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第一話「三年ぶりの鬼川原町」
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「あれ、千鶴子だ」
三年ぶりの地元駅のホームで、三年ぶりに友人を見た。
小学校までは同じクラスメイトだった、北川千鶴子が制服のままそこに立っていた。
彼女は地元の中学校に進んで、私は諸事情で二つほど隣の町の中学校に進学した。
それきり会っていなかったけれど、あの当時はよく遊んだものだ。
(こっちには気付いてないな)
彼女は、駅のホームで、次の電車を待つようにじっと立っていた。
私が降りてきたホームとは反対側だ。
つまり、これからどこかへ行くのだろう。
(いやいや、どこへ?)
私はふいにスマホを取り出して、時間を確認した。
時刻は午後十時を回ったところだった。
私は地元へと戻る引越しの手続きの関係で、こんな時間に新居へ向かうことになってしまったが、彼女はどうだ?
とくに手には何も持っておらず、手ぶらである。
とっさにホームの電光掲示板をみた。こちら側の列車は、今が最終だったらしい。真っ暗な表示になっていた。
日曜日ということもあって、周りには私たち以外には誰もいない。
「おーい、千鶴……」
手を上げて、口をあけて、私はそこから固まってしまった。
何かいる。
彼女の背中に、何かが憑いている。
どす黒く、ぐにゃぐにゃしていて、『よくない』と断言できるものが、彼女の背中にべったりと憑いている。
「千鶴子!」
思わず私は駆け出していた。
彼女の体が、突如崩れるように前のめりに倒れていったからだ。
手にしていた荷物はホームに投げ出していた。
タイミングよく、遠くで列車が鳴くのが聞こえた。喉が鳴った。自分のいたホームのふちを蹴り上げて、弾丸のように飛び出す。
砂利を踏みしめて、蹴り上げて、線路の上に伏せる千鶴子の体を抱きしめて二人一緒に転がった。
視界がぐるぐると回転して、ベシッとコンクリートの壁にぶつかって止まる。
そのすぐ後に、凄まじい轟音を奏でて回る車輪が見えた。
「っ、つ、うぐ!」
線路の砂利が跳ね上がって、体にあたる。
しかしそれもほんのわずかな間のことで、ほどなくすると、車輪も車体も通り過ぎていって、私たちから少し離れた場所で停車していた。
慌てて車掌が降りてくる。血相を変えていた。無理もない、当然だろう。
「千鶴子、千鶴子!」
私はハッとしたように、腕の中でぐったりしている千鶴子を揺さぶった。
驚くほど血の気が引いていて、元から白い肌がよりいっそう青白くなっていた。
ほどなくして、千鶴子はぼんやりした顔で瞼を開けた。
車掌が私たちの元までたどりつく、ほんの少し前のことだった。
「──ちっ。あと少しだったのに」
「!」
真っ赤な目が。
千鶴子の真っ黒な目が、真っ赤に染まって、こちらを睨みつけていた。
ゾッと背筋に悪寒がした。
これは千鶴子ではないと思った。
いや、確かに千鶴子の体ではあるのだが、中身はそうではないと。
呆然と固まっていた私の肩を、車掌が叩くまで私は凍えたように固まっていた。
結局、新居へと私がたどり着けたのは、日付が変わった頃だった。
警察や駅員、鉄道会社による事情聴取が終わった後、私は警察の車で新居へと送り届けられた。
駅から少し離れた、安いアパートだ。
両親がおらず、彼らの残した遺産でなんとか高校に通う私にとっては、これが精一杯だ。
(……アルバイトも決めないとなあ)
奨学金の申請は通っているし、私の保護者となった両親の親友を名乗る神川さんがおおよその生活費と学費を補填してくれているとはいえ、親戚ではない。
あまり頼りすぎるわけにもいかず、私は彼のアパートを飛び出してここにいる。
元から地元には戻ってきたかった。
私の強い希望で地元の高校に進学できたわけだが、その記念すべき一日目がこれでは、先が思いやられる気がした。
「さて」
ポケットから鍵を取り出す。
あらかじめ管理人から送られてきていた鍵だ。
二階建てのアパート、二回の角部屋。相場よりも格段に安いことが決め手になった。
家具一式はついているとのことだったが、内見はしなかった。
管理人にも一切会っていないし、今、こんなことがあった今だからそう思うのかもしれないが──ちゃんとしておけばよかったのかもしれない。
階段を上がって、部屋の前へ。
ドアノブに鍵を差し込んで、ゆっくりと回す。
「…………」
ぎいいい、と嫌な音がして、真っ暗な空間が私を出迎えた。
すぐに廊下の電気をつける。とくに誰もいない。……いや、当然なのだけれど。
そのまま電気をつけて歩いて、ぐるぐると部屋の中を歩き回って、カーテンを閉めて、鍵を閉めて、ようやくのこと私はリビングに設置してあったソファの上に寝転がった。
疲れた。本当に、疲れた。
あと数週間はこのまま一人暮らしを満喫して、四月に入れば新しい高校生活が待っている。
きっとかつてのクラスメイトにもたくさん再会できることだろう。
「……クラスメイト、クラスメイトかあ。……千鶴子は大丈夫かな……」
結局、千鶴子はあの後目を覚まさなかった。
そのまま医務室に運ばれ、ご両親と連絡がとれたとかで私はお払い箱になった。
少なくとも、三年前まではあんなふうではなかったはずだ。
私がここを離れていた三年間で、一体何があったというのだろう?
ヴー、ヴー!
ほどなくして、スマホが鳴った。
恐る恐る画面を覗く。……ショートメールのようだ。
「なんだ、神川さんか」
相手をみてほっとした。私の保護者だった。
顔は怖いし、見た目も怖いし、あまりにカタギ感のない男の人で、もちろん私にも基本的に素っ気無い。
毎日帰りは遅く、たまに傷だらけで帰ってくるし、何の仕事をしているかも教えてくれなかった。
スマホには、彼らしい、短い文面で「ついたか?」と一言だけ表示されていた。
その素っ気無さが、今は心地よい。
「……無事、つ、い、て、ま、す、と……」
たぷたぷと文字を打ち込んで、送信。
もう一度、ソファに倒れこむ。
今はこのまま眠ってしまいたかった。
ああそうだ。寝てしまおう。
後のことは、朝にでも考えよう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、私の意識は薄れていった。
◆
新居で迎えたハジメテの朝は、最悪に終わった。
「何、これ……」
部屋の中はこれでもかというほど荒らされていた。
当然、鍵は掛かりっぱなしで、窓にも鍵はついていて、どこからも侵入された痕跡はない。
けれどまるで空き巣にでも入られたようになっていて、備え付けだった家具はあちこちが倒されていた。
ご丁寧に、持ってきたトランクまでもこじ開けられていて、懐かしさから持ってきていた小学校の卒業アルバムが放り出されていた。
「…………」
恐る恐る、私はそれを手にとって、開いた。
ちょうど、私のいたクラスが顔写真つきで表示されていて、ああ、なんということだろう。
真っ赤な色で、千鶴子と私の写真にバツが記されているのだった。
いや、二人だけではない。
そのほかにも三名ほど、大きくバツが記されている。
何かの暗示にも見えるが、他の三名はクラスメイトというだけで、とくに特別仲良しであったという記憶はない。
なんだか怖くなって、私は貴重品類だけもって、部屋から飛び出した。
脳裏には神川が浮かんでいたが、『無事ついた』と打ってしまったがためになんとなく電話も掛けづらい。
(もし……、もし、呪いとか、幽霊とか、そういう類のものだったら、どうしよう)
私の足は、自然と商店街に向いていた。
とにかく『生きている』人間の側に行きたかった。
一人でいたら、千鶴子と同じことをしてしまいそうだ、と思った。
「あら、貴方、ひどい顔ね」
「えっ」
ぼんやりと人混みに飲まれていると、不意に、細い路地から声がした。
ぐい、と手を引っ張られて人混みから抜ける。
路地の入り口には、寂れた朱色の鳥居が。
そのすぐ側に、綺麗な細身の女性が立っていた。
「お友達が死に掛けてて、自分も危険に晒されてて、『安全』がどこにもなくて困っている──こんなところかしら?」
「! どうしてわかるんです……?」
「さあ? 何故でしょう?」
くすくすと笑って、女性は言った。
「お揚げを三枚いただけたら、そうね、素敵な情報を差し上げるわ。どうかしら?」
もう藁にもすがる思いだった。
私は商店街の一角でお揚げを三枚買って、彼女に手渡した。
よほどお揚げがすきなのか、彼女はニコニコしながらこんなことを口にした。
「貴方のお友達、とんでもないものに手を出してしまったのね」
「?」
「こっくりさん、てわかるでしょう? このへんではね、最近、若い人たちの間にそんな遊びが流行ってるのよ」
確かにまあ、きいたことはある。
紙と十円玉で行う、簡易的な交霊術だとか、子供の遊びだとか。
一昔前に流行ったとかで、時たまに映画やフィクションの世界では見かける程度のものだ。
「あれはねえ、お遊びになっているけれど、けっこう危険なシロモノなのよ」
もぐもぐと、彼女はお揚げを頬張った。
「危険、て、どういう……?」
「貴方のお友達たちは五人でこっくりさんを行った。一回目の交霊術は成功。面白がって、二回、三回と繰り返した四回目」
彼女は一度、そこで言葉を切った。
私は、ごくりと喉を鳴らした。
「大失敗して、こっくりさんを怒らせた」
彼女の目が、黄金色に輝いた。
けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐに彼女の目は元の茶色がかった目に戻ってしまった。
「こっくりさんは儀式に参加した全員の魂を奪うつもりだったけれど、突然現れた部外者に邪魔されて、さらにお怒りよ」
どきりとした。
す、と彼女の綺麗な指が、お揚げを口に放ると、私を指した。
「貴方のことよ」
最後の一枚を食べ終わった彼女は、またにっこりと微笑んで私の手を掴んだ。
「覚えておいて。こっくりさんはね、『遊びも本気』なの。面白半分は好きじゃないわ」
「い、たい……!」
ぎりぎりと手首が強く締められた。
彼女だ。
彼女の手が、私の手首を折れそうなほど握り締めている!
「素直にお揚げをくれたから、今回は勘弁してあげるわね。けれど、今日の午後十時ちょうど。予定通り、北川千鶴子の魂は私がいただく」
──そこまで言われて、ようやくのことハッとした。
違う。この女性、ただのひとじゃない、このひとは、いや、このひとが……!
「そのあとは貴方よ。お揚げを毎日用意したら、その分だけ延ばしてあげるけれど、邪魔をするなら次は容赦しないわ」
うふふ、と、そう笑って、彼女は私の手を離すと鳥居の中に消えていった。
慌てて追いかけようとしたけれど、不思議なことに、鳥居のすぐ後ろにはビルの壁が聳え立っていて、とても通れる道などないのだった。
「……今日の、午後十時……」
慌ててスマホを見る。
時刻は正午を回っている。もう時間がない。
ボロボロと涙が零れ落ちそうだった。
三年ぶりに再会した友人は意識などほとんどなく、死に掛けていて。
三年ぶりに帰ってきた地元で最初に絡まれたのは、かつてのクラスメイトが呼んでしまったこっくりさん。
散々にもほどがある。私が何をしたっていうのだろう。
「あれ? 黒田?」
「!」
立ち尽くした私に、ふと、声をかける影があった。
振り返ると、そこにうっすらと見覚えのある少年が立っていた。
「やっぱり黒田だ! 俺だよ俺、伊野章吾!」
「え、い、伊野くん?」
にこっと笑顔を振りまく、小学校時代のクラスメイトがそこに立っていた。
奇しくも、それは。
あの卒業アルバムで大きく赤いバツをつけられた内の、一人だった。
三年ぶりの地元駅のホームで、三年ぶりに友人を見た。
小学校までは同じクラスメイトだった、北川千鶴子が制服のままそこに立っていた。
彼女は地元の中学校に進んで、私は諸事情で二つほど隣の町の中学校に進学した。
それきり会っていなかったけれど、あの当時はよく遊んだものだ。
(こっちには気付いてないな)
彼女は、駅のホームで、次の電車を待つようにじっと立っていた。
私が降りてきたホームとは反対側だ。
つまり、これからどこかへ行くのだろう。
(いやいや、どこへ?)
私はふいにスマホを取り出して、時間を確認した。
時刻は午後十時を回ったところだった。
私は地元へと戻る引越しの手続きの関係で、こんな時間に新居へ向かうことになってしまったが、彼女はどうだ?
とくに手には何も持っておらず、手ぶらである。
とっさにホームの電光掲示板をみた。こちら側の列車は、今が最終だったらしい。真っ暗な表示になっていた。
日曜日ということもあって、周りには私たち以外には誰もいない。
「おーい、千鶴……」
手を上げて、口をあけて、私はそこから固まってしまった。
何かいる。
彼女の背中に、何かが憑いている。
どす黒く、ぐにゃぐにゃしていて、『よくない』と断言できるものが、彼女の背中にべったりと憑いている。
「千鶴子!」
思わず私は駆け出していた。
彼女の体が、突如崩れるように前のめりに倒れていったからだ。
手にしていた荷物はホームに投げ出していた。
タイミングよく、遠くで列車が鳴くのが聞こえた。喉が鳴った。自分のいたホームのふちを蹴り上げて、弾丸のように飛び出す。
砂利を踏みしめて、蹴り上げて、線路の上に伏せる千鶴子の体を抱きしめて二人一緒に転がった。
視界がぐるぐると回転して、ベシッとコンクリートの壁にぶつかって止まる。
そのすぐ後に、凄まじい轟音を奏でて回る車輪が見えた。
「っ、つ、うぐ!」
線路の砂利が跳ね上がって、体にあたる。
しかしそれもほんのわずかな間のことで、ほどなくすると、車輪も車体も通り過ぎていって、私たちから少し離れた場所で停車していた。
慌てて車掌が降りてくる。血相を変えていた。無理もない、当然だろう。
「千鶴子、千鶴子!」
私はハッとしたように、腕の中でぐったりしている千鶴子を揺さぶった。
驚くほど血の気が引いていて、元から白い肌がよりいっそう青白くなっていた。
ほどなくして、千鶴子はぼんやりした顔で瞼を開けた。
車掌が私たちの元までたどりつく、ほんの少し前のことだった。
「──ちっ。あと少しだったのに」
「!」
真っ赤な目が。
千鶴子の真っ黒な目が、真っ赤に染まって、こちらを睨みつけていた。
ゾッと背筋に悪寒がした。
これは千鶴子ではないと思った。
いや、確かに千鶴子の体ではあるのだが、中身はそうではないと。
呆然と固まっていた私の肩を、車掌が叩くまで私は凍えたように固まっていた。
結局、新居へと私がたどり着けたのは、日付が変わった頃だった。
警察や駅員、鉄道会社による事情聴取が終わった後、私は警察の車で新居へと送り届けられた。
駅から少し離れた、安いアパートだ。
両親がおらず、彼らの残した遺産でなんとか高校に通う私にとっては、これが精一杯だ。
(……アルバイトも決めないとなあ)
奨学金の申請は通っているし、私の保護者となった両親の親友を名乗る神川さんがおおよその生活費と学費を補填してくれているとはいえ、親戚ではない。
あまり頼りすぎるわけにもいかず、私は彼のアパートを飛び出してここにいる。
元から地元には戻ってきたかった。
私の強い希望で地元の高校に進学できたわけだが、その記念すべき一日目がこれでは、先が思いやられる気がした。
「さて」
ポケットから鍵を取り出す。
あらかじめ管理人から送られてきていた鍵だ。
二階建てのアパート、二回の角部屋。相場よりも格段に安いことが決め手になった。
家具一式はついているとのことだったが、内見はしなかった。
管理人にも一切会っていないし、今、こんなことがあった今だからそう思うのかもしれないが──ちゃんとしておけばよかったのかもしれない。
階段を上がって、部屋の前へ。
ドアノブに鍵を差し込んで、ゆっくりと回す。
「…………」
ぎいいい、と嫌な音がして、真っ暗な空間が私を出迎えた。
すぐに廊下の電気をつける。とくに誰もいない。……いや、当然なのだけれど。
そのまま電気をつけて歩いて、ぐるぐると部屋の中を歩き回って、カーテンを閉めて、鍵を閉めて、ようやくのこと私はリビングに設置してあったソファの上に寝転がった。
疲れた。本当に、疲れた。
あと数週間はこのまま一人暮らしを満喫して、四月に入れば新しい高校生活が待っている。
きっとかつてのクラスメイトにもたくさん再会できることだろう。
「……クラスメイト、クラスメイトかあ。……千鶴子は大丈夫かな……」
結局、千鶴子はあの後目を覚まさなかった。
そのまま医務室に運ばれ、ご両親と連絡がとれたとかで私はお払い箱になった。
少なくとも、三年前まではあんなふうではなかったはずだ。
私がここを離れていた三年間で、一体何があったというのだろう?
ヴー、ヴー!
ほどなくして、スマホが鳴った。
恐る恐る画面を覗く。……ショートメールのようだ。
「なんだ、神川さんか」
相手をみてほっとした。私の保護者だった。
顔は怖いし、見た目も怖いし、あまりにカタギ感のない男の人で、もちろん私にも基本的に素っ気無い。
毎日帰りは遅く、たまに傷だらけで帰ってくるし、何の仕事をしているかも教えてくれなかった。
スマホには、彼らしい、短い文面で「ついたか?」と一言だけ表示されていた。
その素っ気無さが、今は心地よい。
「……無事、つ、い、て、ま、す、と……」
たぷたぷと文字を打ち込んで、送信。
もう一度、ソファに倒れこむ。
今はこのまま眠ってしまいたかった。
ああそうだ。寝てしまおう。
後のことは、朝にでも考えよう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、私の意識は薄れていった。
◆
新居で迎えたハジメテの朝は、最悪に終わった。
「何、これ……」
部屋の中はこれでもかというほど荒らされていた。
当然、鍵は掛かりっぱなしで、窓にも鍵はついていて、どこからも侵入された痕跡はない。
けれどまるで空き巣にでも入られたようになっていて、備え付けだった家具はあちこちが倒されていた。
ご丁寧に、持ってきたトランクまでもこじ開けられていて、懐かしさから持ってきていた小学校の卒業アルバムが放り出されていた。
「…………」
恐る恐る、私はそれを手にとって、開いた。
ちょうど、私のいたクラスが顔写真つきで表示されていて、ああ、なんということだろう。
真っ赤な色で、千鶴子と私の写真にバツが記されているのだった。
いや、二人だけではない。
そのほかにも三名ほど、大きくバツが記されている。
何かの暗示にも見えるが、他の三名はクラスメイトというだけで、とくに特別仲良しであったという記憶はない。
なんだか怖くなって、私は貴重品類だけもって、部屋から飛び出した。
脳裏には神川が浮かんでいたが、『無事ついた』と打ってしまったがためになんとなく電話も掛けづらい。
(もし……、もし、呪いとか、幽霊とか、そういう類のものだったら、どうしよう)
私の足は、自然と商店街に向いていた。
とにかく『生きている』人間の側に行きたかった。
一人でいたら、千鶴子と同じことをしてしまいそうだ、と思った。
「あら、貴方、ひどい顔ね」
「えっ」
ぼんやりと人混みに飲まれていると、不意に、細い路地から声がした。
ぐい、と手を引っ張られて人混みから抜ける。
路地の入り口には、寂れた朱色の鳥居が。
そのすぐ側に、綺麗な細身の女性が立っていた。
「お友達が死に掛けてて、自分も危険に晒されてて、『安全』がどこにもなくて困っている──こんなところかしら?」
「! どうしてわかるんです……?」
「さあ? 何故でしょう?」
くすくすと笑って、女性は言った。
「お揚げを三枚いただけたら、そうね、素敵な情報を差し上げるわ。どうかしら?」
もう藁にもすがる思いだった。
私は商店街の一角でお揚げを三枚買って、彼女に手渡した。
よほどお揚げがすきなのか、彼女はニコニコしながらこんなことを口にした。
「貴方のお友達、とんでもないものに手を出してしまったのね」
「?」
「こっくりさん、てわかるでしょう? このへんではね、最近、若い人たちの間にそんな遊びが流行ってるのよ」
確かにまあ、きいたことはある。
紙と十円玉で行う、簡易的な交霊術だとか、子供の遊びだとか。
一昔前に流行ったとかで、時たまに映画やフィクションの世界では見かける程度のものだ。
「あれはねえ、お遊びになっているけれど、けっこう危険なシロモノなのよ」
もぐもぐと、彼女はお揚げを頬張った。
「危険、て、どういう……?」
「貴方のお友達たちは五人でこっくりさんを行った。一回目の交霊術は成功。面白がって、二回、三回と繰り返した四回目」
彼女は一度、そこで言葉を切った。
私は、ごくりと喉を鳴らした。
「大失敗して、こっくりさんを怒らせた」
彼女の目が、黄金色に輝いた。
けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐに彼女の目は元の茶色がかった目に戻ってしまった。
「こっくりさんは儀式に参加した全員の魂を奪うつもりだったけれど、突然現れた部外者に邪魔されて、さらにお怒りよ」
どきりとした。
す、と彼女の綺麗な指が、お揚げを口に放ると、私を指した。
「貴方のことよ」
最後の一枚を食べ終わった彼女は、またにっこりと微笑んで私の手を掴んだ。
「覚えておいて。こっくりさんはね、『遊びも本気』なの。面白半分は好きじゃないわ」
「い、たい……!」
ぎりぎりと手首が強く締められた。
彼女だ。
彼女の手が、私の手首を折れそうなほど握り締めている!
「素直にお揚げをくれたから、今回は勘弁してあげるわね。けれど、今日の午後十時ちょうど。予定通り、北川千鶴子の魂は私がいただく」
──そこまで言われて、ようやくのことハッとした。
違う。この女性、ただのひとじゃない、このひとは、いや、このひとが……!
「そのあとは貴方よ。お揚げを毎日用意したら、その分だけ延ばしてあげるけれど、邪魔をするなら次は容赦しないわ」
うふふ、と、そう笑って、彼女は私の手を離すと鳥居の中に消えていった。
慌てて追いかけようとしたけれど、不思議なことに、鳥居のすぐ後ろにはビルの壁が聳え立っていて、とても通れる道などないのだった。
「……今日の、午後十時……」
慌ててスマホを見る。
時刻は正午を回っている。もう時間がない。
ボロボロと涙が零れ落ちそうだった。
三年ぶりに再会した友人は意識などほとんどなく、死に掛けていて。
三年ぶりに帰ってきた地元で最初に絡まれたのは、かつてのクラスメイトが呼んでしまったこっくりさん。
散々にもほどがある。私が何をしたっていうのだろう。
「あれ? 黒田?」
「!」
立ち尽くした私に、ふと、声をかける影があった。
振り返ると、そこにうっすらと見覚えのある少年が立っていた。
「やっぱり黒田だ! 俺だよ俺、伊野章吾!」
「え、い、伊野くん?」
にこっと笑顔を振りまく、小学校時代のクラスメイトがそこに立っていた。
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