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7.惚れ薬がなくても、こんなに優しい
しおりを挟む深い眠りを妨げたのは、ドスン! と何かが落ちる物音だった。
「ん、んー……?」
寄り添っていた温もりが離れたことに気づきシュエが身じろぐと、カシャと控えめな金属音が鳴る。
「な、な、な……っ。なんでお前がここにいるんだ!?!?」
「――あ、」
グラースの狼狽しきった叫び声が聞こえてきて、さすがのシュエも覚醒する。窓から差し込む朝日は柔らかな光で室内を照らしていた。
(あ、朝まで寝ちゃったーーー!!! 魔法が、解けてますね……!?)
あのまま起きていても解決策が浮かんだかは怪しいが、シュエは言い訳さえ考える間もなく寝てしまったのだ。
あそこで帰ることができれば良かったのに、グラースに見つかったのが誤算だった。そもそも彼が拘束具を使うような趣味だなんて、まさか思うまい。
グラースの反応を見るに、やはり記憶も綺麗さっぱりなくしてしまっているようだ。こんな事態になるのなら、いっそ記憶も残ってくれていれば説明が楽だった。
「ぐ、グラースが連れてきたんじゃん……」
「はっ、俺がぁ!? 昨日は確か酒場に行って……ん? 待て待て、なんでそのネグリジェをお前が着てるんだ」
シュエはつき、と心に刺さった棘を思い出して眉をひそめる。きっとこれは他の誰かに着せるために買っておいたんだろう。グラースは目を見開いて怒りに目尻を赤く染めていた。
「はいはい、どうせ似合わないですよ。僕が好きで着たわけじゃない。あんたが無理やり着せてきたんだ!」
元の原因は自分にあるのに、怒りを返すしか動揺を押し隠す方法が見つからない。羞恥に頬が熱くなって、じわと視界が歪む。
しかしシーツの隙間から覗くシュエのネグリジェ姿を上から下まで見ていたグラースは、ぼそっと独り言のように呟いた。
「想像以上に似合うな……」
「……え?」
耳に届いてきた言葉は、とっさに理解できなかった。馬鹿にされると思い、身構えていた身体から緊張が抜けていく。
次に感じたのは「なに言ってるんだこいつ?」と呆れた感情だった。やっぱりまだ魔法の影響が抜けていないのだろうか。
脱力したシュエは、早く帰りたくなってきた。家に帰って着替えたら、魔女の元へ文句を言いに行くのだ。
(とんでもない薬だったし……いや、相手を間違えて使っちゃったのは僕だけどさぁ)
あの老婆の場合は逆に怒ってきそうだなと思いながら、はあとため息を吐いたシュエの腕は突然横から掴まれた。
「はっ、なんっ、こ、この枷は!?」
「あー……あんたが、付けたねぇ」
ネグリジェに気を取られて、枷には気づいていなかったらしい。シュエが視線で促すと、グラースは足元までシーツを剥いだ。
そこでようやく両足にも枷が嵌められていることに気づき、驚愕している。衝撃を表すように、大きな身体がふらつく。
さすがに可哀想になってきて、シュエは全てを打ち明けることにした。これまで苛々させられてきた分がチャラになるくらい、グラースの隠してきた内面を見てしまったと思うから。
誰にだって、隠しておきたいことの一つや二つくらいある。恋をするとその覆いが剥がれて丸裸になってしまうのだと、シュエは知った。
「惚れ薬……?」
「そう。それで間違えてグラースに魔法がかかっちゃって、六時間あんたは僕に惚れた状態だったってわけ」
「だったらとっくに……いや。そんなこと急に言われて、信じられるかよ」
「でも記憶はないでしょ? それも惚れ薬の効能だから。僕にこんな服着せて枷で繋いだのも、本当は好きな人にやりたかったことなんじゃないの?」
「…………」
上半身だけ起こしたシュエが尋ねると、グラースが気まずそうに視線を逸らす。その居た堪れない様子が可哀想で可愛くて、シュエの胸には愛おしさに似た感情が生まれていた。
本当の恋人相手だったら、密かな欲望も打ち明けて、お互いに上手く折り合いをつけていくのだと思う。お互いしか知らない部分を見せ合い、二人だけの秘密を積み上げていく。
羨ましいなと感じるのは、シュエにはやったことのないことだからだ。ひと晩裸だけ見せ合って、朝になれば忘れる程度の関係しか築いたことがない。
(グラースの恋人になる人は、この男を愛さずにいられないだろうな。ちょっと方向性は変だけど、あれだけ大切に扱われるんだから)
切なさが込み上げてきて、シュエは目を伏せる。
「……ごめん。ここであったことは、全部忘れるから」
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