ペルソナノングラータ!2

黒谷

文字の大きさ
1 / 4

00:前置き。

しおりを挟む

 ――魔界。
 あらゆる魑魅魍魎らがこぞって住まう混沌の世界。
 善と悪とがごった煮にされた不思議な世界――……。
 この世界では、あらゆる存在は種族別にではなく、その属性として分けられる。
 すなわち――善、悪、中立。
 あるいは――どちらでもないか。
「アタシらみたいな小悪党は、いったいどこに振り分けられるのかねえ」
 双眼鏡を片手に、女盗賊、レドは手すりから身を乗り出してつぶやいた。
 傍らには、茶髪に燕尾服をきた堕天使が立っていた。
「はて。どうでしょうねェ。我が主も、大まかにいえば『あてはまらない』でしょうし」
「北魔王のこと? それとも東?」
「ご冗談を。……どちらもでもないですよ」
「ああ、じゃあ『あっち』か。ふうん、まあ、そうだよねえ」
 彼らがいるのは海の上だった。
 正確には小型の戦闘用ボートだ。否、ボートというほど貧相なものでもないが。
 大きさにするとクルーザーほどだろうか。迷彩色に塗られたそれは、レドの所有物だ。 
 運転席には誰も座っていない。自動運転システムを搭載している。
「しっかし、まさか北欧の怪物、クラーケンも魔界に住みたいと言い出すとはねー」
「帝王は大歓迎の意向を示してましたが」
「そりゃね。来るもの拒まず去る者追う帝王だからねー」
 問題は、とレドは手元の写真を見つめた。
 写真には、魔界の海を治める悪魔の姿が映っている。
「そもそも向こう側もナメてると思わない? 人間でいえばいわば大使のようなものが、自分の娘だよ?」
「そりゃあナメてかかるでしょう。『ココ』は東洋の島国をつくった神がオマケで作った異世界ともいうべきものですからね」
「そういうモン?」
「ええ。スケールでいけば間違いなく向こうの方が有名ですから」
 大きくため息をつくレドとは対照的に、その堕天使はにこやかだった。
 片メガネも相まって、非常に紳士に見える。
 彼を知る人がみれば『気持ち悪い』と言葉を漏らすだろう。むろん、彼の主人も同様に。
 レドは「あ」と声をあげた。
 船の先、大きな渦潮が見えてくる。
「あのへんだね。さあて、うまくいくかな」
「貴女の腕次第ですとも」
「はは、いうなあ」
 双眼鏡を腰に装着して、レドは背を向けた。
 船室へと降りていく。
 次に出てきた時には、彼女の風貌は変わっていた。
 盗賊という面影はない――綺麗に着飾った、交渉人の姿だった。
 不敵な笑みを浮かべた二人をのせて、舟は渦潮へと向かっていった。





◇◇◇




 その室内には、タバコのにおいが充満していた。
 床のあちこちには空になった酒瓶が転がり、その中に混ざって乾物が入っていたのだろうか、食品の入っていたと思われる袋が丸まって転がっていた。
 ドラム缶の上にはいつものように、用心棒がいびきを立てて寝ていて。
 この場には不相応な高級ソファの上には闇医者が、顔に本を開いたまま固まり。
 無機質なパイプベッドには、死神が上半身をあらわにして眠っていた。
 めずらしく注射器も錠剤のかけらも落ちていない、その廃ビルともいうべき建物は彼ら悪党のたまり場だ。
 天井にはつい先日設置した(といってもただ天井に鎖を取り付けただけだが)簡易ランプがぶら下がってゆらゆらと揺れている。
 ふと、室内に『ヴー、ヴー』という一定のリズムを刻んだバイブ音が響いた。
 申し訳程度におかれたテーブルの上で、死神のスマホが音を立てているようだった。
「……んー……」
 事珍しく、用心棒がむくりと起き上がった。
 完全には覚醒していないのか、その視線は定まっていない。
 彼はテーブルの上を見つめた。
 ドラム缶の上からひょいと降りると、何の迷いもなく死神のスマホ(あくまで彼のものではない)を持ち上げた。
 画面には、『非通知』という文字が表示されている。
「はあい、もしもし」
 用心棒はこれまた何の迷いもなく、指で応答をタッチすると耳に当てた。
 スマホから聞こえてきたのは、雑音だった。
 ザザ、ザザザ、ザザという不思議な音で、「もしもーし」と何度か問いかけたが、まるで応答はなかった。
「んん~? いたずら電話ってやつかあ?」
 まずお前のスマホではない、と突っ込む者が誰も起きていない状況下で、用心棒はしかし回線を切断することなくひたすらにスマホから流れる雑音を聞き続けた。
 ザザ、ザザザ、ザザザ……。
 無線の雑音さながらに聞こえるそれは、もしかしたら相手の電波が不安定なのかもしれなかった。
「おおーい、なんかい」
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
 一瞬。
 心臓が止まったような衝撃と共に。
 彼の意識は。

「ぎゃあああああああああああ!?」

 ――完全に覚醒した。
 ごん。
「ぎゃん!?」
「うるっせェぞルキノ!」
 絶叫のすぐ直後、たたき起こされた形の死神が用心棒にげんこつを落とした。
 用心棒はしばし沈黙したが、痛みに耐えきったのち、涙目で持っていたスマホを死神に突き返した。
「おまっおまえのスマホ! 鳴ってたから! 出たら! なんか! 変なオンナが!」
「はあ?」
「の、呪われてる!」
「お前な……」
 涙目の用心棒から、死神はスマホを受け取った。
 すでにスマホには何も映っていない。画面を表示させるために電源ボタンに触れたが、スマホには着信があった模様すらない。ついでに着信履歴を表示したが、最終の履歴は昨日の昼間で終わっていた。
「……夢でもみたんじゃねーの? つか悪魔が呪われてるとかで涙目になるなよ」
 呆れる死神の視線に、用心棒は「いやいやいやいや!」となおも言いつのった。
「だ、だだ、だって! 絶対、鳴ったもん! わ、笑ったんだよ、気が狂ったみたいに!」
「誰からだったんだよ?」
「ええっと、ああ、そう! 非通知って出てた!」
「非通知ィ?」
 疑うような視線に、用心棒の目じりにはさらに涙が溜まっていく。
「いやでも、履歴に残ってねえしなあ」
「お前非道なことばっかしてるからきっと恨みの電話だって! いたずらとか、そういうたぐいじゃなくて、声から変な寒気がしたんだよ!」
「……もう一度だけ言うぞ」
「な、なんだよ」
「悪魔、それも『悪党』が恐れることか?」
「ばっかやろう! 悪党だってお化けは怖い!」
 言い切った用心棒に、死神はため息をついた。
 そうしてスマホをポケットにいれると、パイプベッドに戻っていった。
「ま、まてデス! わかった、もう信じてくれなくていいから、一緒に寝よう」
「何いってんだお前」
「悪夢見そう!」
「いや、冷静になれ。お前、俺の隣で寝るっていってんだぞ」
「冷静にお願いしている」
「…………」
 死神は、すっと遠くを見るような目になった。
 そうしてツカツカと用心棒に歩み寄ると、一発。
「ぐふっ」
 腹部にパンチ。
 用心棒はそのままドラム缶に倒れると、意識を失った。
 それを確認すると、死神もパイプベッドに戻った。
 ポケットからスマホを取り出して、今度は枕元に置く。
 時刻はいまだ深夜。朝はもう少し遠い。
 この時間は帝王城も寝静まっていることだろう。とくに帝王の子供たちは、用心棒のいうようないたずらをすることがあってもこの時間は間違いなく眠っている。つまり、いたずらとは考えにくい。
(何をそんなに怯えるんだか。俺らもお化けみたいなもんだろうに)
 はあ、と深いため息をついて、デスは瞼を閉じた。


 そんな彼が、朝目覚めるとなぜか隣に用心棒がいて、あげくなぜか反対側に闇医者がいて、一人用のパイプベッドに男三人が仲良く寝ている光景を目の当たりにして、深く深くため息をつき、ついでにモーニングコールに親友の愉快な声をきき、精神的衝撃に耐えている最中に、まるでトドメといわんばかりの畳掛け、壊れかけているドアからバーンと女盗賊が姿を現して長い一日を覚悟するのは、あと二、三時間後のことである。
 奇しくも、物語は彼の厄日から始まるのである。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...