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第15話 透明少女
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島﨑真白は、俺、牧玄弥の幼馴染だった。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校に通いながら、ほとんど話すことがなかった。しかし、彼女の姿は登下校中に何度も見かけた。少し低い身長と長くて黒い髪、大きな猫目が特徴的だった。透き通った肌は、白というより透明だった。彼女は基本クールでミステリアスな少女だった。友達もおらず、教室ではいつも肩肘をつきながら窓の外を眺めていた。しかし、登校中に妹と一緒にいるときだけは、くしゃりとした笑顔を見せていた。彼女が本当はどんな人で、どんなことを考えているのか、誰にも分からなかった。彼女は、透明だった。
中学2年の夏、俺は野球ボール片手に下校していた。右手の中指に包帯を巻いていた。骨折だった。当分野球は出来ない。3年生の最後の大会に間に合ったとしても、ベンチ入りすら出来ないだろう。鉄のように鋭い風が吹いた。頭上を一匹のカラスが通り過ぎた。
「ゲンヤ君?」
振り返ると、そこには島﨑真白がいた。ランドセルを背負った小学生の妹も一緒にいる。マシロは近づき、俺の右手をとって見た。
「どうしたの、この怪我?」
俺は少したじろいだ。マシロとは家が近いので、小学生の頃に少しだけ仲良くしていたが、話すのは数年ぶりだった。
「骨折。レギュラー争いをしている時だっていうのにさ。これじゃあ大会にも出られない。俺の野球部はもうおしまいみたいだ」
俺は話しているうちにだんだん悲しくなってきた。涙が出ないように必死に耐える。マシロは俺の右手を離すと、両手の拳をギュッと握りしめた。
「私、ゲンヤ君には野球続けてほしいわ。ゲンヤ君、毎日家の近くの公園で練習してたでしょ?中学で野球が出来なくても、高校で頑張ればいいじゃない。諦めたらそこで終わりよ」
マシロは俺の眼をじっと見つめた。意思のこもった鋭い眼だった。気づけば俺は頷いていた。彼女は優しく微笑みと、長い髪を靡かせて去っていった。彼女は首筋に汗をかいていた。眩しすぎる太陽が、真っ黒なアスファルトを真っ白に染めていた。どこかのロックバンドがこんなことを歌っていたのを思い出した。
とにかく 気づいたら オレは 夏だった!!
俺はマシロと同じ高校に入学し、野球部になった。毎日家の近くの公園で練習を続けた。エースピッチャーでこそないが、他の同級生と比べるとかなりの活躍をすることが出来ていた。これなら3年の夏の大会にもピッチャーとして出られそうだ。マシロに、俺の野球を見てもらえる。
しかし、マシロとは、クラスも一緒にならなかったため、なかなか話すきっかけを掴めずにいた。ごく偶に下校中彼女の姿を見ることがあったが、中学生の妹と楽しそうに話す彼女に、どう話しかければいいか分からなかった。気づけば、2年生も残り数週間となっていた。
ある日、部室に行くと、マネージャーが何やら噂話をしているようだった。「島﨑さん」という単語が聞こえた。俺は部室の扉の前で聞き耳を立てた。そして、3月11日の事件を知った。
俺が翌日の朝、彼女のクラスを覗きに行くと、彼女は数人の女子に何やらクスクス笑われていた。次の日は、彼女の席を女子たちが占拠していた。彼女は教室の後ろ立って、自分の席をじっと見ていた。さらに次の日には、彼女の机が教室に無くなっていた。机をトイレから教室に運んでいる彼女と目があった。彼女は少し目を伏せて通り過ぎていった。
俺は吉川先生にいじめのことを報告した。先生は驚き、「ありがとう。僕が何とかする」と言った。次の日から目立ったいじめは見られなくなった。
俺は自分がみじめに思えてきた。好きな人には全く話しかけられず、彼女の心を自分より野球がうまい奴に奪われて、その上彼女がいじめられているのを傍から眺めていることしか出来ない。もっと早く彼女に気持ちを伝えられていれば……春休みになると、俺は彼女へのラブレターを書き始めた。「お前のこと好きだ」「アイツより俺の方がお前を幸せに出来る」「悩みならいくらでも聞いてやる」「アイツじゃなくて俺を選んでくれ」幼稚な感情がとめどなく湧き上がってきた。書いていたものはもはやどラブレターではなかった。淡い恋心と嫉妬と後悔を書き殴っていた。いつしかラブレターは物語になり、遂に『屋上の恋を乗り越えて』となった。出来上がってから、俺はこんなものをどうやって渡したらいいんだと悩んだ。そして、彼女が文芸部に所属していることを思い出した。
俺は4月14日、締め切り当日の朝に、彼女の名前で『屋上の秘密』を提出した。文芸部の彼女なら、少なくとも目次ぐらいは目を通すはずだ。目次に自分の名前が書いてあったら、興味を持って読んでくれるに違いない。
俺はその日の放課後、野球部の後輩に鍵当番を代わってもらい、職員室に入ると、部室の鍵と一緒に屋上の鍵を取った。部活が始まる前に急いで屋上に向かい、鍵を開けるともう一枚扉が現れた。扉にはダイヤル式の南京錠がかかっている。パスワードは分かるはずがない。チクショウ、時間がない。俺はヤケクソになって、南京錠の表にメッセージを書いた。鍵をかけると急いで階段を降り、部室に急いだ。
5月8日、昨日マシロが自殺したことを知った。
中学2年の夏、俺は野球ボール片手に下校していた。右手の中指に包帯を巻いていた。骨折だった。当分野球は出来ない。3年生の最後の大会に間に合ったとしても、ベンチ入りすら出来ないだろう。鉄のように鋭い風が吹いた。頭上を一匹のカラスが通り過ぎた。
「ゲンヤ君?」
振り返ると、そこには島﨑真白がいた。ランドセルを背負った小学生の妹も一緒にいる。マシロは近づき、俺の右手をとって見た。
「どうしたの、この怪我?」
俺は少したじろいだ。マシロとは家が近いので、小学生の頃に少しだけ仲良くしていたが、話すのは数年ぶりだった。
「骨折。レギュラー争いをしている時だっていうのにさ。これじゃあ大会にも出られない。俺の野球部はもうおしまいみたいだ」
俺は話しているうちにだんだん悲しくなってきた。涙が出ないように必死に耐える。マシロは俺の右手を離すと、両手の拳をギュッと握りしめた。
「私、ゲンヤ君には野球続けてほしいわ。ゲンヤ君、毎日家の近くの公園で練習してたでしょ?中学で野球が出来なくても、高校で頑張ればいいじゃない。諦めたらそこで終わりよ」
マシロは俺の眼をじっと見つめた。意思のこもった鋭い眼だった。気づけば俺は頷いていた。彼女は優しく微笑みと、長い髪を靡かせて去っていった。彼女は首筋に汗をかいていた。眩しすぎる太陽が、真っ黒なアスファルトを真っ白に染めていた。どこかのロックバンドがこんなことを歌っていたのを思い出した。
とにかく 気づいたら オレは 夏だった!!
俺はマシロと同じ高校に入学し、野球部になった。毎日家の近くの公園で練習を続けた。エースピッチャーでこそないが、他の同級生と比べるとかなりの活躍をすることが出来ていた。これなら3年の夏の大会にもピッチャーとして出られそうだ。マシロに、俺の野球を見てもらえる。
しかし、マシロとは、クラスも一緒にならなかったため、なかなか話すきっかけを掴めずにいた。ごく偶に下校中彼女の姿を見ることがあったが、中学生の妹と楽しそうに話す彼女に、どう話しかければいいか分からなかった。気づけば、2年生も残り数週間となっていた。
ある日、部室に行くと、マネージャーが何やら噂話をしているようだった。「島﨑さん」という単語が聞こえた。俺は部室の扉の前で聞き耳を立てた。そして、3月11日の事件を知った。
俺が翌日の朝、彼女のクラスを覗きに行くと、彼女は数人の女子に何やらクスクス笑われていた。次の日は、彼女の席を女子たちが占拠していた。彼女は教室の後ろ立って、自分の席をじっと見ていた。さらに次の日には、彼女の机が教室に無くなっていた。机をトイレから教室に運んでいる彼女と目があった。彼女は少し目を伏せて通り過ぎていった。
俺は吉川先生にいじめのことを報告した。先生は驚き、「ありがとう。僕が何とかする」と言った。次の日から目立ったいじめは見られなくなった。
俺は自分がみじめに思えてきた。好きな人には全く話しかけられず、彼女の心を自分より野球がうまい奴に奪われて、その上彼女がいじめられているのを傍から眺めていることしか出来ない。もっと早く彼女に気持ちを伝えられていれば……春休みになると、俺は彼女へのラブレターを書き始めた。「お前のこと好きだ」「アイツより俺の方がお前を幸せに出来る」「悩みならいくらでも聞いてやる」「アイツじゃなくて俺を選んでくれ」幼稚な感情がとめどなく湧き上がってきた。書いていたものはもはやどラブレターではなかった。淡い恋心と嫉妬と後悔を書き殴っていた。いつしかラブレターは物語になり、遂に『屋上の恋を乗り越えて』となった。出来上がってから、俺はこんなものをどうやって渡したらいいんだと悩んだ。そして、彼女が文芸部に所属していることを思い出した。
俺は4月14日、締め切り当日の朝に、彼女の名前で『屋上の秘密』を提出した。文芸部の彼女なら、少なくとも目次ぐらいは目を通すはずだ。目次に自分の名前が書いてあったら、興味を持って読んでくれるに違いない。
俺はその日の放課後、野球部の後輩に鍵当番を代わってもらい、職員室に入ると、部室の鍵と一緒に屋上の鍵を取った。部活が始まる前に急いで屋上に向かい、鍵を開けるともう一枚扉が現れた。扉にはダイヤル式の南京錠がかかっている。パスワードは分かるはずがない。チクショウ、時間がない。俺はヤケクソになって、南京錠の表にメッセージを書いた。鍵をかけると急いで階段を降り、部室に急いだ。
5月8日、昨日マシロが自殺したことを知った。
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