ゲイなのに異世界に召喚されちまったんだけど、ぶっちゃけナニすりゃいいんだよ♂

うなぎ

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5章

俺はとてつもなくセーブがしたくなった。

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突然ですが皆さま初めまして、石橋渡いしばしわたるです。
今僕は毎朝の日課になりつつあるジョギングなんてものをしています。
お恥ずかしながら先日、健康診断に引っ掛かりまして……。
この年でお医者様のお世話になるのも申し訳なく思い、嫌々ながらもなんとか日課を消化しています。
僕がこんな風にブクブク太ってしまったのには理由がありました。
残業続きで運動不足だったとか、深夜に家でスナック菓子を頬張ったとか、30を過ぎて新陳代謝が落ちたとか。
考えられる原因は何個もあるけれど、一番の原因は恐らく同じゲーム会社で働く同僚とのランチ巡りだったのでしょう。
実際、彼が有給を使って長期休暇をとってからというもの体重が増えることはなくなりました。
太りたくないのなら一緒にランチに行かなければいいじゃないか。
もしこのことを誰かに相談したら、そんな風に笑われてしまうことでしょう。
ですが、仕事に行く唯一の楽しみを失うわけにはいきませんでした。
美味しいランチが食べられないなら、仕事なんかフルリモでいいだろうと僕は思っていたからです。
「……ん?」
考え事をしながら公園を走っていた僕の背中から、気味の悪い着信音が聞こえてきた。
それは明らかに自分が設定した音楽とは違う音色を奏でていた。
静かな公園に鳴り響く不協和音を気にしないわけにもいかず、僕は一度立ち止まってショルダーバックから携帯を取り出した。
どうやら受信箱に新着メールが届いているらしい。
タイトルから最初は迷惑メールかとも思ったが、開いてみるとそこには知り合いの名前が記載されていた。
「酒井力也って……あの酒井さん?」
その名前は今まさに僕が考えていた同僚のフルネームだった。
彼の悪戯かとも思ったが、僕はすぐにその考えを振り払った。
あの男は誠実で、そんなことをするような人間では無かったからだ。
そもそも僕をランチに誘ってくれたのも、僕がチームから浮いていたからだし……。
「と、とにかく本人に連絡しないと!」
直接連絡をとろうと連絡先のアプリを開いてみたものの、時刻はAMの5時を過ぎたところだった。
流石にこの時間に電話をするのは気が引けたので、ひとまずSMSを使って僕は連絡することにした。

石橋:おはようございます。
石橋:先ほど届いたメール、見ましたか?

テキストを送信して数秒後、なんと本人から直接電話がかかってきた。
「もしもし石橋君?」
「おはようございます。石橋です。」
「おはようございます。朝早くにごめんね。単刀直入に聞くけど今どこにいるかな?」
「えっと今は……、戸山公園にいます。」
「なぁなぁ、リキヤはん。誰と話とるん?仲良さそーやなー。彼氏か、彼氏なんか!?」
「彼氏じゃないです。頼りになる同僚です。」
「ほんまかいな?」
「ほんまほんま。ごめん石橋君。大久保地区と箱根山地区のどっちにいる?」
「大久保地区ですが……。朝から賑やかですね。異世界にいる彼氏さんのことは諦めたんですか?」
酒井力也が長期休暇中に異世界に行っていたことは、ランチの時に彼から直接話を聞いていた。
正直今の今までは半信半疑だったが、彼をからかうために異世界という言葉を発したことで、メールの内容と異世界の話が僕の中で繋がってしまった。
こじつけかもしれないが僕はゲーム会社のエンジニアだ。
不謹慎かもしれないがそういった期待に胸が膨らまないはずがない。
「違う違う!ちょっとメールの件も含めて直接話をしたいんだけど、今から会えないかな?」
「……一つ伺いたいのですが、あのメールは酒井さんの悪戯メールではないんですよね?」
「もちろん。SNSを見ればわかると思うけど、日本国民全員にそのメールが配られているみたいだよ。」
「わかりました。どこで……」
待ち合わせをしましょうか。
口元まで出かかった言葉を僕は飲み込んだ。
東京都新宿区にある戸山公園にはスポーツセンターと呼ばれる建物があった。
その中ではバスケができたり、水泳ができたりするのだが、その話は関係無いので今はおいておこう。
僕がいるのはそのスポーツセンターの前にある広場のような場所だった。
正確にはマラソン用のコースにもなっている広場の側面にある並木道にいるのだが、ことが起きているのはその広場の中だった。
サッカーでもできそうな芝の生えた広場に、人間のように二足歩行をした何かが立っていた。
遠目からだとよくわからないが、その人影は昆虫がモチーフの変身ヒーローのような外見をしている。
ひとけのない公園でそいつが僕に気づかなかったのは、目の前にある渦をじっと凝視しているからだろう。
微動だにしないそいつが何をしているのか読み取るのは難しかったが、その姿は渦の先から誰かが来るのを待っているようにも見えた。
物陰に隠れしばらく様子を見ていると、青みがかった渦の色が徐々に黒くなっていく。
それを見るや否や、そいつは目の前の霧に向かって武器を構えた。
「……石橋君?」
通話の声がそいつに聞かれることを恐れた僕は、失礼だとは思ったが何も言わずに通話を切った。
僕がもたついている間に何があったのか、黒くなった渦から人ではない巨大な手が伸びていた。
逃げ出そうとするそいつをその手が握りしめ、そのまま黒い渦の中に連れ去ってしまった。
「今のは一体……。」
消えていく渦を眺めながら、僕はしばらく呆然としてしまった。
立て続けに奇妙なことが起こり続け、脳の処理が追いつかなかったのだ。
「……そうだ、電話をしないと。」
ガチャ切りしてしまったことを思い出した僕は、大慌てで酒井さんに電話を繋げた。

「こんな時間に起こしやがって、一体何事だぁ!?」
国防省の防衛大臣である大谷元気は、職場に向かう途中の車の中で声を荒げた。
普段は防衛省近くにある庁舎で寝泊まりをしていたのだが、昨夜は温泉旅館に宿泊していたため通勤に時間がかかってしまっていた。
「どうやら日本国民全員に同じ開戦宣言メールが届いたようです。大臣の携帯にも届いていますのでご確認ください。」
まるで秘書のように淡々と状況を説明したのは井上十代という男だった。
ガタイを見れば一目瞭然だが、こいつは秘書でもなければ運転手でもない。
俺専属のボディーガードだった。
「すまんな。」
十代から携帯を受け取った俺は、つい日本人の癖で感謝の言葉を述べていた。
よくよく考えてみると、なんでこいつが俺の携帯を持っているのかという疑問が湧いてくる。
機械音痴で普段携帯は電話をするくらいしか使っていないことを差し引いても、違和感のある状況だった。
「どうしてお前が俺の携帯を持っている?」
ろくでもない返答が返ってきそうな予感を感じつつも、俺は運転手に質問をした。
「大臣にもメールが来ているか確認する為です。」
確かにこいつは秘書のようなことも兼任しているので、俺のスケジュールは把握する必要があった。
しかしそれはあくまで仕事の話で、私的なことまで把握しろとは言った覚えはなかった。
「どうしてお前が俺の携帯のパスワードを知っている?」
「大臣の安全を守るのが私の仕事だからです。」
「おまえ、俺の私的なメールも全部見てるだろ。」
俺の指摘を受け、初めて十代が人間らしい反応を見せた。
バックミラーを睨みつけていた俺の視線と、この男の視線がようやく合ったのだ。
俺が眉間に皺を寄せて怒りをあらわにすると、何故かほんの少しだけ男が笑ったような気がした。
普段は機械かと思うくらい表情筋が動かない男だったので、その笑みに俺は思わず見とれてしまった。
「もちろんです。大臣が美人局つつもたせに引っ掛かっては困りますから。」
「たくっ、有能すぎるボディーガードも考え物だな!」
照れ隠しに悪態をつきながらも携帯端末の画面を目で追う。
宣戦布告という文字に最初は驚いたが、文面は簡素で悪戯の範疇を出ないものだった。
テロリストが書くような声明文とは明らかに様子が違う。
しかし、この男がただの悪戯で俺を叩き起こすとは思えなかった。
「この酒井力也という男は何者だ?」
ダイクアイトとかいう名詞はともかく、酒井力也は明らかに日本人の名前だった。
もしこの男が実在するのであれば、そいつから直接話を聞くのが手っ取り早いだろう。
そうなってくると、情報が集まるまでの間は俺ではなく警察の領分になる。
「その男については現在警察が捜査中です。途中経過をお聞きになりますか?」
「いや、いい。……しっかし、やけに手際が良いな。」
「テロの可能性もありましたから、副大臣以下率先して動いているようです。」
「テロなのか?」
「テロではありません。どちらかと言えば……侵略という言葉が相応しいかと。どうやらこの世界とは別の世界から侵略者がやってきたようです。」
「ははっ、お前冗談が言えたのか?」
「残念ながら冗談ではなく事実です。右手をご覧ください。」
バスガイドのように案内をされた俺は窓の外に視線を移した。
そこはJR新宿駅の東口にある駅前広場だった。
てっきり防衛相に連れて行かれると思っていた俺は、この場所に連れてこられた理由がわからず困惑してしまった。
「降りてください。」
運転手に有無を言わさない声で命令された俺は、渋々車を降りることになった。
何で大臣の俺がボディーガードに命令されてんだよ。
とも思はなくはなかったが、ここで口論をするわけにもいかなかった。
既にこの場に展開している警察や自衛隊が俺達のことをチラチラ見ていたからだ。
スーツのジャケットとネクタイを正し、その期待に応えるべく威厳のある態度で俺は歩く。
すると、奇妙な灰色の渦の近くにいた指揮官らしき自衛官がこちらに近づいてきた。
「お待ちしておりました、大臣。」
「状況は?」
などとカッコよく言ってみたが、正直ほんとにわけがわからん状況なので誰か説明をして欲しかった。
「副大臣の指示通り、出現したゲートの周囲1キロ圏内を封鎖しました。部隊を用意しましたのでいつでも扉の調査を行えます。大臣、ご指示を。」
まだいまいち状況が飲み込めていなかったが、副大臣が既にお膳立てをしてくれていたようだった。
いつもは必要以上にお節介をやいてくる井上も何も言わないので、俺は許可だけ出しときゃいいんだろうとそう判断した。
「う、うむ。ご苦労。部隊の安全を確保しつつゲートの調査を行ってくれたまえ。」
「了解しました。部隊の様子はドローンで撮影しています。こちらにお越しください。」
運動会にあるような白い三角屋根のテント、正式名称はパイプテントというのだが、俺はそのテントの中ではなく軍用車両の中に案内された。
その中にはモニターとPCが何台もあり、数人の人間が部隊に指示を出す簡易の管制施設のようになっていた。
「指令室へ。第ニ偵察隊、小隊長の来栖悠馬3等陸尉であります。通信状況の確認をお願いします。」
「感度良好。ドローン壱式の操縦権限を委譲。来栖3等陸尉。扉の中へ侵入を開始してください。」
「了解。任務を開始します。」
俺が指示を出さなくても専門家達は勝手に調査を開始していた。
それに安堵しつつも仕事をしている振りをするために、俺は部隊員の映るモニターに目を向けた。
ドローンは全部で三機いて、それぞれが部隊員達の前方、後方、頭上のそれぞれに陣取っていた。
後方を向いているドローンには、俺の乗る車や忙しなく動く自衛隊員の姿が映し出されている。
本当に1キロ圏内を封鎖しているのか、駅前だというのに民間人の姿が全くなかった。
部隊員の頭上のドローンからの映像には、これからゲートとやらに入る隊員達の姿が映っていた。
ご丁寧にも映像にはドックタグのようなテキストがついており、初対面の人間の階級と名前がわかるようになっている。
人数は男8名、女2名の合計10名。
副大臣の差し金か手にはしっかりと銃器を握っていた。
「ドローン壱式、ゲートを通過します。」
ゲームのようなコントローラーを動かすことで、高松という名の自衛官が前方方向のドローンを操作していた。
後方と頭上にいるドローンはオートパイロットにしているのか、隊員達から一定の距離を保って飛行している。
ドローンがゲートと呼ばれる渦を通過すると、その先には洞窟のような土や岩に囲まれた空間があった。
そこに来てようやく俺はこの渦がゲートと呼ばれている意味を理解した。
どうやらあの渦の先は別の場所に繋がっているらしい。
「ドローン内部の血液サンプルから人体への影響を検証。……異常なし。続いて、移動先の環境を確認……。防護服無しで突入可能です。」
オペレーターからの報告を聞いた隊員たちが意を決して渦の中へと入っていく。
安全だと言われても他の人間が入る前にあそこに飛び込む勇気は俺にはなかった。
「索敵開始します。」
高松がそう宣言すると、ドローンが単機で洞窟の奥へ奥へと飛んでいった。
これだけドローンに頼るなら隊員は突入しなくても良いのではないかと俺が思い始めた頃。
ドローンが何か生き物のようなものを映し出した。
「この映像、倍率は?」
この発言はボディーガードの井上のものだった。
隊員達から1キロほど離れた所でドローンが蟻のような昆虫を発見した。
それ自体は別段珍しいものでもなかったが、井上が指摘するように明らかにサイズがおかしかった。
周囲に比較できるものが無いためわかりづらいが、地球にいるどの蟻よりもでかそうに見える。
「縮尺出します。」
俺の連れであることからお偉いさんだと思ったのか、車内にいたオペレーターが人間を物差しに蟻のサイズを測った。
「ほぼ人間サイズの蟻……?」
ドローンの映像はスマホ越しに調査隊のメンバーも見ていた。
洞窟は入り組んでおりすぐに接敵することはなかったが、待ち受ける敵を前に部隊員達の間に動揺が広がる。
「どうしますか、隊長。」
そう尋ねたのは高松だ。
それに対し来栖隊長は、部隊の士気を下げぬようすぐに指示を出した。
「鉛玉が効くかどうかをまず確認する。片岡、秋山、長谷川は俺と、残りはここにバリケードを築け。高松はドローンで俺達のフォローだ。」
「了解。」
名前を呼ばれた3人が隊長の後に続き、退路を確保する為に残ったメンバーが地面に杭を打ち有刺鉄線を張る準備を始めた。
一方ドローンに映し出された蟻は、自分の周囲を飛び交う機械に気づいたようだった。
触覚を揺らし警戒する素振りを見せていたが、ドローンに飛びかかったりはしなかった。
「隊長。もしかしてあれ……無害なんじゃないんすか。」
小銃の射程に入った時、秋山が思わずポツリと呟いた。
何もしてこない蟻を可哀そうだとでも思ったのだろうか。
攻撃をためらう素振りを見せる秋山を隊長ではなく片岡が小突いた。
「無害そうに見えても大抵の蟻は肉食だ。駆除しないとこちらが食われるぞ。」
肉食と聞き、秋山は身震いして銃を構え直した。
子供の頃に俺が見た蟻は自分より巨大な獲物を巣穴に運んでいた。
つまり人間サイズの蟻であれば、人間を食べることは容易だということになる。
妙な想像をしてしまった俺は少し吐き気を覚えた。
「3秒後、一斉掃射をする。まず足を狙え。」
来栖隊長の合図で4人は一斉に巨大な蟻に向かって掃射をした。
5.56mm弾に貫かれた蟻は抵抗する間もなく、体液をばらまきながら呆気なく地面に崩れ落ちる。
「ターゲット沈黙。高松、確認を。」
「了解。」
虫は首を潰しても反射で行動することがある。
不意打ちを警戒してか、隊員達はその場を動かずにドローンだけが蟻に接近した。
コントローラーを器用に動かし下腹部から注射器を出すと、高松は蟻の体液の収集にあたった。
最近のドローンはそんなこともできるのかと、俺は妙な所で関心してしまった。
「ターゲットの死亡を確認しました。」
作業をしている最中ぴくりとも動かない蟻を見て、高松はようやく合図を出した。
隊員達がどんな心境でいるのかはわからないが、コントロールルームで様子を見ていた俺達は緊張の糸が途切れる。
銃撃戦など自衛隊の訓練を見に行った時以来だったので、俺も思わず手に汗握ってしまっていた。
「意外にあっけなかったですね。」
秋山がツンツンとつま先で死体を蹴る。
その様子を長谷川は虫への嫌悪感で引きつった顔で見ていた。
「警察から緊急通信が入りました。データを共有します。」
隊員達がその先に進もうとするのと同時に、オペレーターが俺達に向かってそんな報告をあげた。
しかし俺はドローンが次に映し出した光景に目が釘付けになっていた。
巨大蟻を倒した先の小部屋におびただしい数の大量の卵が安置してあった。
これだけの数が孵化していたらどうなっていたか。
考えるだけで恐ろしい。
「都内各所で同様のゲートが複数発生。」
オペレーターからの不意打ちに、俺は「は?」と間の抜けた声を出しそうになった。
モニターの1つに東京23区の地図が映し出され、その上にゲートの位置がピンでポイントされる。
その数は10や20の話では無く、少なく見積もっても100はありそうだった。
「大臣。第ニ偵察隊に卵の破壊と殻の回収を命じてください。ゲートについては……。」
井上に耳打ちされた内容を俺はそのままオペレーターに伝えることにした。
ゲートについては避難誘導を警察に、ゲートの調査は自衛隊が引き続き行うよう指示を出した。
「では大臣、移動しましょう。」
この場で得られる情報はこれだけだと判断したのだろう。
井上は俺に次の予定を提示した。
彼の後に続きながら、俺は侵略という言葉を反芻していた。

「何見とんのや?」
SNSを使って情報収集をしていた俺は、頬に触れる体毛の感触に身じろぎした。
今俺はネメアにお姫様抱っこをされ、自宅のあるマンションから同僚のいる公園までの道を最短コースで移動していた。
パトカーに乗った警察が巡回するほどの外出禁止令が出ているせいで、俺の家の周辺は大手を振って出歩くことができなかった。
まあ、そうでなくとも2メートルを超えた狼男と並んで歩くことはできなかっただろうが……。
他に手段を思いつかなかったので、やむを得ず屋根の上を跳躍して移動しているというわけだ。

#外出禁止令発令
#異世界へのゲート
#酒井力也
#ダイクアイト
#宣戦布告

――現在時刻は日本時間でAMの6:00を過ぎたところだった。
宣戦布告のメールからまだ1時間ほどしか経っていない。
だというのに、政府はまるで待ち構えていたようにゲートの調査を行っていた。
宛名の通り日本国民全員にメールが送信されていたのだとしたら、政府のお偉いさんもデスのメールを見ていることになる。
だから対応が早かったと言えば筋は通るが、事情を知っている俺達よりも対応が早いことは驚きだった。
そこまで考えて、俺はネメアに返事を返していないことに気がついた。
「情報収集のためにソーシャルネットワーキングサービスという、写真とかメッセージを投稿するサイトを見ていました。」
「ほうほう……民間人が好き放題情報を発信しとるんか。便利なもんやなぁ。……で、被害の状況はどないな感じや?」
「政府が既に動いているらしく被害はまだ出てないんですが……なんか様子がおかしいんですよね。」
「どういうこっちゃ?」
「ネメア様から伺った異世界への扉がですね。何故か複数個所で目撃されているんです。」
「それは妙やな。それだけの戦力を投入されれば、もっと騒ぎになっとるはずや。」
「私も同意見です。しかも自衛隊……ええと、この国の軍隊……ではなく、防衛部隊みたいな組織がですね。その扉の中に突入しているみたいです。」
「ほんまかいな……この国の兵士はそないに強いんか。」
「どうでしょう。ギムレーで自分も蟻と戦いましたが、雑兵はまだしも人型を相手にするのは難しいと思います。」
「ほんなら軍王に誘い込まれとるのかもしれんなぁ。続報があったらワイにも教えてくれへん?」
「わかりました。」
話が一区切りついた所で、俺達は公園に辿り着いた。
外出禁止令が出ているせいか、石橋は警察に見つからないように公園内に身を潜めているようだった。
隠れ場所をSMS経由で教えてもらおうかとも考えたが、その必要はなさそうだった。
「石橋君。」
異世界で魔物を狩っていた経験から、俺は動物が隠れている場所を容易に察せられるようになっていた。
イアールンの森と比べれば、公園とはいえここは隠れる場所も少ない。
デブロフンディスの目がなくても獲物の背後をとることは容易だった。
「ひゃい!すみません、すぐに家に帰ります!」
恐らく完璧に隠れていたつもりだったのだろう。
音もなく近づいた俺達に石橋は飛び上がってしまうほど驚いていた。
「ってなんだ、酒井さんかぁ。びっくりさせないでよ~。」
「ごめんごめん。ひとまず無事なようでよかった。」
「あの酒井さん。そちらの方は?……どう考えても人間じゃないですよね。」
「こちら、俺が転移した異世界の神の一柱。獣欲の神ネメア様です。」
「正確には依り代やからそないな力はないんやけどな。ほな、よろしゅうたのみまっせ。」
「えっと、その、あの、ええと……お会いできて光栄です。ネメア様。」
「そう固くなる必要はないでイシバシ君。ワイが食べたいのはリキヤはんだけやからな。」
獣欲の神様だというのに選り好みするのか。
どさくさに紛れて俺の肩を抱くネメアに俺は困惑した。
「あの、ちなみに依り代というのは?」
「概念的存在である神が人と接するための器のことやな。」
「器ですか……。その器はどこで手に入れたんですか?」
サラッと踏み込んだ質問をする石橋のせいで俺は生きた心地がしなかった。
目の前にいる男の気分を害せば、腕を振るわれただけで俺達はあの世行きである。
それがわからない男ではないだろうにどうしてしまったのだろう、そう俺は考えていた。
思いあたることがあるとすれば、こちらに戻ってきた時に話した土産話くらいなものだった。
異世界から召喚した勇者をバースが剣神の依り代にしようとしていた話を、俺は石橋に伝えてしまっていた。
それにネメアの意味深な発言が加わり、何か妙な誤解を石橋に与えてしまったのかもしれない。
「他の神さんのことはわからへんけど、ワイの場合はつがいが見つからなくて絶望した獣人や、つがいが死んで暴走しかかってる獣人を器にしとるだけやで。」
「なるほど。勉強になります。」
話が違くないですかという目配せをされた俺は、小さく肩をすくめることしかできなかった。
俺が聞いた話はあくまで剣神の依り代の話であり、他の神々が自分の依り代をどう扱っているかは聞いていなかったからだ。
とはいえ、石橋のファインプレーのおかげでネメアが人柱を強制するような神ではないことがわかった。
これは大きな収穫だった。
「そういえば、さっき途中で通話が切れたけど。何があったの?」
俺が質問をすると、石橋は今しがた自分が体験したことをわかりやすく説明してくれた。
一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに、彼の口調からは恐怖よりも興奮が勝っているようだった。
「石橋君が見たっていう巨大な手は、俺に加護を与えてくれた神様の手かも……。」
「せやな。十中八九、あいつも神性介入しとるわ。気配がある。」
「それならひとまず、手が現れた場所に行ってみませんか?デブロフンディスが力を貸してくれるなら俺も戦えますし。」
俺の提案にネメアはほんの一瞬だけ考える素振りを見せた。
デブロフンディスがダイクアイトらしき魔物をさらったのは、デスと取引をするためかもしれない。
その可能性を考えているのだろう。
「……ま、ええやろ。流石に一度加護を与えた相手を雑に扱ったりせーへんと思うしな。」
あくまで俺を気遣う素振りを見せるネメアに、俺はありがとうございますと頭を下げた。
「イシバシ君はどないしよう?」
「僕も行きたいです!」
間髪入れずに同行を主張する石橋に、ネメアは少し驚いたようだった。
異世界転移や転生ものは日本ではアニメ化されるほどのブームになっているので、その魅力に惹かれるのはよくわかる。
「こんなこと言っとるけど、本当に連れてってええんか?」
神に石橋を連れて行くかどうかの選択を迫られ、俺はとてつもなくセーブがしたくなった。
そもそも俺が石橋に連絡をとったのは、数少ない友人に死んで欲しくないと考えたからだった。
現状ダイクアイトに対抗できるのはネメアの依り代だけなので、彼の隣にいるのが一番安全だとは思う。
しかし、これから行こうとしている場所にはネメアと同格の神がいた。
正直何が起こるか全く想像がつかないし安全とも言い難い。
だから俺は物凄い悩むことになった。
悩みに悩んだ末、最終的に俺はこう結論付けた。
仮にもしデブロフンディスに俺達がやられるようなことがあれば、核兵器でもぶっ放さない限りダイクアイトを倒すことはできないだろう。
だから一蓮托生の意味も込めて、石橋を連れて行くことにした。
「負担を増やしてしまい申し訳ありません。彼も一緒に連れて行ってもらえますか?」
「かまへん、かまへん。頼りがいがあるところを見せたるで!」
俺がネメアに頭を下げると、人狼は力こぶを作ってそれを誇示してみせた。
ブルやスオルムがいなければ惚れていたかもしれない。
一瞬よぎってしまったよこしまな考えを、俺は顔をブンブン振って追い払った。
デブロフンディスの痕跡を嗅ぎ取ったのか、ネメアは迷うことなくスポーツセンター前の広場に向かい始めた。
彼の後に続いて芝生のある広場に向かうと、何も無い空間にSNSで話題になっていたゲートが現れる。
「この先に異世界が……。」
石橋がそんなことを呟くのが聞こえたが、俺はあえて否定はしなかった。
デブロフンディスはあの世界から追放された神様なので、恐らくこの扉を潜ってもレフュジアには繋がっていないだろう。
しかし異世界であることには変わりはないため、否定もしづらかった。
「ほな。行ってみよか。」
ネメアに続いて俺と石橋がゲートに入る。
その光景を、地球を周回する衛星だけが見ていた。
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