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第二章「魔法使いの町。」
06
しおりを挟む一仕事終えてぐぐ、と体を伸ばす。
その夜空を見上げると、きらっと何かが遠くへ飛んでいくのが見えた。
(流れ星、ではなさそうだが)
目の前の車体に視線を落とす。
サン・ジェルマンによっていじられた部分は完璧に修復できた。
今すぐにだって出発が可能だろう。
──あとは。
「奴らはどうなったか……」
遠目に見えるビルの上は、あの流れ星のあとは静かだ。
あれが魔法使いによるものなのか、あるいは、あの使い魔とおぼしき男の方によるものなのかはわからないが。
少なくとも、決定打にはなったのだろう。
直ったと同時に起こり得たかもしれないサン・ジェルマンの妨害は一切なかった。
どうあれ、うまくやったのだろう。
「直ったようですね」
「……リゼ」
しゅたっと、背後に足音がした。
振り返ると、彼女が立っていた。
「見事な作戦でした。あの伯爵相手にこちらの損害はほとんどない。お見事です」
お世辞は聞き飽きていた。
ため息をついて黙っていると、リゼは続けて問いかけた。
「運行再開を指示してきます。……貴方はどうなさいます?」
マギサは、すぐには答えなかった。
夜空を見上げて、それから、ふう、と息をついた。
その目は、空の星の、もっと奥を見つめているようだった。
「……行かれるのですね」
リゼの言葉に、マギサは歩き出していた。
言葉にはまるでしないその行動だけで、彼女は彼がどうするつもりかわかっているようだった。
「お元気で」
「!」
ぴたりと、一瞬だけマギサの足が止まる。
憎まれ口をたたかれる、とそう思っていた。
「ああ」
マギサは再び動き出した。
ひらひらと片手をあげて、別れの挨拶のようにするとす、と列車の取っ手をつかんで中へと消えていった。
***
遠くで、汽笛が鳴っている。
列車が復旧したのだと知るには、十分すぎる音だった。
──そう、この町のすべてに響き渡るほど、十分すぎる大きさだった。
「まずい、サン・ジェルマンが感付く。急いで列車に飛び移らないと……」
俺の傍らで、その小さな体で俺に背を貸しながらユキさんが呟いた。
おあいにく様、俺の体はもう全然いうことをきかない。
ユキさんの魔法がかかっていなかったら即死だったのだろう。
それに最後のパンチ。あれがさらに体に負担を強いた。
「阿久津くん、動けるかい」
「は、はは……どうかな……」
ずず、ずず、と足を擦る。
しかしそれが精いっぱいだ、これ以上はなんともならない。
「っ、ちょっと、ごめんよ!」
「え? あ、うっ」
ユキさんは箒を取り出すと、それにまたがった。
それから、俺の体をぐいと抱き上げて(おそらく魔法の補助を使っている)、地面を強く蹴る。
すでに列車は警笛を鳴らし、駅舎から出ようとしていた。
「間に合えー!」
その背中に、ユキさんは思い切り飛び込んだ。
列車の上に、ごとん、と二人同時に落ちる。
「いっだ……」
もはや風の抵抗一つでも激痛だ。
となりを見ると、ユキさんもだいぶ呼吸を荒くしていた。
その小さな肩を、自分の方に抱き寄せる。
……放っておいたら、転がり落ちてしまいそうだ、と思った。
「ユキさん」
「うん?」
「俺ら、このまま上でいくのか?」
列車の背に、寝転がって空を見る。
穏やかに流れていく景色は、思いのほか心地よいものだった。
天窓が空いた列車とかあれば人気が出るかもしれない、と思った。
「そうだねえ……途中駅っていう駅もないしなあ」
ユキさんは、ぴと、と俺にくっついた。
そのわずかに感じる温かさが心地よかった。
「でも空間を抜けるときに振り落とされちゃうかも。中に入ろうか」
「このまま真下にワープ! ……とかできたりするか?」
「僕の魔法は万能じゃないからね、そこまでは出来ないけど……ずり落ちたりしないようにサポートはしてあげる」
「おっけー……そんじゃ、ちょっくら、頑張ってみるか」
ぐ、と体に力をこめる。
さっきよりはよさそうだ。
無事、列車に乗れたからほっとしたのかもしれない。
「そう簡単に終われるとでも!」
「!」
不意に響き渡った声に、嫌でも顔が上がる。
痛みの残る体が、反射的にユキさんをかばうような形をとった。
サン・ジェルマンだ。
「逃がさん、逃がさんぞ! お前たちを!」
紳士は、もはやその形相に余裕の一切をなくしていた。
空を走るバイクなど初めて見たが、それよりも、その手に持つ拳銃から視線が離せない。
こちらを撃たれてもまずいし、車体を撃たれてもたまったもんじゃない。
(間違いなく、町の果てまでぶっ飛ばしたはずなのに……)
ぎり、と奥歯を噛み締める。
少なくとも、ユキさんを撃たれるわけには……。
「もう諦めろ、伯爵」
今度は、列車の窓から声がした。
身を乗り出しているのは、マギサだ。
「この列車には防衛の魔術を施した。防弾もだ。そんな間に合わせの兵器では傷すらつかん」
「マギサァアアアアアア!」
その挑発にのるように、サン・ジェルマンがトリガーを引く。
向けられた銃口から確かに何度も火花が散るのが見えたが、それだけだ。
弾は全くこちらまで飛んでこなかった。
まるで途中の目に見えない何かに遮られてしまったようだ。
「まもなくトップスピードだ。そんなバイクでは追いつけまい」
マギサは、そう言うとそのまま上に手を伸ばした。
「ほら、共犯者のよしみだ。助けてやる」
ひらひらと、俺たちを誘っているようだった。
俺とユキさんは顔を一度見合わせると、その伸ばされた手をとった。
──途端に、ぱっと視界が変わる。
魔法みたいに、俺たちの体は車内の中へと移動していた。
窓から身を乗り出していたマギサが、いそいそと中へ戻ってくる。
「別れの餞別だ、くらえ」
最後に、マギサは窓から何かを放り投げたようだった。
直後、列車が宣言通りに速度を上げる。
がたん、と大きく揺れて、ユキさんは俺に寄り掛かった。
俺は座席によりかかる。痛い。体が。
「……何投げたんだよ、今の」
「たいしたものじゃない。ただの煙幕だ」
俺の問いかけに短く答えると、マギサはふう、と前髪をかきあげた。
よくみれば、足元には旅行鞄がある。
「お前たちの席はここだ。僕が予約しておいた」
「あ、ありがとう」
「代金も僕払いだ。……では、僕はこれで」
マギサは、軽く会釈すると旅行鞄を持ち上げて、ドアから通路へと出ていった。
相変わらずの直角ソファが向かい合って並ぶ個室の席だった。
ふっと
今度こそ、これで終わりだろう。
そう思ったら、ずるずると足が床へと落ちていった。
「阿久津くん!」
ユキさんが慌てたように、俺の頭を抱く。
「すぐに治療を……」
あとの言葉は聞こえなかった。
ぼんやりと視界に黒が滲んで、浸食していき、やがてはぷつん、と意識は落ちてしまった。
──ハッと意識が戻ったのは唐突だった。
あれだけあった重い痛みは、嘘のように消えている。
かわりに腹のあたりには、ユキさんの体の重みがあった。
「……寝てる……」
その真っ白な髪に触れる。
雪のように儚いそれは、手にふれると少し冷たかった。
溶けて消えてしまいそうだ、と思った。
このひとは、そういう儚さを持っている。
「ユキさん」
「ん……」
俺の声に、彼はのそ、とゆっくり起き上がった。
体が軽くなった俺とは対照的に、彼の体は少し重そうだった。
「寒くないのか、あんた。ほら、俺の上着でも……」
「んーん……大丈夫……」
とす、と。
ユキさんの体はまた傾いて、あの直角のソファに寝そべる俺の体に落ちる。
瞼が開いてない。よほど疲れているのだろう。
(そりゃそうか。魔力は無限じゃねえもんな)
幸い、誰かが入ってきて、ということはないようだった。
持ってきた黒いトランクもきちんとある。
窓枠には、行きの時のように小銭がいくつかのっていた。
またワゴンで何かものを買うつもりだったのだろう。
ほどなくして、コンコン、とドアが叩かれた。
がらがら、と戸がひかれ、あのワゴンがちょうどよく入ってくる。
「どうも」
同じ男だった。
フードを深くかぶった、顔の見えない男。
ユキさんを膝に移して、体を起こす。
「ひっひ。今日は主人は、お休みですか」
「……おう」
「何か、買われます?」
俺はワゴンをじい、と見つめた。
「前回買ったやつ、同じのくれ」
「スナックとドリンクでした?」
「おう」
「新商品でサウザール・メンなんていうのもございますよ」
男は懐から、袋ラーメンのようなものを取り出した。
パッケージにはあの少し胡散臭くて偉大さがある鼻の大きな男が描かれていた。
「これで足りるなら、それもくれ」
俺は窓枠から小銭をとって、男に差し出した。
男はにたにたと頷くと、「ええ、ええ。十分です」と俺に商品を手渡した。
そうして、
「では、また」
と、戸をしめて出ていった。
言葉が通じるのはありがたいことだ。
通貨がわからなくても、とりあえずはこうして買い物ができる。
渡された商品を、窓枠へ。
ユキさんが起きたら、二人でまた飲んで、食べるとしよう。
それに家に帰ったら、この新商品だというラーメンのようなものを作ってやろうと思った。
新商品というなら、ユキさんだって知らないはずだ。
「んん……」
目線をしたに落とす。
ユキさんはいまだ、気持ちよさそうに寝ている。
口の端から垂れた涎が、なんだか可愛く思えて慌てて頭を横に振る。
(待て待て待て、ユキさんは、男だぞ)
ぱん、と両手で頬を叩く。
(命の恩人みたいなもんだろ)
ぐ、と奥歯を噛み締めると、少し内臓が痛かった。
いや、内臓、というよりは、そうだ。
胸のあたりが、じわ、と痛かった。
怪我の後遺症にしては、すこし甘ったるい痛みで、気をそらすように、俺は窓の外へ視線をやった。
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