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僕は途端に自信をなくした。最強の敵といっても過言ではない。『あんな子に迫られたら誰だって落ちる』とポロスも言っていたし、もはや同じ舞台上にさえ立てていないだろう。
セレスの執着を感じて、ちょっとだけ希望を持ちはじめていた心が地底にめり込むように沈んだ。
ずずん、と落ち込み黙りこくっている僕に気づいたのか、アステリアが急に声をひそめた。
「先生。実はわたくし、ウェスタさんと内緒のお話をしたいと思っているんです」
「ほ~ん……承知しましたぞ。奥の部屋から庭が見える。子どもたちが遊んでいるのを見てくるといい」
「ありがとうございます! ウェスタさん、ご一緒してくださらない?」
やめて! 王女様と話すことなんてないんだけど! という心の叫びは権力の前にかき消されてしまった。あとネーレ先生が協力的すぎるのはなんでだ。
談話室の奥には扉があって、院長室に繋がっている。僕とアステリアはその扉を抜けて、院長室にある大きな窓の前に立った。
もちろん扉は開けたままだ。けれど大きな声を出さない限り、話している内容は聞こえないだろう。
隣に立つと、アステリアは僕よりも頭半分小さかった。女の子、という感じだ。髪や肌も艶めいていて、丁寧に手入れされていることが見て取れる。
気にしたって無駄だ……。そう思っても、彼女の全てが僕の劣等感を刺激した。
「アステリア、様。失礼を承知で聞きます。お話って……なんですか? 私には心当たりがなくて」
「そんなに畏まらなくていいわ。何って、もちろんカシューン魔法師長のことよ!」
予感はしていたが、セレスの名前が出てきたことで背筋を冷や汗が伝った。
そもそも、アステリアが僕のことを知っているとしたら繋がりはそこしかない。しかし、「どこから」「何を」聞いているのかが問題だ。
彼女がセレスに恋しているとしたら、どう考えても僕は邪魔者だった。身を引くように、もしかしたら彼の前に姿を見せないように釘を刺されるかもしれない。王族なら僕の意思なんて関係なく、ありとあらゆる手段が取れるだろう。
いったい次に何を言われるのか……僕が思わず身構えたときだった。
「いつ結婚するの? はぁーっ、ウェスタさんに会えるなんてほんとラッキー! それに可愛い。かわいいわ! 何度言ったって会わせてくれないんだもの。叶うなら、カシューン魔法師長と一緒にいるところを見せてほしいなぁ! あの堅物がどんな顔するのか……。いちゃいちゃしてるのを物陰から見つめたい。うふふ。ふたりの子ども、きっと可愛いんだろうなー……」
「……」
え?? けっ……、え????
情報量が多すぎて、全くついていけない。アステリアは一瞬にして高貴さを失って、ニヤァ、としか言いようがない表情を可憐な顔に浮かべながら、僕の腹あたりを見つめている。やめて。どんな妄想してるの。
「え、えーと……まずひとつだけいいですか。セレス……魔法師長と結婚するのは、あなたでは?」
「……」
ががーん! と効果音が付きそうなほど大袈裟に顔を歪ませて、アステリアは固まった。彼女が護衛に背を向けていてよかった。表情だけで完全に事案だ。
その後スンッとした顔に戻ったあと、僕に手のひらを向けてぶつぶつと独り言を言い出した。「あんの堅物……説明責任って言葉知らないの? ありえない。かわいそすぎる……」とか何とか聞こえた気がする。
一旦僕も先ほど言われたことを反芻していた。あれって……信じられないけど、僕とセレスのことを言ってたのかな?
十秒ほど経過してからコホン。とひとつ咳払いをして、アステリアは淑女の顔に戻った。僕も緊張しながら彼女の答えを待った。
「私から全てを伝えるのは間違っていると思うから、ひとつだけ。――私とカシューン魔法師長は結婚しません。最初は見た目が好みだったからいろいろと騒いでしまったけれど、いまはそんな気持ち、微塵もないから安心して!」
「……ほんとに?」
あなたたちのこと、応援しているわ! と晴れやかな笑顔で言われた僕は、思わず本音が溢れてしまった。嬉しい気持ちも顔に出てしまったかもしれない。
だって。セレスと彼女が結婚しないってことは、僕が今すぐ恋を諦めなくてもいいということ――
セレスの執着を感じて、ちょっとだけ希望を持ちはじめていた心が地底にめり込むように沈んだ。
ずずん、と落ち込み黙りこくっている僕に気づいたのか、アステリアが急に声をひそめた。
「先生。実はわたくし、ウェスタさんと内緒のお話をしたいと思っているんです」
「ほ~ん……承知しましたぞ。奥の部屋から庭が見える。子どもたちが遊んでいるのを見てくるといい」
「ありがとうございます! ウェスタさん、ご一緒してくださらない?」
やめて! 王女様と話すことなんてないんだけど! という心の叫びは権力の前にかき消されてしまった。あとネーレ先生が協力的すぎるのはなんでだ。
談話室の奥には扉があって、院長室に繋がっている。僕とアステリアはその扉を抜けて、院長室にある大きな窓の前に立った。
もちろん扉は開けたままだ。けれど大きな声を出さない限り、話している内容は聞こえないだろう。
隣に立つと、アステリアは僕よりも頭半分小さかった。女の子、という感じだ。髪や肌も艶めいていて、丁寧に手入れされていることが見て取れる。
気にしたって無駄だ……。そう思っても、彼女の全てが僕の劣等感を刺激した。
「アステリア、様。失礼を承知で聞きます。お話って……なんですか? 私には心当たりがなくて」
「そんなに畏まらなくていいわ。何って、もちろんカシューン魔法師長のことよ!」
予感はしていたが、セレスの名前が出てきたことで背筋を冷や汗が伝った。
そもそも、アステリアが僕のことを知っているとしたら繋がりはそこしかない。しかし、「どこから」「何を」聞いているのかが問題だ。
彼女がセレスに恋しているとしたら、どう考えても僕は邪魔者だった。身を引くように、もしかしたら彼の前に姿を見せないように釘を刺されるかもしれない。王族なら僕の意思なんて関係なく、ありとあらゆる手段が取れるだろう。
いったい次に何を言われるのか……僕が思わず身構えたときだった。
「いつ結婚するの? はぁーっ、ウェスタさんに会えるなんてほんとラッキー! それに可愛い。かわいいわ! 何度言ったって会わせてくれないんだもの。叶うなら、カシューン魔法師長と一緒にいるところを見せてほしいなぁ! あの堅物がどんな顔するのか……。いちゃいちゃしてるのを物陰から見つめたい。うふふ。ふたりの子ども、きっと可愛いんだろうなー……」
「……」
え?? けっ……、え????
情報量が多すぎて、全くついていけない。アステリアは一瞬にして高貴さを失って、ニヤァ、としか言いようがない表情を可憐な顔に浮かべながら、僕の腹あたりを見つめている。やめて。どんな妄想してるの。
「え、えーと……まずひとつだけいいですか。セレス……魔法師長と結婚するのは、あなたでは?」
「……」
ががーん! と効果音が付きそうなほど大袈裟に顔を歪ませて、アステリアは固まった。彼女が護衛に背を向けていてよかった。表情だけで完全に事案だ。
その後スンッとした顔に戻ったあと、僕に手のひらを向けてぶつぶつと独り言を言い出した。「あんの堅物……説明責任って言葉知らないの? ありえない。かわいそすぎる……」とか何とか聞こえた気がする。
一旦僕も先ほど言われたことを反芻していた。あれって……信じられないけど、僕とセレスのことを言ってたのかな?
十秒ほど経過してからコホン。とひとつ咳払いをして、アステリアは淑女の顔に戻った。僕も緊張しながら彼女の答えを待った。
「私から全てを伝えるのは間違っていると思うから、ひとつだけ。――私とカシューン魔法師長は結婚しません。最初は見た目が好みだったからいろいろと騒いでしまったけれど、いまはそんな気持ち、微塵もないから安心して!」
「……ほんとに?」
あなたたちのこと、応援しているわ! と晴れやかな笑顔で言われた僕は、思わず本音が溢れてしまった。嬉しい気持ちも顔に出てしまったかもしれない。
だって。セレスと彼女が結婚しないってことは、僕が今すぐ恋を諦めなくてもいいということ――
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