80 / 95
34-1.思いの丈
しおりを挟むルシアーノの身体は、ユノとロービーによってソファに横たえられた。うつ伏せにして、刺された場所を強く押さえられている。
使用人たちが総出で事態の収束に走っているものの、この部屋はやけに静かだ。当てた布は順番に血を吸い、交換するときにはじっとりと重くなっているのがひどくミルファの不安を煽った。
すぐに医者を呼ぶよう指示したが、町医者の数なんて限られている。ユノも協力すると外に出て行ったけれど、医者がすぐに来られるかどうかは運次第といえた。
意識はあっても呼吸が浅く、顔は青褪めている。ミルファはなんと声を掛けていいかわからず、ただ傍らで名前を呼ぶばかりだ。
思い出したばかりの、名前を。
「ルシアーノ! ああ、どうして……ルシアーノ……」
「みる、ふぁ……思い出したのか」
「うん、うん……! ごめん、助けに来てくれたんだよね。ほんとにごめん」
声は囁くように小さく、ルシアーノの口元に耳を寄せる。本当は喋らせるのも良くないのかもしれないが、不安で、声だけでも聞いていたかった。
「わるか、った……ずっと謝りたくて。俺は……ミルファの優しさにずっと甘えていた。ひどく傷つけてしまったと、気づいたとき……死にたくなった。これも、罰が当たったんだろうな……」
「だめ!!!」
突然張り上げた大きな声に、ルシアーノも周囲の使用人たちも目を丸くした。ミルファの海色の目には涙が浮かんでいる。
「死ぬなんて嘘でも言わないで。絶対死なせない! 元気になってから、ちゃんと説明してよ。それでもし納得できなかったら、思う存分殴らせてもらうから。いい? グーで殴るからね? だから、今は、謝らないで……。何度も助けてくれて、ありがとう……っ」
「……泣かないでくれ……」
ルシアーノのほうが苦しいはずなのに、顔の横でぐずぐずと泣き始めたミルファを大きな手が慰めるように撫でてくれる。かつて感じていたルシアーノに対する不信感が、涙と共に溶けて流れ出ていく。
こんな風に身体を張ってミルファを守り慈しんでくれる人が、悪意を持って人を騙すはずなんてない。一瞬でも疑ってしまったことを後悔した。
領主館から助け出してくれて、天文台では一度しか見なかったけれどそれはミルファが怯えてしまったせいで、きっと近くにいた。しかもこの屋敷に帰ってきてからはルシウスなんて素性を偽りながらも、ミルファの傍にいてくれた。
ミルファに出される食事の数々はどれも温かくて、優しい味がした。前に体調を崩したときにもルシアーノが献立に口を出していたし、最近もそうだったに違いない。アルヴィンの言っていたことを思い出して納得した。
ミルファの頭を撫でてくれていた手の動きが止まって、顔を上げる。すんと鼻を啜りながらルシアーノを見ると、いつの間にか目を閉じていた。
その顔色は青を通り越して蝋のように白く、ミルファはぞっとした。思わず手を握ると、恐ろしく冷たい。血が、通っていないみたいだ。
「る……ルシアーノ? ねぇ、返事して」
「ミルファ様! 医者が来ました!」
「嫌だぁぁぁ! 死なないで!!」
「ミルファさまっ、お気を確かに!」
パニックに陥ったミルファは戻ってきたユノによってルシアーノから引き離され、別室に連れていかれてようやく落ち着いた。とはいえ涙はなかなか止まらず、ユノに差し出されたハンカチまでぐちゃぐちゃにしてしまっている。
「なぁ、ミルファ……大丈夫だって。あの人、丈夫そうだし」
「うぅ……本当に? 絶対?」
「ううーん……ていうかなんか、関係おかしくなってないか? ルシアーノさん、使用人の恰好してなかった?」
「僕がさっきまでルシアーノの記憶をなくしてて、その間、使用人としていてくれたみたい……」
「は?」
「あ。……えーっと」
ミルファは長い長い説明をしなければならなかった。おかげで涙は止まり、喉が渇いていることに気づきごくごくと水を飲む。
エトワのくだりを話し終えると、長く頭を抱えていたユノも同じくカラフェから水を注いで一気飲みした。使用人が出払っているので、紅茶を淹れてくれる人さえ今はいないのだ。
「もちろん外遊の立ち寄り先からエトワは外されたよ。上限を超えた税を徴収していることが先に判明したんだけど、まさかオメガを拉致監禁までしてたなんてな。さすがに王宮でも噂になった。でもそこにミルファが巻き込まれてたなんて……」
「自ら突っ込んでいったようなものなんだけどね。あはは……」
「いや本当に気をつけろよな!?」
「はーい。ルシアーノも戻ってきたし、当分ひとりで出かけたりしないよ」
「……ちゃんとあの人と番になれよ。一度別れたって言ったって、好きなんだろ?」
「……うん」
ミルファが曖昧ながらも頷くと、ユノは目を細めてくしゃっと笑った。なんだか無理に笑っているようにも見えたけど、ルシアーノのことを考えて気が逸れる。
ルシアーノがミルファのことを大切に思ってくれているのは身をもって知った。けれどそれが恋情なのかどうかは、まだわからないのだ。
期待していいような気はするが、なにしろ短期間で色々ありすぎてミルファも混乱している。まずはルシアーノが回復しないことには話もできないだろう。
医者は、ユノの伝手で貴族を相手にしている人を捕まえられたそうだ。平民向けの医者と違って、高級な器具や薬を使っているので有能な人が多いとは聞いている。
さっき報告に来てくれた使用人によると、命に別状はないというので心底安堵した。すぐにでも会いに行きたいけど、ミルファは邪魔になるため処置を終えるまで出禁である。屋敷の主人なのになぁ。
「じゃ、おれは帰るから。何かあったらいつでも頼ってくれな」
「ユノ。本当に……ありがとう」
「よせって。友人なら当然だろ?」
「ただの友人じゃないよ。一番大事な友人だから」
「おう。……嬉しいな、それ。おれにとってもミルファが一番だよ」
「ふふふ、ありがとう」
照れ隠しに笑って、馬車に乗るユノを見送る。ユノのおかげでミルファの心はだいぶ軽くなっていた。
使用人たちではミルファを無理やり移動させたりできないだろうし、対等に話もできない。友人としての助言に励まされ、前向きな気持ちが戻ってきていた。
いくら感謝しても、し足りない。
258
あなたにおすすめの小説
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる