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受けオメガ君にはベータ彼女がいて(すみません!!)
しおりを挟む「顔色が悪いですが、何かありましたか?」
若い女の声が聞こえて、ふと我に返った。人で混みあい、ざわめくギルド内。
カウンターの女が、任務報告にきた少年に声をかけたらしかった。
「あ、いえ…………その、仲間が…………怪我をして…………でも、大丈夫…………」
その返事は茫然自失としていて、どう聞いても大丈夫じゃなさそうだった。
受付の女は慣れた様子で、ギルドの医療サポートなどについて説明していく。少年のほうはどこまで聞いているのかわからないが、何度もうなずいたあと、幽霊のような足どりで立ち去って行った。
列が進んで、俺の番になる。
「よろしく」
ギルド証や達成印の用紙などをポイポイと置いていく。カウンターの美人は俺の顔をちらりと見ると、溜め息をついて、さっきとはまるで違った憮然とした態度で処理をすすめだした。
ギルド証に記された名前は、チェスター・コート。
薬師のじいさんの苗字がコートだったから、そのまま使わせてもらっている。
ギルド証の押されている金の獅子の判は、冒険者として序列二級のゴールドランクを示すものだ。一応、一流のラインでもある。
チェスター・コート。ゴールドランク。男。ベータ。二十歳。
綱わたり人生そのものの記載だ。
「はい、どーぞ」
報酬の銀貨8枚をトレーから受け取る。
そこそこの稼ぎだと思うが、これ以上稼ごうとすると命の危険度がぐんと上がる。
「ねえチェスター、今日何の日か覚えてる?」
つづけざまに問われ、俺は眉をよせた。
「記念日だっけ?」
「――――最ッ悪。あたしの誕生日なんだけど」
低く唸った受付の美人は、クロエ・カーリング。付き合って約一年の俺の恋人だ。
俺は思わず渋面になった。もう少し早めに言ってくれれば、と思う。だけど弁解しようにも間が悪い。誕生日も記念日も覚えていなかったことがバレた。
「あー…………悪い、忘れてた」
「今日、もう仕事上がるんだよね。ちょっと待っててくれる?」
不機嫌な口調だが、「食事に行こう」ってことだろう。
俺はうなずいて、ギルドのラウンジで座って待った。
どうにも手持無沙汰だ。
そうして思い浮かんでくるのは、金色の色彩が強烈なアイツだった。
『今なら我慢してあげる必要ないよね』
といったミカエル。
『次の日曜の午後、ここに来てくれる?』
そう言って手渡された白いカード。
『あと、今日から女を抱くは禁止ね。男に抱かれるのも。匂いが付いたら嫌だし』
なんでこんなことになったんだ、と思う。ミカエルは間違いなくアルファだろう。日曜日、なにをする気かは分かりきっていた。犯す気なんだろう。俺を。
苛立ちのまま足が投げ出て、テーブルからガツンと音が鳴った。
隣のテーブルから「うるせえぞ!」と厳めしい罵声を浴びる。
「ちょっと。もうゴールドランクなんだから乱暴な真似しないで」
丁度仕事を上がってきたクロエに叱られて、俺は「わかってる」と唸った。
冒険者は強く振舞わなきゃやっていけないが、ほどよく行儀よくしないと弾かれる。子供の頃と違って誰かに襲われることもぐんと減っていたし、威嚇する癖は直した方が良い。しかし今はそれどころじゃないとも思う。
外に出ると、街並みに太陽が沈む間近だった。茜色に照らされた大通りには、あらゆる職業の人々が行き交っている。
俺たちはトラットリアのイタリアンの店を選んで、ワインを頼んだ。
「じゃあ、乾杯」
しかしふと気づくと、クロエが怪訝な顔で俺を覗き込んでいた。
「チェスター? ねえ、ちょっと。チェスター、さっきから話聞いてる?」
なんだっけ、と思えば手の中のピザのチーズが垂れている。
――またミカエルのことで頭がいっぱいになっていた。
「あー、…………その、誕生日だろ。なんか欲しいモンあるかなって考えてた」
どうにか苦し紛れに口にする。クロエは微笑んだ。
「あら、プレゼントしてくれるの? じゃ、あとで香水店に行きたいな」
「香水?」
「『ミカエル・ハミルトン』の香水。最近人気でね」
その瞬間、吐き気と悪寒と眩暈に襲われた。
何が悲しくて自分の女にアイツの香水を贈らなきゃならねえのか。
「…………無理。他のにしろよ」
「何よ無理って」
「なんか他に欲しいのねえの? アクセサリーとか、カバンとか、腕時計とか」
「腕時計もいいわね」
高そうだが、ミカエルの香水より断然良い。いいね行こう、と約束する。クロエはえくぼを浮かべた。
そしてスープと前菜を食べ終えて、メインディッシュが来たときだ。
前のめりになってクロエが言った。
「チェスターにすごくいい話を貰ったのよね」
「いい話?」
「安全・安定・安心なの」
「保険の話……?」
保険ではなく、”ギルド訓練所の指導員にならないか”という誘いだった。
勤務は週3日、朝9時から夜18時。給与はそこそこ。
「冒険者稼業って、消耗品や移動時間で収入がほとんど削られるじゃない? だから換算してみればかなり割が良いと思うの」
俺は眉をしかめた。訓練所なんて汗臭そうな場所で働くのはキケンだ。
アルファの汗にあてられて、突発的にヒートを誘発されかねない。
「週3って、それだけじゃ食ってけねえだろ?」
「しばらくは冒険者稼業と並行してやるの。まだまだ実践経験を積める年齢でしょ。冒険者を引退したら指導員として専念することもできるし、ギルドの裏方に回ってもいいし」
「つーか、週3でも定時勤務って事だろ?」
「そりゃね。そこは当たり前」
「俺にできると思うかよ」
無理だろという口調で言ったが、途端にクロエは眉を吊り上げた。
「あのね。わざわざチェスターのために雇用枠を開けておいてもらってるの。いまさら断るなんてできないわよ」
俺は「ハァ?」と驚いた。
「絶対受けろってことじゃねえか」
「新人で死ぬ子が多いでしょう? 本当に大事なことなのよ」
「俺の剣って見よう見まねの独学だぞ。だれかに教えられるたぐいのモンじゃねーよ」
「騎士様みたいな剣技を期待してるわけじゃないの。それに魔物相手に型なんて無意味よ。生き残ることが大事なの。チェスターなら殊勲者にも選ばれてるし、冒険者を目指す子たちからも憧れられてる。間違いない人選よ」
断言するクロエの口ぶりは潔くって気持ちが良い。
しかしあんまりな状況に「ええ……」と怯んでしまう。するとクロエは語気を強めた。
「ねえ、将来のこと考えてる?」
ナイフとフォークをもった手が重くて、ついテーブルに置いた。
クロエはメインディッシュのチキンを堂々と切っていく。
「冒険者稼業なんて、どう頑張っても四十歳までなんだからね。四十超えたら一気に死亡率が上がるんだから。それまでに定職を見つけるか、一生分の生活費を貯めとかないといけないんですからね」
「わかった。わかったって」
俺はとうとう降参した。
クロエはふうと息をして、「じゃあ話を進めておくから」と満足げに微笑みを浮かべる。
俺は顔をしかめながら内心で算段した。――突発的なヒートにそなえて、緊急の抑制剤を多めに用意しておくしかない。それからタイミングを見て辞めよう。
店を出たあとにクロエの誕生日プレゼントを探したが、立ち寄った時計店では目ぼしい腕時計が見つからず、つぎにジュエリーショップに入った。選ばれたのは、ガーネットの指輪だった。指輪か、と重たく感じる。
俺の第二性がオメガだっていうことを、クロエは知らない。
色々考えてくれているらしいと分かるが、切り出したらどうなるかわからない。
「今日、泊ってく?」
ほろ酔いのクロエが俺の腕に絡みついて誘ってくる。
俺はいつも通りに「行く」と答えて、クロエのアパートに向かった。
ベッドで服を脱ぎながら、そういえばミカエルに「女を抱くな」と言われたことを思いだした。
だが今日は水曜で、約束は日曜だ。風呂に入れば気づかれないだろう。
頭を振って、忌々しい金色を脳内から追い出した。
「ねえ、ほんとにどうしちゃったの? 今日ずっと様子が変よ」
しかし体が反応しなくて、俺は心配されていた。
頭を鈍器で殴られたような感覚だ。頭痛がするし、気のせいか腹まで痛くなってきた。不能になったのは初めてだ。
「誕生日忘れてたことは、許してあげたから。気にしないで」
「うん…………」
クロエは自分のせいってことにして慰めてくれている。そこがさらに情けなくてボキッとくる。
寝巻に着替えてから、クロエは遠慮がちに口を開いた。
「ねえ…………仕事の話勝手に進めたこと、迷惑だった?」
俺はまだこんがらがったままの頭で少し考えた。
むかし薬師のじいさんは、俺に薬学を仕込もうとしてくれた。だけど十三・四歳の俺は、身を守るための強さを優先していて、最低限の薬の作り方以外はさっぱり無視していた。
しかしいざ区切りのゴールドランクにたどり着いて、討伐遠征の殊勲者にも選ばれても、やっていたのは貴族から小遣いをせびることだった。そして漠然とした恐怖感はあまり変わらない。
もし最上級のプラチナランクに今後なれたとしても、やっぱり何かが違う予感がする。
新しい道をもらえたのは、丁度いい機会だったんじゃねえか。
「――いいや。感謝してる」
心から言うと、クロエは小さく微笑んで俺の頬にキスをした。
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