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第三章「魔女と学校と世間体の話。」
02
しおりを挟む真っ青なオーリスを走らせること三十分。
駅前の通りの商店街、その端っこに大きく陣取って店が建っていた。
長方形を思わせる四角い黒い箱のような外観には、大きく『カロータ』と掲げられている。
「へえ、なかなかしっくなおみせね」
カティは俺の隣で、腕組をしてそんなことをいった。
外見と言葉とがまるでそぐわない。
「輸入雑貨だから、食品以外も取扱いがあるようだよ。それに、アンティークものもね」
「……あんたらからしたら、珍しくないんじゃないのか。そーいうの」
「そんなことはないさ。見かけたことがあるものを、こんな遠い島国で見かけたならテンションだってあがるものさ」
俺にはいまいち理解してやれなかったが、なるほど、そういうものなのだろう。
はやく! とユキさんがせがむので、俺たちもその後ろに続く。
一体はたから見たら俺はどんな存在に見えているのだろう。
子供二人を連れた怪しい男とかになってはいないだろうか。
目つきが悪いとよく絡まれたこともある。顔つきが『善人』にみえないことはよく知っている。
店を出てきたところを職務質問……とかは少し傷つく。
「結構広いな……」
「うん、それに古いものがたくさんある」
店内に入った俺たちは、少し呆然としてしまった。
スタイリッシュな外観とは打って変わって、中は雑然としている。
天井からぶら下がった鎖帷子(いったいいつのものだろう)に、壁に貼り付けられた銀色の鎧(全身一式)。
挙句の果てには馬鹿でかい仏像が壁に備え付けられ、そのすぐ傍には『真実の口』……のレプリカのようなものがあった。
「あら、なつかしい」
それをみて、カティはふふ、と微笑んだ。
「むかしいたりあにすんでいたころ、こどもたちをおどかしてあそんだものだわ」
……こいつ。
悪い魔女である。
「どう? てをいれてみる?」
「……俺は子供騙しには引っかかんねえぞ。そもそもあれ、別にホンモノじゃねーだろ」
「そうね、ほんものではないわ。けれど」
ふふ、とカティは言った。
「にせものもほんものも、それほどくべつはないのよ。だれかがそうしんじてしまえば、ほんものになってしまうの」
ふしぎよね。そんなことを呟いて、カティはてくてくと店内の奥へ進んでいった。
目的忘れてないだろうな……。
「僕もイタリアには行ったことがあるよ。けれど町にはあまり出なかったから、こんなものがあるなんて知らなかったな」
ユキさんは、すたすたとその『真実の口』に近づいていった。
見れば見るほど、よくできたレプリカである。
本物ではないとわかっていても、手を入れるのは少し躊躇われるほどだ。
しかしユキさんは、す、と何気なくその手を口に突っ込んだ。
「! あ、阿久津くん、抜けない!」
「え」
さあ、と顔から血の気が引くのがわかった。
慌ててユキさんを抱きかかえると、思い切り引き抜く。
「っ、あぶ、な」
ユキさんの体は思いのほか簡単に引き抜けた。
危うく後ろの棚にぶつかるところである。
……こいつめ。
「ユキさん?」
「え、へへ、ご、ごめんよ。さっき引っかからないっていってたから、試してみようと思って……」
「えへへじゃねーっつの! まじで心配した……」
片腕しかないユキさんだ。
もう片方も持っていかれたらどうしよう、とか。
柄にもなくサイアクのケースを思い浮かべてしまった。
「でもここ、偽物ばかりじゃないよ。本当のアンティークもある。古いにおいがするんだ」
「俺にはどれも同じに見えるな」
とてもじゃないが、買おうとは思えなかった。
どれもガラクタに見える。一体これらを買うやつは、どんな目的で買うのだろう。
「例えば、そうだなあ。……ああ、このタイプライターなんかはとくにそう。昔、町に出たときにはよくみかけたよ」
「ふーん……じゃあ、戦争のときとかどうしてたんだよ。結構大変だったろ」
「僕らがそれを予見できなかったと思うかい? 誰よりも早くそれを予知したものが、方々に声をかけて『ストレーガ』の町を作ったんだよ」
「え」
思わず固まってしまった。
そういえば、いや、そうだ。あの町はちょうど、そういう時代で時が止まったようではあったけれど、まさか。
「ストレーガは僕たちにとって避難場所だったのさ。ひとの立ち入れない空間をつくって、利用されないために僕らはそこに逃げ込んだ」
ユキさんは、タイプライターのボタンにす、と触れた。
それから、その近くに置かれた棚にも。
積もった埃が、ユキさんの白い指にまとわりつく。
「サン・ジェルマン伯爵だけは、人間社会に混ざって住むあの男だけは、違ったけれどね」
「…………」
「スパイとして方々を飛び回り、あの時に各国に恩を売って回った。おかげであの男は、どの国にも内通者を持ち、どの国にも顔がきく」
「まてよ、だって、あいつはストレーガに入れるじゃねえか」
「そうだよ。だから魔女も魔法使いも数を減らし、神秘は魔術師たちの手にも多くわたり、僕らは疲弊した」
聞けば聞くほど、ずるい男である。
自分だけではなく他人をも奪い取り売りさばく。
一体どういう幼少期を送れば、そのように残酷になれるのだろう。
「……一度だけ、原初の魔法使いが、彼を怒ったことがある」
「原初の魔法使いって、あの、銅像の?」
「うん。僕も人づてにきいた話だけれど、三日三晩続いた大喧嘩で、最終的に彼は原初の魔法使いに土下座して謝ったんだって」
「あの鋼鉄みたいな男に勝ったってのか……」
途方に暮れるような話だ。
あの、フルパワーで殴ってもびくともしない男。
あれに勝てるなんて、原初の魔法使いってやつもどんなバケモノなんだろうか。
(いやでも確か女って話じゃ……)
細身の女が勝てるとは到底思えない。
それともよほど強力な攻撃魔法を使えるのだろうか。
「原初の魔法使いは、それはもうカンカンに怒ってしまって、眠りにつくまで彼を許さなかったそうだよ」
「……ん? 待てよ。それって今も許してないってことじゃねえのか」
「ああ、そうだね。何をして怒らせたのか知らないけど、彼女、寛大でおおらかなひとだったんだけどねえ」
はは、と俺は乾いた笑いを漏らした。
あの男の執着心と頑丈さにも恐れ入ったが、その原初の魔法使いとやらも中々くせ者のようだ。
怒りというものは長くは続かない。
それを何年も持ち続けられる、というのはなかなか、エネルギーを使うものである。
「ちょっと」
カティがひょこ、と顔を出した。
「ゆうはん、ぽれんたにしようとおもうのだけれど、ふたりともこーんはおすき?」
***
輸入雑貨でいくつかものを買い帰宅すると、カティはいそいそと夕飯の準備を始めた。
コーングリッツというとうもろこしの粉と玉ねぎを持って、台所へと駆けていく。
俺は慌ててそのあとを追いかけた。
「そういえば、身長的に台とか──」
「いらないわよ。かってにうくわ」
「ああ、そう」
駆け付けたときには、カティはすでにふわふわと浮いて調理をしているところだった。
玉ねぎの皮をむいている。
むいた玉ねぎの皮は、ひとりでに生ごみいれである流し台の三角コーナーへと吸い込まれていった。
便利なもんである。
そういう魔法なら俺だって使えるようになりたい。
「このへん、かってにつかっていいんでしょう」
いつのまにか包丁なども宙に浮いていた。
魔女の料理風景というと、あの鍋でぐつぐつと何かをかき混ぜるイメージだが、そういうわけではないようだ。
(前に料理の心配したけど、本当に杞憂だったんだな)
なんだかほっとしてしまった。
ユキさんはそういうことがてんでダメだったけれど、さすがは女性、手慣れているようだ。
「ああ、別にかまわねえけど。何か手伝うことあるか?」
「そうね……じゃあぽれんたをかきまぜるとき、おねがいするわ」
「かき混ぜる?」
おっと。イメージが再度俺の頭に再来する。
やはりかき混ぜるのか。でかい鍋とかないんだが、我が家。
「ええ」
カティは、す、とコンロのあたりを撫でた。
するとなんということだろう。
我が家にはない大きな鉄製の鍋が現れたのである。
いわゆる、ダッチオーブンというやつだ。キャンプとかに使われる高いやつである。
思わずまじまじと眺めてしまった。
何しろほしくたって手は出なかった代物だ。
「これにおゆをはって、そこにかってきたこーんぐりっつをいれて。そうしてずっとかきまぜるのよ」
「そ、それだけなのか?」
「ええ。あっ、おりーぶおいるとにんにく、それからおしおときざんだたまねぎもいれるけれど」
言うだけなら簡単だが、なるほど、子供の体躯では確かに難しそうだ。
俺が腕まくりをすると、ユキさんが台所に駆け込んできた。
「僕も何か手伝おうじゃないか」
やる気満々である。
魔法で袖まくりまでしている始末だ。
(でもユキさん、片腕だしなあ)
そのために俺がいるようなものである。
手伝ってもらうにも、はて、何をさせたものか……。
「あー……じゃあ調味料いれる係りな」
「うん、承ったとも」
よかった。納得してくれたようである。
それなら魔法でなんとかなりそうだし、最悪俺がユキさんの体を抱えたっていい。
「たまねぎはきざみおわったわよ。さ、なべにおりーぶおいるをひいて。まずはたまねぎをいためましょう」
「おう」
「はーい!」
──こうして、奇妙な夕飯づくりは幕を開けた。
魔法使い、魔女、そして俺。
三人ともすっかり宿題である『日本の貿易について調べること』などという話はすっかり忘れていた。
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