【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川

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第3話 魔族と冒険者

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 起きているのに夢を見ているような感覚だった。
 走馬灯というものがあればこういうものかもしれなかった。

「いってらっしゃい、スナイデル。気を付けてね」

 銀髪で耳の尖った女性が優しく微笑んでいる。
「いってきます!」と自分の喉から声が出てくる。
 見覚えのある木製の扉を開けば、赤紫の瞳をした少年が笑みを向けてくる。

「今日はメウの森へ行こう! スノーベアを倒せばみんな驚くぞ!」

 映像が切り替わって、笑顔だった少年の額から血が流れている。
 周囲は雪におおわれた森の中だ。

「っ逃げるぞ……!」

 少年がそう言って瞬間移動し、自分も追いかけようとして、異変に気付いた。
 魔力が上手く働かないのだ。ズキズキと全身が痛くて力が抜け、その場に倒れてしまう。
 そしてそこに、白い熊がのし、のしと歩み寄って来る。
 殺されるのか――。
 そう思ったとき、一人の男が現れた。
 人間だ。
 短命で、同族で戦争ばかりしている愚かな生き物。
 けれども、その人間は美しかった。
 技は洗練されており、まるで剣舞を舞っているかのようだった。
 落ち着いたクリーム色の髪は光を反射し、金の糸のように輝いている。
 魅入っているうちに彼はスノーベアを翻弄して倒し、振り返ってくる。そして弦楽器のような声で訊いてきた。

「大丈夫かい?」
「……あ……」

 何を答えればいいのかわからないまま、そこで意識が途絶えた。
 目が覚めたとき、何故か、自分のことを人間だと思っていた。

「きみは魔法が制御できないみたいだね」男が言う。

 胸元には銀のペンダントが付けられており、それを外してはいけないと思った。
 頭の中の上映がそこで終わる。
 意識が――拷問室の中に戻ってきた。
 頭が、割れるように痛い。
 微笑んでいた魔族の女性は、母だ。そして赤紫の瞳をした少年は幼馴染だ。どうして忘れていたのだろう。あのペンダントが原因だ。

「あ……ああ……あああ……!」

 喉から、唸りとも叫びともいえない声が込み上げてくる。
 体の中から抑圧されていた魔力が溢れ出し、スナイデルの丸かった耳は尖り、アイスブルーの瞳はうっすらと紫の光を纏い、くすんだ白銀の髪は、息を呑むほど美しい白銀へ変化していた。

「――魔族だったのか!」

 周囲で、わあわあと薄汚い騎士たちが騒いでいる。
 スナイデルはくだらない拘束を、魔族の怪力で破った。手首にひっついている手錠も素手で砕く。
 たちまち膨大な魔力が体内から溢れてきて、魔力の全てがクリアに感じ取れた。
 魔法を制御できないという苦しみは、全て、銀のペンダントのせいだったのだ。

「――手に負えない! 勇者を呼べ!」

 頭痛の中で、騎士たちの声が耳障りだった。
 氷魔法を使って、瞬時に全員を凍らせる。
 そしてもっとも憎い騎士……ユリウスの魔力を探ると、勇者と一緒にいるようだった。
 これは近付けない。
 そのとき拷問室に転移してくる者がいた。覚醒した魔力を感じ取ったのだろう。
 雪の森で別れ、そしてついさっき「迎えに来る」と叫んで去った魔族の男だ。

「スナイデル!」
「……ヴォルチェ……」

 名を呼び返すと、彼は力一杯に自分を抱擁してきて、そして一緒に外に転移した。
 転移結晶は必要ない。距離に制限はあるが、魔族なら自由に転移できる。
 移動した先はひと気のない森の中で、ヴォルチェは抱擁する力を一段と強くした。

「生きてるって、信じてた……!」

 彼の腕は震えていた。この4年間、どんな想いだったのだろう。先に村に逃げ帰って、その後に自分が転移してこなくて、激しい後悔に苛まれただろう。つらい思いをしたのは彼だけではない。母も一人息子が帰って来なくて、深く嘆いたはずだ。
 ……あの騎士は、許しがたい。
 しかし頭痛が少し和らいできて、何気なく……思った。
 ユリウスがいなければ、あのときスノーベアに襲われて死んでいただろう。



 そのとき魔力が渦巻く反応があり、側にフードの男が現れた。

「ゾルグ……」

 今なら手に取るようにわかる。
 この男は、魔族と人間のハーフだ。
 二つの種族を重ねて二で割ったような魔力をしている。

「目覚めたみてぇだな。気分はどうだ?」

 ゾルグは不愉快な嘲笑を浮かべてきた。
 力を取り戻した今は、取るに足らない相手である。

「……何の用だ……」
「テメェの苦しんでるツラを拝んでやろうと思ってよォ」

 歪みきった言葉に、ヴォルチェが嫌悪を滲ませて吐き捨てた。

「自殺願望か? 殺してやるよ」
「ハッ、かかってこいよ」

 よくも吠えたものだ……と思う。さっきはヴォルチェになぎ払われていたのだ。
 けれども、滑らかに走ってきた剣は尋常でなく速かった。ヴォルチェが咄嗟に飛びのいてかわすけれど、追撃の速度も並ではない。
 スナイデルも加勢し、ゾルグを氷漬けにしようとする。しかし魔力が凍る前に、目にも止まらぬ速さでするりと躱していく。
 こんな動きがありえるのか。

「ハーフのほうが強えらしくてなァ? 知らなかったか?」

 ゾルグが笑いながら剣を振り、ヴォルチェは汗を滲ませて避けた。

「づッ」
「街中じゃ人間の目があったからな。手ぇ抜いてたんだよ」
「な」

 声を漏らした直後、ヴォルチェが肩からざっくりと袈裟斬りにされていた。赤い血がドバッと噴き出す。しかし人間ならば即死でも、魔族の生命力なら間に合う。回復魔法を使おうとした瞬間、ゾルグがスナイデルに距離を詰めた。

「くッ……!」

 氷魔法が間に合わない。
 ゾルグの手のひらが首を掴んできて、地面に仰向けに倒される。血の流れが封鎖され、息苦しさと同時に視界がくらんだ。

「ッ……」
「テメェのことは可愛がってやる」

 首を圧迫したまま、ゾルグの手が体を這ってくる。
 拷問室で上の服は肌蹴られており、生肌に触れられ鳥肌が立った。

「いい顔だなァ、せっかく魔族に戻れたってのに残念だったな……?」

 耳に息を吹きこまれる。

「……ッ……ァッ……」

 意識が遠のきかける中で、一瞬、かつて自分を助けてくれたユリウスの姿がまぶたに過った。
 そのとき突然、ゾルグが横に飛んだ。
 ゾルグがいた場所にビュンッと氷の矢が駆けていく。
 放ったのは倒れたままのヴォルチェだ。
 彼を眺め、ゾルグは感心したように笑った。

「なンだ、魔族ってのはゴキブリみてぇだな」
「うる、せぇ……ねずみ……風情が……」

 ゴポッと吐血しながらヴォルチェが答える。
 彼は氷魔法と精神操作魔法の使い手で、回復魔法は使えない。
 スナイデルは気道が解放され、ガホガホと咳き込みながら状況を確認した。
 ゾルグはヴォルチェに止めを刺そうと踏み出しており、全力で彼らの間に氷を放って、ヴォルチェの下へ突っ走る。
 氷が砕かれた直後、ぎりぎりヴォルチェの体に覆い被さって、故郷を思い出しながら転移した。


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