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4.Glanz
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雨の降る日は少しずつ減っていき、雨季も明ける予感を感じさせる暑い日だった。
グランツは仕事を終え、今夜も王都の街へ繰り出す。ひとりで向かうのはかつてエルフィと出会った酒場だ。
王宮で偶然会って以来、エルフィを見かけさえしていない。あの日あれだけ絡んできたにもかかわらず、グランツと約束をするでもなく去ってしまったからだ。
エルフィは年上の男だが、ふらふらして危なっかしい。ヴィーナスから生まれてきたかのように美しく、艶やかな色気で周囲の人間を誘ってしまう。
この前のようなことがまたあっては怖いだろうから、グランツが傍にいてやってもいいと考えているのだ。あんな尻軽、何かあっても自業自得だとも思うが。
――そう自分に言い聞かせつつも、グランツはエルフィのことが気になって仕方がなかった。
出会った夜はひどく酔っていたから記憶は曖昧だ。どうして会ったばかりの男なんかについていってしまったのか分からないし、乱暴に抱いてしまったんじゃないかと今さら不安になっていたりもする。
しかし初体験は記憶に鮮烈な印象を残していた。
目が眩むほど妖艶に誘われ、優しく導かれた。甘い声を漏らしているくせに、その目はどこか遠くを見ているときがあって。その瞬間は怖いくらいにエルフィの存在が希薄で、グランツは必死になって彼を繋ぎとめようと自分を刻み込んだ。
肌を重ねているとき以外は、飄々としていて掴めない。慣れた雰囲気で誘ってくるのが不愉快だ。
次の機会を切望する自分が心の奥底にいるとはいえ、大勢のうちのひとりなんて絶対に嫌だ。まぁ、どうしてもっていうなら、不本意ながら……相手をしてやってもいいが。
そんなことをぐるぐると考えながら、夜に時間ができると出会った酒場に向かってしまうのである。
(はぁ……今日も来なかったな……)
誘うのも上の客室を使うのも、慣れている様子だったから再会は簡単だと踏んでいた。他の男を誘おうとしていたら取っ捕まえて説教でもしてやろうと意気込んでいたのに、何度来てもエルフィとは出会えない。
支払いを済ませグランツが外へ出ると、ぽつ、と顔に水滴が当たる。空を仰ぐと月明かりは弱く、分厚そうな雲が頭上を覆っていくのが分かった。
「くそ、タイミングわりーな」
昼は快晴だったのだ。さいきん夜に出かける日も晴れていることが多かった。土砂降りだとそもそも外に出ないし。
案の定強くなってきた雨足を感じ、グランツは黒の外套を頭から被る。足早に通りを駆け抜けた。
「あーだめだ! ちょっと様子見るか」
しばらく進んだが、もはやひどい土砂降りで前も見渡せない。たまに馬車も通るため、近づいてきても気づかない危険性がある。
グランツは張り出した軒先を借り、少しだけ雨宿りすることにした。待てば必ず弱まるときが来るだろう。
当たり前のように人通りは少ない。たまに走って通りを駆けていく人影を見つけては、(危ないぞ)と心の中で声をかける。
街灯の光も雨に遮られて遠い。地面に叩きつけるような雨音が大きく、自分ひとりだけがこの街に取り残されたような気分になる。なんだか心細い心地だ。
「あれ……」
そのとき、変な人影を見つけた。雨の中を駆けるでもなく、外套を被るでもなく、びしょ濡れになりながらゆっくりと通りを進む姿が目の前を過ぎる。まるでゴーストだ。
雨にまぎれ目を凝らさないと見えない姿を何となく目で追っていると、遠くで石を蹴る馬蹄の音が聞こえた。ガタガタと車輪の音も。
どうやら雨の中を急ぐ馬車らしい。前も見えないだろうに危ないな、と思った瞬間、視界の端にそれが映った。
「危ねぇ!!」
雨音でかき消され、まだ遠くにいると勘違いさせられたらしい。一瞬でふらふら歩く影と馬車が肉薄し、グランツは咄嗟に外套を放って飛び出した。
馬車は気づいていないのか速度を全く緩めない。グランツは飛びつくように暗い人影を抱きしめ通りの反対側に身を投げ出す。
――ドシンッ!と身体を地面に打ちつけた。
「っぐ……」
受け身も取れず、二人分の重みで身体をしたたかに打ちつけた痛みがグランツを襲う。けれど馬車との接触はかろうじて避けられたらしい。
遅れて異変に気づいた馬車がすこし先で止まり、焦ったように御者が叫んだ。
「ぶつかったか!? 大丈夫か」
「大丈夫だ! だがスピードをもっと緩めろ!」
「すまない!」
お互いに声を張り上げてなんとか会話した。すぐにまた馬車は走り出し、本当に急いでいるらしい。速度は少し緩めながらも、止まらず去ってゆく。
「びっくりしたぁ……」
腕の中の人が突然口を開いて、グランツは身体をびくりとさせる。それまで生気を感じなかったのもあるが、声に聞き覚えがあったからだ。
グランツは仕事を終え、今夜も王都の街へ繰り出す。ひとりで向かうのはかつてエルフィと出会った酒場だ。
王宮で偶然会って以来、エルフィを見かけさえしていない。あの日あれだけ絡んできたにもかかわらず、グランツと約束をするでもなく去ってしまったからだ。
エルフィは年上の男だが、ふらふらして危なっかしい。ヴィーナスから生まれてきたかのように美しく、艶やかな色気で周囲の人間を誘ってしまう。
この前のようなことがまたあっては怖いだろうから、グランツが傍にいてやってもいいと考えているのだ。あんな尻軽、何かあっても自業自得だとも思うが。
――そう自分に言い聞かせつつも、グランツはエルフィのことが気になって仕方がなかった。
出会った夜はひどく酔っていたから記憶は曖昧だ。どうして会ったばかりの男なんかについていってしまったのか分からないし、乱暴に抱いてしまったんじゃないかと今さら不安になっていたりもする。
しかし初体験は記憶に鮮烈な印象を残していた。
目が眩むほど妖艶に誘われ、優しく導かれた。甘い声を漏らしているくせに、その目はどこか遠くを見ているときがあって。その瞬間は怖いくらいにエルフィの存在が希薄で、グランツは必死になって彼を繋ぎとめようと自分を刻み込んだ。
肌を重ねているとき以外は、飄々としていて掴めない。慣れた雰囲気で誘ってくるのが不愉快だ。
次の機会を切望する自分が心の奥底にいるとはいえ、大勢のうちのひとりなんて絶対に嫌だ。まぁ、どうしてもっていうなら、不本意ながら……相手をしてやってもいいが。
そんなことをぐるぐると考えながら、夜に時間ができると出会った酒場に向かってしまうのである。
(はぁ……今日も来なかったな……)
誘うのも上の客室を使うのも、慣れている様子だったから再会は簡単だと踏んでいた。他の男を誘おうとしていたら取っ捕まえて説教でもしてやろうと意気込んでいたのに、何度来てもエルフィとは出会えない。
支払いを済ませグランツが外へ出ると、ぽつ、と顔に水滴が当たる。空を仰ぐと月明かりは弱く、分厚そうな雲が頭上を覆っていくのが分かった。
「くそ、タイミングわりーな」
昼は快晴だったのだ。さいきん夜に出かける日も晴れていることが多かった。土砂降りだとそもそも外に出ないし。
案の定強くなってきた雨足を感じ、グランツは黒の外套を頭から被る。足早に通りを駆け抜けた。
「あーだめだ! ちょっと様子見るか」
しばらく進んだが、もはやひどい土砂降りで前も見渡せない。たまに馬車も通るため、近づいてきても気づかない危険性がある。
グランツは張り出した軒先を借り、少しだけ雨宿りすることにした。待てば必ず弱まるときが来るだろう。
当たり前のように人通りは少ない。たまに走って通りを駆けていく人影を見つけては、(危ないぞ)と心の中で声をかける。
街灯の光も雨に遮られて遠い。地面に叩きつけるような雨音が大きく、自分ひとりだけがこの街に取り残されたような気分になる。なんだか心細い心地だ。
「あれ……」
そのとき、変な人影を見つけた。雨の中を駆けるでもなく、外套を被るでもなく、びしょ濡れになりながらゆっくりと通りを進む姿が目の前を過ぎる。まるでゴーストだ。
雨にまぎれ目を凝らさないと見えない姿を何となく目で追っていると、遠くで石を蹴る馬蹄の音が聞こえた。ガタガタと車輪の音も。
どうやら雨の中を急ぐ馬車らしい。前も見えないだろうに危ないな、と思った瞬間、視界の端にそれが映った。
「危ねぇ!!」
雨音でかき消され、まだ遠くにいると勘違いさせられたらしい。一瞬でふらふら歩く影と馬車が肉薄し、グランツは咄嗟に外套を放って飛び出した。
馬車は気づいていないのか速度を全く緩めない。グランツは飛びつくように暗い人影を抱きしめ通りの反対側に身を投げ出す。
――ドシンッ!と身体を地面に打ちつけた。
「っぐ……」
受け身も取れず、二人分の重みで身体をしたたかに打ちつけた痛みがグランツを襲う。けれど馬車との接触はかろうじて避けられたらしい。
遅れて異変に気づいた馬車がすこし先で止まり、焦ったように御者が叫んだ。
「ぶつかったか!? 大丈夫か」
「大丈夫だ! だがスピードをもっと緩めろ!」
「すまない!」
お互いに声を張り上げてなんとか会話した。すぐにまた馬車は走り出し、本当に急いでいるらしい。速度は少し緩めながらも、止まらず去ってゆく。
「びっくりしたぁ……」
腕の中の人が突然口を開いて、グランツは身体をびくりとさせる。それまで生気を感じなかったのもあるが、声に聞き覚えがあったからだ。
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