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女の幸せ
しおりを挟むイネスの誕生日会を最後にクラリスは貴族社会と決別するつもりだった。
しかし4人の女達とエリーヌは度々クラリスが働くラスティ・ネイルズに遊びに来るようになった。
庶民の間で流行っているミニスカートやレザーのパンツスタイルなど、ご令嬢方とは無縁のファッションが彼女達にとっては新鮮だったようだ。
彼女達は身分を隠してアヴァンギャルドなスタイルを楽しみ、普段は絶対に使わない行儀の悪い言い回しを敢えて駆使して気軽に他の客との会話を楽しんだりした。
ラスティ・ネイルズの客層は庶民の中でも有産階級のインテリが多かったので、市井の人々の忌憚のない意見が聞けるとカトリーヌやイネスは政治談義に花を咲かせていた。
セリーヌは出戻り後に婿養子を迎える形で豪商と結婚していたので、専ら新しいビジネスの種がないかアンテナを張ることに夢中のようだったし、ミレイユは旦那様同伴でいつも仲良く楽しそうだった。
クラリスには彼女達の会話は難しくて理解できなかったが、そんな彼女達が自分を友達として扱ってくれることが誇らしかった。
自分の置かれた場所でより輝こうとしている彼女達の姿はクラリスには眩しく、クラリスの生き方にも影響を与えていった。
『こんなに素敵な人達を豚扱いするなんて、やっぱりおかしいのはジルベール様の方だったんだわ』
「私もお店の為にもっとできることがないかと思って」
自分も向上心を持って生活を変えていきたいとクラリスがジュールに相談した。
「具体的になにか考えがあるの?」
ジュールが興味津々の顔をする。
ああ、やっぱり。
ジルベールなら必ず、
『君は何も考えなくていいよ』
って言うのよね。
「新しいおつまみのメニューを考える、とかその程度なんだけど、
・・・・私が歌をうたったり・・・バイオリンを弾いたりってどうかな?」
「おっ!いいじゃんソレ!」
ジュールはちょっとタレ目の大きな瞳を見開いた。
7つも年上とは思えない人懐っこい笑顔に癒される。
「あのね、ジュール」
「なに?」
「いつも言おうと思ってて忘れちゃうんだけど、本当に本当にありがとうね」
「どしたん?急に」
「困ってる時に現れて助けてくれてありがとう」
「そう?」
「バイオリンのこととか・・・ 。
あのバイオリン。
諦めてたのに見つけてくれて、ありがとう。
私ね、あれがあったから辛いときも頑張れたの」
「・・・そうか。良かったな」
「どうして?どうして親切にしてくれるの?」
「オレが12才の時、クラリスのお母さんが、
『この子が困った時は助けてあげてね』
って、本当に懇願するように言ったんだ。
その時は変なこと言うなぁって思ったんだけど、それから一年くらいたっておばさんが亡くなって。
きっとあの時には既に体の具合は相当悪かったんだろうな」
『きっと母には父が私を守ってはくれないことが分かっていたんだろうな』
子供のジュールに娘の行く末について頼まなければならなかった母を思うと泣けてくる。
「お母様との約束を守ってくれたのね?」
「・・・そうでもないよ。
君が酷い目に遭ってる間も特に助けることもしなかったんだしな」
「他人の家のことに口出しするのは難しいよ」
クラリスが笑って言うと、ジュールはすまなそうに眉を下げた。
クラリスの実家での状況が悪化した丁度その頃ジュールは高等教育学校に入学した。
何故か王都を離れて地方の学校の寮に入ったジュールはそれ以来実家にはあまり寄り付かなくなっている。
卒業後は意外なことにしばらく出身校で教師をしていたが、数年前に王都に戻って来た。
たまたま気まぐれに入った古道具屋でクラリスの母のバイオリンを見つけた時は驚いたが、その時初めてクラリスが実家で不当な扱いを受けていることを知った。
「私がジルベール様の家を出てきたあの日!
もしもジュールに会えなかったら私は凍え死んでいたに違いないわ!
ジュールは私のヒーローよ」
ラスティ・ネイルズで働き始めた頃はまだオドオドと他人の顔色を伺い見ていたクラリスが、最近は屈託のない笑顔を見せるようになった。
ジュールはその笑顔の曇ることのない未来を願い祈った。
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