可哀想な私が好き

猫枕

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 いつもの学校での何気ない日常が、ローレンシアには何か夢でも見てるみたいに現実感の無いものに感じられた。

 レギーナ達のいつものおふざけが水の中の音みたいに不明瞭に届く。

「お母さんがさぁ、体操服洗うの忘れててさあ朝から喧嘩よ。
 『文句言うなら自分で洗え!』
 とか逆ギレしてきてさ~」

「出た!ババアの逆ギレ!」

「他人のお母さんのことババア言うな」

 彼女たちの笑顔がキラキラしていてローレンシアは泣きそうになる。

 それと同時に、まだ自分にそんな感情が残っていることに小さく驚いてもいた。

『ああ。私は嫉妬しているんだな。
 羨ましいんだ』

 ローレンシアは小遣いをたくさん持っているから何か奢るよ、と放課後皆を連れ出した。
 いつものメンバーだけでなく新しくクラスメートになった子達も、都合のつく子は全員連れて公園に向かった。

 ちょうどリカルド・アイスクリームが来ていて皆でアイスを食べた。

「ローレンシア、皆に奢っちゃって本当に大丈夫なの?」

 誰かが訊いてローレンシアが微笑で応えると、

「スゴイね!美人でお金持ちで羨ましい~!」

 と屈託の無い笑顔を向けた。

 皆はお喋りをしたりレクリエーション・ゲームをしたりして楽しい時間を過ごした。

 ローレンシアはその輪の中で笑いながら、

『あとどれくらいここに居られるのだろう』

 と考えながら、きっと自分が去った後も変わらず幸せに笑い合うであろう彼女達の姿を目に焼き付けていた。

 解散した後も家に帰りたくなかったローレンシアはレギーナを呼び止めて、
 
「カリーブルストでも食べに行かない?」

 と誘った。

 今朝母親と喧嘩したので早く帰って夕食の準備でも手伝いたいと思っていたレギーナだったが、勘の良い彼女は今日一日のローレンシアになんとなく違和感を持っていたので、

「おっ、い~ね~。ショーレも飲んじゃっていい?」

 と快く応じた。


「最初に話かけられた時は驚いたわよ」

 ローレンシアがレギーナにいきなり「あんた」呼びされた時のことを懐かしそうに語る。

「ちょっと馴れ馴れしかったかなー?」

「私に話しかける人なんていなかったからさ、嬉しかったよ」

 ローレンシアが、「あんなことあったよね」「こんなこともあったよね」とレギーナのお陰で学校生活が楽しかったという話を全て過去形で話す事にレギーナは何かしら嫌な予感のようなものを感じていた。

 そうしてさすがにこれ以上拘束するわけにはいくまい、という時間になってローレンシアはレギーナを解放した。
 
 二人はお互い帰路に着いた。

「また明日ね」

 その時ローレンシアは確かにそう言って、振り返って手を振った。


 



 ローレンシアがバス停に着いた時、薄暗がりの中からアードルフが現れた。

 手には大きなボストンバッグを持っている。

 「行こう」

 アードルフはローレンシアの手を不意に掴むと駅の方向に歩き出した。

 呆気に取られたローレンシアは何故か大嫌いなはずのアードルフの手を振り払うこともせずに半ば引きずられるように早足の彼と一緒に歩いて行った。

 駅に着くとアードルフは胸ポケットからチケットを2枚出して改札を抜けた。

 アードルフがチケットを出す間、彼はローレンシアの手を離したけれどローレンシアがそこから逃げることはなかった。

 入鋏された切符を受け取ってもう一度それを胸ポケットにしまうと、アードルフは再びローレンシアの手を取って歩き始めた。

 入線していた列車は東に向かう長距離列車でローレンシアは抵抗することなくアードルフに促されて車両に乗り込んだ。

 空いている席にローレンシアを座らせると網棚にボストンバッグを置いたアードルフは一瞬ローレンシアの向かいに座るか隣に座るか迷ってから隣に座った。


「何処に行くの?」

「・・・遠く」

「すぐに連れ戻されるよ」

 アードルフはそれには応えず車内の別の客達を見るともなく眺めていた。

 やがて静かに列車が動き出した。

 車窓から見える風景は既に夜のものとなっていて、街灯やネオンサインに彩られた市街地を抜けるとすぐに真っ暗な田園地帯となった。

 切符を確認に来た車掌が制服姿のローレンシアをチラッと見て通り過ぎた。

「俺がお前を自由にするから」

 アードルフは前を向いたまま何かを決心したみたいに呟いた。

「そんなの無理に決まってんじゃん」

 フフっと笑ったローレンシアはレギーナの口調を真似てみた。


「肉体労働でもなんでもして、俺がお前を食わせていくから」

 
 『バッカじゃないの?』

 そう心の中で呟いたローレンシアはこのままでは涙がこぼれそうだったので、そっと目を閉じた。

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