遠い異国の唄

おもちDX

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 ネージュは決意した。やっと自覚できた好きな人のためにしてあげられることが、それくらいしか思いつかない。
 これでも元男娼で、花車となってからは新人への指導に当たることもある。男は単純な生き物だから、夜の生活を充実させてあげれば喜ぶだろう。

「私、がんばります!」
「おっ、いいねその意気だ!」

 ヴェリテが拳をこちらに向けてくるから、ネージュも拳でゴツンとぶつけ合わせようとする。しかしその直前で第三者の手にネージュの拳は包まれ、阻まれた。

「帰るぞ」
「あれ、もう話終わったんですか? じゃあ……お先に失礼します」

 ぺこと頭を下げてから部屋を出て、イデアルについていく。今日からネージュはイデアルの部屋に住むらしい。

 こんな立場になってしまってはさすがに娼館での仕事を続けられないため、シャルムからは荷物を引き上げてきた。
 突然職場を去ることになり寂しい気持ちはある。みんなも寂しがってくれたけれど、実際のところネージュがいなくなっても問題ないだろう。男娼たちはみんなしっかりしているし、エマももう立派な花車だ。

 王宮を出た馬車の中で、ネージュは改めてお礼を言った。昨日からずっとバタバタしていたので、二人きりで会話をするのは、初めて会った夜以来かもしれない。

「あの……助けてくださって、ありがとうございました。昨日だけじゃなくて、前から動いてくださってたんですよね? 私、なにも知らなくて、大変失礼いたしました」
「俺が勝手にやったことだ。むしろ……怖い思いをしただろ、父が悪かった」

 どうしてかイデアルは頑なに目を合わせようとしない。もしかして、機嫌が悪いの? 望まない結婚をするから?

「イデアル様、私との結婚が嫌なら遠慮なくおっしゃってください。対外的には結婚したことにして、私は納屋にでも押し込めていただいて構いません」
「どうしてそうなる! というか、その話し方やめろ! 普通にしろ!」
「え」

 ようやく目が合ったかと思うと、イデアルは突然怒り出した。納屋でさえ贅沢だと思われたのだろうか。普通って……?

「ネージュは王子だったんだろ。立場も上だし年上だし、俺に敬語を使わなくていい。それに……結婚、するんだから……夫婦だろ」
「…………」

 結婚、の部分でイデアルの白い肌が朱を注がれたように真っ赤になった。あれ? なんだこの反応。なんか見たことあるな。

「童貞みたい……」
「っおい!」

「童貞じゃねぇ!」って言われたから「知ってる」と返す。あははっと笑っているうちに、いつの間にか心のつかえが取れていることに気づいた。嫌われているわけでもないらしい。
 ネージュは身を乗り出し、向かい側の男を上目遣いに見つめて、大事なことを教えてあげる。

「イデアルのこと、好きだよ」
「!!!」

 首まで赤くしたイデアルをうりうり弄くりまわすのはとっても楽しかった。



 馬車を下りる前、イデアルは何度もネージュに言い含めてきた。
 騎士団の宿舎に住んでいるから、貴族らしい大きな屋敷を期待してほしくないという。そんなの、こっちだって緊張するから願い下げだ。

 見上げた建物は三階建てで横に長く、華美すぎないものの実用的な美しさがある。騎士の中でも高位貴族が住む宿舎のようで、集合住宅といっても平民から見れば豪勢なところだった。

「わ……」
「狭いだろ? しばらくはここで我慢してくれ」

 しばらくってどういう意味だろうと思いながらも、ネージュは興味津々でイデアルの部屋を探検した。
 娼館で住んでいた私室よりも広いし、なにより個別の部屋にちゃんとした風呂がある。寝台も広く、二人で寝ても十分な広さだ。

「むしろここに一人で住んでたなんて贅沢だよね? って――あれ?」

 寝台の上に座ってイデアルの方を仰ぎ見ると、部屋の外にたくさんの人が集まって、扉の隙間からネージュたちを見ていることに気づいた。騎士の人たち……だよね?

「……お前ら! 散れ、散れっ!」
「あは、いいじゃない。――みなさん初めまして、イデアルと結婚することになったネージュといいます。これから一緒にここで暮らしますので、よろしくお願いいたします」

 彼らに近づいて行って外行きの笑顔で挨拶すると、顔を輝かせた騎士たちが「よかったな童貞!」「すっげぇ美人!」「奥さんオメガって本当か!?」などと騒ぎ出す。若そうで可愛いなぁと思いながらも、ネージュは大事なことを付け加えておく。

「私が発情期のときとか、そうでなくとも夜は、恥ずかしいので聞き耳を立てないでくださいね?」

 壁って薄いのかな? と尋ねながらイデアルを見上げると、ぽかんと口を開けてまた顔を赤らめていた。
 ……あれ? なんか変なこと、言った?

 ぱたんぱたんと長い睫毛を上下させて、ネージュはもう一度集団の方を振り向く。

「はっ、おれたちは邪魔者でしたね! 失礼します!」

 ネージュと目が合うや否や、耳まで真っ赤にした彼らは走って去ってしまった。
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