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01:死神の厄日。
しおりを挟む目を開けるとレドが立っていた。
ニヤニヤと面白いものをみるような、さげすむような目をしていた。
いつもどおり、たまり場にしているビルの一室、お決まりのパイプベッドの上だったが、そこに乗っているのは時分だけではなかった。
両隣に――女ではない、男だ――それも男婦というやつではない――顔見知り、子供でもなく、悪党仲間の二人が横たわっていた。
すなわち、用心棒と闇医者である。
「……あんたらがそういう仲だったとはねえ」
しみじみするような物言いに、デスは深いため息をついた。
昨晩の記憶はよく思い出せないが、確かに用心棒の方は『一緒に寝て』などの妄言を言っていた気がする。腹部にパンチをしてドラム缶の上に寝せたはずだ。
闇医者の方はまったく記憶にない。そのときにはソファでいつものように寝ていたはずだ。
それがなぜ――両隣にいるのか。
まったく理解できないし、したくもない。
「そんなに女に困ってた? アタシ、使う?」
「いらねえよ余計なお世話だ」
「ふーん?」
「いや、なんだよ。その『もう女じゃ満足できないの?』みたいな顔やめろ」
「ま、いいけどね。なんでも」
さほど興味もないらしい、レドはどうでもよさそうにつぶやくと、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
嫌な予感はひしひしとしている。三人そろっているところに、レドがきているのだ。
だいぶ前の、未熟な死神を預かった思い出が脳裏をちらちらとよぎる。
「今度は何もってきやがった?」
「ははあ、さすがに勘が鋭いよねえ。魔界トップの実力者は伊達じゃないって感じ?」
「ばぁか、お世辞なんてガラでもねえだろ」
「本音だっての」
レドは、デスに紙を一枚掲示した。
「なんだこりゃ」
見た目は契約書だ。しかし印鑑や署名などが色あせていることから、それが写しであることが伺える。
サインをしているのは――……。
「! お前、これ、あのバカ(帝王)の――」
「そ。帝王はこのたび、ギリシア系の怪物、海の魔物たちを魔界に受け入れようとしていまーす」
「はあ!?」
デスは目を丸くした。
魔界の海にはすでに、悪魔たちが住み着いている。
そこに新規、それも彼らより伝統も伝承もしっかりしているものたちを受け入れれば、紛争に似た争いがおきるのは目に見えている。
そうして――その戦いによって、争いによって――帝王が心を痛めるのも。
「なんでも、向こうさんがこっちに移り住みたいって申し入れしたらしいよ」
「それを快く引き受けたのか……あのバカは……」
「アタシもびっくり。海にはアルト率いる魚軍団が住み着いてるじゃない? でも彼いわく、『きっと仲良くできる』だそうよ」
「できてたら魔界はもっと平和だっつの……。あとその声真似やめろ。腹立つ」
契約書には、帝王のサインのほかに他魔王たちのサインも記されていた。
それぞれ思惑があってのことだろう。そんなものが一切なく、てきとうにサインしたのは南魔王だけに違いない。
デスは頭を抱えた。
向こう側、つまりはギリシア側もきっちりサインをしている。
すでに――契約は結ばれている。
「……それで? お前さんは何をたくらんでる?」
「たくらんでるなんて、人聞きの悪い」
レドはいやらしく微笑んだ。
「アタシは別件。その海魔からの大使を預かってきたから、護衛を頼みにきただけの請負人ってとこよ」
「大使ィ?」
「そ。まあ言い方を変えれば人質とも呼べるでしょうね。――いわゆる保険よ」
「保険ねぇ……あのバカがそんな提案を?」
「いいえ。帝王は無条件で住むことを提案したけど、ギリシア側はそれをよしとしなかった。おそらくあの人畜無害ぶりが『どこまで』かを疑っているんだわ」
つまりは。
それは、人質などではなく。
こちら側の保険というわけでもなく。
「……つまりそいつらは魔界にとって刺客になりえるってことか。向こう側の保険というわけだな?」
「そのとおり。あんたは話が早くて助かるわ」
レドは契約書をしまうと、今度は違う紙を取り出した。
「それにしても、今回はちゃんと『理由』を話すんだな?」
「これはホラ、表立って帝王が絡むからね。あんたのやる気があがるでしょ?」
「……そりゃ、どうだかわかんねえよ」
内心、デスは舌打ちした。
他人からいいように操られるのは心地よいものではない。
手のひらで踊らされるなど、真っ平ごめんである。
そんな心境など気にすることもなく、レドは珍しく正式な依頼書をデスに渡すと、言った。
「そういうわけで、また一週間。この子たちを預かってきたからよろしくね!」
「この子たち……? ……まて、『子』!?」
困惑するデスをよそに、レドは開けっぱなしのドアに向かって「入っておいでー」などと叫んだ。
学校の先生かよなんてつっこみをする暇もなく、レドの声に返事をして、三人。
異形の姿をした子供たちが、おずおずと入ってきたのだった。
一人は背中から薄青色の羽が生え。
一人は下半身が蛸もしくはイカのようになっていて。
一人は髪が触手のようになっていた。
その肌は、どれも青白い。
「この子たちがギリシア海魔からの大使です。ちゃんと一週間、面倒みてあげてね!」
「お前俺たちをベビーシッターか何かと勘違いしてねぇか?」
用心棒と闇医者がおきたのは、レドが帰って少ししてからのことだった。
正確には、デスが用を足しにいってる隙に闇医者が起き、状況を完全に察知して逃亡。
その後デスが戻ると同時に用心棒が下半身が異形の姿の少女に弄ばれ起床した。
「うご、デ、デス、何これ……??」
「あはは、あははは、あはははは」
されるがままである。
あらぬ方向に手足が向いているが、まあ、死にはしないだろうとデスはパイプベッドに腰掛けた。
(にしても、ギリシアの連中は何を考えてやがる。普通、子供なんて預けるもんかね)
子供たちは無邪気なものだ。
下半身が異形の姿をした少女、クリミアという名の彼女は用心棒が気に入ったらしい、しきりに触手を絡ませている。
そんな彼女を心配そうに、背中から羽根の生えた少年、クロムが見つめている。
もう一人。
髪が触手になっている少女ミーファは、おとなしくソファに座っている。
どこに転がっていたのか、闇医者の持ち込んだ本を読んでいるようだ。
(ギリシアっていうと、ヘカテーとかメデューサどもの仲間か。……あれ。ゴルゴーン三姉妹は俺の部下だったよな形式上。あれ。これ俺、あいつら呼んで面倒見させればいいんじゃねえの)
海の魔物――というくくりではないが、ギリシア神話からも数名、魔界には受け入れ実績がある。
東魔界においては女神ヘカテーとその部下を、帝都においてはゴルゴーン三姉妹を。
そしてゴルゴーン三姉妹においては、形式上、デスの部下という位置におかれている。
というのもデスも『死神』という存在ゆえの不死であること。
彼女らにまったく劣らず力で勝ること。
また極めて重要な点として――彼女たちに好かれているという、三つの点を思慮した結果のことである。
様々な場所をいったりきたりなデスとしては、とくに気にかける案件でもないので、それなり程度にしか指示をしたことはない。
「死神さん。この方も不死?」
「いいや、違う。そいつはただの用心棒。お手柔らかにしてやってくれ」
「ふうん、なあんだ。不死だったなら、首を三回転くらいさせてみようって思ったのに」
――べしゃ。
クリミアは残念そうに用心棒を床へ落とした。
落とされた用心棒は、げほげほと苦しそうに咳き込んでいる。
「ねえ、魔界の町を案内してくださらないの? こんな狭い部屋に置かれても、暇なだけだわ」
「案内、ねえ……」
ゴルトの街に、案内できるような場所はない。
どこも夜の店、人間でいうところの飲み屋街のようなもので、目に毒なだけだ。
とはいえ帝都までは少し距離があり、連れて行ったところで帝王関係と遭遇してぐだぐだになるのは目に見えている。
「どこを見たいんだよ?」
「それはもちろん、海がみたいわ。だって気になるじゃない。ここの海の温度とか、成分とか」
「街じゃねえけどな海は」
「別に街でもいいわよ。人間のいくようなお店がたくさんあるんでしょう? お父様にきいたもの」
彼女の言う『父』とは。
海魔クラーケンのことだ。
きけば、クリミアとミーファは姉妹で、クロムは生まれついての部下らしい。
クロム自身もセイレーンという魔物の子供である。
「クリミアさま……、街は危険だと……」
「うるさいわねクロム。そのために用心棒を三人も用意してもらったのよ」
「ですが……」
クロムはちらりとミーファの方に視線をやった。
ミーファも視線をうけて、クロムを見つめる。
しかし何も言葉は発さない。
「お、おい、どうすんだよ」
「どうって?」
「帝都につれてくってのか?」
よたよたと、用心棒がデスの隣まで歩いてきた。
完全に腰を悪くしたらしい。姿勢がおかしい。
「……他にどこか店があるような場所あるか? それも安全で」
「ないけど……」
「だったらしゃあねえだろ。バイクとってくる」
「お、おい!」
まったく振り返らず、デスは部屋から出て行った。
残された用心棒は、彼が戻ってくるまでにたりと笑うクリミアにいいように弄ばれたという話は、誰の得にもならないのでとくに表記はしない。
◇◇◇
「これがバイクというものなのね! 素敵だわ!」
クリミアは上機嫌だった。
一人乗り用のバイクを急ごしらえで改造、サイドカーをとりつけたものだが、気に入ったらしい。
サイドカー部分にはクリミアとクロムが。
デスの前に、抱えられるようにして乗るのはミーファである。
「わ、わわ、わ……」
ミーファはこのバイクという乗り物に慣れないようで、時おり不安そうな声を漏らしている。
「お気に召したようで何よりだよチクショウ」
結局、用心棒は一緒に来なかった。
バイクに乗ったことがないということもあるが、遊ばれすぎて動けなかったというのが一番の原因である。
俺のことは置いていけ……とかっこよく捨て台詞をはいていたが、そのあとすぐにベッドで意識を手放していた。
(毎回思うが、何で俺ばっかりガキの面倒みる羽目になんのかね……)
それが作者の都合だとはいうまい。
「ねえ、これとても刺激的ね! 私も運転できるようになったりするのかしら!」
「大人になりゃあな」
「そう! うふふ、楽しみだわ!」
クリミアは年相応の笑みを浮かべてうっとりした。
よもやクラーケンの娘だとは思うまい。
「そんで、なんだっけ? お前ら店に行きたいんだっけか?」
「そうよ! お洋服をみたり、お食事したり、本を買ったりできるのよね!」
なんだそりゃ、まるで人間みたいな――といいかけて言葉を飲み込んだ。
遠くに街が見えてきた。ミーファとクロムの表情が冴えない。
それどころか、ミーファの小さな体が小刻みに震えている。
これは――寒い、というわけではなく。
もしかすると。
「……魔界はよ、弱肉強食だ。強いやつが偉くて、弱いやつは従うしかねえ」
「?」
「ここにはたくさん厄介な連中がいるが、まあ、『俺から離れなければ』お前らは安全だ」
バイクのエンジンが唸る。
すでに帝都は目と鼻の先だ。
「そう緊張すんな。ガキはガキらしく、一週間楽しめばいい。面倒はみてやる」
彼の知り合いがきいていたら目を丸くしたことだろう――珍しく諦めがいいことだと。
とくに何を思ったわけでもない――しいて言うならば。
近頃このくらいの子供をみると、親友の子供の顔と重なるということぐらいだろうか。
「と――当然ですわ、貴方こそ覚悟なさい。一日中、連れ回して差し上げます!」
キキ、と小さな音を立ててバイクが停車。
悪党小説にしては珍しく、序盤のうちから帝都が顔を出したのだった。
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