悪いな。これ以上の話は勘弁してくれ」

 駅の地下道に入る入り口には、その日一日の夜の寒さをしのぐ為、ホームレスの人たちが毎晩やってくる。いつの時代も、苦労をするのは民草なのだ。と暁月は小さく吐息をついた。

 とはいえ目の前の男はそれなりに身なりも綺麗だし、煙草すらふかしている。意外とホームレス生活も悪くないらしい。

「勘弁して欲しいって……なんぞあったんか?」
 京言葉は、都会では色々便利だ。まず口調が柔らかく見えるらしいし、よそ者だと言う雰囲気は、東京の他の地方から来た人間には受入やすいらしい。不審がられないように、今日は狩衣ではなく、普通の服を身につけている。

「大丈夫。他言はせぇへん。実はこっちに来たうちの弟が行方不明になっておって……」
 設定としては、京都から不肖の弟を探しに来た兄だ。まあ、一応行方は知れているが、放蕩弟がいるから、あながち間違いではない。

「そうか……にいちゃんところもか」
 ……にいちゃんところも、か。その言葉と言い方が引っかかる。

「……誰がいなくなったんや。知り合い? 友達やろか」
 暁月の言葉に、男はコクリと頷いた。

「なんやここら辺では見かけんような綺麗な女と仲良うなって……」
 男は暁月の顔を見ると、小声で耳元に顔を寄せる。そして眉をしかめてそっと囁く。

「そいつがな、消える前にこう言ってたんや。『あの女は綺麗だが、普通の女じゃない』と」
 その言葉に暁月は軽く首を傾げると、男は顔を左右に振って肩を竦めて苦笑をする。

「何馬鹿なことを言っているんだ、って思うだろうけどな。そいつはこう言ったんだ。『あれは雪女だ。いつかオレも氷漬けにされるんだ……』ってな」
 暁月は、男の顔をまじまじと見返してしまった。

「はっ、どうせお前も、ホームレスが頭のおかしいことを言っている、ってそう思うんだろう?」
 わずかな苛立ちをぶつけるように暁月の肩を突いて、距離を取ると、男は背を向けて向こうに歩き出した。その背中に、暁月は声を掛ける。

「その話。……もっと詳しく聞かせてもらわれへんやろか?」
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