朔の向こう側へ

星のお米のおたんこなす

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旅立ち編

二本目『罪を裁く者』《前編》③

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「…………」

 永遠に朝の訪れないこの世界でも睡眠は必要である。
 パジェットは皆が寝静まったの確認すると、起き上がって川の方へと向かう。

「…………本当に行った……」

 デクスターは水浴びに向かったであろうパジェットを追いかけながら、先ほどのセオドシアとの会話を思い返す。

「……──暗殺!?」
「シーッ!! 声が大きい! 暗殺と言っても狙いは命ではなく、聖遺物……つっても君じゃわからないよな、あの茨を解除することさ」
「解除……?」
「素人の君には伝わらないかもしれないが、術式は使いこなす為に多くの要素を必要とするんだ。知識や技術は勿論のこと、重要になってくるのは『霊力』だ。霊力は精神と密接に関係し、精神が弱れば術式操作が困難になるし、そもそも維持出来なくなるんだ……そこで、手っ取り早く精神を弱らせる方法で私の得意分野と言えば?」
「……痛みか!!」

 セオドシア曰く、これだけ長時間聖遺物を維持すれば、どれだけ燃費のいい能力だとしても、精神的疲労は必ず生じる。
 パジェットは着ている衣服すら聖遺物で固めている。狙い時は二人を見張る必要のない就寝時の水浴びで服脱いだ時──……。
 デクスターは茂みの中に隠れ、川辺に居るパジェットが服を脱ぎ終えるのをじっと待ち伏せる。デクスターの手に構えられた矢の鏃には、セオドシアの血液によって奇妙な模様と青白い炎が備わっていた。

(落ち着け……普段の狩りとなんも変わらないじゃあないか……)

 デクスターはそうやって自分に言い聞かせる。息を潜めて矢を射るだけ。
 何の違いもない……ただ、標的の兎が人間になっただけの違いだ。
 そうやって自己暗示をし続けるが、デクスターは今すぐこの場から引き返して、何も考えずに寝て明日を迎えたい一心だった。
 耐えきれず、本当に帰ってしまおうかと思った、その時だった。パジェットが修道服を脱ぎ始める。

(ぬ、脱いだ……!?)

 千載一遇のチャンスが向こうから訪れ、デクスターは覚悟を決めるしかなくなる。デクスターは弓に矢を番え、パジェットの太腿辺りに当たるよう、狙いを付ける。セオドシアから、そこに坐骨神経という最も太い神経があり、命を狙わず、激痛を与えるならそこだと教えて貰った。
 パジェットはズボンを降ろし、その肌を露出させる。

「……え?」

 矢を射ろうとした時、目の前の光景に目を疑い、その手を止めてしまう。
 柔らかな新月の光に照らされたパジェットの体は生まれてまもない赤子の様に艶やかで痛々しかった。が少し体を動かすと──ほんの少しの僅かな動きなのに──僅かな光に当たる部分が微妙に移動し、体を染める影の形が変わった。丸く盛り上がった乳房、小さな乳首、へそのくぼみ、滑らかな曲線を描く腰骨の作り出す粒子の粗い影はまるで水面をうつろう水紋の様にその形を変えていった。

(女の子……だったのか!?)

 女性と知ったことによる動揺か、初めて異性の裸体を見たことによる罪悪感か定かでは無いが、デクスターは茂みを揺らし、その存在を知らせてしまう。

「しまッ……」
「誰だッ!!」

 パジェットと目が合い焦ったデクスターは咄嗟とっさに矢を射る。
 しかし狙いもあったものじゃないその矢がパジェットに当たることはなく──逆に彼女の人間とは思えない速度によって、川からデクスターの居る茂みまで一瞬で背後に回られる。

「速ッ!?」

 パジェットはデクスターの片方の腕を捉え、両手を連動させて頸部けいぶを締め上げる片羽絞かたはじめという技を仕掛ける。万力のような容赦のない力に顔が破裂しそうなほどの息苦しさに襲われる。

「ぐッ……は、放せ……!!」
「……矢の件は不問にしてやる。どうせ、あの死霊術師に命令されたといった所だろう? アイツとは縁を切って大人しくしていればいい。近くにある街までなら、ボクが送ってあげてもいい」

 締め上げる腕の厳しさとは真逆の、反抗期の子を諭す様に、そんな優しい提案を投げ掛ける。デクスターは、腕の間に指を掛け、息苦しさを少しでも緩和すると、口を開いた。

「あ、あなたは……優しい人だ……セオドシアの、言う通り……頑固だけれど、憎いって言ってる人の体を洗ってあげるし、僕のことを、ぐっ……本気で心配してくれる……」
「……そう言ってボクが技を緩めると思っているなら、甘い考えだ……仕方ない、このまま締め落として……」
「いいや、あなたは緩めるさ……優しいからね」

 デクスターはそう言うと、自由な方の腕で、懐から骨を削り出して作ったナイフを取り出す。

「なっ……いつの間に!?」

 そのナイフは、セオドシアがホワイプスの群れから逃げる為に自らの手に傷を付けたナイフであり、デクスターはそれをナイフを振り下ろす。

「なッ!?」

 刹那──パジェットは二択の選択肢を迫られる。
 茨による防御は間に合いそうにないが、技を解いて離れればナイフの刺突は回避出来る──だが、そうすればデクスターは自ら振り下ろしたナイフによって命を絶ってしまう事となる。
 一人の少年の命か、忌まわしい死霊術師の拘束を優先するか──悩んだ末の解答が、肉体を通して出力される。

「ぐッ……ァァアアアアアッ!?」

 パジェットはそのナイフを自身の腕で防御し、デクスターを守る。
 瞬間、怨念の炎によって腕を焼かれ、熱した針を幾数本も突き刺されたような痛みに晒された。

「うっ……ごめん!!」

 デクスターは痛みに悶えるパジェットに謝罪を投げ掛けると、そのままセオドシアの元へ駆け出していく。
 ほんの少し離れた位置にある筈なのに、デクスターは遥か彼方を目指す様な途方もなさに襲われていた。

「ハァッ……ハァッ……!? クソッ……セオドシアは無事なのか!?」

 枝や葉がぶつかるのもお構いなしに走っていると、突然背後からの衝撃に襲われ、転倒する。

「なっ……!?」

 自分の背に乗る存在を確認すると、そこには先程ナイフを突き刺したパジェットが修道服を着込み、完全武装した姿がそこにあった。

「流石だよデクスター……君の勇気と行動力をみくびっていた……治療の為に第三級の聖遺物を使わされた……誇っていい……だが、ここまでだ」

「ぐっ、クソ……何やってんだ……ここまでやったんだ。早く……早く来いよ!! セオドシアーッ!!」

 デクスターが声を荒げて叫んだ次の瞬間──青白い炎がパジェットに向かって放射され、デクスターとの間に壁が作られる。

「ウグッ!? まさか……解けたと言うのか!?」
「フハハハハッ!! よくやったデクスター君!! お手柄だぜ」

 声のした方を見ると、茨が消え自由の身となったセオドシアが、清々しく勝ち誇った表情でそこに立っていた。

「死霊術師……!!」
「遅いんだよ全く!! めっっっちゃ怖かったぞ!?」
「主役は遅れて登場するものさ……さて、と……」

 こうして、死霊術師と退魔師というカードは合間みえ──……。

「さぁ、喧嘩しようぜ!!」

 今、戦いの火蓋が切られたのだった。
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