書記ちゃんは推理しない

Aoi

文字の大きさ
10 / 10
空白の十日間

episode5.5 音痴のカラオケ

しおりを挟む
「ねえ、この後さ、カラオケ行かない?」
 カラオケ。久しぶりに耳にする響きだ。普通の高校生にとっては慣れ親しんだ場所なのだろうが、私にとってはもはや観光地に等しい。そんなことを思っていると、意外にもヒデくんが苦い顔をしていた。
「ヒデくん、どうしたの?」
 私が訊ねると、ヒデくんがハッと我に帰り、いつも通りの爽やかな笑顔を見せた。
「いや、何でもない。ただ、カラオケなんて久しぶりだなって思って」
 意外も意外、なんと仲間がいた。ヒデくんは交友関係も広いし、てっきり行き慣れてるのかと思っていた。とはいえ、彼も私も断るつもりは全くなく、元気よく闊歩するしーちゃんについていく。
「さあて、なに歌おうかしら」
 鼻歌を歌いながらタッチパネルを操作するしーちゃん。テレビ画面に曲名が表示される。名前だけはなんとなく聞いたことのある流行りの曲だ。しーちゃんは伸びのある声でポップな流行歌を歌い上げる。天才って何でも出来るんだなぁと思わず感心する。歌い終わると点数が表示される。93点。さすがとしか言いようがない。
「次、ヒデくんいいよ」
 私がタッチパネルを渡そうとすると、ヒデくんは遠慮して断る。やけに拒否感が強い。
「いや、書記ちゃんが先でいいよ」
 不思議に思いながらも、「そう?」と言って、辛うじて知っている曲を選択する。「歌ってるところ見られるのって緊張するなぁ」と思いながら、なんとか歌い上げる。点数は67点。平均より明らかに下だが、かといって下手とも言い難い。歌は人を表すというが、本当にそうらしい。
「じゃあ、次は俺か」
 妙に緊張した様子でタッチパネルを操作し、数年前のヒットソングを選ぶ。「まあ、私よりかは上手いだろうなぁ」という私の予想は、大きく裏切られた。ヒデくんの歌は、まるで磁石の同極のように、音程バーから絶妙に離れていく。ああ、なるほど。だから乗り気じゃなかったのか。
 ヒデくんは歌い終わると、「はあ」と深い深いため息をついた。
「何が辛いって、自分でもどう外れてるかが、ちゃんと分かってることなんだよな」
 どうやらジャイアンタイプではないらしい。いっそジャイアンのように堂々と下手な歌を歌えたら、ヒデくんも苦しまなくて済んだだろうに。彼は意気消沈、項垂れてしまった。
「その……なんか、ごめんね」
 申し訳なさそうなしーちゃん。しかし、「ごめん」の一言は、落ち込んだヒデくんの心に追い打ちをかける。まずい。どんどん雰囲気が悪くなっていく。私は思わず個室から飛び出した。

 もちろん、逃げ出したわけじゃない。こういうときは飲み物に頼るのがベストなのだ。私はドリンクバーに足を向かわせる。さて、何を入れようか。一見無難そうに見えるコーラは喉にあまりよくないから却下。かといってカルピスはちょっとベトッとするし、いつもみたくコーヒーを持っていくのは論外だ。私は思わず腕組みした。カラオケのドリンクって、意外と難しい。悩みに悩んだ末、一番喉に良さそうなアセロラジュースをコップに注ぐ。トレーにカップを三つ乗せ、個室に戻ると、案の定、部屋の雰囲気は最悪だった。
「ほら、二人とも。ドリンク飲んで元気だして」
 二人はアセロラジュースを少し飲むが、あまり表情が明るくならない。「やっぱりコーヒーじゃないとだめなのかな」と頭を抱える。はあ、しかたない。かくなる上は、と、しーちゃんからタッチパネルを強奪する。こうなったら、馬鹿みたいに思いっきり歌ってヒデくんを元気づけてやろう。
「えっ!? しょ、書記ちゃん?」
 くそ、歌える歌が全くない。ままよ、こうなったら……私はマイクをギュッと握りしめた。
「ほたーるのーひかーりーまどのゆーきーふみーよむーつきーひーかさーねつーつー」
 最初は呆然としていた二人だったが、少しずと忍び笑いが聞こえてきた。
「しょ、書記ちゃん。や、やめて。お、お腹痛い。あはは」
「な、なんで『蛍の光』、書記ちゃん、おもしろ、あはは」
 曲が終わり、マイクをテーブルに置くと我に返った。なんで『蛍の光』なんて歌ったんだろう。愕然とする私をよそに大笑いしている二人。私はアセロラジュースをヤケ飲みした。不慣れなことはするもんじゃない。やはり「身の程を知るべし」のモットーに則り、大人しくしているべきだったか。そう反省していると、ヒデくんが元気よく立ち上がった。
「よし、こうなったら俺も歌ってやるぞ。二人とも覚悟しとけよ」
 調子外れの歌が室内に響き渡る。本来あるべき歌の姿から絶妙に外れたその歌は、不思議と耳に馴染んだ。しーちゃんはタンバリンを箱から取り出し、ヒデくんの歌に合わせて叩き始めた。まったく、ひどい有様だ。だけど、と思いながら、私はもう一度アセロラジュースを飲んだ。調子外れの歌も悪くない。不格好で、みっともなくて。それでもこんなに愉快じゃないか。「身の程を知るべし」がモットーの私だが、今日ぐらいは「身の程」に合わぬほど、はっちゃけてやろう。私はグラスを置くと、タンバリンを手に取り、思いっきり叩き出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...