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しおりを挟むコンコン、と控えめにノックが鳴る。
「どうぞ! 待ってたよ」
食事のときと違って室内着を着たルシアーノを出迎える。もうミルファも簡単に驚いたりしない。彼と相対するときは最初からちょっと視線を上げておくのがコツだ。
ミルファは寝室手前の小さな生活空間を横切って、部屋の奥にあるテラスへとルシアーノを導いた。
もう夜は冷える季節になってきたけど、月夜に酒を片手に語らうのもいいかなと思ってポモナに準備してもらったのだ。ちゃんと寝椅子にやわらかなクッションと膝掛けまで用意されている。
墨を流したような空には雲ひとつなく、丸い月と、その光が届かないところにはたくさんの星が散らばっていた。ルシアーノは「久しぶりにゆっくり見る」と呟き、熱心に頭上を見つめている。
それはまるでエトワの天文台にいる学者たちのように、惑星と星座の位置から運命を占おうとしているようにも見えた。
占星術は一時異端とも捉えられていたが、今は学問としてロームルス王国でも研究を推奨している。ミルファには、月とそれ以外、くらいしか分からないけれど。
兎にも角にも、ルシアーノがこの小さな余興を楽しんでくれているらしいことが嬉しかった。
「明日いっしょに教会へ行こう。この一週間はどう過ごしてた?」
「ああ。部屋で本を読んだり……だな」
「本って……持ってきたやつ?」
家令からも聞いていたが、ルシアーノはほぼ部屋から出ずに過ごしているらしい。それでどうやってその筋肉質な身体を維持しているのか、激しく疑問だ。
ミルファはどれだけ鍛えても一定以上の筋肉はつかなかったので、体質とは残酷なものらしい。
もっとあれしたいこれしたいと、意思を主張して欲しいのだと使用人からも声が上がってきている。
家にいてもできる娯楽はあるし、外に出てもいい。彼が豪遊なんてしないだろうと、既に使用人から信頼を得ていることだけは嬉しかった。
ルシアーノが持ってきた荷物は少なかった、とミルファは出会った日のことを思い返す。あの中に入っていた書籍といっても、数は高が知れている。
「読書が好きなの? 数は多くないけど、僕の書斎から自由に持って行っていいよ。あとは、そうだな……教会のあとに新しい本でも見に行こうか」
「ありがとう。でも新しい本は不要だな。書斎の本を読み切ってから考えるよ」
「えー。もっとなんか、やりたいことないの? ずっと家にいたら退屈しちゃうでしょ」
「うーん……これまでもずっと家にいたから、退屈だと思うこともなかったな……」
ルシアーノは静かに星を見上げている。
外に出るのが好きなミルファは驚きを隠せなかった。ルシアーノはとびきりのインドアらしい。
グラスに入ったぶどう酒に映る月のように、目をまん丸く広げたミルファはパチっと閃いて開いていた口を閉じた。
(そっか。ずっと看病してたんだ……)
セリオ侯爵が伴侶を得てから、社交界に姿を見せたという噂は全く聞かなかった。夜会どころか二人で出かけたりすることもなく、病床の夫を置いて遊びに出るような性格でもないのだろう、彼は。
ルシアーノは誠実な男に見える。セリオ侯爵に付き添い、静かに本を読む以上の娯楽を求めなかったに違いない。
ミルファは胸をぎゅ……と柔らかく握られたような心地になった。彼に初めて会ったとき、力強い容姿に驚きつつも、繊細そうな危うさを感じたのは間違いではなかったのだ。
ルシアーノを外に連れ出して、その白皙の肌が日焼けするほど楽しいことをたくさん教えてあげたい。大人になってからでも趣味や好きなものを見つけるのに遅いことはない、とミルファは身をもって知っている。
「馬は乗れる? ルシアーノ」
「え? いや……実は馬車以外乗ったことがなくて……」
月明かりに照らされた白い肌にさっと朱が差す。意外だ、と思ったもののミルファは素直すぎる感想を胸にしまった。
寝椅子から身を乗り出して、隣に座っているルシアーノの手を上から握る。大きな手はちゃんと温かくて、なんだか安心した。
「よし! じゃあ明日は馬を買いに行こう!」
「は……? 買う……って、どういう…………」
「そのまんまの意味だよ! うちの馬たちはルシアーノが乗るにはちょっと小さいから、君が乗れる馬を買おう!」
「――はぁあっ!?」
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