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旅立ち編

三本目『罪を裁く者』《後篇》①

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「ぐッ……!?」

 ズキリと熱した針を刺した様な痛みが、パジェットの右腕、デクスターに刺された箇所に走り──パジェットはその顔を苦痛に歪ませる。

「第三級相当の聖遺物でも封じ込められないと言うのかッ……!? 死霊術師! 貴様これだけの霊魂をどうやって……!?」
「トップシークレット!! 君には冥土の土産だって渡さないもんね~!!」

 パジェットの言葉を聞いたセオドシアは見下すような、楽しむような──そんな笑顔を見せる。

「………………」

 パジェットは唇を強く噛み締めると、赤黒い茨を展開し、啖呵たんかを切る。

「ならば……もう一度捕らえて吐かせるだけだッ!!」
「フッ、いいだろう、お望み通り……来いッ!!『葬れギガ──……」
「それはダメッ!!」

 セオドシアが格好良く決めようとするのを、デクスターの呼び声によって急ブレーキを掛けられ、セオドシアはキメ顔のままずっこける。

「おいッ!? 何止めてくれちゃってんの、空気読めないなぁ~?」
「だって……ナイフ一本であんなに痛くなるんだよ!? 『葬れぬ者ギガゴダ』なんて使ったら本当に死んじゃうよ!!」

 そんな、どこまでも甘ったれたデクスターの台詞に、二人は呆気に取られてしまう。

「……君は、本気で言っているのか? 一応敵だぞ、ボクは?」
「そうだそうだ!! 大体それ、私がそんなことする理由なくない?」

 セオドシアの正論に、デクスター困った様子で視線を泳がす。

「え~っと~……も、もうスープ作ってやんないぞっ!!」
「なっ!? 一度与えたものを取り上げるなんて……この鬼!! 月住人ムーン=ビースト!! 私はもう君のじゃないと満足出来ないんだぞ!?」

 セオドシアは誤解されてしまいそうな言葉まで出しながら訴えかけるが、デクスターは腕を組み、プイっとへそを曲げてしまう。

「~~~ッ!! はいはいわかりました! 使わなきゃいいんだろ!? 上等だよ!!」
「なんだか知らんが……手を抜いて勝てると思わない事だなッ!!」

 パジェットは赤黒い茨を両腕から射出し、フックショットの要領でセオドシアに飛び蹴りをする。対するセオドシアはアタッシュケースに自身の血液を注ぎ、術式を発動させるべく叫び声を上げる。

「来いッ!! 『蹂躙四重奏ホワイプス=カルテット』ッ!!」

 すると、アタッシュケースから『蹂躙せし者ホワイプス』の骸骨が飛び出し、身代わりとなってそれを防いだ。

「ッ!? 月住人のアンデット!?」
「何を驚いてるんだい? 死霊術師なんだからアンデットくらい作るさ」

 アタッシュケースから、セオドシアの死霊に共通する青白い炎と奇妙な模様を持つホワイプスの骸骨が三体這い出る。先程パジェットによって破壊された骸骨も元の状態に組み合わさり、合計四体のホワイプスが、セオドシアを守る様に陣形を組む。

「馬鹿な……月住人は死亡後元の肉体に戻る……アンデットを作るなんてな筈だ!!」
「え? 不可能……?」

 パジェットのその言葉にデクスターは疑問符を浮かべ、初めて『葬れぬ者ギガゴダ』を見た時のことを思い返す。
 その時は初めて見る死霊術に圧倒されながらも、死霊術師は皆そう言うものなのだと思っていたのだが、どうやら驚愕する彼女の反応を見るに違うらしい。

(そう言えば……お父さんが倒された時も、あれじゃあ骨の収集なんて無理だよな……)

 彼の父親であり月住人に乗り移られたヘールも、セオドシアによって倒された後人間の体に戻っており、骨の収集が不可能である事はこの目で見ていた事を彼は思い出す。どういう事か問い掛けようとするよりも早く、セオドシアは口を開く。

「それもトップシークレットだ。聞いた所で、君の理解に及ぶとも思えんからな」

 それだけ言ってから、彼女は脛骨を取り出し、マーチングバンドの指揮棒みたいに動かすと、それに呼応して骸骨達が森を縦横無尽に飛び跳ねながら、パジェットに襲い掛かる。

(速いッ! あの姿形はハッタリでは無いという事か……だがホワイプス程度!!)

 パジェットは慌てる事なくその場に構えると、跳んで来る骸骨を茨で拘束し、流星が流れる様な速度でその拳を頭蓋目掛けて叩き込む……瞬間、その頭蓋がポロリと落ち、拳は空を切る結果に終わる。頭部だけでなく他の部位も解体され、茨の拘束から脱出する。

(ッ! なるほど……アンデット特有の四肢の自由な可動も出来るというわけか、性能は大したことなくても厄介だな……)

(やれやれ、お高い聖遺物に加えてその体術とはよりどりみどりだな……持久切れを狙ってんのに涼しい顔してやがる……けど!!)

 ホワイプスの骸骨がパジェットの右側に飛び上がると、他の骸骨がそれに飛び乗り、足場代わりにして跳躍すると、デクスターがナイフを刺した箇所目掛けて突進する。

「うぐっ!?」

 茨を伸ばし止めようとするが、アクロバティックな動きに予測が付けず、執拗に傷を攻められる。

(おのれ汚い手を……刺し傷がここまで痛むとは……だが……)

 パジェットは茨をトンネル状に構成させ、中にはパジェットとセオドシアの二人しか居ない密室を作り出す。隙間無く編み込まれた茨は新月の明かりも通さず、ホワイプスの力では到底こじ開けることなど出来なかった。

「やっぱり、そうするよねぇ」
「頭脳であるお前を倒せば奴等も行動不能になる。視界も塞がれ、肉弾戦でボクに勝てないのはわかっているだろう?……降参しておけば、痛い目を見ずに済むぞ?」
「ヒヒッ……ば~か、誰がするかよそんな──……」
「それは残念だ」

 パジェットはセオドシアとの距離を一瞬で詰め、右の拳を下からえぐって鳩尾に入れた。

「うぐごぁッ!?」

 支えを失ったセオドシアの体は、前のめりになってその場に崩れ落ちる。パジェットは彼女の手から手放された脛骨を左手で探って拾い上げ、勝利宣言をする。

「この骨で遠隔操作をしていたか……健闘した方だが、残念。ここまでだ」

「ゲホッ!? ォエッ!! クソ……痛い……へへっ、しかし、いいのかい? そっちで持って……しばらく両腕が痛むのは不便だろう?」
「……? 何を言って……」

 そう言った次の瞬間、セオドシアが指を鳴らすと、パジェットが持っていた脛骨が炎上し、その左腕を怨念の炎で焼き尽くす。

「きゃああああああああッ!?」
「ぐっ……イヒヒッ……いい声で鳴くじゃあないか、残念だが、私の骸骨はモーションが無くても思考命令が可能なんだよ……にしても、クソ……痛み分け……そっちのほうが痛そうだからよしとしよう……」

 両者はお互いに喰らわしたダメージにより、能力を強制解除させられる。パジェットは怨念の炎による苦痛で動けなくなる。セオドシアも肋骨にヒビが入り、呼吸が困難になってはいるが、戦闘続行にはなんら影響はなかった。

「ぐッ!? ァアッ……何故、腕が動かない……!? 何なのだこの炎は……!?」

「怨念……埋葬されなかった哀れな魂達だよ。さて、その痛みを味わい続けるのが嫌で、魂を手放す月住人を五万と見てきた……それに君は聖遺物の長時間行使で精神的にも弱っている……その炎をどうにか出来るのは私だけ……言いたいことは、わかるね?」

 セオドシアのその問い掛けに、パジェットは激痛が走る両腕で地面を掻き毟る。
 その言葉の意味する所は──敗北──しかも、憎き敵と定めている死霊術師に対し、苦痛に耐えかね自ら敗北を認める──その様な行為を退魔師である彼女のプライドが認めなかった。

「み、認めない!! ぐッ……腕は、まだあるッ!! 戦えるんだッ! 畜生ッ! なんで……ボクはッ……!!」
「もうやめようよ、こんな事ッ!!」

 パジェットの泣き出しそうな切実な訴えを、デクスターは喉が張り裂けそうな程に痛々しい声で止める。

「もう……やめようよ……なんでどっちも、悪いことしてないのに喧嘩するんだよ!?」

 デクスターは胸の内にあるものをパジェットに向けて噴出させる。

「それは……ボクが退魔師だから──「知った事じゃないよ!? 死霊術師がどれだけ恨まれてるのかも知らない! もしかしたら知らないだけで、本当にセオドシアは悪い奴なのかもしれない! けど……けど僕達、まだお互いのこと何も知らないじゃないか!? なんで知らない人とこんな憎み合わなきゃいけないんだよッ!?」

 そう叫ぶデクスターの声は裏返り、肩は小刻みに震えていた。
 怒っているのに、どこか優しい、そんな自分達退魔師が守るべき存在である子供の訴えに、パジェットの中にある憎しみの感情は、形を潜め始める。

「…………全く、泣き喚く子供に諭されて落ち着くんなら、最初からやんなよ……」
「な、泣いてないよ!?」
「……君達は、一体何なんだ……」
「さてね、今後の襲われない自己紹介って奴を覚える為にも知りたいもんだ」

 そう言うと、セオドシアは指を鳴らし、炎を解除する。

「……無念……」
「はぁ……やれやれ、デクスター君もこれでいいだろ?」
「……じゃあ、仲直りの握手して」
「「……は?」」

 二人は冗談だろと聞き返したくなったが、デクスターの強情らしい、人に迫る様な表情をしていた為、仕方なく二人は手を握る。

「いいか、勘違いするなよ? あの子の為だからな」
「ハイハイ、ヤサスィーデスネー」
「もう、また! ……でも、だいぶマシになったからいいや……」

 こうして死霊術師と退魔師の喧嘩が終わり、全てが丸く収まろうとしていた……。

 その時だった、草むらを何かが這いずる様な音がし、三人は這いずる何かに注意を向ける。

「グオアアア……」
「本物のホワイプスッ!?」

 そこには、下半身を引き摺りながら、ホワイプスが唸り声を上げながら近付いていた。すると、その場に居る誰よりも早く、パジェットはホワイプスの頭蓋目掛けて踵落としを喰らわせ絶命させる。

「全く……次から次へと落ち着けないな……」
「まだ居るよ!!」

 デクスターの言う通り、這いずるホワイプス達が再び草むらから現れる。

「どう言う事だ……? ホワイプス達の武器はその脚だろう? 何故例外なく下半身が使えなくなっているんだ?」
「彼ら頭悪いからねぇ~。人間の匂いを追い掛けてここまで来たわいいけど、その際に足を失ったんだろう。間抜けだなぁ~」
「なるほど……崖の上を選んで正解だったな……」
「ここ崖の上だったんだ? 寝てたからわかんなかったよ。さて、どうするか……さっき見た群れの数からして、相手をするのは骨が折れるよ?」

 セオドシアの言う通り、移動するだけで砂嵐を作り出すような規模の群れを、負傷した状態で相手をするとなると状況的に不利なのは明確だった。

「う~ん……どうすれば……」

 デクスターは唸りながら考える。このままでは、折角の和解が無駄になってしまう……それだけは、何としても避けなくてはならない気がした。

(使えるものを探すんだ……きっと……何か……)

 そうやって考えていると、深い水底から、ある考えがぽっかりと浮かぶ。

「……ねぇ、ホワイプスって鹿より間抜けかな?」
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