Meltnear

黒谷

文字の大きさ
2 / 6

1/ウン迷

しおりを挟む

 その日、ぼくはお墓参りに来ていた。
 真夏の炎天下。
 時刻は正午。
 もうすでに他人同然のお父さんとお母さんが一緒で、手もつながずに、ぼくは二人からは少し離れて、あぜ道を歩いていた。
 北海道の奥地、外人などはたどり着けもしない、観光マップにも地図にだって載っていない『秘境』の地。あげくに政府管轄外だとかいっちゃって、どこの国のものでもない、でもわりと小さな町。
 大和市という、昔、日本にあった国の名を冠したその都市のはずれに、ぼくたちは来ていた。
 まあ住まいが大和市の三つほど隣の町、来宮市だから、別に遠いってほどでもない。だから車で数時間かけてきて、今、その車はここから一番近い、パーキングエリアに駐めてある。一時間百円。安いのかどうかはわからない。
「……あっつい」
 お父さんとお母さん、二人の後ろ姿をみながら、とぼとぼと歩く。
 会話は当然のようにないからか、まるでそびえ立つ壁のようだ。
 そう、当然のように毎日ないもんだから、今更変にも思わない。
きっとこういうものなんだと思っている。
 気温は何度だったか忘れたけれど、三十度近くだった。太陽が背中と頭のてっぺんを照りつけていた。
 アスファルトではないぶん、照り返しは少ないことが唯一の救いだ。
 本当はワンピースだとか、麦わら帽子だとか。
 そんな夏っぽい格好をしたらよかったのだろうけれど。
 ぼくは長袖のセーラー服に身を包んでいるのだった。
 せめて半袖にしておけばよかったのだろうけれど、そちらはクリーニングに出しているそうだ。お母さんは迷わず、ぼくにこれを差し出したから、ぼくも迷わずこれを着た。
 おかげさまで不快指数はどんどんあがっていく。
 セミが鳴く音がわんわんと頭の中で響いて、ぼくは目眩を覚えた。くらくらする。
 どくんどくんと、心臓が鼓動する。
 もうどれだけ歩いただろう。どれだけ――あの壁を見つめ続けたことだろう。
 まだお墓までけっこうな距離がある。
 まだ、ずっと、こうして歩いていかなければならない。
 だから嫌だった。
 ここにきたくなんかなかった。家で、家のエアコンのきいた、涼しい自分の、自分だけの部屋で引きこもっていたかった。
 ふいに、背中が大きくみえる。
 はっきりいって、ぼくの家庭はカゾクではなかった。
 無機質に差し出される食事と、無機質に交わされる必要最低限の会話。お父さんとお母さん同士は普通なのに、好き合っていて、愛し合っているのに――ぼくは。
 ぼくは、違った。
 お父さんもお母さんも嫌いで、お父さんとお母さんもぼくを嫌いだった。
「お前はどうしてこんなことができないんだ」
 トモダチのできないぼくに、お父さんはよく言った。
「人にできないことができて、人のできることができないなんて」
 お母さんはよく嘆いた。
 まるでぼくを哀れむような瞳でみつめた。
 対してぼくは無言だ。
 無言の反抗。
 だってこうなったのは誰のせいでもない。ましてやぼくのせいではない。
「普通に生まれてきてほしかった」
 最後には、二人はいつもこの言葉を呟いた。
 異常者だなんて、不幸だと。
 ひととは違うことが、おかしいのだと。
 どうしようもなく――間違っているのだと。
 そう、ぼくに突きつけた。
 それは、永遠に逆らうことのできない壁であって、どうしたってどうにもならない、そびえ立つ壁だ。
 親とは、そういうものなのだ。
 どんなに腹を立てても、どんなに憎もうとも、それに逆らうことは許されない。
 ――まるで、カミサマみたいだ。
 傲慢で、偉ぶっていて、不条理な。
 ぼくはいつか、あの壁に殺されてしまう。
 そんな空想にも幻想にも近い妄想をすると――途端に、逃げ出してしまいたくなる。
 ぼくの十五年間にわたる、この苦痛の日々。
 その記憶が――ぼくの全身を、精神を、殺しにかかる。
「……う」
 襲い来る吐き気。頭痛。目眩。足の痛み。胸の痛み。
 全てがぼくを、殺そうとしている。
 あの壁すらも、ぼくを。
 まただ。
 お母さんの持つ、お供えものの紙袋が鈍器に見える。
 お父さんの持つ、お墓掃除のほうきが、武器に凶器にみえる。
 ―――怖い。
 外に出ると、いつもこうだ。
 外であの二人の後ろを歩くと――いつも。
 いつも、こうだ。
「ううう」
 全身の震えが止まらなくなる。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい――逃げ出したい。
 今はともかく、逃げ出したい。
 あんな背中をみるのはもう嫌だ。
 否、このままお墓についたら、きっと殺されるのだと。
 やけに飛躍した思考回路で――ぼくは。
 勘違いというべき誤算のまま、考える。
 動かない頭で、必死に正当な言い訳を思考する。
 ……あ。そうだ。
子供としては――まだ中学生の子供としては、それもわりと深刻なほど病弱な子供としては、こんな長距離を歩くことは、それはまあ、しんどいことで。
日傘も何もない、こんな状況では、涼しいところにいきたいわけで。
「……よし」
 それは両親への言い訳ではなく、自分への言い訳だったのだろう。
 逆らうための。逃げ出すための。
 全てに怖がる臆病者の、ぼくへの。
 未だに両親の前で良い子を演じようと努力する、ぼくの。
 それでもそれは、動くには充分の言い訳だった。
 ぼくは二人の目を盗んで、暗く澄んでいる森の中へ、さっと素早く、あたかも忍者のように侵入した。
 いや、本当は目を盗む必要なんてなかった。
 二人はぼくのことなど、みていなかった。
 だからこれも、ぼく自身の目を盗むためだ。
 あからさまに『避けている』と気づかれないための。
 なにせ二人からすれば、娘(笑)が道から消えただけの話しだ。道に逸れた、ただそれだけの話だ。
 もしかしたら好都合なのかもしれない。
「……はっ……」
 視界から壁が消えて、ぼくは溜まった息を吐き出す。
 もうすでに毎日の中でストレスというやつが限りなく溜まっていて、一分一秒でもいいからあの二人といたくないのだ。
 否――誰かといたくない。
 どうせ蔑まれたり、軽蔑されたり、虐げられるんだから、――一人でいたい。
 とはいえ、ぼく一人じゃ生活がなりたたないことは、中学三年生になるぼくにはよくわかっていた。
 高校への進学も考えていたけれど、二人は迷惑なようであまり話をしたがらないし、学校にもあまり来ないし、面談だって上の空で、すぐに終わらせてしまう。
 でも先生もぼくに関わりたくないから、きっと好都合なんだろうということをぼくは知っている。
「まあ、働くという手段もあるし。格安の通信制もあるし。全寮制の私立高校だって、ニアちゃんの頭なら入れると思うよ」
 そんなことを無責任にも、担任の先生は言っていた。
 お父さんとお母さんと同じ、偽善者というか。
 偽の笑顔をかぶった顔だった。
 まあ――つまるところ、ぼくには。
 家にも学校にも、居場所なんてなかったのだ。
 このまま森を通って、どこか別の場所に行けたらいいのに。
 どこか――ぼくと同じひとがいっぱい居る場所に。
 しかし人生はそれほどあまくはないようだ。風景はいつまでたっても普通の森である。何も変わらない。突如洞窟がみえてくるとか、そういうこともない。
まあ、何度も来ているお墓参りだったし、方角も道も大体はわかっていることもあって、迷子にならない自信はあった。だから帰りにちゃんと合流すれば、ひとまず大丈夫。
死ぬってことはひとまず、ない。
一緒にいたくはないけれど、それは死にたいってほどじゃないのだ。
もしその手段でどこか別の世界にいけて、そこに家族がいるというのなら、考えてもいいのだけれど。
そこまで逃げる勇気が――ぼくにはない。
そこまでの言い訳を考える力も――ぼくにはない。
「………」
ちらりとぼくは、後ろを振り返る。
 当然、お父さんとお母さんが心配するかも、と思ったわけじゃない。
だってそれはもう言ってしまえばお父さんとお母さんじゃなかった。
ぼくにとってはただの他人だった。義務で命の保証だけをしてくれる他人。犯罪者になりたくないから、保身上の理由からぼくを保護してくれている行政のひと。
施設のおじさんとか、おばさんとか。そのへんの存在と何ら変わりのない、代替えのきく存在だ。
 本当のお父さんとお母さんは、もう二度と会えないくらい遠い場所にいて、でもいつか時がきたら、本当の家族が迎えに来てくれるのだとぼくは本気で信じていた。
 それがいくら都合のいい幻想だと言われようとも。
「……気持ちいい」
 森の中は、ぼくが思った以上に快適だった。
 まずあの二人の姿を、まるで壁のような後ろ姿を眺めなくてすむ。
 小さな羽虫や大きな蝶、バッタが飛び交っていたけれど、そこは確かに快適な楽園だった。そして何より日差しが届かない。ついでに風が通り抜ける。そして何よりも、ぼく一人の空間だ。
 森の中に道はなかったので、かろうじて通れそうな場所をずんずんと進んでいく。真っ直ぐにしか進んでいないから、きっと方角は変わっていないはずだ。
 そういえば森の中に入ってずいぶんと経つが、結局、ぼくを探すような声は聞こえてこなかった。
 当然だろう。予想通りでおもしろくない。
 確か昔――小学二年生くらいの時。
お父さんに連れられて森に行った時も、こうだったような気がする。突然お父さんがいなくなって、ぼくは勘だけを頼りに家に帰った。
 そのときの二人の、嫌な驚き顔といったら忘れられない。
 打ち合わせでもしたかのように、同じ顔をしていた。
 そんな顔のあと、一瞬で作り物の表情に変わって、スイッチでも入ったかのようにぼくを心配し始めた。
 とてつもなく、気味が悪かったのを覚えている。
 きっと二人は、ぼくに。
 ぼくに――帰ってきてほしくなかったのだ。
 でもそれは、そう。きっとぼくのせいだ。
 ぼくは決して良い子ではなかったし(頑張ってなろうとはしていたけれども)、普通の子とは違っていた。子供ながらに自覚するくらい、変わっていた。
 みんなができないような、例えば鉛筆を砂に変えてしまうとか、そんな砂を意のままに、漫画のように自在に操ってしまうとか――小石を爆発させるとか。そんなことができてしまったこと。
そして、ぼくがみんなにできる――『友好関係を築くこと』ができなくて、『コミュニケーションがうまくとれない』ことが、きっとダメだったんだろう。
 知っている。知っているから、今はしない。
 トモダチも、作らないことに決めた。
 できないことはしない主義だ。
 それに、できることだって――みんなができないことをする子は、嫌われるということがよくわかったから。
 しかしまあ、今更やめたところで――過去は変えられないし、できないことをしようとしても、ぼくが今更ながらにどんなにみんなと仲良くしてみたいと思っても、みんなはそうではない。
 一方的な敵意は、どうしたって消せない。
 この中学三年生という年齢にして、ぼくは人間が『違う』生物に対してとても恐怖を抱き、かつそれに対して敵意や悪意、憎悪を向けることを悟ってしまった。
 だとすれば――ぼくは、どうすべきか。
 全人類がもし――こういう連中ばかりだとしたら。
 ぼくは自分の居場所を――どう勝ち取ればいいのだろう。
 人生は椅子取りゲームだ、といったひとが確かいた。そのひとに習うなら、ぼくはぼくの椅子をとるために、勝つために、他の人類を蹴落としても良いのだろうか。
 ぼくの味方ではない、六十三億人全てを砂に変え、あるいは爆発させ、あるいは砂で埋め立て、あるいは爆発の衝撃で殺し――ていいのだろうか。
 将来のことを思うと、ぼくはいつもそんなことを考える。
 正直なところ、そこまでは、今のぼくにはわからないのだ。
 この世の中は、まだまだわからないことだらけだ。
 お父さんやお母さんに尋ねても、学校の先生に尋ねてもわからないことがある。
 例えばぼくは人間なのだろうか。とか。
 人間じゃなかったらなんなのだろう。とか。
 人間だったとしても、何で。とか。
 何でぼくばっかりこんな目に。とか。
 カゾクって一体なんなんだろう。とか。
 いつかわかるんだろうとは思うけれど、それが一体いつなのかわからない。
 それが――たまらなくもどかしい。
「ううう」
 目を伏せて、ぼくは痛みを押さえ込む。
 こういうことを考えると、いつだって身体のどこかが痛んだ。きっと心が怪我をしているからだ。
 と、そこで、ずるりと足元が滑った。
「っう!」
 考え事をしていたせいなのかか、ぼくの身体は突如、目の前にあった草むらを突き破って、真っ逆さまに落ちた。
 よくよく下をみれば、一面の緑が遠くに見える。茶色の壁をつたうように、ぼくの身体は落ちている。
 顔面に当たる強風が、痛い。
 つまり――ぼくの身体は、下にある森に向けて、落ちているということだ。
 どうやら結構な落差があるようで、一面の緑が徐々にぼくへと近づいてくる。
 ああ、そうか。
 こんなところに崖なんてあったんだ。
 いやそもそもこんなところにこんなもの、あったっけ?
 もしかして――道を間違った、とか。
 そんなことをぼんやり考えながら、ぼくは。
 悲鳴もあげずに、ふわふわしている木々の絨毯へと、自殺に近いダイビングを決行した。
 遺言なんて、残してやらなかった。


■□■□


「――あれ?」
 で、まあ、助かっちゃったわけである。
 多分死ぬだろうなあなんて、子供心に思ってはいたのだが、人間そう簡単には死なないらしい。
 目をぱちっと開けてみたら、そこは同じく森だった。
 ちょっぴり、白いけれども。
 緑なんて、少ししかないけれども。
 ぼくが最後にみたのは、確か一面の緑だったような気が。
 ていうか寒い。異様に寒い。
 ここは雪国か。
 おそるおそる、足元の白に触れてみる。
 数秒と待たずして、ぼくの手の中で水に変わった。
 うん。間違いなく雪だ。
 続けて空を確認。
 なんだか灰色だ。雲なんてないのに。
 おまけに太陽もらしきものがない。だけれど明るい。とするとやっぱりこの灰色は、雲か何かなのだろうか。
 そもそも――風景が激変してしまった。
「……へんなの」
 ぽつりと呟いて、ぼくは立ち上がる。
 そういえばやけに柔らかかったけれど、ぼくは何に着地したのだろう。
「いっつつ……」
「わ」
 振り向いた先にいたのは、ぼくよりも大きい、お父さんくらいの背丈の、青年だった。
 背中をさすっている。
 ついでに頭、主に後頭部もさすっている。
 どうやらぼくが落下した衝撃で地面へとぶつけたらしい。
「てめえクソガキ! どこみて走ってやがる!」
 青年は、眼鏡のレンズ越しに、そのひどいクマがある目でギロリとぼくを睨み付けた。
 お父さんみたいに怒鳴ってはいるのに、そこに明確な敵意が感じられない。どうしてだろう。ちぐはぐな感じ。
おかげでぼくも、反応が遅れてしまう。
 ……にしても個性的な服だ。
 白と黒のワイシャツに、灰色の白衣。もう白衣の意味がない。白衣なのに白じゃない。でもって、アーミーブーツ。
 日本人じゃありえなさそうなミルクティー色の髪に、紅い瞳。
 その紅い瞳には眼鏡。今流行りの眼鏡男子だ。
 いまだぼんやりする頭を無理矢理動かして、返答の言葉を考える。
「走ってないです」
 そんな異様な青年に、ぼくはそう返答した。
 だいたい走れないし。森の中じゃ。
 ぼくの着ている服がセーラー服ではなくジャージか何かで、ついでに運動靴を履いているのなら話は別だけれど。
 おあいにく様ぼくがはいているのはローファーというやつである。
「嘘つけ! そこの崖から落ちて来やがっただろうが! つーかなんなのお前、一体どこの……」
 怒鳴り散らす青年は、ぼくをまじまじとみて、黙った。
 じっとみつめている。ついでに、真顔で。
 ぼくも青年を見つめ返す。
 こうして改めてじっくりみてみると、青年はなんだかまるでぼくみたいだった。日本人みたいな顔立ちなのに、外人みたいな――あり得ない髪と目の色。
きっとぼくと同じなんだと、ぼんやり思う。確証はない。
 ああ、もしかしたら。
 ぼくはとってもいいことに思い当たる。
 念願が叶ったのかも知れない。
 そうだ、さっきまでの景色はもうどこにもない。ここはどこか別の世界なのだ!
 だったら、だとしたら。
 いつかの短冊に描いた、あの願いが叶ったのかもしれない。
 ここは本当の家族が、いる場所かもしれない!
 そうしてこのひとは、もしかしたら。
 もしかしたら、ぼくの、本当の家族かもしれない!
 胸がドキドキと高鳴っていく。
 思考回路が飛躍していく。
「あ、あのっ、あの、もしかして、ぼくの」
「危ねえッ!」
 ぼくの言葉を遮って、青年の身体がぼくを押し倒した。
 背中に鈍痛。ついでに視界が白と黒で埋まる。
 ほぼ同時に、轟音が頭上を通り抜けた。
 がらがらと何かが崩れる音がする。
 あまりに唐突なことで――息が詰まる。
「っち!」
 青年は舌打ちと共に、今度はぼくの身体を抱きかかえた。
そして地面を蹴って跳躍。
「わ、わあ!」
 青年の身体はぼくと一緒に上へと上がって、宙で停止。
 しっかりと抱きかかえられているので恐怖はないが、地上の風景が小さく見える。
「――あ」
 そんな青年の背中からは真っ黒な羽根が生えていて、青年の赤い視線はぼくではなく、先程までいた地上の方へと向けられていた。
 ぼくもつられて、地上へと視線を向けた。
 しかし地上は土煙があがって、よくみえない。
 いや、それよりも。
 この青年の背中から生えている羽根は、どうみても、絵本でみた『悪魔』の羽根である。
 一体――何者なんだろう。
「おい、お前。いいか? しっかりつかまってろよ」
 ぼくの方などちっともむいていないのに、なだめるような、でも優しい声音で言う青年に頷いて、ぼくはその腕や身体にぎゅっとしがみつく。
 少なくともぼくよりはたくましい。
 さっきまでは怒鳴り散らしていたのに、えらい変わりようだったけど、ぼくは気にしなかった。
 だって青年の顔は、ちらっとみえる横顔は、それはもう、お父さんやお母さんとは比べものにならないくらい、どこか温かい、人間的な顔つきだった。今までこんな顔を、誰がぼくに向けてくれただろう。いや、きっといなかったはずだ。あの冷たい顔じゃないのだ。
だから素直に思う。――このひとは、きっといいひとだ。
 そして続けて思う。
 悪魔は悪いものだなんて教えられたけれど、違う。まるで違う。へたをしたら、もしかしたら、人間より――。
「おいこらメガネェ! 降りてこいワレェ!」
 土煙が減ってきた頃合いで、地上から怒鳴り声が響いた。
とっさに身をすくめる。
こっちはいつもの、ぼくのお父さんの怒鳴り声みたい。
「うるせえ筋肉ヤロウ! 悔しかったら跳んでみろ!」
 言い返す青年。
 ぼくを抱く腕が、力強い。
 お父さんより、力強い。
 それが何より、ぼくを安心させる。
 おそるおそる地上へ目を向けると、そこには大男が一人、たたずんでいた。
 ほとんど裸の上に、マントを羽織っている。
 これまたゲームの中のような格好だ。
 ぼくはゲームの中の世界にきているのだろうか。
 そういえば彼の背中には、羽根がない。おそらくこの青年と、地上の男と、同じ存在なのだろうけれど――どうやら彼らにも飛べる飛べないがあるようだ。
 不思議と、興味がわいてきて、ぼくの胸は、こんなわけわからない状況にも関わらず――高鳴る。ドキドキする。ワクワクする。
 思わず――口角がつり上がってしまう。
 不謹慎だけれど――止まらない。止まれない。
 居場所をみつけたかのように――錯覚する。
「ほうほうほう? そこに抱いているのは子供かな? さすがはロリコンの南魔神! 戦いの最中に誘拐か!」
「なんとでもいえ」
 にやりとシニカルに笑って、青年はあいている方の手を白衣のポケットへ突っ込んだ。
ろりこん? みなみまじん? ゆーかい?
 はてさて、一体なんのことだろう?
 ぼくの頭にはハテナがたくさん浮かぶ。
 きっと怪訝な顔で聞いていたことだろう。
 何せ、一つたりともきいたことのない単語だ。や、誘拐くらいはきいたことあるけれども――ぼくはそもそも誘拐されているわけじゃない。
 ちらりと青年を見る。
 ポケットに入っている手は、何かを探しているようだった。
 と、すぐに青年の手が止まる。
 何かを押すような動作が、ぼくの目には映った。
「ではこの俺が、このクラフト様が貴様を殺して、デザートにでもそのガキを頂こう!」
「!」
 声とほぼ同時に、地上からいくつもの大きな岩が飛んできた。
これは怖い。投石攻撃、というやつだろう。なにか、時代モノのゲームでみた気がする。
 でも怖いのは、大きな岩じゃない。この男の腕力だ。
 青年とぼくはそれなりに高く飛んでいるというのに、男はその身一つで岩をいくつも投げているのだ。
 というか、きっと人間じゃない。人間じゃできない。
 これは確証を持って言える。
「うわわわ、い、岩」
「焦るな焦るな」
 だけれど青年の方がもっとすごかった。ぼくにも青年にも、その白衣にもかすることなく、無数に投石される岩をひょいひょいとゲームのように、漫画のように避けていく。
 ぼくにはできないし、みんなにだってできっこない。
 できないことを、―――堂々としている。
 堂々と、披露している。
 そんな姿に憧れを何気なく感じて、呆然と彼の顔を見つめる。
「―――安心しろ、ガキ。すぐに終わる」
「え?」
 そんな視線に気づいたのか、相当不安そうな顔をしているようにみえたのか、青年はそう呟いた。
 それからぼくの顔を、無理矢理青年の胸に押しつける。
「むぐっ」
 これによって何もみえない。
 白と黒っていうか、黒。真っ黒。視界ゼロ。
 びっくりしたまま固まっていると、しばらくして、投石の音が止んだ。
 代わりに凄まじい轟音が一つ。
 同時に青年の腕に力が入る。
「ひうっ」
 誰かの断末魔の叫び声と、狂ったような笑い声。
 空気が振動する。森が揺れる。
 しかしそれも、ただの一度きりだった。
 すぐに静寂が訪れて、物音一つ、しなくなる。
「――な、すぐ終わっただろ」
「はう」
 青年にいわれて、ぼくはおそるおそる顔を離した。
 おそるおそる、青年の顔をみて安心し。
 それから、地上へ目を向ける。
 そこにあったはずの木々は消え、茶色の地面が抉れていた。
大男も消えてしまって、残っているのは。
「おーい! メルう、終わったぜええ!」
 と、元気に手を振る、どこからともなく現れたらしい、薄い緑髪の青年である。
 手には鎌が二つ。
 それもただの鎌ではない。柄の部分は折ったのか折れたのか、遠目からみてもギザギザしていることがわかる。
 そして刃の部分が異様にでかい。
 さっきの男よりも、はるかにファンタジックである。
 ――本当に、どこなのここ。
 あまりに――、あまりに、目の前の現実が、変わりすぎて、ぼくの頭じゃ理解が出来ない。いや、あんなに学校ではぼくの頭、回転がはやかったのだ。
そんなぼくの頭でさえ、理解ができない――というのが正しい。
「おうギルド、今降りる」
 青年は、地上へ向けて短く答えると、ぼくを気遣ってなのか、ゆっくりと降下した。
 これが、ぼくとメルとの衝撃的出会いである。
 オマケにギルドつき。


■□■□


「迷い子ぉ?」
 真っ赤な瞳が、ぼくを見つめている。
 青年なのにどこか顔つき、いや、表情は子供っぽい。
「マジで? メルのうえに降ってきたの? うけるー!」
 そのうえ、口調もどこか子供っぽい。
 いや、幼いというのか。
 彼は薄い緑色の髪を揺らして、ゲラゲラと笑っている。
 その背中にはもうこれ以上ないくらい似合わない、真っ黒な翼が生えていた。蝙蝠羽根ではない、羽毛のついた翼。
 天使の羽根の、黒いバージョン。
「笑うんじゃねえギルド」
 ……と、先程からギルドと呼ばれているので、おそらくそれが名前だろう。
 彼の風体も異様である。
 軍服のようなものを着崩してきていて、胸元は全開。この寒い中、全開である。しかし震えている様子もない。寒くないわけないと思うのだけれど。
 ちなみに、あのぼくが落下した青年と見た感じ、同族。だとしたら、人間じゃなくて、悪魔。
 まあ見た感じじゃなくたって、さっきのクラフト様だかなんたかいう大男をぶっ飛ばしていたのだから、悪魔なのだろう。あんな力、人間にはない。
「お前もぼーっとしてんなよ! 一体全体、どーいうことか説明しろ」
 ぼーっとしていたらしいぼくを、青年はどこからともなく取り出したキセルを加えて、けっと吐き捨てた。
 ぼくはこくりと頷く。
「初めまして、ニアと申します。現在迷子中です。ええとですね。森の中を歩いていたら、足を滑らせて、崖から落ちたようで。気がついたらここにいました」
「なんだそりゃ。まるで不思議の国のアリスみてぇじゃん。崖じゃなくて穴だったらぴったりじゃねえか」
 キセルをふかしながら、青年が言う。
「ええ、そうですね。きっとそうなんじゃないですか?」
 ウサギは追いかけてないし、いなかったけれども。
 でもまあ、不思議の国にきたという点では合っている。
「かー。大変だったなおい」
「そーだよなあー。なんつーか、よく怪我しなかったなぁ」
 青年に続けて、ギルドというらしい青年が言う。
 怪我? 怪我っていうか、死ぬと思うんだけど。
 なんとなく会話が噛み合わないような気がしつつも、ぼくは続ける。
「本当は、お墓参りにきたんですけどね。ほらほら、お盆じゃないですか日本は」
 と、ここで。
 ぶはっ!
 と、二人が同時に吹き出した。
「は、墓参りて……! く、ふふ、ダメだ、……ぐ、ぐふっ」
「ぎゃははははっ! 腹痛ぇ!」
 二人ともそれなりに失礼である。
 きっとバチが当たるに違い無い。
 悪魔にバチとかおかしいけれど、でも、うん。悪魔と本人からきいたわけじゃないし。
 ていうか悪魔であってもバチくらい当たりそうだ。
 えーと、でもお盆って仏教だから、仏像がバチを下すのだろうか。想像するとちょっぴり怖い。
「あのですね、お二人はしないのかもしれないです。でもですね、先祖を大事にって、大切なことなんです!」
 ここでついでに述べておくと、ぼくはそんなこと一度も思ったことはない。
 これはお母さんの受け売りだ。
 数日前、お墓参りなんか行かないといったぼくへの。
 どうしても行かなければならないとせがまれて、ぼくは嫌々外へ出たのである。
 当日の二人の、嫌にほっとした顔といったら、忘れられないと思う。
一生。
 でも忘れてやりたい。
「ぷはっ! せ、先祖? お前んとこの家、どんだけ人間的なんだよ! もしかして帝王が連れてきたガキか?」
 ん?
 人間的?
 ここでもう明確に噛み合ってないことに気がついた。
 だからぼくは訂正をいれる。
 訂正というか、まさかこんなところで話が噛み合わなくなるとは思っていなかったんだけれど。
「だって、ニアは人間ですよ」
 この言葉に、二人が同時に、目を丸くした。
 そうして二人同時に、顔を見合わせる。
 何が悪いというのだろう。
まさか人間じゃないと思っていたのだろうか。
 そんなばかな。
 二人は人間じゃないのかもしれないけれど、そこは確証をもっていえるけれど、でもぼくはどっからどうみても人間である。
 言っておくが、できないことができるから『お前はおかしい』と言われるだけで、決して『人間じゃないだろ』とか言われたことはない。少なくとも、一見してそんなことをいう輩はいなかった。
それに何をどう間違っても、ちょっと悔しいけれどこの二人のお仲間にはみえないだろう。
 ていうかセーラー服を着た悪魔なんているわけないだろうと思う。いや、思いたい。
 背中に翼なんてないし。尻尾もないし。
 そもそもぼくは確かに、人間とはちょっと違いがあるけれど、怪我もするし風邪だってひくし、切られればちゃんと赤い血だって出る。
 だから一度だって、人間じゃないかもと疑ったことはない。別の世界にいるであろうと夢見た家族だって、一応人間だ。きっとぼくと同じで、新たな人間なんだと思ってる。
 でも悪魔じゃない。人間。
 できることが違うだけなのだ。うん。
 よし、納得。でもおかしいところなんてないよね?
 ぼくが自分の身体を一生懸命に確認していると、二人が同時に口を開いて、叫んだ。
「そんな水色の髪した人間、いるわけねーだろッ!」
 失礼な。
 ひどい偏見だ。
「い、いっぱい居るですよっ! きっと! 世界は広いんです、六十三億人もいるんです!」
「いいやいない! 断言できるね! お前は俺たちと似すぎてる!」
 ぼくの反論に、青年はどこか勝ち誇ったような表情でそう言い放った。
 ていうかよく断言できるな。
 うん? 似すぎてる……?
「ニア、似てますか。あなたたちに?」
「うんうん。似てるね。俺はてっきり、そのへんで走り回ってたガキだと思ったもんよ」
 腕を組んで頷くメル。
「オレもメルの連れてるのは、コスプレしたオンナだと思ってたな★」
 同じくして頷くギルド。
 コスプレしたオンナって……。なんか不埒というか。不潔な感じがするんですけど。
 と思っていたら、ここで青年がギルドに猛反論。
「おい! なんだそりゃ! お前は俺をなんだと思ってんだ! どこぞの北魔界の変態どもと一緒にするんじゃねえよ!」
「や、だって仲良しじゃねえか♪」
「仲良しじゃあねえっての! 腐れ縁だバカ!」
「腐れ縁ていうか、悪友って前にいってたよな♪」
「そそそそれはローズの言い分だろ!」
 そんなやりとりを片手感覚で聞きながら、ぼくは呆然と、猛然と思考をしていた。
 ぼくが、この、ギルドという青年と、メルという青年に似ている。似ているということは――ぼくは、もしかして。
 このひとたちと同じ――?
 もし、そうだとしたら。
 これは何を意味するのだろう?
 ぼくは、ぼくは。
 考えろ、考えろ、考えろ。
 きっとこれが、人生で一番の転機だ。
 ええと。
 彼らは悪魔(だと仮定して)。
 ぼくは人間。
 でもぼくは人間と違っていて。
 彼らと似ている。
 彼らと同じ。
 つまり、ぼくは悪魔に似ていて、同じなのだということか。
 そういう――ことか。
「ま、人間とこで普通に暮らしてたっていうなら、ハーフか何か……もしくはどっか遠いところで縁があったんだろ。何にしても迷い子――」
「あ、あの!」
 ぼくはメルという青年の言葉を遮って、叫んだ。
 人間だとはいったけれど。
 人間だとは思っていたけれど。
 でも正直、そんなことはどうだっていい。
 ただぼくは――。
 帰りたくない。ここからは逃げたくない。こんなファンタジックでよくわからなくて悪魔が蔓延っていて、凶暴な世界でもどんな醜悪な世界でも――それでもいい。
 耐えてやる。
 忍んでやる。
 だから叫ぶ。
 思いのたけを込めて。
「人間を辞めて、悪魔を始めたいと思うんです! だから、その! ぼくを、仲間にしてください!」
「お前、バカだろ」
 これがぼくの、人生における初めての、重要な選択。
 立ち向かうことで最大の問題から逃げ出した、弱虫なぼくの、最良だと思った選択だ。


■□■□


 久しぶりにハッと目が覚めた。
「なんだ、夢か……」
 ずいぶんと昔の夢をみた気がする。
 とはいってみたいけれど、つい一週間前の話だ。それほど昔の話でもない。
 部屋を見渡す。
 何もない、シンプルな部屋。
 南魔界という場所にある、南魔王城の一室だ。
 というかそう、無駄な装飾品や家具がない。当たり前である。ぼくは無理をいって『お頭さん』に空き部屋を借りたので、必要最低限の設備しかないのだ。
 そう。あのあと――あの夢のあと。
 戸惑う二人をなんとか説得して、二人の住む城主だという『お頭さん』に会わせてもらって、彼にも思いの丈をぶつけたのである。
「ぼく、悪魔になりたいんです!」
 と、こんな言葉だったか。
 きょとん。としていたが、話はわかってくれた。
「お前なあ。悪魔になりたいって、悪魔だっていろいろあるんだぞ」
 とか言いながら、お頭さんはご丁寧にもぼくに説明をしてくれたのだ。彼らはやっぱり悪魔で、でも文献でみるキリスト教の悪魔たちとはちょっぴり勝手が違うらしい。
「人から悪魔になった例がないってわけじゃあないんだけどよ。それでも、人から悪魔になるには、『強く』なきゃならねえ」
「――強く、ですか」
「そうだ。悪魔は少なくとも、強い連中ばっかだし。焼き肉定食的な社会だからな」
「かしら。それをいうなら弱肉強食です」
「同じようなもんじゃねえか」
 お頭さんは、それでも。
 それでもいいと言うぼくを、この城に置いてくれたのである。
 本来ならぼくのような『迷い子』と呼ばれる存在は、皆殺しなのだとか。だから、内緒で、らしい。
 誰に内緒かといえば、帝王とよばれる一番偉いひとなのだとか。
「ついでに寝泊まりしてる連中男ばっかりだから。何か間違いが起きても俺は知らないからな」
「そのへんは大丈夫です。メルの部屋に寝ようと思います」
「いやいやいやちょっと待ってぇぇぇぇ!」
 
「――うふふ」
 思い出して、つい、笑ってしまった。
 あの後の、メルの表情といったら。
 おもしろいほど複雑な表情をしていて、ぼくはそれを思わず携帯の写メでとりたいと思ったほどだ。
 だけれどぼくはそもそも携帯を持っていないので、諦めた。うーん。無理を言ってでも買って貰えばよかったかも。
 最初はシンプルすぎてもの悲しかったこの部屋も、住んでみれば都である。元々ぼくは元々モノなど持たない主義なので、これはこれで心地良い。
 だから、文句などはない。
 だけれどそんな物欲のないぼくが、現在どうしても困っている問題は――衣服である。
 セーラー服はお気に入りだけれど、ずっとこのままというのもなんだかこう、嫌である。フォラスさんの洗濯技術によって数時間で乾くからいいけれど……。
 でもまあ、だからといって服を買いに行きたいと言えるほど、ぼくは積極的じゃないし、そもそも魔界に通貨があるのかもわからない。
「……うーん」
 みたところ、それぞれ金に困っている仕草はないし、何かモノを欲しがっている様子もない。ので、そういえば給料とかがどうなっているのかわからない。
 ……わからないものだらけだ。
 なんていったって、まだ七日目。
 一週間目なのだ。
 悪魔を始めて、少しずついろんなことがわかって、慣れては来たけれど。
 いや、だからこそぼくは、こういう疑問の解決方法を知っている。
「こういう時は、シェリルさん」
 いつだったか。そう、最初に会った時だ。
 困ったことがあったら、あたしにいいな。とまるで極道の女のように煙草が似合いそうなシニカルな笑みで、シェリルさんは、ぼくの頭を撫でた。
 みんなが時々姐さんと呼ぶ気持ちもわかる。確かに、姐さんって感じだ。というより、姉御?
 きっとぼくに本当の姉がいたらこんな感じなんだろうとおもって、妙に照れくさくなったことを覚えている。
 ぐっと拳を握って、ぼくはベッドから出る。
 時刻は午前五時。
 シェリルさんがくるのは六時だから……まだ少し時間はあるけれど、まあ朝食でも作りながら待っていよう。
どうせ彼女がくるのは厨房だ。
それは仕事内容が、食事用意だからである。もうとっくに現役を引退したシェリルさんは、この南魔王城がフォラスさん以外、料理ができないという異常事態を哀れんで、この簡単な仕事を引き受けたらしい。
本来なら戦闘要員なんだとか。うん。最近メルがこてんぱんにされているのでよくよくわかる。
いや、わかってきたというべきか
ちなみに食事は、人間のそれとあまり変わらない。
いつか本でみた『蛙料理』やら『犬料理』、『猫料理』なんてものはない。普通のお食事である。
なんでも帝王さんの家庭菜園で、魔界の食事五割を担っているらしい。もうそれは家庭菜園じゃなくて農園だと思う。
足りないぶんは、また別の農園か、はたまた人間のところまでいって調達するそうだ。ご苦労なことである。
 そういえば魔界の時間もぼくの世界と変わらない基準のようだ。十二進法というか、二十四進法というか。なんというか忘れたけれど。
おかげでだいぶ助かっているけれど……、魔界の時間とぼくの世界では、時間の流れが違うらしい。
でも、魔界にも四季はあるのだとロゼさんが言っていた。
 でもそれで厄介だとも便利だとも、ロゼさんがぼやいていたのを思い出す。
 まだ、ぼくにはわからない。
 でもきっと、わかる日がくるはずだ。
「うん」
 シェリルさんから貰った寝間着を脱いで、セーラー服へ。
 学校自体そのものは嫌いだったけれど、このセーラー服は案外お気に入りである。なんていったって、他の学校ではまずない、ブラックセーラー服なのだ。風の噂に聞いた話では、校長の趣味なのだとか。
 職権乱用といってやりたいところだ。
「まあでも、どーでもいいことか」
 ぽつり呟いて、全身が映る大きな鏡の前で一回転。
 身だしなみを確認。
 今まではこれもどーでもいいことだったから、いわば新たな習慣というやつなのだけれど……まあ、もう慣れてきている。
 なんていったって、好きなひとの前では綺麗でいたいし。
……うん、今日もばっちり。
 ではでは。
「いってきます、ぼく」
 ちなみにフォラスさんでもこういう給料の相談だけならよかったのだけれど(常時いるし、住み込みだし)、でもあえて、シェリルさんを選んだ理由は、唯一の女性だからだ。
 魔界でも人間の世界でも、女の子の悩みは、女にしかわからないものである。


■□■□


「という感じで朝からの流れです」
「どういう流れかよくわかんねーけど」
 こうして物語は冒頭の『0』へとつながる。
現在ぼくたちは食事が終わってダラダラタイムである。
 食器の片付けなんかはとっっくに終わった。
 ちなみにこのダラダラタイムの場所は食堂ではなく、大広間。いわゆる、居間みたいな、リビングみたいな、アットホームな場所である。
 メルはそこでノートパソコンと向き合っていて、ぼくはそんなメルと向き合っている。
 パソコンが激しく邪魔だ。
 ローズはふかふかの絨毯の上で優雅に漫画を読んでいるし(魔界にも漫画があるのかと思ったら、ただ人間の描いたものを読みあさっているだけだった)、ロゼさんはソファの上で足組をしながら分厚い本を読書中。
 これについては前に一度、みせてもらったが、英語ばっかりで何が書いてあるかまったく読めなかった。
というかロゼさんから何冊か本を貰ったのだけれど、それだって読めなかった。
英語じゃあなくて、ちゃんと日本語だったけれど、無理だった。
何しろ漢文だったり、古文だったりしたからだ。
唸るぼくをみて、ロゼさんは一言。
「……今度、教えてやる」
 本当に無口でとっつきづらいけど、いいひとである。
 で、そのとなりでギルドが寝ている。
 こいつら仕事しないのかよ、とはもう思わない。
 思ったのは最初の三日間だけだった。
 そもそも、悪魔が仕事って何かおかしい。そうぼくは気づいたのだ。仕事について尋ねたら、たまにフォラスさんから言い渡される以外は、警備くらいしかないらしい。
 その警備も、本日は大荒れの吹雪模様。
 氷柱が降ってくる異常事態(になるのかわからないが)である。
 そんなわけで、仕事は本日ないそうだ。
 そしていつもの光景の中は、ちょっぴりいつもと違っていて、ぼくの隣にはシェリルさんが堂々と座っているのだった。
 シェリルさんは食事が終わると逐一帰ってしまうので、これはわりとレアな光景である。
「つまりはぼくは、朝ここにきた夢をみて、起きて朝食を作り、シェリルさんに相談をしにいき、それからみんなを起こしにいったのです」
「いやそれはわかったけど」
 ぼくの詳しい説明を無下に扱って、メルは呟く。
「どしてそれを俺に言う?」
「だあから、察してくださいよー。ぼく、服が欲しいんです」
「うん」
 カタカタ。
 メルの手元で音が鳴る。
「シェリルさんが買ってくれるんです」
「うん」
 カタカタカタ。
 メルの手元でまた音が鳴る。
「メルに町までついてきてもらいた」
「きたぁぁぁぁ!」
 カタカタッ ぴらりーん。
 ちょっぴり違う音が、メルの手元で鳴ったかと思えば、メルはぼくの言葉を遮って絶叫。ひどい。
 続けてバキリと音が響く。
「お前、いい加減にしろ」
 シェリルさんの拳が、メルの持つノートパソコンのモニタを突き破っていた。
 そのままメルの首をわしづかみである。
 相変わらず、すごい破壊力だ。
 ギルドには負けるらしいけれど。
 噂というか、きいた話ではシェリルさんの旦那さんはこんなシェリルさんを打ち破ったらしい。それゆえ結婚だとか。
 悪魔の世界の結婚事情はよくわからないけれど、少なくともロゼさんと違って、シェリルさんの旦那は悪魔だそうだ。今はシェリルさんの家督をついだらしい。
 その旦那さんが現れるまで、結構なじゃじゃ馬で魔界の問題児、厄介者だったとロゼさんが説明してくれたっけ。
「……す、すんませんでした姐さん」
「わかればいい。ついていけるな?」
「はい」
「よし、じゃあいけ」
 メル、あえなく撃沈。
 ちょっぴりだけ可哀想になるくらい、その首根っこを掴まれて持ち上げられている姿は哀れだった。
 こうなってしまったあとに言い逃れようとした下級悪魔を、一度だけみたことがあるが、彼はその後ぼくの見えないところで処分されたらしい。悪魔というのは、階級や位でいろいろあるそうだ。
 シェリルさんはもうすでに、階級に属さないので逆らったようだが、彼女の家は階級が上である。下級悪魔の認識が甘かったとしか言いようがない。
 ちなみにロゼさんとローズも家がすごいらしい。
 何がすごいって、街を二個ほど支配下に置いているくらい大きな支配力を持っているとか。
 だけれどすでに、二人はその頭首であるお父さんと大喧嘩して家を飛び出していたらしい。
 うーん、二人にしてはちょっぴり意外。
「そういえば、通貨ってどうなってるんですか?」
 ふと解決していない疑問を思い当たって、ぼくは何気なく口にした。
 今朝、シェリルさんに尋ねるのを忘れたのだ。
 ギルドはいびきで返答。ロゼさんは読書に夢中。メルは返答不可能。シェリルさんが答える前に、ローズが答えを口にした。
「普通に『イェン』。日本円だぜ。まあ小判とかでも払えちまうからちょっと多種多様だが、一般的にはそのまんま」
「え、そうなんですか?」
 意外な返答に、ぼくは口をポカンと開けた。
 だったらぼく、ポケットに入ってるぞ。
 いざという時に! とか思ってためていたお年玉が。
 や、これが意外や意外、何にも使っていないので多い。
 身体のいろんな場所に隠してあるけれど、とりあえず総額にして、五万は超える。
 本当に幼稚園から使っていないからだ。
 や、よかったよかった。ちゃんと役に立つじゃん。
「……そもそも空間枠にして、ここは日本の領域だからな。これが別の国であるなら話は別かもしれない」
「はう、そ、そうなんですか? 他の国のも、あるんですか」
「それが俗に言う冥界やら地獄やらだ。まあ日本にはここの他にもいくつか、似たような世界があるけど」
「はうう……すっごいですねえ」
 補足にきたのはロゼさんだった。
 冥界、地獄……。物騒な名前ばっかりだ。それこそ、死んだひとが行きそうな場所だとぼくは思う。
「そう、そのとおり。お前たちのいう大概の『悪魔』がいるのはそっち側で、死人がいくのもそっち側だ。だからここは、そうだな、神話にだってのってない、ただの異世界とでも思った方がいい」
「じゃあかの有名なルシファーさんやサタンさんも、その冥界とか地獄って場所にいるんですか?」
「そうだ。……まあ、サタンという名のやつなら、同名の存在が東魔界を治めているがな」
「ふわぁ、複雑です……」
 ロゼさんは、一切本から視線を外さない。
 読みながら喋っているのだろうか。ていうかすごい。
 しかしロゼさんは、いくら読書に夢中になっていても、結局はちゃんと答えてくれるヒトなのだ。
いやもしかしたら、夢中になんてなっていなかったのかもしれないけれど。
……あれ。
そういえば悪魔に『ひと』というのもおかしいなあ。
 悪魔を数える時は、正確なものでいくと『柱』で数えるらしい。日本のカミサマも確かその単位である。
でもこれはぼくが自分で知っていた知識なので、信憑性はない。誰からきいたのかも思い出せないし。
もしかしたら、本で読んだのかも知れない。
「じゃあ、給料とかも普通にもらってるんですか?」
「まあ、帝王からだね。一律で帝王が全悪魔に払うんだよ。毎月四日だったか」
 これに答えたのは、シェリルさんだった。
「ってアンタ給料なんてもらったことあんのかよ!」
 突如反応して、読んでいた漫画から顔を上げて、ローズが驚いたように声を荒げる。
 ううん? どういうことかわからない。
 だってすごいひとだったと言っていたのは、ローズなのに。
 それとも給料なんてチャチなものを貰っているはずがない、という意味合いだろうか? よくわかんないけど。
「失礼なヤツだねえ、あたしだって昔のちっこい頃は帝王城勤務の悪魔だよ? 当然だっての」
 ローズにそう言われて、シェリルさんはどこかふてくされたような、子供っぽい表情で頬をふくらませて反論を始めた。
 あ、なんか可愛い。
「いつの話だよ、いつの……。俺たちが帝王城にいた頃なんて、てめー、もう結婚して隠居してたじゃねえか」
 げんなりしながら、再びローズ。
「あのねえ。あんたらとどれだけ歳離れてると思ってんだい。あたしはあんたらの母親と同期なんだよ?」
「うげ。みえねえ……」
「そりゃ、ここじゃ当然だろう。誰だって外見で年齢を判断できやしないって」
「で、でもなあ……、なんか納得いかねえ」
「……どういう意味だい」
「や、だってアンタさ。給料をもらえるほど真っ当な仕事してたのかよ。俺たちは『ただの暴風雨』のような悪魔だったってきいてんだよ」
「しばかれたいのかい。まがりなりとも、ハインリッヒの女鬼だよ」
「……す、すんませんでした」
 バキッ。
 ローズ真横の床、陥没。
 と、ここでぼくは次の疑問に思い当たった。
「あの、ぼくって給料いただけるんですか?」
「………」
 大広間内、沈黙。
 あれあれ。誰も答えてくれないぞ。
「おういバカどもー。ニアいるかニア……おお、いるじゃん」
「あ、お頭さん」
 沈黙を突き破って現れたのは、金髪に赤い目という悪魔にありがちな風体で、片目に包帯を巻いた男。
 南魔王アルシエル、通称『かしら』。そのひとである。
 ぼくはお頭さん、と呼ばせて貰っている。
「かしら!」
 彼の登場で、シェリルさんとギルド以外がガバッと体勢を変えた。
 ローズは漫画を閉じて身体を起こしたし、ロゼさんも本をぱたんと閉じて立ち上がる。メルは何故かビシッと、敬礼を決めている。
 ……へんなの。
 少なくとも、フォラスさんの前ではこんなことをしない。
 それともこういう、どこか軍隊みたいなのが、魔界では当たり前なのだろうか。一応一番偉いひとだし。
 ぼくもつられて、ぺこりと頭を下げた。
「よお、調子どうよ?」
「はい。とてもいいです」
 お頭さんは、ぼくの頭を撫でる。
 そういえばここのみんなはよくぼくの頭を撫でるけれど、いったいなんでだろう。
「そりゃよかった。このバカどもと一週間生活して、調子良いんだもんなあ。お前悪魔の才能あるんじゃね?」
 おおっ!
「えっ、そ、そうですかねっ? ぼく、才能あります?」
 疑問を吹っ飛ばすくらい嬉しい一言だった。
 思わずお頭さんの両腕を掴む。
「おうおう、あるって。いやあ一時は冗談かとも思ったんだけどそんなんじゃなさそうだし。閻魔とか伊邪那美に問い合わせてみたけど、お前が死んだって記録はないし」
 ぽりぽりと頬を描きながら、お頭さんは笑う。
 ヒトの良さそうな笑顔だ。無邪気っていうのかな。
 エンマなんてどっかできいた名前だけど、この際無視無視。死んだって記録がないことは、きっといいことだもん。
「いいとこ神隠しって向こうでもなってるだろ。お前の話から察するに、誰も探しにはこねえだろうしな。それは、あながち間違ってもいねえし。んで、ニア。お前マジで悪魔になるんだな?」
「はい。悪魔を始めます」
 ぼく、即答。 
 メルのまねをして敬礼してみる。
 お頭さんはそんなぼくをみて、ニッと口角をあげた。
 うーん。前髪ちょっと長いけど、イケメン。
「そーかそーか……。んじゃ帝王のとこにいって、ちょっくら挨拶してきて、登録してこい」
「とーろく?」
 ていうかちょこちょこ出る帝王って誰だ?
 新たな疑問が、ぼくの中で芽生えていく。
「おいお前らの中でなんかついていけるやつ……」
 え、ちょっと、あのー。
「アルシー。メルがちょうど町にニアをつれてくっていう話だったんだ。ヤツにいかせな」
 と、シェリルさん。
「あ、そーなのか。んじゃメル」
 と、お頭さん。
「えええええ! マジですかあ頭ぁ!」
 と、メル。
 あう。
 ぼく、置いてけぼり。
 聞き間違いじゃなければ、シェリルさん、お頭さんのこと、アルシーって呼んでたなあ……。なんで? ここではみんな『かしら』なのに。
 とは思ったが、聞けそうになかったのでぼくは諦める。
 諦めて、お頭さんとメルを見つめる。
「ま、お前が連れてきたようなもんだし、お前の責任だよなあ、うんうん」
「そ、そんなあ。俺戦闘苦手じゃないですか!」
「なんだメル? 不安か? それとも不満か?」
「そんなわけじゃあ……ないですけど、ほら、俺、」
 俺このあとネトゲで……。
 きっと戦闘苦手だとかより、こっちの方が本音だろう。
 ぶつぶつとまだ小さい呟きが聞こえるけれど、ぼくは聞こえないことにした。でもシェリルさんには聞こえていたようで、拳を握りしめる音が聞こえる。
 それでメルの呟きは消えた。
 見計らったように、お頭さんが背を向ける。
「じゃ、頼んだぞメル。しっかりやれよ?」
 お頭さんの、まるで子供のようなニカッとした笑顔を向けられたメルは、撃沈。
 頬を真っ赤に染め上げる。
「……りょ、了解です頭」
 結局ここの悪魔たちは、一番にお頭さんが好きだ。
大好きなのだ。……という驚愕の事実は、たしか四日目で学んだ。
 だから、ぼくはもう気にせずに、メルの手を引く。
 なんたって、もう七日目なのだ。
 嫉妬なんてかっこ悪いし。
「ほうらメル、いきますよー」
「ちょっいだだだだだ! お前、お前! つねってる! なんか皮膚引っ張られてるもん! ちょっと! もしかしてなんか怒って……いだだだだ!」
 背中越しに、メルの悲鳴。
 つねってる? 失礼な。
 ちょっと爪が食い込んでいるだけですよ。
 メルの思い過ごしってやつです。
「なあ、なに怒って……いだだだだだだだ!」
「別に怒ってないですよ? うふふ」
「ぜってえ怒ってるぅぅぅ!」
 絶叫するメルを連れて、ぼくは初めて、自分の足で城の外へと足を踏み出した。
 乙女心がわからないねえ、あいつも。なんていうシェリルさんの呟きは、メルの絶叫にかき消されて全然聞こえてこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...