【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川

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第3話 魔族と冒険者

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 距離があって、故郷には一度の転移ではたどり着かなかった。
 さきに回復魔法をヴォルチェにほどこすと、みるみる傷は癒えた。
 そして転移を繰り返し、やがて雪に覆われた村に着いた。ここまで来ればゾルグはもうやって来ないだろう。
 息を吐き出すと、うっすらと白くなる。
 明け方前のため、家々はまだ寝静まっている。
 しかし何もかも昔と変わらない。

「お袋さん、ずっとおまえの帰りを待ってるよ」

 ヴォルチェが家について来てくれて、緊張しながら扉をノックする。
 扉が開くと、現れたのは若い女性だ。魔族は成人してから何百年も老いない。

「スナイデル……!」

 女性は泣き出しそうな顔になり、スナイデルの胸に飛び込んできた。同じくらいだった身長を、とっくに追い越してしまった。

「母さん……」

 抱きしめた体は随分痩せていて、喉の奥が熱くなってくる。

「お帰り、お帰り、スナイデル……!」

 母はいつまでもスナイデルを抱きしめていた。

「うん……ただいま……」

 母が落ち着くと、ヴォルチェは「明日の昼過ぎにまた来る」と言って去った。
 スナイデルは4年前から変わらない部屋に入り、懐かしさを感じながらベッドに横になった。天井を見て、こんなに小さな部屋だったんだな……と思う。その一方で、心のほとんどはユリウスのことで占められていた。

 あの男のことが憎い。
 しかし……彼は命の恩人で、4年間、間違いなく優しかった。
 どうして魔族の子供を助け、そして記憶を改竄し、屋敷に置いたのだろうか。

 騎士たちに囚われたとき、ユリウスは「彼は何も知らないんだ」と叫んでいた。
 あの必死さはどこから来るのだろう。
 勇者が「掛け合う」と言ってくれたけれど、その後どうなっているのだろう。
 無事だろうか……という思考が頭を過ぎった。
 体は疲れ切っていたようで、そのうち睡魔が訪れた。




「スナイデル、食事にしましょう」

 昼前に母に起こされ、朝昼兼用のような食事を取る。母はスナイデルの顔をずっと見ていて、帰ってきたのだと確かめているようだった。
 昼過ぎにヴォルチェがやって来て、4年前と変わらない村を歩く。
 相変わらず、寒くてまずしい土地だ。人間たちが暮らす地域とも離れており、進軍が始まっても狙われにくいだろう。しかし戦争の備えもないため、もしも襲われたらひとたまりもない。
 ユリウスは4年前、どうしてこの近辺の森に来ていたのだろう。……もしかすると、偵察だったのではないか……。

 村人たちはスナイデルを見ると、「お帰り!」「無事で良かった……!」と胸を熱くした様子で声をかけてくる。さらに「すっかり綺麗になったのう……!」と言われ、返答に窮する。
 そして村はずれまで様子を確かめてから、スナイデルはヴォルチェに切り出した。

「一度、あそこに戻ろうと思う……」

 即座にヴォルチェは目を剥いた。

「……は!? 嘘だろう! やっと帰って来たのに!?」
「進軍の状況が知りたい。それに……俺を捕まえていた騎士に話を聞きたい」

 足下の雪を見つつ言うと、ヴォルチェは激しく首を振った。

「いや……いやいやいや、危険すぎる! 勇者もあのハーフ野郎もいるんだぞ! つーかハーフ野郎の方は俺らの魔力を探知できるみたいだし!」
「遭遇したら、すぐに転移する」
「おまえ、お袋さんを置いて行くのか!?」

 胸が痛くなり、スナイデルは顔を強ばらせた。
 けれど、それでも……と思う。

「進軍されたらここも危険だろう。それに、今の勇者は知り合いで――」

 口にして、甘い考えだと気付いた。
 勇者は魔族の天敵で、彼との関係なんて今は何の意味もない。

「知り合いだったのはおまえが人間の姿だったからだろ!?」

 ヴォルチェは困惑をあらわにしており、その通りだった。
 しかし勇者ハロルドが敵に回ろうとも、じっとしてなんていられなかった。
 ユリウスに話を聞きたい。彼は拘束されていて、ハロルドが何とかしてくれるかもしれないが、最悪の場合は処刑されるだろう。拷問されて命を落とすこともある。彼の行動の理由を聞くまでは死なれては困る……。考えながら「処刑されていたら」とか「拷問器具が使われていたら」と想像すると、血の気の引くような感覚がした。
 憎いのに、居ても立っても居られない。

「……日暮れ前には戻ってくる。無茶はしない」

 するとヴォルチェは肩をわなわなと震わせた。
 顔を歪めたり、唇を噛んだりする。
 そしてひとしきり唸ってから、覚悟を決めたように口を開いた。

「……わかったよ! 俺も行く!」
「え? いや、一人でいい」

 スナイデルは内心少し慌てた。巻き込みたくはない。

「ぜってぇ一緒に行く!」

 しかし、ゆずらない態度で宣言される。
 冒険者時代に染み付いた孤独感のせいか、スナイデルはつい頼もしく感じてしまった。ソロでは何かあったときに対処できないけれど、誰かいたら対処できるだろう。

「……ありがとう」

 小さく微笑むと、ヴォルチェは「いーよ」と言って頬を染めた。



 
 転移を繰り返し、王都に戻ってくる。
 フードを被り、魔族とはわからないようにしているけれど不審者そのものである。
 それからまずは、危険人物である勇者ハロルドとゾルグの魔力の気配を探る。
 すると近隣の森からゾルグの気配を察知した。動き出す様子は無い。
 厄介なので、興味を失ってくれるといいが……と願う。

 それから勇者の気配を探してみるけれど、見つからず、出かけているようだ。
 王都が襲撃されたばかりなのに疑問に感じつつ、ユリウスの魔力の気配を探っていく。
 彼の魔力は目立つ特徴がなくて探しにくい。
「既に殺されているのでは」と考えるたび、何だか足下がぐらついて焦燥感が込み上げてくる。
 そのとき、城の地下からユリウスの気配を感じた。

 生きていたことに一瞬安堵したものの、彼の周囲には消音の結界が張られており、何かをしているようだ。
 心臓がドクドクと早鐘を打っている。一刻も早く向かいたい。
 しかし……同時に、今更会うのが怖くなっていた。
 もしも話を聞いたとき、「懐いてくる様子が滑稽でおもしろかったから」なんて言われたら……。いや、そのときは氷漬けにしてしまえばいいのだ。
 スナイデルはゴクリと唾を飲み込んでから、ヴォルチェに声をかけた。

「……見つけた。行くぞ」

 ヴォルチェが「おう」と短く頷く。
 そして転移した先で、スナイデルは目を瞠った。
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