後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX

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 屋敷内に戻ると、ルシアーノの容体が安定したとディードーに伝えられた。今は鎮静薬を与えられて眠っているらしい。
 念のため医者は今夜この屋敷に留まるそうだが、明日以降は侯爵家お抱えの医者がこちらへ来るという。

 そこでミルファははた、と足を止めた。ルシアーノと侯爵家が、すぐに結び付かなかったのだ。 

「侯爵家? ……って、なんか関わりあったっけ」
「……ミルファ様……。ようやくルシアーノ様のことを思い出されたようなので無理はありませんが。あのお方は現セリオ侯爵です」
「え……?」

 呆れた様子で教えられ、ミルファは頭の中で記憶のページをぱらぱらと捲る。

 侯爵家の用事でルシアーノがたびたび侯爵邸に行っていたことは知っている。……そういえばエトワで領主を捕縛しミルファたちを助けに来たのは侯爵家の騎士たちだったと、アルヴィンが言ってたっけ?
 えっ……ルシアーノが連れてきたってこと?

「我々がお止めすることもできず、侯爵様に使用人の真似事までさせて、恐れ多いことです」
「ひっ……それって、まずいことなんじゃ? 大怪我までさせちゃったよ!?」
「不可抗力と申しましょうか。……ミルファ様。決してルシアーノ様のお心を離さぬよう、お願いいたしますよ」

「無理だよぉ……だって僕だよ!?」とか「そこをなんとか」なんて言い合っているうちに、ルシアーノが休んでいる部屋に到着する。そこはかつて、ルシアーノがミルファの妻として住んでいた部屋だった。

 侯爵様をこんなしょぼくれた部屋に? ていうか妻? とも思うが、今さらだ。ミルファは都合の悪いことを考えないようにして、小さく扉をノックする。すぐに中から侍女の応えがあった。

 ディードーとはそこで別れ室内に入ると、ポモナとセルピナがルシアーノに付き添っていた。発熱しているらしく、布で汗を拭っている。
 今はこれ以上できることもないようだ。ミルファは代わると伝え、二人きりにしてもらった。

「ルシアーノ……」

 小さく名前を呼ぶ。その名前を舌に乗せるだけで、胸がきゅうっと引き絞られたように切なくて苦しくなる。

 まだ顔色は悪いが、先ほど見た蝋のような白さはない。近づいて見下ろし、彼が穏やかに呼吸していることに感極まって泣きたくなった。
 今は落ち着いていても、これから感染症で命を落とす可能性はないとも言い切れず、運とルシアーノの体力次第だ。祈ることしかできない。

 背中の傷に響かないよう横向きに眠っているルシアーノの横顔を見下ろすのは、不思議な気分だった。ミルファは彼に看病されてばかりだったし、イレギュラーな状況だった山小屋を除けば一緒に寝たこともない。

 髪よりも明るい青に見えるまつ毛が、伏せられている。目を閉じていると、美しい顔立ちはいっそう作り物のようだ。
 教会に置かれている精緻な彫刻めいていて、一瞬人ではないのかと疑ってしまう。ミルファは無意識に顔を近づけルシアーノの呼吸を確かめた。

 静かな息を感じ、そのまま至近距離で観察する。
 秀でた額に、細く高い鼻梁、形のいい唇。瞼の下には優しさを溶かしたような淡紅色の瞳が隠れていることを知っている。

 ミルファがそっと頬に触れると、体温の低い手に擦り寄るように顔が傾く。発熱のせいに違いない。そう分かっていても、愛おしさが込み上げてきて仕方がなかった。

「……愛してる」

 この溢れんばかりの気持ちを表現するために、情けなくも陳腐な言葉しか出てこない。
 何か伝えたくて、どうしようもなく涙が溢れてきてしまって――ミルファは目の前の唇に、そっと唇を重ねた。
 思いの丈を、伝えるように。
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