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愛の日には苦い薬を……

【15】

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***

空は久しぶりに星が見えていた。
冬の空は高くて澄んでいて、星が降ってくるみたいに見える。

「小雪ちゃん、外が好きなんだね」
 クラブでしばらく喋っていたら、暑くて頭がぼーっとしてきちゃった、と言われ、慈英は小雪を連れて、外に出てきていた。
 クラブから少し歩いた先には、目立たない場所に小さな公園があって、二人でベンチに座っている。

「うん、外の方が空気が冷えててキモチイイ」
 酒に酔った頬は微かに赤味を帯びていた。潤んだ瞳は幼い容貌に対して、年相応に色っぽくて、このギャップにやられるんだよな、と慈英は思っている。

「…………」
 ふわり、と肩が心地よい重みで重たくなる。なんだか幸せな重みだ。

「ねえ、ジェイさんって親はもういないんだよね。じゃあ、兄弟とかはいるの?」
 いきなり尋ねられて、ドキドキした心臓の鼓動を感じながら、慈英は小雪の質問に平気なフリをして答える。

「いるよ。一人だけね。口うるさい兄でさ……」
 俺の言葉に小雪ちゃんはふぅっと小さくため息をついた。

「そうなんだね。小雪にも妹がいるんだ。……そっかぁ、ジェイさんにはお兄さんがいるんだ。……そっか」
 何故か小雪は何度も兄がいるのか、と繰り返してから、小さく笑う。

「……あのね、小雪ね」
 そう言いかけて、小雪は顔を上げて、空を見上げる。空は晴れているのにふわりと何処からか雪が舞い落ちて来ている。無意識で慈英はそれに手を伸ばしていた。

「雪……どこから舞ってきているんだろう」
 まるで花びらのようで、だけどそれを手のひらで捕らえると、すぅっと儚く溶けた。

「……あ。ゴメン。なんだった?」
 雪に気を取られて、小雪の言葉を止めてしまった事に気付いた慈英は、肩に頭を乗せている小雪の方を少しもたれかかるようにして聞き返した。

「……なんでもない。ジェイさんと一緒にいると、温かいなあって……」
 その言葉に思わず慈英は頷いてしまう。暖かいとか寒いとか、もうそんなこと、とっくに感じなくなった体なのに……。

「あのね、小雪、バレンタインデー、ジェイさんと一緒に過ごせないや」
 ぽつり、と小雪が呟く。

「な、なんで? 他に好きな人がいるの!!!」
 咄嗟に肩に頭を乗せていた、小雪を落としかねない勢いで、慈英は小雪を振り向く。

「だって……小雪とバレンタインデー過ごしたら……ジェイさん、もう二度とお兄さんの所に帰れなくなるよ?」
 小雪のセリフの意味より、小雪が自分以外の誰かとバレンタインデーを過ごすのだ、とその事実の方がずっと気になっていた。

「ちょっと待ってよ。俺は小雪ちゃんとバレンタイン一緒に過ごしたい。……他の奴と過ごさないでよ」
 思わずその手袋越しにでも冷たい手をぎゅっと握る。小さくて可愛くて、華奢な指先が微かに震えている。

 頭の端っこで、人間のふりをしている自分と、多分人間じゃない小雪ちゃんとで、何をやっているんだろう。恋愛ごっこじゃあるまいし、と冷静に突っ込みを入れている自分もいたけれど。

「ね、一緒に過ごそう? いいよね」
「……わかった」
 小さく小雪ちゃんがため息をついた。その表情は何処か悲しそうで、だけど少しだけ嬉しそうだった。
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