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26.※微
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ほんのり背後注意です。
――――――――――
酒だけを提供するその店は通りの騒々しさに反して静かだった。厳つい店主が目を光らせているからかと思ったが、意外にも人当たりが良く居心地もいい。
俺はくさくさしていたのもあって、ひとりで杯を重ねた。
周囲の声が遠く聞こえるようになってきた頃、隣の席にひとの気配を感じて驚いた。こんなにも近くへ来るまで気配に気づかないことは普段であればないのだ。
酔いのせいかと考えたが、隣に座った男の気配を探って気づいた。彼には魔力が全くない。
基本的に王宮と自宅の往復がほとんどのため、魔力のない人間に会うことは滅多になく、ある考えが浮かびかけたもののかき消すように頭を振った。
顔だけは知られている俺は特定されるのを避けるため、黒いローブを着てフードを被っていたから相当近寄りがたかったはずだ。カウンターの端に腰かけていたが、実際近くに座る人はいなかったし……
それなのに彼は堂々と俺の隣に座り、常連のように店主に酒を注文し、飲み始めた。
「ねぇ、よくここ来てる?」
声をかけられて、ちら、と左を見た。彼は正面を見たままだったけれど、周囲に誰もいないので俺に話しかけているのだろう。少し長めの髪は、朝に飲む熱い紅茶のような色をしている。
その色が記憶を掠める。ずっと前に、どこかで見た気がした。
俺が黙って見つめたままでいると、彼もこちらを見る。少し幼い顔立ちに、オリーブグリーンの瞳が妖しく煌めいた。……そのアンバランスさに心臓が跳ねて、どっくんと変な動きをした。
「なに、話しかけられたくなかった?」
「いや……そうじゃない。以前どこかで会った気がしていた」
「えー? まさか口説いてるの、それ」
彼はくすくすと笑いながら、顔にかかった髪を耳にかける。白い首筋が垣間見えて、無意識に唾を飲み込んだ。
俺たちは互いに名乗りもしないままポツポツと会話した。彼は踏み込んだことを聞いてこないから、軽い会話が心地よい。
やはり酒の力だろうか、寡黙と言われる俺にしては珍しくよく喋り……ふと気づけば彼の右手が俺の太ももに乗っていた。
「ねぇ、うちで飲み直さない? ……近くなんだ」
気づけば俺は彼の右手を掴み、連れ立って店を出ていた。
近いという彼の言葉は冗談じゃなく、本当にあっという間に到着して驚く。いま思えば相当に酔っ払って思考が鈍っていた。こんな風に出会ったばかりの他人の家に行くのは初めてだったし、ましてや素性も知らない相手と……
部屋の中に入ったとたん、首の後ろに腕が絡まり唇が重なった。柔らかい、ぬめる感覚と酒の味。
誘導されたのか、いつの間にか俺たちはベッドの横まで移動していた。はぁっ、と甘い吐息を漏らしながら彼はベッドサイドのランプをつけ、俺のローブを落とした。
「え……」
やはり俺の顔は知っていたか。目を見開いて固まってしまった彼は子どもみたいにあどけない表情をしているが、唇はキスで濡れていた。
ここでやっぱりやめる、と言われてしまうのは困る。彼に魔力がないと気づいたとき浮かんだ興味本位の考えは、もはや彼に対する情欲で塗り替えられていた。
俺はどうしても今日、彼を抱きたい。
「名前は?」
「……ウェスタ。ねぇ、カシューン魔法師長……ですよね?」
「セレス、だ。そう呼んでくれ」
ウェスタの服を脱がしながら、屈んでもう一度唇を重ねた。そのままベッドに押し倒せば、興奮に色濃くなった瞳がランプの光を受けてきらめく。彼からは野原に咲く小さな花のような、控えめな香りがした。
開き直ったウェスタはされるがまま、ということはなく積極的に俺の服を脱がし、身体に触れてきた。かなり手慣れた様子にもやっとしかけたが、その感情は一旦頭の隅に追いやる。
閨教育は口述と見学のみだったものの、手順はわかっていた。相手の良いところを探すこと、観察して快感を引き出すこと。
それでもどうせ分かってしまうだろうと、初めてであることを告げた。
「――! そうなんだ。じゃあ……僕がやってあげる。大丈夫、準備はしてあるから」
「え、ちょ……待っ……!」
「んんっ……あッ」
なぜかぱっと嬉しそうな顔を見せ、ウェスタは俺の上に乗りかかってきた。
細い手で俺の陰茎に香油を塗り込め、腰を上げた。屹立を片手で支えながら、そのままゆっくりと腰を落としてくる。
目を閉じて切ない声を漏らしながら、俺の半身を飲みこんでいくウェスタは……とてつもなく扇情的だった。
熱く、濡れた腔内は未知そのもので、恐くなるほどの快楽を与えてきた。甘い喘ぎ声。汗の伝う華奢な肢体。
――そこからはもうなにも考えられなくなった。
本能のままにウェスタの身体を貪り、身体を繋げながら涙を流して「セレス、」と名前を呼ばれる幸福に浸った。
夜明けの光とともに目を覚ました俺は、腕のなかで眠るあたたかい存在に急激な愛おしさを感じていた。もう、ウェスタを誰にも渡したくない。
単純すぎる、と自分でも思うのだが、なぜか彼には初めから惹かれるものがあったのだ。
目蓋が腫れてしまったな、と指先でウェスタの目元を撫でる。自然光のもとで穏やかに眠るウェスタの顔を見ていると、酔いの醒めた頭はやっとある事実に気づいた。
彼は、あのときの子だ。
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酒だけを提供するその店は通りの騒々しさに反して静かだった。厳つい店主が目を光らせているからかと思ったが、意外にも人当たりが良く居心地もいい。
俺はくさくさしていたのもあって、ひとりで杯を重ねた。
周囲の声が遠く聞こえるようになってきた頃、隣の席にひとの気配を感じて驚いた。こんなにも近くへ来るまで気配に気づかないことは普段であればないのだ。
酔いのせいかと考えたが、隣に座った男の気配を探って気づいた。彼には魔力が全くない。
基本的に王宮と自宅の往復がほとんどのため、魔力のない人間に会うことは滅多になく、ある考えが浮かびかけたもののかき消すように頭を振った。
顔だけは知られている俺は特定されるのを避けるため、黒いローブを着てフードを被っていたから相当近寄りがたかったはずだ。カウンターの端に腰かけていたが、実際近くに座る人はいなかったし……
それなのに彼は堂々と俺の隣に座り、常連のように店主に酒を注文し、飲み始めた。
「ねぇ、よくここ来てる?」
声をかけられて、ちら、と左を見た。彼は正面を見たままだったけれど、周囲に誰もいないので俺に話しかけているのだろう。少し長めの髪は、朝に飲む熱い紅茶のような色をしている。
その色が記憶を掠める。ずっと前に、どこかで見た気がした。
俺が黙って見つめたままでいると、彼もこちらを見る。少し幼い顔立ちに、オリーブグリーンの瞳が妖しく煌めいた。……そのアンバランスさに心臓が跳ねて、どっくんと変な動きをした。
「なに、話しかけられたくなかった?」
「いや……そうじゃない。以前どこかで会った気がしていた」
「えー? まさか口説いてるの、それ」
彼はくすくすと笑いながら、顔にかかった髪を耳にかける。白い首筋が垣間見えて、無意識に唾を飲み込んだ。
俺たちは互いに名乗りもしないままポツポツと会話した。彼は踏み込んだことを聞いてこないから、軽い会話が心地よい。
やはり酒の力だろうか、寡黙と言われる俺にしては珍しくよく喋り……ふと気づけば彼の右手が俺の太ももに乗っていた。
「ねぇ、うちで飲み直さない? ……近くなんだ」
気づけば俺は彼の右手を掴み、連れ立って店を出ていた。
近いという彼の言葉は冗談じゃなく、本当にあっという間に到着して驚く。いま思えば相当に酔っ払って思考が鈍っていた。こんな風に出会ったばかりの他人の家に行くのは初めてだったし、ましてや素性も知らない相手と……
部屋の中に入ったとたん、首の後ろに腕が絡まり唇が重なった。柔らかい、ぬめる感覚と酒の味。
誘導されたのか、いつの間にか俺たちはベッドの横まで移動していた。はぁっ、と甘い吐息を漏らしながら彼はベッドサイドのランプをつけ、俺のローブを落とした。
「え……」
やはり俺の顔は知っていたか。目を見開いて固まってしまった彼は子どもみたいにあどけない表情をしているが、唇はキスで濡れていた。
ここでやっぱりやめる、と言われてしまうのは困る。彼に魔力がないと気づいたとき浮かんだ興味本位の考えは、もはや彼に対する情欲で塗り替えられていた。
俺はどうしても今日、彼を抱きたい。
「名前は?」
「……ウェスタ。ねぇ、カシューン魔法師長……ですよね?」
「セレス、だ。そう呼んでくれ」
ウェスタの服を脱がしながら、屈んでもう一度唇を重ねた。そのままベッドに押し倒せば、興奮に色濃くなった瞳がランプの光を受けてきらめく。彼からは野原に咲く小さな花のような、控えめな香りがした。
開き直ったウェスタはされるがまま、ということはなく積極的に俺の服を脱がし、身体に触れてきた。かなり手慣れた様子にもやっとしかけたが、その感情は一旦頭の隅に追いやる。
閨教育は口述と見学のみだったものの、手順はわかっていた。相手の良いところを探すこと、観察して快感を引き出すこと。
それでもどうせ分かってしまうだろうと、初めてであることを告げた。
「――! そうなんだ。じゃあ……僕がやってあげる。大丈夫、準備はしてあるから」
「え、ちょ……待っ……!」
「んんっ……あッ」
なぜかぱっと嬉しそうな顔を見せ、ウェスタは俺の上に乗りかかってきた。
細い手で俺の陰茎に香油を塗り込め、腰を上げた。屹立を片手で支えながら、そのままゆっくりと腰を落としてくる。
目を閉じて切ない声を漏らしながら、俺の半身を飲みこんでいくウェスタは……とてつもなく扇情的だった。
熱く、濡れた腔内は未知そのもので、恐くなるほどの快楽を与えてきた。甘い喘ぎ声。汗の伝う華奢な肢体。
――そこからはもうなにも考えられなくなった。
本能のままにウェスタの身体を貪り、身体を繋げながら涙を流して「セレス、」と名前を呼ばれる幸福に浸った。
夜明けの光とともに目を覚ました俺は、腕のなかで眠るあたたかい存在に急激な愛おしさを感じていた。もう、ウェスタを誰にも渡したくない。
単純すぎる、と自分でも思うのだが、なぜか彼には初めから惹かれるものがあったのだ。
目蓋が腫れてしまったな、と指先でウェスタの目元を撫でる。自然光のもとで穏やかに眠るウェスタの顔を見ていると、酔いの醒めた頭はやっとある事実に気づいた。
彼は、あのときの子だ。
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