隻腕の魔法使いとその助手の話。

黒谷

文字の大きさ
16 / 18
第三章「魔女と学校と世間体の話。」

00

しおりを挟む



 原初の魔法使い。
 この世のひとに嫌気がさし、十人の子を攫って、島を創り、そこに閉じこもった万能のひと。
 傷を癒すことも。
 火を灯すことも。
 風を吹かせることも。
 水を生み出すことも。
 島を作り出すことも。
 文字通り、何でもできたと語り継がれるそんな魔法使いは、十人の子に、自分の力を分け与えた。
 子らを弟子とし、育み、学ばせ。
 そうして魔法使いは眠りに落ち、十人の弟子は方々に散ってしまった──。


「貴女のせいで僕らはとても生きづらいんですよ、ラビ」


 ──切り立った崖の上。
 自分で生み出した自宅の真上で、彼は空を見上げていた。
 真っ暗闇に、真っ白な頭はよく映えていた。
 す、と空に片腕を伸ばす。


「貴女さえいてくれたなら、こんな島国にまで、逃げ込んだりしなかった」


 姿を変え、名前を変え、時には死んだふりをして、時には『子』だと名乗って。
 与えられた魔法を守るように、誰にも奪われないように、ひっそりと生きてきた。
 数百年という中を生き抜くにあたって、腕だって犠牲にした。
 魔法があるから隻腕でもそう困ることはなかったけれど、それでも、喪失感はある。


「今頃はもう、目覚めているのでしょうか。それとも、まだあの質素なベッドで眠りこけているのでしょうかね──」


 ──彼こそは。
 彼こそは、まぎれもなく、原初の魔法使いの弟子。
 あの日、あの戦火の中で家族を失い、生まれつき特異な髪を呪われ迫害されていたところを攫われた子。
 数ある魔法の中から、『星』に関する魔法を与えられた者。
 十人の弟子たちと袂を別ち、方々に散ったものの一人だった。


「……いけない。しっかりしなくちゃ。今の僕は、『ユキさん』なんだから」


 ぱんぱん、と彼は自分の頬を片方ずつ、叩く。
 それからぐっと体を伸ばして、大きく深呼吸した。


「あら。まほうつかいさん、いいよるね」

「カティ」


 向かい側の大きな木の枝。
 そこに腰かける少女が、彼に微笑みかけていた。


「あなたも『げっこうよく』かしら」


 くすくすと、その笑い声が風に乗って聞こえてくる。
 彼女の手元には箒があった。
 それでここまで飛んできたのだろう。
 ともすれば、魔力は大部分が回復したのかもしれなかった。


「魔女じゃないからね、僕には必要ないさ」

「それもそうね」

「君は毎晩こうしているのかい」


 足をばたつかせて彼が言うと、カティはふふ、と頷いた。


「だって、あなたたちがうばったのでしょう。わたしたちはちゃんとちからをたくわえておかないと、だれかの『たべもの』にされて、おわりだわ」

「違いない」


 これには、彼も頷いた。


「僕もたくさん、そういうものを見てきたよ」


 ──魔力を持った子、というのは、存外いつの時代にも存在している。
 その多くは幼いうちに命を落とす。
 興味半分に近づいてきた大人に、生命にも近い魔力を削がれて、殺されるのだ。
 あるいは、魔物がその匂いに感付いて、その子を食べる。
 魔法使いや魔女の中には、『子を殺して食べて生き永らえる』というものもいるくらいである。


「君も出身は海の向こうだろう。ここがイイって誰かにきいたのかい」

「ええ。かぜのうわさていどに」

「僕もそうなのさ。ここはそういうものに寛大で、土地神も優しいってね」

「じっさいそうだわ。こうしてよそものをうけいれるかみさまなんて、ものめずらしいもの」


 カティは、木の幹を撫でつけた。
 そうされるたび、木は喜ぶようにその葉を震わせた。
 風もないのにゆらゆらと揺れる木からは、感嘆の声が漏れているようだった。


「……君は、原初の魔法使い、について何か聞いたことがあるかい」


 少し間をあけて、彼はそんなことを呟いた。


「そうね。わたしはかのじょに、あったことがあるわよ」

「えっ」


 カティの答えに、彼は目を丸くした。


「まだでしをとるまえのかのじょにね。あのうつくしくてしなやかなかのじょは、たいようにあいされていたわ」

「……それ、って、……まって、君は……」

「たいようをあいし、たいようにあいされ、あのごうまんなものたちにやかれた。ちのはてにいってしまったたいようをおいかけて、あのこはながいながいたびをしているの」


 それだけ告げると、カティは箒にまたがった。


「それじゃ、ごきげんよう。もうねむるわ」

「待って、君は、君は──」


 君は、と立ち上がった彼は、力なく空をつかんだ。
 カティは箒にまたがって、下の方に降りて行ってしまった。
 行き場のなくなった手を下げる。

(今の話は、ずうっと昔の話だ)

 抽象的な言葉に置き換えられてはいたものの、それがどのことをいっているのか、彼には理解できていた。
 何しろ、本人から昔話としてよくきかされたものだ。

(たいようをあいした)

 彼女は、とある神さまを愛していた。

(ごうまんなものたちにやかれた)

 彼女は一度、炎の中に埋もれている。

(ちのはてにいったたいようをおいかけて、ながいたびを──)

 彼女は、よく寝物語に話をしてくれた。
 いつか、遠く焼けた大地の果てに、辿り着くための旅をしていると。
 そこへ辿り着くための遠回りを今しているところで、その道すがらにお前たちを拾ったのだと。
 そこへ辿り着くまでは、決して死んだりは出来ないのだ、──と。

(だけど僕たちは、彼女を置いて逃げ出した。いつまで経っても目が覚めない彼女をみているのが、つらくて──) 

 今もそうだ。
 ベッドのふちで眠りこける阿久津の顔を見ていたら、彼女の寝顔がフラッシュバックした。
 それでいてもたってもいられず、こうして上に出てきたのだ。


「……僕らは、弱いんです」


 ぽつり。
 誰に呟くでもなく、彼は言う。


「ラビ、どうか目を覚まして、僕を──」

「ユキさん!」

「!」


 ハッと振り返る。
 すぐ後ろまで、阿久津が走ってきていた。


「え、なに、なんで、キミっ」

「ようやくみっけた」


 阿久津は、その小さな体を自分の腕の中に収めるように抱きかかえた。
 その体のあちこちには、土や葉っぱが付いている。
 無理矢理にここを登ってきたのだろう。それもわざわざ、崖の反対側に回り込んで。


「目ぇ覚めたらいないから、連れ去られたかと」

「ご、ごめん……ちょっと夜風に当たりたくて……」


 耳を澄ますと、彼の心臓の鼓動が聞こえてきた。
 確かに生きていると証明するように、どくどくと脈を打つ、元気な鼓動だ。


「阿久津くん」

「あ?」

「ちょっと、空でも飛ぼうか」

「は? ──おい!」


 ぐい、と彼の腕を引いて崖を落ちる。
 慌てたような顔を見ていると、なんだか気が紛れてきた。
 真下から、ぼこぼこと地面が揺れて、いつか阿久津がこんなもの運転できない、といったクラシックカーが飛び出してくる。


「まさか、あれで飛ぶってのか!」

「うん」


 ぱちん、と指を弾く。
 二人の体の落下速度は車にぶつかる直前で緩められ、車はドアを開けて二人を迎え入れた。
 左ハンドルのキャデラックである。


「空を走るというのも、中々オツでしょう?」

「走るったって、これ、どうやって……」

「ハンドルを回すだけさ。そうなるように魔法をかけた。たまには車から星空を眺めようじゃないか!」

「ああもう……」


 ため息をついた阿久津は、しかし結局ハンドルを握った。
 それから不慣れな手つきで、それを回す。
 車はぐ、とその方向に向きを変えた。


「アクセルとブレーキはそのままだよ。ささ、運転してみてよ」

「はいはい」


 諦めたようだった。
 ほどなくして、車はゆっくりと夜空を走り出した。







***







 ──昔の話をしてしまった、と彼女は後悔した。
 それもうんと昔。まだ、人と神とが完璧に袂を別つ前のことだ。
 魔法という概念も、魔術という概念もなく。錬金術などという単語もきくことのなかった時代。
 遠い砂の国で出会った、ただの少女だった『魔法使い』の話。


「どうかしているわね、わたしも」


 魔女という種族は、そのほとんどが死に絶えた。
 彼女を含めた幾人かはまだ生き残っているようだが、今の時代、魔女というものが生きるには厳しいものだ。
 何しろ、魔女というものが生きるうえでは魔力が必要不可欠だ。
 その魔力を得るには、『魔力がある子』を食べるか、自然から蓄えるかしかない。
 前者を行った魔女は『悪い魔女』とされ、人々に討たれ。
 自然から蓄えていた魔女は、自然を破壊されると同時に死に絶えた。


「とうめんのあいだなら、わたしもいきてはいられそうだけど……」


 この島国にはいまだ神秘というものがある。
 それは魔力に直結するものだ。


「ながくはむりかしら」


 す、と木の壁を指でなぞる。
 小学生になりすましてから、いろいろとこの国を勉強しているが先行きはよくなさそうだ。
 本当なら、ストレーガやウェルダーパークにでも身を隠すべきなのだろう。
 そこならまだいくらか生きられそうだが、それでも、そこも長くはない。


「ふふ」


 彼女は、テーブルの上に視線を落とした。
 真ん中に花と共に飾られているのは、一枚の写真だった。


「しぬならせめて、あなたのとなりがいいものね」


 貰った苗字は捨てた。
 未亡人というのは生きづらかったから。
 けれどその思いまでは捨ててはいない。
 新しい隠れ蓑として女に手を出そうとしたけれど、それでも心にはその写真のことがあった。
 だからこそ、手を引いた。
 あの場で駄々をこねようとは思えなかった。
 本当に愛しいと思う者同士を裂いてしまったなら。
 それは、自分と同じ目に遭わせるということなのだから。


「げんしょのまほうつかい。あなたがもしわたしたちのくらしをみたなら、なんていうのかしらね」


 ふふ、と微笑んで、彼女は寝室へと消えていった。
 翌日、学校に登校した彼女は出された宿題を忘れていたことに気づき、三倍の宿題を出され、人生で初めて途方に暮れることになるのである。


 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...