後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX

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3-1.旦那様と奥様

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 ミルファがノックをして部屋の扉を開けると、目の前にヌ、と大きな影があって腰を抜かしそうになった。

「うわぁっ!? ……る、ルシアーノか」
「悪い、驚かせたな」

 さっと腰に手を添えられ、ミルファは後ろへ倒れそうになるのを回避した。瞬発力がすごい。
 凛々しい眉尻が申し訳なさそうに下げられるのを見て、早急に彼の存在に慣れなければと思う。これまでこの屋敷で一番大きかったのは若い侍従ロービーで、ルシアーノはさらに拳一個分大きそうだ。

 わざわざ出迎えなくていいのに、律儀な人だと思う。もしかしたら落ち着かずに部屋を歩き回っていたのかもしれない。
 室内は整然としていて、彼が来る前と変わっていないように見えた。侍女が置いていったのだろう、テーブルの上の紅茶が唯一の生活感だ。

「もう片付けは終わったの? あぁ、座ろうか」
 
 ルシアーノはどちらにも頷き、向かい合ってソファに座った。予備の湯がまだ湯気を立てていることを確認して自分の分の紅茶を淹れようとすると、彼は自分がやるとミルファを遮るから驚いた。
 静かに紅茶を淹れてくれる所作は手慣れている。侯爵家で全てを使用人任せにしていなかったのだろうか? なんとも意外だ。

「初日に無理を言うようだけど、自分の家だと思ってリラックスして過ごしてほしい。裕福な家じゃないから贅沢はさせてあげられないが、君に不自由させたくないんだ。望みは可能な限り僕が叶えよう」
「不自由なんてないさ、ありがとう」

 ルシアーノを前にするとこちらが主人ぶるのも変な感じがする。そういえば、と思い年齢を尋ねてみると三十二歳らしい。
 ふうん、六歳上かぁ。落ち着いた、なんとなく安心する雰囲気にも納得だ。
 
 スッと目の前に置かれたカップに口をつける。熱湯じゃなかったにもかかわらず濃厚な花の香りが鼻腔に届き、渋みのない優しい味わいが口の中に広がった。
 侍女長のポモナ――紅茶を美味しく淹れることに関して右に出るものはいない――にも劣らないテクニックに目を丸くする。

「おいしー……ルシアーノ、すごいね!?」
「光栄です、旦那さま」
「ぶ。……ゴホッ、ゴホ!」

 ハスキーボイスで告げられたひと言に紅茶を吹き出しそうになってせた。間違ってない。間違ってはいないのだが、我ながら違和感がすごい。
 ミルファはコホンと改めて息を整え、あははっと笑いながら「無理しなくていいよ」と目の前に座る男に伝えた。

「いや、俺が婿に来たんだからそういう訳には……」
「ていうかさ。ルシアーノは本当に僕でいいと思ってる? こんな平々凡々なベータ男の、裕福でもない貴族に婿入りしたって、いいことなんてないと思うけど。……ってごめん! ……自分で申し込んでおいて酷いこと言ってるね、僕。とにかく君こそ、辞退するなら今のうちだ」

 自分はルシアーノに無理をさせている。そう考えるだけでミルファの胸は痛んだ。
 こんな奴の申し出を受けるんじゃなかった、明らかに選択を間違えた! と思われていても仕方がない。

 優しそうなルシアーノは嫌悪の感情を押し殺してここに居るんじゃないかと、そうミルファは推測している。

「ミルファ、君がいいんだ」
「え……」

 夜明けを思わせる淡紅色の瞳にひたと見据えられて、ミルファは狼狽えた。紺碧の瞳をうろうろ彷徨わせる。
 まるで愛の告白とも思える言葉を美丈夫にまっすぐと伝えられて平静でいられるほど、自分は恋愛経験を積んでいないのだ。
 
 しかしルシアーノの目に恋情のような熱は見えない。どこか縋るようで、アルファの彼には似つかわしくない必死さを感じた。

「ミルファこそ、俺なんかでいいのか? きっと……噂のような深窓の令嬢を想像していたんだろう」
「ごめん。ぶっちゃけ想像と全く違った」
「やっぱりな。じゃあ……」
「でも、なにか事情があるんだろう? 隠れ蓑でもしばらくだけでもいい。ルシアーノが満足するまで僕は君を受け入れよう」

 理由がなんであれ、ルシアーノがミルファを選んだのは間違いではなかったらしい。それが分かっただけでミルファは心が決まった。
 
 別に都合よく自分を愛してくれるオメガが現れるなんて思っていなかったのだ。そもそも自分の理想もよく分からない。
 かつて一番に願っていたことはアルファになることだが、逆立ちしたって二次性を変えられないことはとうに理解していた。

 ミルファのどうしようもない葛藤にルシアーノを巻き込んでしまって、本当に申し訳ないし情けない。
 けれどルシアーノがミルファの伴侶という立場を、あるいはミルファの屋敷で過ごすことを望むのなら、ドンと構えて受け入れてあげたかった。

「……聞いてたとおりだな。感謝する。ミルファに迷惑を掛けないよう過ごすよ」
「何を聞いてたんだよ。怖いなぁ、もう。多少の迷惑はの可愛さに免じて許そうじゃないか」
「ぐ」

 ミルファが冗談めかして告げると、ルシアーノも苦虫を噛みつぶしたような表情をするものだから笑ってしまった。
 いくら精悍な男でも顔のパーツをぎゅっと真ん中に寄せて皺くちゃになっているのは台無しだ。侯爵家でも奥様とは呼ばれていなかったに違いない。

 ミルファは立ち上がり、改めて右手を差し出した。

「じゃあ決まりだな。僕たちはこれから型に捉われない伴侶になろう。奥様も旦那様も関係ない。ルシアーノは僕に遠慮せず接してほしい。なに、一人くらい養う気概は僕にもあるよ」
「……あぁ、ありがとう」

 ルシアーノも立ち上がり、その背の高さにまた驚いてしまわないようミルファはこっそり息を止めた。
 彼からも右手が差し出され、伴侶の契りというよりも仲間同士の結託を結ぶかのように固く握手する。

「……手、でかぁっ……」
「ふはっ」

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