82 / 95
35-1.外堀から埋まっていく
しおりを挟むミルファの診察のため、王宮から医官の先生が往診に来てくれた。エトワでは一日かけて診てくれたので、会うのはまだ三度目だが顔を見ただけでなんとなくホッとする。
「マイラ先生、その節は遠いエトワまで来てくださってありがとうございました。おかげで僕もすっかり良くなりました」
「本当に元気そうだね。あれからひと月も経ってないのに、もうトラウマ克服したって? 記憶は?」
「戻りました。事件が、きっかけで……」
「結局荒療治となってしまったわけだ。君は本当にトラブルに巻き込まれがちだな?」
にやにやと笑いながら言われて、ミルファは困った表情で小さく頷いた。
決して望んではいないのだけれど、確かにそうだなと自分でも思うのだ。この先の人生は穏やかに過ごしたいなぁと、近頃はもはや老後のような気持ちになっている。
ルシアーノも回復傾向にあるため、ミルファは職場復帰についてマイラに相談した。もちろん王宮にはユノ以外のアルファもいることも分かっている。ただ急に休んでから二か月が経とうとしており、その間ずっと心に仕事のことが引っかかっていた。
「そろそろ職場に戻ろうと思うんです。上司が理解のある人だし、アルファの同僚とも会って大丈夫だったので」
「デメリットを自分で分かってるならいいんじゃないか? 基本的に私も王宮にいるしな。でもなぁ……王宮にはアルファが多いから、オメガで働いてる者は少ないだろう。そもそも貴族のオメガは働かない。君はオメガの赤ん坊みたいなものなんだし、無理して働かなくてもいいと思うよ」
「…………」
痛いところを突かれて、視線を落とす。
ミルファがいなくても王室家政長官局はなんら問題なく回っているだろう。そんなことにはとっくに気づいている。むしろオメガになった同僚が戻ってくる方が迷惑を掛けるに違いない。
発情期のたびに休まなければならないし、ここの使用人たちのように過保護に守ろうとしてくれる人もいるだろう。だって、ミルファだったら絶対に心配する。
番のいないオメガが発情期になると、誰彼構わずアルファを興奮状態に陥らせるフェロモンを出してしまう。オメガの人はみんな上手く薬を使って対処しているというけれど、市井では事件の話も聞く。オメガが近くにいるだけで周囲は不安になってしまうものではないだろうか。
しかし、今の職場はミルファにとっての大事な居場所だった。文官になれたおかげで自分の屋敷を購入し、使用人を雇うことができたのだ。彼らはいまや家族同然で、突然解雇なんてできない。
だから働かない選択肢を目の前に出されると、突然不安が胸の内に立ち込めてくる。戸惑いを隠せず、うろうろと紺碧の瞳を彷徨わせた。
「働かなかったらいったい、なにをすれば……? しかも僕には、使用人たちを養う義務が……」
「君の騎士と子育てでもしたらどうだ? 侯爵なら全て面倒を見てくれるだろう。――まさかまだくっついてないとでも?」
「う」
ずばりと指摘されて、ますますミルファは狼狽える。マイラにも「くっついて当然」と思われている事実が嬉しいようで恥ずかしく、頬に熱が上る。
とはいえ……まだ何ひとつ関係は進展していないのだ。
「まだ、というか……」
「まだ!? 何をちんたらしてるんだあの男は」
「あっ。違うんです僕が!」
「振ったのか!?」
「っいいえ!? ちょ、ちょっと待ってください。まだ……そういう話はしていなくて。というか、僕が言わせないようにしてて……」
「情けない男だな」
「すみません……」
マイラはかなり口が悪いのでは……と今さらミルファは気づいた。男まさりな口調も相まって、だいぶ気圧されてしまう。
なぜか怒られているのだけれど、嫌な感じはしなかった。彼女は明確に事実を指摘しているだけだし、我ながら後ろめたい部分が大いにあるからだ。
「いいか。人生は何が起こるかわからない。後悔してからじゃ遅いんだ」
「……はい」
身に染みる言葉だった。あり得ないと思う出来事が何度もあったのだから、この前のような事件はいつでも起こり得ると考えた方がいい。
ミルファが同じ場所でウジウジと立ち止まっている間に、何かが起きて一生会えなくなってしまったら、この先ずっと後悔し続けなければならないだろう。
(わかってる……はずなんだけどなぁ)
245
あなたにおすすめの小説
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
花喰らうオメガと運命の溺愛アルファ
哀木ストリーム
BL
αからの支配から逃げるには、この方法しかなかった。
Ωの辰紀は、αが苦手とする強い匂いを放つ花を、ヒートが始まる前から祖母に食べさせられていた。
そのおかげでヒート中にαに襲われることから逃れていた。
そして祖母が亡くなったある日。両親に売られてしまった祖母の形見を探しに骨董品屋に向かうと、先に祖母の形見を集めているαの有栖川竜仁と出会う。彼を騙して祖母の形見を回収しようとしていたが、彼には花の匂いが効かなかった。それどころか両親が隠したはずの首輪の鍵を持っていて、番にされてしまう。
「その花は、Ωを守る花ではない。喰らわれるのは君の方だよ」
花の中毒症状から救おうと手を差し伸べる竜仁。
彼は、祖母を苦しめたαの孫だと知りーー。
11月から更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる