79 / 95
33-2
突然よくわからない話になって、今度はこちらがきょとんとした。旦那って、誰の旦那? 誰と誰が番うって?
心当たりはないはずなのに、頭の一部が刺すように痛む。細めた視界の隅で、ディードーが天を仰いでいるのが見える。
何かがおかしいと、片手で頭を押さえたミルファが詳細を聞こうとしたときだった。
部屋の外、少し遠くから「きゃー!」と甲高い悲鳴が聞こえ、応接間の空気がピンと張り詰めたように緊張する。
(今の声……セルピナじゃ?)
侍女になにかあったのだろうかと、一気に不安が膨らんだ。「侵入者だ! 捕まえろ!」「あっ、そっちは!」などと使用人たちの声が聞こえ、バタバタと走る足音が近づいてくる。
ミルファは咄嗟に立ち上がり、様子を見に行こうと部屋の入口へ向かった。
「待て、危ないだろ!」
「私が」
肩をユノが掴んで止めてきたので、ミルファはたたらを踏んでしまう。代わりにディードーが走ってきて扉に手をかけた瞬間、外開きの扉が向こうから開けられた。
ディードーは勢いで転んでしまった。眼鏡がカシャンッと飛んでいく。
扉を開けたのは、薄鼠色の髪をした中肉中背の見知らぬ男だった。肩で息をして、ミルファを血走った目で睨む。
その手には――ナイフが握られていた。
「お前だなミルファというのは! お前をやればっ、俺は、子爵家で認められる……!」
「マルコさん……!?」
「誰ぇ!?!?」
尻餅をついたままディードーが声を上げるが、マルコという名前の知り合いはいないはずだ。けれど子爵家と聞けば、生家しか思い当たる節はない。
まさか、と思うもナイフの先が自分に向けられていてそれ以上は思考が働かなかった。
背後にいたユノがミルファを庇おうと前に出ようとしたけれど、背中で押さえる。大事な友人に庇わせるなんて駄目だ。
扉の向こうに何人かの使用人が走ってきた気配はするものの、マルコから視線を離すことができない。
孤立無援だというのに、マルコは歩みを止めるどころか勢いをつけてこちらへまっすぐと向かってくる。最初から正気じゃないのだ。
足が竦んで動かない。ミルファが避けたところでユノが傷ついてしまう。
(どうしよう……!)
「うあーーーーーッ!!」
「「ミルファ!!!」」
「ミルファ様!」
叫びながら突進してくるマルコに、思わずぎゅっと目を瞑った。痛みに備えた身体は、強い衝撃によって床へと放り出される。
ドシン!と仰向けに転がり、背中側にいたユノが「ぐぇ」と縊られた鶏のような声を出す。ミルファも上に乗った人物によって身体が押し潰されていて、苦しかった。
しかし、覚悟していた痛みは不思議とない。覆い被さっているのはマルコではないのかと、恐る恐る瞼を上げる。
「え……!」
「ミルファ……大丈夫か……」
すごく見覚えがあるのに、知らない顔だ。紺碧の髪に夜明け色の瞳。聞き覚えのある声に、懐かしい匂い。
混乱したままとりあえず頷くと、彼はゆっくりと身体を起こす。ようやく明瞭になった視界に、顔を真っ赤にして激昂するマルコが映った。
「お前……お前が全ての元凶じゃないか! どうしてここにいる!!」
彼を目にしたマルコの反応が不思議だ。知り合いなのか?
事態はまだ緊迫している。どうするつもりなのかとミルファが唖然として見ていると、彼がゆらりと立ち上がった。
「え……まって」
くるりとミルファに背中を向けた彼がマルコの方へ歩いていく。ミルファは思わず静止の声を出すが、止まらなかった。
背の高い彼とマルコでは体格も違うし、何より迫力がある。マルコは突然怯えたように後ずさった。表情は彼に隠れて見えない。
(待って……背中……!)
彼は徐ろに腕を振りかぶり、マルコを殴り飛ばした。
「ぐがぁッ……!」
マルコは軽々と数メートル飛んだ。そのまま床に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなる。同時にカンッ、と血の付いたナイフが壁にぶつかって落ちる。
そして、そのまま――彼の身体もくずおれた。背中を血で真っ赤に染めたまま。
ミルファは無意識に叫んだ。
「ルシアーノ!!!!!」
あなたにおすすめの小説
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。