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しおりを挟む突然よくわからない話になって、今度はこちらがきょとんとした。旦那って、誰の旦那? 誰と誰が番うって?
心当たりはないはずなのに、頭の一部が刺すように痛む。細めた視界の隅で、ディードーが天を仰いでいるのが見える。
何かがおかしいと、片手で頭を押さえたミルファが詳細を聞こうとしたときだった。
部屋の外、少し遠くから「きゃー!」と甲高い悲鳴が聞こえ、応接間の空気がピンと張り詰めたように緊張する。
(今の声……セルピナじゃ?)
侍女になにかあったのだろうかと、一気に不安が膨らんだ。「侵入者だ! 捕まえろ!」「あっ、そっちは!」などと使用人たちの声が聞こえ、バタバタと走る足音が近づいてくる。
ミルファは咄嗟に立ち上がり、様子を見に行こうと部屋の入口へ向かった。
「待て、危ないだろ!」
「私が」
肩をユノが掴んで止めてきたので、ミルファはたたらを踏んでしまう。代わりにディードーが走ってきて扉に手をかけた瞬間、外開きの扉が向こうから開けられた。
ディードーは勢いで転んでしまった。眼鏡がカシャンッと飛んでいく。
扉を開けたのは、薄鼠色の髪をした中肉中背の見知らぬ男だった。肩で息をして、ミルファを血走った目で睨む。
その手には――ナイフが握られていた。
「お前だなミルファというのは! お前をやればっ、俺は、子爵家で認められる……!」
「マルコさん……!?」
「誰ぇ!?!?」
尻餅をついたままディードーが声を上げるが、マルコという名前の知り合いはいないはずだ。けれど子爵家と聞けば、生家しか思い当たる節はない。
まさか、と思うもナイフの先が自分に向けられていてそれ以上は思考が働かなかった。
背後にいたユノがミルファを庇おうと前に出ようとしたけれど、背中で押さえる。大事な友人に庇わせるなんて駄目だ。
扉の向こうに何人かの使用人が走ってきた気配はするものの、マルコから視線を離すことができない。
孤立無援だというのに、マルコは歩みを止めるどころか勢いをつけてこちらへまっすぐと向かってくる。最初から正気じゃないのだ。
足が竦んで動かない。ミルファが避けたところでユノが傷ついてしまう。
(どうしよう……!)
「うあーーーーーッ!!」
「「ミルファ!!!」」
「ミルファ様!」
叫びながら突進してくるマルコに、思わずぎゅっと目を瞑った。痛みに備えた身体は、強い衝撃によって床へと放り出される。
ドシン!と仰向けに転がり、背中側にいたユノが「ぐぇ」と縊られた鶏のような声を出す。ミルファも上に乗った人物によって身体が押し潰されていて、苦しかった。
しかし、覚悟していた痛みは不思議とない。覆い被さっているのはマルコではないのかと、恐る恐る瞼を上げる。
「え……!」
「ミルファ……大丈夫か……」
すごく見覚えがあるのに、知らない顔だ。紺碧の髪に夜明け色の瞳。聞き覚えのある声に、懐かしい匂い。
混乱したままとりあえず頷くと、彼はゆっくりと身体を起こす。ようやく明瞭になった視界に、顔を真っ赤にして激昂するマルコが映った。
「お前……お前が全ての元凶じゃないか! どうしてここにいる!!」
彼を目にしたマルコの反応が不思議だ。知り合いなのか?
事態はまだ緊迫している。どうするつもりなのかとミルファが唖然として見ていると、彼がゆらりと立ち上がった。
「え……まって」
くるりとミルファに背中を向けた彼がマルコの方へ歩いていく。ミルファは思わず静止の声を出すが、止まらなかった。
背の高い彼とマルコでは体格も違うし、何より迫力がある。マルコは突然怯えたように後ずさった。表情は彼に隠れて見えない。
(待って……背中……!)
彼は徐ろに腕を振りかぶり、マルコを殴り飛ばした。
「ぐがぁッ……!」
マルコは軽々と数メートル飛んだ。そのまま床に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなる。同時にカンッ、と血の付いたナイフが壁にぶつかって落ちる。
そして、そのまま――彼の身体もくずおれた。背中を血で真っ赤に染めたまま。
ミルファは無意識に叫んだ。
「ルシアーノ!!!!!」
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