11 / 18
11.
しおりを挟む
「憂いを帯びた表情って言うのかなぁ? 妬けるね」
「ひっ……」
襟の合わせ目から手を差し込まれ、鎖骨を撫でられる。恐怖で立った乳嘴を指先で弄ばれると、全身の肌が粟立ち嫌な汗をかく。
男娼だったときなら、それくらいの接触はなんとも思わなかったはずだ。しかし今は耐え難い不快感に全身が支配され、絶望がひたひたと足下に迫ってくる。
これが、番以外に触られるということ? 我慢するなどという次元じゃない。性器に触れたり挿入されたりしたらショックで死んでしまってもおかしくないと思えるほど、本能的な部分で拒絶している。
「い……ゃっ……」
「……へぇ、そんな風になるんだ。そそるねぇ。今から予行練習しておく?」
「……ッ!」
ぎゅっと目を閉じ、不快感に耐えようとしたときだった。
突然馬のいななきが聞こえてきたかと思うと馬車が止まり、ネージュは座席の下にごろんっと放り出される。パラディも姿勢を崩して「なんだ!?」と外に向かって大きな声を出した。
馬車の中に吊るしていたランタンは消えてしまい、視界が真っ暗になる。
「騎士が……ぐぁっ!」
「くそ、閣下から手を回したと聞いてたのに」
外から剣戟の音が聞こえ、誰のものかわからない呻き声や叫び声がする。ネージュは恐怖で固まっていたが、国外まで渡り歩くパラディは緊張しつつも慣れた様子だった。
暗闇に慣れてきた目でパラディの方を見ると、胸元から短剣を取り出し扉を窺っている。すると向こうから扉が開き、満身創痍の男がパラディに必死の形相で告げた。
「今のうちに逃げ……」
「逃がさない」
男の胸から赤く濡れた剣先が飛び出し、ゆらりと体が傾ぐ。その向こうには黄金の髪を乱れさせ、黒い騎士服を身に纏ったイデアルがいた。
助けに来てくれた……!
思わず身を乗り出したネージュだったが、背後から腕を回されたかと思うと首に冷たいものが当たった。短剣の刃だ。
「動くと切るよ。下がれ、……そう。剣を捨てろ」
「イ……イデアル」
「逃がさないよ? 大事な商品なんだから」
ネージュは思わずイデアルの名を呼んだが、彼は言われたとおり血に濡れた長剣を地面に置いた。視線はネージュたちから離さない。
もっとも、パラディは自分の優位をわかっている。
雨のなか、周囲は松明で煌々と照らされていた。イデアルと同じような格好をした騎士たちがいて、相手はほぼ倒れていたものの固唾を呑んでこちらを見守っていた。
ネージュはパラディと馬車を降り、彼らから距離を取る。すると離れたところから騎馬の集団が駆けてくるのが見えた。
揃いの鎧は、騎士団のものと違う。
「公爵家の紋章だ! はは、運命の女神は僕を見放してはいないようだ」
パラディは笑ったが、近づいてくると彼らの形相が切羽詰まったものであるとわかる。違和感の正体はその背後にいた人たちだった。
近づくまでよく見えなかったものの、黒い騎士服を着た人たちがさらにいた。ここにいるのは数人だが、新たにやってきた彼らは規模が違う。
公爵家の兵団はほとんどがネージュたちを追い越して逃げていく。公爵に合わせて立ち止まったのは数人だけで、騎士たちにあっという間に囲まれてしまった。
「国王陛下のお召しだ! ネージュ・ベアトリクス・ブーロンシュを保護し王宮へご同行いただく!」
堂々と宣言したのはヴェリテだった。再び戦闘は再開され、圧倒的不利に公爵の情けない悲鳴が聞こえる。
一方でパラディとイデアルの緊張状態は続いていた。
動くたびネージュの首に当たる刃が熱かった。痛みを感じる余裕はないが、押し当てたまま移動しているせいで皮膚が切れているのかもしれない。
イデアルの視線も熱く、一切の隙も見逃さないという決意を感じる。相手は剣を持っていないのに圧倒され、パラディは冷や汗をだらだらと流している。
「ひっ……」
襟の合わせ目から手を差し込まれ、鎖骨を撫でられる。恐怖で立った乳嘴を指先で弄ばれると、全身の肌が粟立ち嫌な汗をかく。
男娼だったときなら、それくらいの接触はなんとも思わなかったはずだ。しかし今は耐え難い不快感に全身が支配され、絶望がひたひたと足下に迫ってくる。
これが、番以外に触られるということ? 我慢するなどという次元じゃない。性器に触れたり挿入されたりしたらショックで死んでしまってもおかしくないと思えるほど、本能的な部分で拒絶している。
「い……ゃっ……」
「……へぇ、そんな風になるんだ。そそるねぇ。今から予行練習しておく?」
「……ッ!」
ぎゅっと目を閉じ、不快感に耐えようとしたときだった。
突然馬のいななきが聞こえてきたかと思うと馬車が止まり、ネージュは座席の下にごろんっと放り出される。パラディも姿勢を崩して「なんだ!?」と外に向かって大きな声を出した。
馬車の中に吊るしていたランタンは消えてしまい、視界が真っ暗になる。
「騎士が……ぐぁっ!」
「くそ、閣下から手を回したと聞いてたのに」
外から剣戟の音が聞こえ、誰のものかわからない呻き声や叫び声がする。ネージュは恐怖で固まっていたが、国外まで渡り歩くパラディは緊張しつつも慣れた様子だった。
暗闇に慣れてきた目でパラディの方を見ると、胸元から短剣を取り出し扉を窺っている。すると向こうから扉が開き、満身創痍の男がパラディに必死の形相で告げた。
「今のうちに逃げ……」
「逃がさない」
男の胸から赤く濡れた剣先が飛び出し、ゆらりと体が傾ぐ。その向こうには黄金の髪を乱れさせ、黒い騎士服を身に纏ったイデアルがいた。
助けに来てくれた……!
思わず身を乗り出したネージュだったが、背後から腕を回されたかと思うと首に冷たいものが当たった。短剣の刃だ。
「動くと切るよ。下がれ、……そう。剣を捨てろ」
「イ……イデアル」
「逃がさないよ? 大事な商品なんだから」
ネージュは思わずイデアルの名を呼んだが、彼は言われたとおり血に濡れた長剣を地面に置いた。視線はネージュたちから離さない。
もっとも、パラディは自分の優位をわかっている。
雨のなか、周囲は松明で煌々と照らされていた。イデアルと同じような格好をした騎士たちがいて、相手はほぼ倒れていたものの固唾を呑んでこちらを見守っていた。
ネージュはパラディと馬車を降り、彼らから距離を取る。すると離れたところから騎馬の集団が駆けてくるのが見えた。
揃いの鎧は、騎士団のものと違う。
「公爵家の紋章だ! はは、運命の女神は僕を見放してはいないようだ」
パラディは笑ったが、近づいてくると彼らの形相が切羽詰まったものであるとわかる。違和感の正体はその背後にいた人たちだった。
近づくまでよく見えなかったものの、黒い騎士服を着た人たちがさらにいた。ここにいるのは数人だが、新たにやってきた彼らは規模が違う。
公爵家の兵団はほとんどがネージュたちを追い越して逃げていく。公爵に合わせて立ち止まったのは数人だけで、騎士たちにあっという間に囲まれてしまった。
「国王陛下のお召しだ! ネージュ・ベアトリクス・ブーロンシュを保護し王宮へご同行いただく!」
堂々と宣言したのはヴェリテだった。再び戦闘は再開され、圧倒的不利に公爵の情けない悲鳴が聞こえる。
一方でパラディとイデアルの緊張状態は続いていた。
動くたびネージュの首に当たる刃が熱かった。痛みを感じる余裕はないが、押し当てたまま移動しているせいで皮膚が切れているのかもしれない。
イデアルの視線も熱く、一切の隙も見逃さないという決意を感じる。相手は剣を持っていないのに圧倒され、パラディは冷や汗をだらだらと流している。
124
あなたにおすすめの小説
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
【完結】運命じゃない香りの、恋
麻田夏与/Kayo Asada
BL
オメガ性のリュカ・レバノンは、王国の第一王子ダイセルが見初めた、彼の運命の番だ。だが、ダイセル王子に無体な真似を働かれ、リュカは婚約の王命を断ろうとする。当然、王宮からの追っ手が来たところで──「そなた、何やら素晴らしい香りをしているな」。その声は、国一番の魔術師兼調香師のマシレ・グラースのものだった。調香師アルファ×不幸めオメガのラブストーリー。
オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない
潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。
いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。
そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。
一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。
たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。
アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー
この運命を、あなたに。
皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。
イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。
しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。
祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。
暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。
秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。
不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
下っ端公務員の俺は派遣のαに恋してる【完結済】
tii
BL
市役所勤めの野々宮は、どこにでもいる平凡なβ。
仕事は無難、恋愛は停滞、毎夜の癒しはゲームとストゼロだけ。
そんな日々に現れたのは、派遣職員として配属された青年――朝比奈。
背が高く、音大卒で、いっけん冷たそうに見えるが、
話せば驚くほど穏やかで優しい。
ただひとつ、彼は自己紹介のときに言った。
「僕、αなんです。迷惑をかけるかもしれませんが……」
軽く流されたその言葉が、
野々宮の中でじわりと残り続ける。
残業続きの夜、偶然居酒屋でふたりきりになり――
その指先が触れた瞬間、世界が音を立てて軋んだ。
「……野々宮さんって、本当にβなんですか?」
揺らぎ始めた日常、
“立場”と“本能”の境界が、静かに崩れていく。
☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。
【第13回BL小説大賞】にエントリーさせて頂きました!
まこxゆず の応援 ぜひよろしくお願いします!
☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。✩☪︎⋆˚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる