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しおりを挟むパラディは街道から後退を続け、木々の立ち並ぶ林の中に入って行こうとする。いや、イデアルがそちらへ誘導したのかもしれない。
街道を出るとぬかるんだ土が足をもたつかせる。そう進むことなく、地面に這った木の根に足を取られパラディは姿勢を崩した。
その瞬間、イデアルは体当たりをくらわせる。
間にいたネージュも倒れるかと思ったが、いつの間にかパラディの腕から抜け、イデアルの後ろにぽてんと座っていた。
「???」
顔を上げると、短剣がパラディの手からはじき出されるところだった。身長は同じくらいなのにイデアルはいとも容易くパラディをねじ伏せ、ネージュに「大丈夫か」と聞いてくる。
ネージュは何と言っていいのかわからず、ただただ目を丸くして頷くことしかできない。
(すごい。こんなに強いんだ……!)
人の戦う姿なんて酒場で酔っぱらいが喧嘩するところしか見たことがなかったため、イデアルの強さに圧倒される。騎士は馬に乗って剣を持って戦うだけじゃないんだと、今さらながらにネージュは知った。
追いかけるようにやってきた騎士たちがパラディを縛って、街道の方へ運んでいく。罪人の扱いにパラディは顔を真っ赤にし、イデアルに向かって叫んだ。
「こいつがブーロンシュへ連れて行けと僕に頼んできたんだ! どうして僕が捕まる!?」
「…………」
イデアルはパラディを無視し、ネージュの正面に膝をつく。その後ろにはヴェリテもいた。
「ネージュ、首が痛そうだな……。ほかに怪我はないか」
「私、私は……頼んでない。ブーロンシュなんて国、知らない」
ネージュは怖くなり、ふるふると首を振る。平民の中でも男娼の言葉は一等弱く、パラディの言葉の方をイデアルたちが信じてしまうと思ったのだ。
どうして国王陛下がネージュを呼んでいるのか。この国で育ったのに、他国の生まれだと知って勝手に出て行こうとしていると、まさか反乱分子だと思われている?
眉尻を下げ、悲壮感を漂わせたネージュに、イデアルは片手を差し出した。
「わかってる。あいつと俺の父がネージュを売りつけようとしていたことも、全部知ってる。だから……大丈夫だ。ネージュが望むなら、ずっとヴィエーヴにいていい」
イデアルの言葉に、怯えていた心が優しく包まれるのを感じた。誰かに信じてもらえることが、イデアルが実の父親よりもネージュを信じたことが、こんなにも嬉しいだなんて。
「ていうか、結婚するんでしょ? それを先に言いなよ」
「っ! ヴェリテ……!」
ネージュがほぅっと胸を撫でおろしイデアルの手を取ろうとしたとき、突然口を開いたヴェリテの言葉に首を傾げてしまう。今なんて……結婚?
「ブーロンシュの王族であるネージュさんと、レウスィット公爵家次男であるイデアルの婚姻を、国王陛下が認めてくださったんだよ!」
「……は??」
「説明はあとだ。行こう」
説明されても意味が分からず、ネージュは丸く口を開けたままイデアルに催促されて立ち上がろうとした。……が、腰が抜けていて立ち上がれない。
「あ……」
「ほら、掴まれ」
もう一度目の前に手が差し出され、ネージュは今さらながらに震えてきた手を重ねた。
――あったかい。大きくて、胼胝や切り傷でゴツゴツしている手だ。
イデアルにぐいっと引かれて立ち上がり、ネージュはまた幼子のように抱え上げられた。恥ずかしくもあったけれど、今はイデアルにしっかりと掴まって体温を感じられることが安心する。
ネージュはようやく素直な気持ちというものがわかった。
(私、イデアルのこと……好きなんだ……)
雨はいつの間にか降りやみ、雲の隙間から月明かりが街道を照らしていた。
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