朔の向こう側へ

星のお米のおたんこなす

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旅立ち編

一本目『出会いし者』②

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 ◆◆◆

「うえ~……なんだこれ? 野菜しか入ってないじゃないか?」
「なっ!? 贅沢言わないでよ! ここら辺には疑似太陽もないし、この寒さのせいで野菜だって貴重なんだぞ……」

 石橋から少し歩いた所に、一つだけひっそりとデクスターの住む家があった。
 板壁はどこも腐りかけ、いつ屋根が崩れ落ちても不思議でない古びた家だった。セオドシアは、デクスターの出した野菜スープに文句を垂れながら口にまで運ぶ──直後、不平不満だらけだったその顔が、ぱあっと明るいものに変わっていく。

「美味しい……!!」
「でしょ? 僕も好物なんだ。それより……死霊術師って死んだ人間を蘇らせたりする……アレ?」
「ん? ……うむ、その通り、死と生を超越……これはもう言ったな……なんだい、本物に会えて感激? サインいる?」
「い、いらない……それより、その……噂だと、今も死霊術師は月住人を増やすのに加担してるっていうのは……本当?」

 デクスターが先程から気が気でない理由を思い切って質問すると、セオドシアは口をムッと尖らせ、文句を言い始める。

「またまた失礼だなぁ、いるんだよねぇ、君みたいなの……あのねぇ、確かにあの月を空に浮かばせたの続けたのは死霊術師の仕業だよ? けど、同じ芸術家だからと言って同じ作品を作るわけではないように、私とそいつとではまるで趣味が違うのさ、空に月を浮かべたままにするなんて……くだらない!! いいかい? そもそも私の死霊術とは──……」
「あぁもうわかったわかった!! ……本当はよくわからないけど……まぁ、違うって言いたいのは伝わったよ……」

 セオドシアの返答にようやく肩の力を抜くと、先程骸骨魚が拾ってくれた金貨を愛おしそうに指でなぞる。

「あの……ありがとう。金貨のこと……手足がほんのちょっと霜焼けした程度で済んだのも、セオドシアのお陰だ」
「ん? ああ、気にしないでくれ、あれは等価交換のためにしたことさ。だからこうして寝床を借りさせてもらっているのだろう? ボロっちぃけど……君一人で住んでいるのかい?」

 そう聞かれると、デクスターは俯き、目には悲しい影がよぎっていた。

「ううん……お父さんと一緒だよ……でも、食べ物が少なくなって……三日前に狩りに行ったきり……」
「ふぅ~ん……熊にでも襲われたか、それとも──……」
「お父さんは無事だよ!! きっとすぐに……今に戻ってくるさッ!!」

 デクスターは、見たくないものへとペンを押し付けて黒く塗り潰すように、強い意志を持ってセオドシアの発言を否定する。

「……まぁ、今は帰ってきていないようだからね、父親のベッドを使わせてもらうよ……もう一つのベッドはどこにあるんだい?」
「……いや、あれだけだけど……いつもはお父さんと一緒になって眠るんだ」

 デクスターがそう言うと、彼女は信じられないものを見るような目で彼を睨む。

「えぇ~っ!? じゃあ私はどこで寝ればいいんだい!? 狭いのは嫌だよ!?」
「こ、こっちだって初めて会った人と一緒になんか眠りたくないやい!! て言うか、さっきから失礼なのはそっちの方じゃないか!?」

 その後しばらく口論になり、さっきまで冷水に浸かっていたような子供からベッドを占拠するのは流石に気が引け──本当に、本っっっ当に不本意そうにしながらも、セオドシアは持っていた寝袋で、デクスターはベッドで眠ることになった。


 無音と寒さで中々寝付けずにいると、デクスターの啜り泣く声が耳に入った。

「ひっ……うぅっ……お父、さん……」
「…………」

 その泣き声が、セオドシアを孤独な思考から守り、長旅の疲れもあって、徐々に蕩けるような睡魔に飲み込まれた。

 ◆◆◆

 翌朝、カンッと薪の割れる音に、セオドシアは目を覚ます。
 窓の外には相変わらず月と太陽が重なって浮かんでいるが、時計は午前六時あたりを指し示しており、時間的に言えば朝なのがわかった。外では、デクスターが小柄な体ながら、力強く薪に向かって斧を振り下ろしていた。

「ん~……うるさい……」

 セオドシアは頭を重そうにフラフラ揺らしながら、窓越しに文句を言った。

「起きたらおはよう。でしょ?」

 子供を躾ける親のような台詞を飛ばすと、セオドシアは馬鹿にするように鼻で笑う。

「朝の訪れないこの世界でおはよう? ずっとこんばんはだよ。それより朝ごはんまだ~? 昨日の野菜スープ余ってたよねぇ~……」
「……そんな性格でよく一人旅出来たな……」

 割った薪で火を起こし、余った野菜スープを温め、朝食を済ませる。
 その間、デクスターは食料を蓄える棚を見ながら残念そうに言葉を漏らした。

「……もう食料が残り少ない……森に行って探さないと……」
「狩りに行くの? ……やっと肉が食べられるのかい!?」
「え? なんか今日も泊まろうとしてる? 旅人なんだから旅しなよ……」

 食事を終えると、デクスターは弓と矢を背負い、狩りの準備を整える。

「私も行ってもいい?」

 セオドシアはアタッシュケースを持ちながら、着いていく気満々でそう提案すると、デクスターは不審に眉を寄せる。

「えぇ~……セオドシアどんくさそうだからなぁ……邪魔だけはしないでよ?」
「ムッ……君ねぇ? 最初から思っていたけれど、もう少し年上を敬ったらどうだい? 名前の後には『さん』か『お姉さん』をだね~……」
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