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それから
しおりを挟むジルベールがラスティ・ネイルズに姿を見せなくなり一ヶ月ほどがたった。
クラリスは相変わらずちょこまかと良く動いて店の仕事をこなし、週末のステージで客を熱狂させていた。
「たまには外で食事しないか?」
ジュールに誘われて休日の夜に人気のレストランに行った。
クラリスが野菜の色素を使って色鮮やかに仕上げたソースに賛辞を贈っているのを目を細めて見ていたジュールがポケットから小箱を取り出して開けて見せる。
中には真っ赤な石の嵌め込まれた指輪が入っていた。
「結婚してくれないか」
ジュールは指輪を取り出した。
クラリスはジュールに取られた左手を咄嗟に引っ込めて、
「嬉しいけれど、これは受け取れないわ」
と泣きそうな顔をした。
「どうして?」
今度はジュールが困惑する。
「・・・公爵様にも言ったけど、私に貴族の奥様は無理よ。
ランベール家だって由緒正しい家系だわ。
ジュールはいずれは領主になるんでしょ?
私と結婚するなんて反対されるに決まってる。
それにもし許されたとしても、今後もずっと妹達と付き合っていくのは嫌なの」
ジュールはワインを飲んでニッコリ笑った。
「オレはランベールの籍を抜けて来たよ」
「えっ?」
呆けたようなクラリスにジュールは続ける。
「ミシェルが高等教育学校を卒業したからね家督はミシェルに譲ることにしたよ」
「ご両親はなんて?」
「外聞が多少悪いから父は難色を示したけど、でも本心ではミシェルに継がせたいのは分かってたから」
ジュールはフフッと笑って、
「義母さんに今まで育ててくれてありがとうって伝えたんだ。
感謝の気持ちを込めてミシェルに家を継いで欲しいって。
ミシェルに父さんと母さんのこと頼むって言ったら義母さん泣き出しちゃってさ」
「ジュールはそれでいいの」
「うん。
オレはクラリスがいればいい」
クラリスは黙って左手を差し出した。
ジュールがクラリスの薬指にリングを嵌めると、そのまま両手で包み込んで、いつまでも二人は見つめあった。
数歩離れたところでデザートの載ったトレーを持ったウェイターが立ち往生していた。
どうすんだよ、アイスクリーム溶けちまうよ。
4人の女達+1が久しぶりの女子会をラスティ・ネイルズで盛り上がっていた。
「クラリスも手が空いたらこっちにおいでよ」
なんてワイワイやっているところに、一人の超絶イケメンが近づいて来た。
一瞬で場の温度が下がり、誰も言葉を発しなくなった。
「・・あの、少しいいだろうか?」
男の問いかけに女達は無言で顔を見合わせる。
「色々、思うところがあって、自分なりに反省したんだ。
皆には本当に失礼なことをしたと思う。
心も傷付けてしまったと思う。
許してくれとは言わないが、謝罪の気持ちだけでも聞いてもらえないだろうか」
女達は互いに、どうする~?、と目で会話してカトリーヌに最終的な回答を押し付けた。
「まあ、昔のことですし、少なくともここにいる5人は貴方のことなど何とも思っていませんから謝罪と言われましても今更ですが、まあ、言葉くらいはお聞きしても構いませんことよ」
カトリーヌが美しく微笑んで、ボーイにもう一つ椅子を用意させた。
「私は自分の身分や容姿、学業や仕事に於ける優秀さに胡座をかいて他人を見下し、全て自分の思い通りに動かせると思い込んでいたのかも知れない」
『なんだろう。反省してるのかも知れないけど文言にイラっとくる』
皆、口には出さないが同じようなことを思っていた。
「あ、それから武術やスポーツなんかでも一番だった」
「・・それで、その優秀なジルベール様が私どものような者に謝罪を?」
カトリーヌは感情を押さえてにこやかに先を促した。
「あ、ああ、いや・・・。
私は周囲に持ち上げられ自分が特別な選ばれた人間だと思うようになった。
そして周りを見下して酷い態度を取っても許されると勘違いしたんだ。
・・・ 一方で私は愛の無い家庭に育った。
心の奥では愛情を求めていたんだと思う。
だけど、それをくだらない戯れ言だと馬鹿にすることで私に空いた穴みたいなものに気づかないようにしてきたんだと思う。
それに気づかせてくれたのはクラリスだ。
私は、クラリスが言うように君達に対してコンプレックスを持っていたんだと思う。
愛されて育った君達が羨ましくて、君達を貶めることで自分を保とうとしてきたんだと思う。
本当に申し訳ないなかった」
ジルベールは深々と頭を下げた。
沈黙ののち、カトリーヌが言った。
「ジルベール様に何か言いたいことがある人はいないの?
その際ですから言いたい事がある人は聞いていただいたらどうかしら」
するとミレイユが震える声で、
「私にはずっと好きな人がいました。
今の夫です。
だけどジルベール様のお父様からの打診という名の命令でタレーラン家に嫁ぐことになりました。
私は泣く泣く愛する人に別れを告げて、あなたの所へ行きました。
そうなった以上は全身全霊をかけてジルベール様に尽くす覚悟で。
ところが貴方が私にどういう仕打ちをしたか・・・それは今更言う必要は無いでしょう。
私と貴方の間には何もなかったけれど世間はそうは見ません。
ここにいる全員が貴方によって傷物にされてしまったんです。
夫は気にすることはないと笑ってくれますが、私が貴方に嫁いだという過去が消えることはないのです」
ミレイユは怒りと共に恐怖を感じているようで唇が震えているのが痛々しかった。
ジルベールは暫くうなだれてから、
「本当に申し訳ないことをした」
と呻くように言った。
それからしばらく
『思い出したら腹の立つ話』
が繰り広げられ、その度にジルベールが謝り、最後には皆が謝罪を受け入れ
「これからは友達になってもらえないだろうか」
というジルベールの少々図々しいお願いも了承された。
各家ともタレーランと懇意にしていて損は無いという計算が働いてのことであったが、それくらいの打算は許されるべきだろう。
ジルベールは入籍には至らなかったが結婚前提で『草庵』に来た女性達全員に謝罪の手紙を書いた。
受け取った側がどう捉えたかまでは分からないが、文面は驚くほど真摯で丁寧なものだったという。
それからのジルベールは時々ラスティ・ネイルズに現れてはオッサン達と枝豆の飛ばし合いをしたり、カトリーヌ達と議論を戦わせたりしていた。
「君と話していると楽しいよ。
こんなに優秀な女性を見下していた私はなんと愚かだったんだろう」
ジルベールとカトリーヌは順調に友情を育んでいるようで、互いに仕事に対する助言もしているようだった。
それから一年後、ジルベール・タレーランとカトリーヌ・スタールの結婚のニュースが紙面に踊った。
氷の貴公子と傾国の美女の12年を経た再婚のニュースは世間に驚きをもって迎えられた。
春の晴れた日曜日、聖キアーラ大聖堂で盛大な結婚式が挙げられた。
ジルベール33才、カトリーヌ30才だった。
同じ日、下町の小さな聖ミカエル礼拝堂でも結婚式が挙行された。
新郎はジュール、新婦はクラリス。
店のスタッフや常連客、近所の住民に祝福された温かな式だった。
クラリスのドレスはカトリーヌからのプレゼントだった。
「ずっと仲良くしていこうね。
愛してるよ、クラリス」
「私もよ、ジュール」
(おしまい)
読んでくださってありがとうございました。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(16件)
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とっても面白かったです!
ナル男の被害者達の心の声が面白くて、「確かに〜」って思いながら読んでましたw
ところで小説の説明文の一番最初にアンジェリク・スタール侯爵令嬢って書いてあるんですが、カトリーヌの事ですか??
感想ありがとうございます
ホントです。
名前間違えてます。
教えてくださってありがとうございます
訂正します。
面白いといっていただいて嬉しいです。
読んでくださってありがとうございました
わあ✨✨✨
🤭確かにちゃんとハッピーエンド‼️
30歳だろうと公爵様ご夫婦だもの、お金にあかせて最新医療受けたら大丈夫だね🩺
今回も楽しかったです😆
ありがとうございました🙏🙏🙏
感想ありがとうございます
ミレイユ&セリーヌ
ミ「おめでとうございます、で いいんですよね?」
セ「まあ、ご本人達が幸せなら宜しいのではなくて?」
ミ「・・・あの義母と義姉・・・」
セ「シノもヨロシクね」
ミ「・・・プッ・・」
セ「どうしましたの?」
ミ「・・いえ、・・・ジルベール様って30オーバーで・・・絶対ヘタクソですわよ」
セ「ちょっと、ミレイユ!・・ププッ・・まあ、イケメンは黙っててもモテるから努力しない、ってのが定説ですしね・・」
ミ「ププッ」
ハハと悪い二人は笑い転げていましたよ。
読んでくださってありがとうございました
まさかの再婚とはΣ(゚ロ゚;)。
感想ありがとうございます
まさかの再婚でした。
カトリーヌさんならあの義母&義姉とも渡り合っていけることでしょう。
合掌。
読んでくださってありがとうございました