81 / 95
34-2
しおりを挟む屋敷内に戻ると、ルシアーノの容体が安定したとディードーに伝えられた。今は鎮静薬を与えられて眠っているらしい。
念のため医者は今夜この屋敷に留まるそうだが、明日以降は侯爵家お抱えの医者がこちらへ来るという。
そこでミルファははた、と足を止めた。ルシアーノと侯爵家が、すぐに結び付かなかったのだ。
「侯爵家? ……って、なんか関わりあったっけ」
「……ミルファ様……。ようやくルシアーノ様のことを思い出されたようなので無理はありませんが。あのお方は現セリオ侯爵です」
「え……?」
呆れた様子で教えられ、ミルファは頭の中で記憶のページをぱらぱらと捲る。
侯爵家の用事でルシアーノがたびたび侯爵邸に行っていたことは知っている。……そういえばエトワで領主を捕縛しミルファたちを助けに来たのは侯爵家の騎士たちだったと、アルヴィンが言ってたっけ?
えっ……ルシアーノが連れてきたってこと?
「我々がお止めすることもできず、侯爵様に使用人の真似事までさせて、恐れ多いことです」
「ひっ……それって、まずいことなんじゃ? 大怪我までさせちゃったよ!?」
「不可抗力と申しましょうか。……ミルファ様。決してルシアーノ様のお心を離さぬよう、お願いいたしますよ」
「無理だよぉ……だって僕だよ!?」とか「そこをなんとか」なんて言い合っているうちに、ルシアーノが休んでいる部屋に到着する。そこはかつて、ルシアーノがミルファの妻として住んでいた部屋だった。
侯爵様をこんなしょぼくれた部屋に? ていうか妻? とも思うが、今さらだ。ミルファは都合の悪いことを考えないようにして、小さく扉をノックする。すぐに中から侍女の応えがあった。
ディードーとはそこで別れ室内に入ると、ポモナとセルピナがルシアーノに付き添っていた。発熱しているらしく、布で汗を拭っている。
今はこれ以上できることもないようだ。ミルファは代わると伝え、二人きりにしてもらった。
「ルシアーノ……」
小さく名前を呼ぶ。その名前を舌に乗せるだけで、胸がきゅうっと引き絞られたように切なくて苦しくなる。
まだ顔色は悪いが、先ほど見た蝋のような白さはない。近づいて見下ろし、彼が穏やかに呼吸していることに感極まって泣きたくなった。
今は落ち着いていても、これから感染症で命を落とす可能性はないとも言い切れず、運とルシアーノの体力次第だ。祈ることしかできない。
背中の傷に響かないよう横向きに眠っているルシアーノの横顔を見下ろすのは、不思議な気分だった。ミルファは彼に看病されてばかりだったし、イレギュラーな状況だった山小屋を除けば一緒に寝たこともない。
髪よりも明るい青に見えるまつ毛が、伏せられている。目を閉じていると、美しい顔立ちはいっそう作り物のようだ。
教会に置かれている精緻な彫刻めいていて、一瞬人ではないのかと疑ってしまう。ミルファは無意識に顔を近づけルシアーノの呼吸を確かめた。
静かな息を感じ、そのまま至近距離で観察する。
秀でた額に、細く高い鼻梁、形のいい唇。瞼の下には優しさを溶かしたような淡紅色の瞳が隠れていることを知っている。
ミルファがそっと頬に触れると、体温の低い手に擦り寄るように顔が傾く。発熱のせいに違いない。そう分かっていても、愛おしさが込み上げてきて仕方がなかった。
「……愛してる」
この溢れんばかりの気持ちを表現するために、情けなくも陳腐な言葉しか出てこない。
何か伝えたくて、どうしようもなく涙が溢れてきてしまって――ミルファは目の前の唇に、そっと唇を重ねた。
思いの丈を、伝えるように。
272
あなたにおすすめの小説
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる