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第17話 EIGHT BEATER

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 掛け時計は17時5分を指していた。カチカチという秒針の音は聞こえない。イヤホンを付けているからだ。ナンバーガールの『SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT』の10曲目が終わり、私はイヤホンを外す。掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。
「ちょうど一ヶ月前ですね」
 カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は6月7日。特別な火曜日だ。
「そうだね」
 本を閉じてコーセーさんが言った。
 アカネちゃんは棚上に置かれた青い地球儀をクルクル回している。
「アカネさん、本当に地球儀が好きなんですね。地球儀と結婚するつもりなんですか?」
 地球儀の台で頭を軽く殴られた。けっこう痛い。コーセーさんはフフっと笑って言った。
「その地球儀、元々僕が家から持ってきたものなんだけど、すっかりアカネの物になっちゃったなぁ」
 アカネちゃんはキョトンとして、
「あれ、そうだっけ?」
 この人、ジャイアンみたいだなぁと思ったが、言うとまた殴られそうなのでやめておく。
「欲しかったらあげるよ」とコーセーさん。
「じゃあ、有り難くいただくわ」
 アカネちゃんはギュッと地球儀を抱きしめて言った。
 軽音楽部のドラムが刻む8ビートが、微かに教室の空気を揺らす。窓の外を見ると、空がすっかり赤くなっていた。
「ところで、お二人と一緒に行きたい場所があるんですけど、時間空いてますか?」
 コーセーさんとアカネちゃんは同時に頷いた。

 白幡墓地は彩雅高校から自転車で10分ほどのところにある。四方を田んぼに囲まれた静かな場所だ。夕陽が世界を黄金に染めていた。私は二人をお姉ちゃんのお墓に案内した。花瓶には既に花が挿されていた。白いカーネーションだ。カラスが羽音を立てながら飛び去っていく。私が線香をあげ手を合わせると、二人も手を合わせた。
「牧先輩が夏の大会に出るんだって。お姉ちゃん、応援してあげてね。それとね、最近、お姉ちゃんについて色んな人に聞いて回ってるんだ。新しい情報は全然ないんだけど、少しずつ、私の知らないお姉ちゃんを見つけられてる気がするの。あと、この前アカネさんに、『アカネちゃんでいいよ』って言ってもらっちゃった。また、何かあったら知らせに来るね」
 私が目を閉じながらそう言うと、隣の二人が少し微笑んだ気がした。

「ところでコーセー、一つ聞きたいことがあるんだけど」
 アカネちゃんが唐突に言った。コーセーさんは不思議そうな顔をする。
「コーセーはどのくらいの長さの髪が好き?」
「女の子のってことだよね?」
 アカネちゃんはコクンと頷く。夕陽が彼女の顔を赤く染める。彼女の手が、少し震えている。
 コーセーさんは少し悩んだ後、
「短いほうが好きかな。アカネぐらいの長さがちょうどいいと思うよ」
 アカネちゃんは少し目を逸らして、「そう」と言った。彼女の心臓のビートが聴こえるような気がする。
 コーセーさんは少し笑って、
「どうしてそんなことが気になったの?」
 アカネちゃんは、チラと私の顔を見た。そして、コーセーさんをじっと見つめた。黒くて大きな眼。眼には確かな決意が宿っている。アカネちゃんは、はっきりとした声で言った。

「『好きだから、知りたいんです』」

 コーセーさんは困ったような顔をして、
「『恋心は墓場まで』じゃなかったの?」
 アカネちゃんは悪戯っぽく笑って、
「何言ってるのよ」と言った。
「ここは墓場じゃない」
 コーセーさんはアカネちゃんに歩み寄り、彼女の頭をポンポンと叩いて撫でた。アカネちゃんはコーセーさんにギュッと抱きつく。
 彼女の透明な肌を夕陽が茜色に染めた。茜色の恋は夕空のもとで激しく燃えた。日はぐんぐんと沈み、夕空の赤は夜空の青と静かに溶け合った。
 彼女はもう透明ではなかった。
 それを見て、私も二人に抱きついた。
 茜色に染まる空に向かって白鷺が飛び立った。
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