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ふと視線を感じた気がして正面を見ると、ターザが僕の方をじっと見つめていた。僕は首を傾げながら尋ねる。
「ターザさん、どうかしました?」
「あっ、えーと……メグムくん。顔赤いけどそんなに暑いですか?」
「恥ずかしいなぁ、みなさんと普段の運動量の差が出ちゃったかもしれないです」
「ねぇねぇ、お昼にしよー!」
パタパタと手で顔を仰いでいると、ブリギッドはこれがメイン!と言わんばかりのテンションで告げた。この中では一番小柄な彼女もかなりパワフルだ。
各々がマルシェで購入したご飯を持ち出すなか、僕はドキドキしながら遠慮がちにリュックからタッパーを取り出す。
「あの……!これよかったら、みなさんでどうぞ」
「えー!なになに、唐揚げ?美味しそう……メグムくんこれ作ってきたの?」
「はい……お弁当だけじゃ寂しいかと思って。鶏の胸肉を使って衣も薄めにしたので、ヘルシーになってるはずです。お口に合うといいんですけど……」
「わ~筋肉にも嬉しい!ありがとう!」
鍛えているダナなら喜んでくれるかなとか、一番身体の大きいターザなら食べてくれるかなと考えていたものの、比べようもないくらいみんな大喜びで取り合うように鶏の唐揚げを減らしていく。
リアンも好きなおかずらしく、たまにリクエストを聞くと唐揚げと答えることが多い。ついつい僕も研究を重ねてしまった自慢のメニューなのである。
にこにこと食欲旺盛に食べ進めるみんなを見ていると、最後の一個にフォークを伸ばしたターザがハッと気づいたように声を上げた。
「メグムくん、一個も食べてなくないですか?どうしよ、おれ嬉しくて沢山食べちゃったよ……!」
「あ、いいですいいです!作ってるときに味見したし、なんか胸焼けしちゃって」
「食欲ないのー?そのパンだけじゃ絶対足りないよぉ」
「もしかして、発情期近いんじゃない?」
「えっ」
食欲、ないのかなぁ?と自問自答していると、思ってもみないことを言われた。同じオメガであるダナとブリギッドが僕の首あたりに顔を寄せてきて、遠慮なくスンスン匂いを嗅いでくる。
ぜったい汗臭いからやめて!と言ってもお構いなしだ。かといって女性二人を押しのける訳にもいかず、ぎゅっと首を縮こめて耐える。
「そうかも……ほんのりだけど、甘くていい匂いがする……」
「メグム、初めてなんでしょ?ならフェロモン少なくてもあり得るよね。体温も上がってるみたいだし……すぐ帰ったほうがいい!帰ろう!」
「えぇ!それなら僕ひとりで帰りますから、みなさんはゆっくりして行ってください。勘違いかもしれないし……」
「駄目!ぜったい駄目~!ほんとに発情期入ったら動けなくなるし、知らないアルファやベータに襲われる可能性だってあるんだからね!あ、ターザは念のため近づかないで!」
僕が戸惑っている間にテキパキと荷物が片付けられ、行くよ!の掛け声でみんなが歩き出す。帰り道は景色を楽しむことなんてせずに、あっという間にフィンジアスへと戻るバスに乗った。
ああ、せっかく来たのにもったいないし申し訳ない。本当に発情期なんて来るんだろうか?身体が熱くて食欲がちょっと減ったくらいで?
だけど教えてもらった発情期らしい症状がほんとうに出てしまったら、確かに手に負えない。場所も構わず性欲に溺れて、醜態を晒すなんて耐えられないだろう。
……やっぱりここは先輩に従うべきだな。バスに乗ってから心の中でそう結論づけ、僕は状況を受け入れた。
僕たちは一番うしろの席を陣取り、僕の両サイドをダナとブリギッドが固めている。窓は全開だ。ターザは少し離れた席で心配そうに僕の方を振り返ってくる。
まだ帰るには早い時刻だからか、乗ったバスには僕たち以外誰もいない。自動運転のおかげで運転手もいないから、ダナとブリギッドは遠慮なく事前に準備するものとか、発情期中に注意することを教えてくれた。
「やっぱニュイ・ドリームがおすすめかな~。一人で過ごすにしてもお相手求めるにしても、オメガのケアはちゃんとしてくれるし。色々準備してくれるしね!気をつけないと簡単に脱水症状とかなっちゃうから」
「ニュイ・ドリーム……」
そうかぁ。いまの僕にはその選択肢もあるのか。もともと利用するつもりがなかったから忘れていた。
確かに家でひとり発情期を乗り越えるより、安全で良さそうだ。……でも。
「あそこは……ちょっと」
「メグムくん、嫌な思い出はあると思うけど、おれもニュイ・ドリームに行くことをおすすめするよ。やっぱり……心配だ」
「うーん、やっぱりさっきよりフェロモン出てきてるかも。ターザもうちょっと離れたほうが良くない?」
「メグムはバニラっぽい香りだね~。食べちゃいたいっ」
確かに、身体がなんだか落ち着かなくなってきた気がする。風邪で熱が出るときに身体の内側からぞわぞわするみたいな、そんな感じ。
バスを降りるまでに何度か人の出入りはあったけど、幸いにも僕のフェロモンに気づいた人はいなかった。自分ではフェロモンの匂いなんてわからないから、人が乗ってくるたびにびくびくしてしまう。
今からこんな調子じゃ、とてもじゃないけど一人で耐えられなかっただろう。仲間がいてくれることの有り難さに、じんわりと涙が浮かんだ。
「ターザさん、どうかしました?」
「あっ、えーと……メグムくん。顔赤いけどそんなに暑いですか?」
「恥ずかしいなぁ、みなさんと普段の運動量の差が出ちゃったかもしれないです」
「ねぇねぇ、お昼にしよー!」
パタパタと手で顔を仰いでいると、ブリギッドはこれがメイン!と言わんばかりのテンションで告げた。この中では一番小柄な彼女もかなりパワフルだ。
各々がマルシェで購入したご飯を持ち出すなか、僕はドキドキしながら遠慮がちにリュックからタッパーを取り出す。
「あの……!これよかったら、みなさんでどうぞ」
「えー!なになに、唐揚げ?美味しそう……メグムくんこれ作ってきたの?」
「はい……お弁当だけじゃ寂しいかと思って。鶏の胸肉を使って衣も薄めにしたので、ヘルシーになってるはずです。お口に合うといいんですけど……」
「わ~筋肉にも嬉しい!ありがとう!」
鍛えているダナなら喜んでくれるかなとか、一番身体の大きいターザなら食べてくれるかなと考えていたものの、比べようもないくらいみんな大喜びで取り合うように鶏の唐揚げを減らしていく。
リアンも好きなおかずらしく、たまにリクエストを聞くと唐揚げと答えることが多い。ついつい僕も研究を重ねてしまった自慢のメニューなのである。
にこにこと食欲旺盛に食べ進めるみんなを見ていると、最後の一個にフォークを伸ばしたターザがハッと気づいたように声を上げた。
「メグムくん、一個も食べてなくないですか?どうしよ、おれ嬉しくて沢山食べちゃったよ……!」
「あ、いいですいいです!作ってるときに味見したし、なんか胸焼けしちゃって」
「食欲ないのー?そのパンだけじゃ絶対足りないよぉ」
「もしかして、発情期近いんじゃない?」
「えっ」
食欲、ないのかなぁ?と自問自答していると、思ってもみないことを言われた。同じオメガであるダナとブリギッドが僕の首あたりに顔を寄せてきて、遠慮なくスンスン匂いを嗅いでくる。
ぜったい汗臭いからやめて!と言ってもお構いなしだ。かといって女性二人を押しのける訳にもいかず、ぎゅっと首を縮こめて耐える。
「そうかも……ほんのりだけど、甘くていい匂いがする……」
「メグム、初めてなんでしょ?ならフェロモン少なくてもあり得るよね。体温も上がってるみたいだし……すぐ帰ったほうがいい!帰ろう!」
「えぇ!それなら僕ひとりで帰りますから、みなさんはゆっくりして行ってください。勘違いかもしれないし……」
「駄目!ぜったい駄目~!ほんとに発情期入ったら動けなくなるし、知らないアルファやベータに襲われる可能性だってあるんだからね!あ、ターザは念のため近づかないで!」
僕が戸惑っている間にテキパキと荷物が片付けられ、行くよ!の掛け声でみんなが歩き出す。帰り道は景色を楽しむことなんてせずに、あっという間にフィンジアスへと戻るバスに乗った。
ああ、せっかく来たのにもったいないし申し訳ない。本当に発情期なんて来るんだろうか?身体が熱くて食欲がちょっと減ったくらいで?
だけど教えてもらった発情期らしい症状がほんとうに出てしまったら、確かに手に負えない。場所も構わず性欲に溺れて、醜態を晒すなんて耐えられないだろう。
……やっぱりここは先輩に従うべきだな。バスに乗ってから心の中でそう結論づけ、僕は状況を受け入れた。
僕たちは一番うしろの席を陣取り、僕の両サイドをダナとブリギッドが固めている。窓は全開だ。ターザは少し離れた席で心配そうに僕の方を振り返ってくる。
まだ帰るには早い時刻だからか、乗ったバスには僕たち以外誰もいない。自動運転のおかげで運転手もいないから、ダナとブリギッドは遠慮なく事前に準備するものとか、発情期中に注意することを教えてくれた。
「やっぱニュイ・ドリームがおすすめかな~。一人で過ごすにしてもお相手求めるにしても、オメガのケアはちゃんとしてくれるし。色々準備してくれるしね!気をつけないと簡単に脱水症状とかなっちゃうから」
「ニュイ・ドリーム……」
そうかぁ。いまの僕にはその選択肢もあるのか。もともと利用するつもりがなかったから忘れていた。
確かに家でひとり発情期を乗り越えるより、安全で良さそうだ。……でも。
「あそこは……ちょっと」
「メグムくん、嫌な思い出はあると思うけど、おれもニュイ・ドリームに行くことをおすすめするよ。やっぱり……心配だ」
「うーん、やっぱりさっきよりフェロモン出てきてるかも。ターザもうちょっと離れたほうが良くない?」
「メグムはバニラっぽい香りだね~。食べちゃいたいっ」
確かに、身体がなんだか落ち着かなくなってきた気がする。風邪で熱が出るときに身体の内側からぞわぞわするみたいな、そんな感じ。
バスを降りるまでに何度か人の出入りはあったけど、幸いにも僕のフェロモンに気づいた人はいなかった。自分ではフェロモンの匂いなんてわからないから、人が乗ってくるたびにびくびくしてしまう。
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