旧・革命(『文芸部』シリーズ)

Aoi

文字の大きさ
上 下
12 / 19

第12話 Miss White Smoke

しおりを挟む
 僕たちは駅の近くの喫茶店に入った。僕はホットコーヒー、ヒマリと苅谷さんはアイスコーヒー、アカネはメロンソーダを頼んだ。
「なんで夏なのにホットコーヒーなのよ」
 いや、なんで喫茶店に来たのにメロンソーダなんだよ。シリアスな雰囲気が台無しだった。
「さて、どこから話そうかな」
 苅谷さんが言うと、ヒマリが尋ねた。
「そもそも、苅谷さんはお姉ちゃんとどうやって知り合ったんですか?」
 苅谷さんは少し口元に笑みをこぼして、
「そうだな。そこから話そう。アイツはライブハウスに突然現れたんだ。まるで台風が来たみたいだった。今でも覚えているよ」

 外は深い霧が立ち込んでいた。雨の日のライブハウスはいつもがら空きだ。客はほとんど来ない。ステージ前で、2、3のバンドのメンバーたちが退屈そうにしている。私以外のバンドメンバーたちもやる気を失っている様子だった。私は客席に座ってギターのチューニングを合わせていると、奥の方で扉が開いた音がした。
 そいつはギターを背負ってずぶ濡れでやって来た。身長は低く150cmもないが黒い髪が腰まで伸びていた。
「本当に酷い雨ね。体が雨で流されちゃうんじゃないかと思ったわ。ねえ、貴女たち、バンドやってるのよね。もしよければ、私も入れてくれない? ボーカルとギター、それと作詞もいけるわ」
 最初は冗談かと思った。私を含め、ステージ前にいた人間はみんな彼女の相手をしなかった。彼女は少し不満そうな顔をすると背負っていたギターを取り出し、私の隣の席で歌い始めた。andymoriの『Sunset & Sumrise』。

Sunset & Sumrise 嘘つきは死なない
Sunset & Sumrise 争いはやまない
Sunset & Sumrise 欲しいものは尽きない
Sunset & Sumrise 悲しみは消えない

 圧倒的だった。確かに、音程はところどころデタラメで、ギターは荒削りだ。しかし、彼女は正真正銘本物のミュージシャンだった。彼女は歌い終わると、私の顔をじっと見つめた。黒くて大きな眼だ。じっと見つめていると、何だか吸い込まれそうな気がする。彼女は悪戯っぽく笑って、
「一品限り、早いもの勝ちよ」
 気づけば私は彼女の手を取っていた。

 私のバンドはいわゆるインストバンドだった。ギターは苅谷緑、ベースは前田若菜、ドラムは田村萌恵、バンド名は『Green Sisters』。高校の同級生が集まった平凡なバンドだった。
「そのバンド名って、みんなの名前が緑色に関係してることからつけたのよね。でも私『真白』なんだよね。どうしようかな?」
 マシロは腕を組んで少し悩んだ後、目を輝かせて嬉しそうに言った。
「こんなのはどうかしら?」

Green Sisters & Miss White Smoke

 『Miss White Smoke』。霧の中から現れた謎の少女。彼女にぴったりの名前だった。 

 Green Sisters & Miss White Smokeは小さなライブハウスの中で大きな人気を博した。マシロが作詞し、私が作曲した曲は、コピーバンドが演奏するヒットナンバーよりは青臭く不細工ではあったけれど、熱を求めてやってきた客たちの心を鷲掴みにした。曲だけではない。マシロの歌声は他のボーカルたちと一線を画していた。地声より低いその声は、苦しいほどに真っ直ぐで剥き出しだった。マシロの熱狂的なファンも何人か現れた。しかし、彼女に最も惹かれていたのは間違いなく私だった。私はマシロの側でギターを弾きながら、彼女の才能に震えていた。



 
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

女神の加護? いいえ、ケフィアです。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:63

闇金業者からの脱出

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ロウの人 〜Your potential 〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...