隻腕の魔法使いとその助手の話。

黒谷

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第三章「魔女と学校と世間体の話。」

01

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「というわけで、カティの兄として授業参観への参加をお願いしたい」


 午後三時すぎのことだった。
 目の前で、しかめっ面の女はそういった。
 崎守直希。
 幽々子の今の恋人というやつで、カティの担任教諭であるあの女だ。
 カティは俺の隣にちょこんと座っていて、俺はどういうわけか、その奇妙な空間で縮こまっていた。
 ユキさんは俺の反対側の隣に腰かけて、崎守が手土産として持ってきた紅茶を楽しんでいる。
 この家電や家具はいくらか増えたものの、どこか秘密基地のような家で、教師と子供といる、というのは家庭訪問を思い出させた。


「……や、あの、なんで俺……?」


 恐る恐る手をあげてそう尋ねると、より一層、目つきが鋭くなった。
 なんなのこいつ。


「貴様しか適任がいないからだろう。カティの家庭事情が複雑と勘違いして今まで学校や教育委員会を騙していたのだが……」


 騙すなよ。


「いかんせん、今回は兄でもいいから引っ張ってこいと言われた。さすがに兄は捏造できないと頭を抱えていたんだが、幽々子が助言をくれてな」


 俺の頭には、「にぱーっ」とした顔で「阿久津に頼めばいいんじゃない?」と軽く言うあれの姿が安易に想像できた。
 絶対軽く言った冗談のような発言に違いない。


「それで、確かにと思ったんだ。お前なら年の離れた妹とかそんな都合もつけられるだろう」

「顔とか全然似てねえし」

「そのへんはカティが魔法でなんとかするそうだ。だからお前は体だけ貸せば問題ない」


 ひどい言われようである。


「おねがいできないかしら」


 カティは、年相応に不安そうな表情を浮かべていた。
 それが演技だとわからなければどれほどよかったことか。
 わかっていても、ここで断ると僅かばかり残っている良心が痛むというものだ。


「……やればいいんだな、やれば」


 そう呟くと、カティの表情がぱっといつも通りのどこか大人びたものに変わる。
 ほら、やっぱり演技だった。


「ていうか、恋人の命狙われた相手だってのに、面倒は見てやるんだな」

「僕は腐っても教師だ。この子が魔女だとかそういうことは一切関係ない。関係あるのは、僕が教師であり、この子の担任であり、この子が僕の生とだということだけだ」


 しれっとした顔で、崎守はそういった。
 カティが心惹かれた理由がなんとなくわかった気がした。
 俺には鋭い視線を向け続けているが、カティやユキさんを見る目は違う。
 男ではないのだけれど、男のような。
 そんな勇ましさを男の俺ですら感じてしまう、不思議な雰囲気が崎守にはあった。


「もちろん、二度とあんな真似はしないとカティは約束してくれたしね」

「ええ、せんせい」


 カティはにこりと微笑んだ。


「ところで阿久津くんがお兄さんなら、僕は何になればいいかなあ」


 紅茶を飲み終えたらしいユキさんが、椅子で足をばたばたさせながら俺を見上げた。
 いや、俺にきかれても。


「弟じゃないか?」


 答えたのは崎守だった。


「身長的にもそうだし、童顔だし」

「僕、一応君たちより年上なんだけれど……」

「あら、それをいうならわたしはあなたよりもとしうえかもしれないでしょう」

「それは、そうだけど……」


 不服そうである。
 だが、俺とユキさんの関係はこんなこと抜きにしたってもっとずっと複雑だ。
 ユキさんはあの晩俺を買って、俺はユキさんに買われた。
 ユキさんは俺のことを失われた片腕の代わりとしているけれど、あの町では『使い魔』として他の連中から見られたし。
 何しろこのカティだって、俺のことをそう呼んだ。
 とはいえ、俺とユキさんは『主従関係』にあるわけじゃない。
 そんなにかっちりしたものじゃない、何か、こう──。


「でも年功序列を逆に並べたらそうなるのか。うん、あべこべでいいかもしれないね」

「えっ」


 隣で悩む俺を差し置いて、ユキさんはへらっとそんなことを言った。
 なんだろう。なんで俺が、腑に落ちない、と思ってしまうのだろうか。


「じゃあ僕はこのへんで。……カティ、また明日学校でね」

「はい、せんせい」


 崎守はそういうと立ち上がり、そそくさと出ていった。
 外でエンジン音がしたから、車で来たのだろう。
 カティもまた立ち上がると、ふう、とため息をついてランドセルを手に持った。


「わたしもおいとまするわ。しゅくだいがでているの」

「宿題? あんたなら簡単に解けるんじゃないのか、それ」

「わたしだってにほんというぶんかにはくわしくはないわ。ちりにもね」

「ああ……そうだよな」

「僕も詳しくはないなあ……」


 カティとユキさんが、俺をじ、とみる。


「おい。俺だって頭はよくねえんだ。教えてやりたくたってそんな……」

「だいじょうぶよ、おにいさん。べんきょうかいしましょう」

「それはいい。阿久津くん、ぜひそうしよう」


 面倒な流れを感じる。
 どことなく、とても疲労する予感だ。
 ユキさんはニコニコとして、俺に言った。


「大丈夫さ。わからない場所があれば、実際に見に行けばいいんだから!」


 ユキさんもカティも、箒をバッと掲げて見せた。
 いやいやいや。
 この魔法使いたちは、ほんとにもう。







***







 小学五年生の社会科の問題にうんうんと唸ることになるとは誰が思うだろう。
 そもそも小学校の授業なんてまともに受けた記憶がない。
 カティたちが今習っている範囲のテーマは「貿易」だそうで、頼みの綱だった歴史という可能性はすぐにかき消された。


「にほんのぼうえきについて、のーとにまとめるんですって」


 ぺらぺらと教科書を興味なさそうにめくりながら、カティは言った。


「わたし、きょうみがなくて。あまりおぼえられないの」

「俺だって興味はねえよ……」


 貿易。貿易。貿易。
 昔は自動車がどうの、とかやった気がするけれど、どうなんだろうか。
 自動車という観点は今は古かったりするのか、それとも……。


「貿易というと、あれだね。サン・ジェルマン伯爵の十八番だね。彼はまさに国々をまたにかけていたし」

「今はあいつの名前はききたくねえな」

「わかる。僕もだよ。でも思い出しちゃって」


 正直なところ、不死身かと思った。
 あれだけ思い切り殴れば、人間だったら再起不能だ。
 ていうか、普通は死ぬだろう。

(ドラゴンと素手でやりあうっての、ちょっとわかるわ)

 その生物と俺はまだ対面したことはないが、素手でやりあえそうだとは確かに思った。
 なんか、手刀とかだけで始末できそうなイメージだ。


「あら」


 カティは、項垂れる俺たちをみて小首を傾げた。


「さん・じぇるまんともおしりあいなのね。あのおとこ、まだいきているなんて」


 うふふふふ、と笑うカティの目が笑っていない。
 どことなく、怒っているようだった。


「あのかた、わたし、きらいなの。まがんもきかないし、あまつさえ、このめをうばおうとするのよ」


 めをよ、とカティは続けた。


「わたしのめはこれしかないのに、いたいけなおんなからめをうばったりするかしら。ふつう」

「うえ、まじかよ、それ」

「彼ならやりかねないだろうね……僕のことも無理矢理手綱をつけようとしていただろう」


 そういえばそうだった。
 跪かせて、とかなんとかいっていたんだった。
 やつには被虐趣味でもあるのかもしれない。

(……でも、そうまでして成し遂げたいことってのも、気になるな)

 あの時、サン・ジェルマンは『原初の魔法使い』について確か何か言っていた。
 弟子がどう、だとか。
 おびき出す、とか。
 痛みの方が強くてまるで覚えてはいないのだが。


「なんか、てきとーに出来ねえのか、それ」

「できないわよ。せんせいにはまほう、つうじないんだから」


 そうだった。
 崎守、魔法受け付けない体質なんだった。


「貿易、貿易ねえ……」

「あ! 貿易で思い出したんだけどね」


 唐突にユキさんは大きな声をあげて手を挙げた。


「町の方に、輸入商品をたくさん置いてあるお店があるでしょう。あそこに行ってみたくって」

「ん? そんなもんあったっけ?」

「駅前の商店街の端っこにね、ひっそりとあるの。もう夕方だし、車でいこうよ」

「ユキさん地味に車気に入ってるな……」


 椅子から飛び降りると、とんとん、とユキさんは床を足で叩いた。
 すると外の方で、土がぼこぼこと唸る音がした。
 仕方なしに、俺も教科書を閉じる。


「じゃあ輸入商品いくつか買って、それの国をまとめるってのでどうよ。一応貿易だし、そっちのが二人は強いだろ」

「そうね。いちおう、このくにのうまれではないし」

「僕はどっちもどっちかなー」


 テーブルの上に放り出していた財布の中身を確認する。
 うん、ある。
 サン・ジェルマンが買い取った絵の代金は、換金したら結構な額になった。
 だから今は少しゆとりがあるのだ。


「どうせなら夕飯も海外なものにしようぜ。料理のひとつくらい知ってるだろ、カティ」

「それはもう。どうせならふるまいましょうか」


 カティはふふ、と怪しく笑った。
 それが冗談なのか本気なのか、判別があまりつかなかった。
 何しろ俺の腰ほどまでしかない身長だ。
 台所に立つのもやっとだろうに。


「ささ、いこう! お店がしまっちゃうよ!」


 ユキさんのはしゃぐ声に背を押されて、俺とカティもユキさんの後に続いた。



 
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