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05:就職先候補。
しおりを挟む『FAITH』――フェイス。
それは、『信条』を意味する英単語であり、ロウが所属するサーカス、つまりわたしがあの夜みたサーカス団の名前である。
いまいちサーカスとはつながらないが、団員も団長も対して気にしてはいないらしい。それに、ただのサーカスというわけでもないようだ。
団長の男は、あのステージでみた仮面の男で、あの夜、わたしたち二人を助けにきた男の一人だった。
怒号を放っていた男――ではなく、粉々になった岩を一瞬で消してしまった方である。
実際対面してみると、おそろしいほど色白で、明らかに日本人離れした、整った顔立ち。どちらかというと、イギリス系で、すらっとしていて、まあ、カッコイイ。
彼はやんわりと、片方しかない仮面の上から、かけていた眼鏡をおしあげた。
現在のわたしは、彼の目の前のソファに座っている。
もっと詳しく言うと、ロウと二人で、ソファに座っている。
「えーっと……、トラコさん、でしたか。虎に子で、虎子。実によきNameですねえ」
牛鬼という妖怪を、文字通り、彼は消し去った。
一体どういうことをしたのか、どういう原理なのかは一切不明だし聞いてもいないが、ロウと同じような存在らしい。
あの後、わたしは結局彼らに連れられて、一度逃げ出したサーカスに戻ってきたのだ。
そうして団長の男は、わたしが想像したとおりの、爽やかな笑顔で対峙している。
もう一人、怒号を発した方の男は、部屋の壁にかっこつけるように、背中を預けて立っていた。
真っ赤な赤い髪と、赤い目。
こちらも人間ではないだろう。
顔立ちはどこか中性的にもみえる。
「……じろじろみんな」
「ああ、すみません」
観察していたら、睨まれてしまった。
しかし、もう少し目つきがよかったら、女の子だと思う。
「……さっきの、牛鬼を吹き飛ばした、時。……一体、貴方は何をしたんですか?」
やや間を置いてから、わたしは赤髪の男に尋ねる。
消し去るとはいかないまでも、彼は牛鬼を吹き飛ばしている。
こうして対峙してみると改めてわかるが、わりと華奢で細身の身体は、これといって筋肉がついているわけでもなく、あの牛鬼を軽々しく吹き飛ばしてしまう力があるようには、どうにも見えない。
が、納得できずとも吹き飛ばしたのは事実だし、岩を粉々に砕いたのも彼だ。
わたしの問いかけに、男は眉をひそめてからそっぽを向く。
「べつに。何もしてねーよ。ただ、怒鳴っただけ」
「?」
「……なんか、なんだ。ただ怒鳴るだけでも、相手を吹き飛ばせるんだとよ。俺も無意識で使ってるから、よくしらねーけど」
素っ気ないわりには、親切だった。
小首を傾げるわたしに、今度は団長の男から質問がとぶ。
「しかし本当に human ですか? あの牛鬼をみてにげもせず、回し蹴りして、私どものサーカス会場に入っても、何もいわない。……おまけにその髪色……」
じろじろとみられて、わたしは多少たじろいだ。
なるほど。確かにじろじろみられるのは、気持ちいいものではない。
謝罪はしないでも、今度から気をつけよう。
「バロック、匂いでわかんだろ」
疑うように、疑問点をあげた仮面の男を、ぴしゃりと言葉で切り捨てた。
どうやら睨み付けるのが、彼の癖のようだ。
しかし睨み付けられた仮面の男は、なんてことはないように、じつににこやかに笑っている。
ちっと舌打ちを交えて、赤髪の男は続けた。
「多少オカシイなんつーことは、最近じゃ珍しくねえんだから」
「……しかし目の色もですね」
「バロック」
「ふむ。……まあ、そうですね。私の思い過ごしでしょう」
二人が話している間に、わたしは部屋の中を改めて見渡した。
サーカス会場の一角だという、この客間は、大層立派なものである。
しかしここにずっといるわけではないはずなので、移動式になるはずだが……全くそんなサーカスとは思えないほどだ。
壁も、床も、ソファも、机も、全てが西洋の高級品のように、大きな屋敷の一部のように見える。
部屋にはわたしを含めて、四人だけ。
時計は無いので相変わらず何時なのかはわからない。
とりあえず確証を持って言えることは、ロウと仮面の男はともかく、として、あの赤髪の男だけは、どうみてもサーカス団員にはみえないということだ。
どちらかというと、暗殺者とか、殺し屋、みたいな。
羽織っている黒いロングコートが、その雰囲気を増しているのかもしれないが。
「改めまして――、初めましてですね、トラコさん。
私、 Baroque=Alphest (バロック=アルフェスト)
と申します」
「え、あ、はい」
部屋をみていたせいで、曖昧な返事になってしまった。
「ああ、そんなにこの部屋が珍しいですか?」
ふふふ、と笑って団長の男、バロックさんは頬杖をついた。
何をしても、そのルックスの良さ(仮面をしているので全貌はわからないが)、指の長さが、サマになっている。
どこか特徴的な、英単語の発音が超常的にうまい話し方をのぞけば、本当に、カッコイイ。
「一応、ヨーロッパ式の洋室にしているんですよ。私の故郷もそちらなのでね」
「はあ……」
そういえば牛鬼の時に何か言っていたな。
「ああ、紹介が遅れましたね。こちらはレオンさんです」
「レオンさん」
バロックさんにつられて、わたしは赤髪の男をみる。
彼はわたしを一瞥して、再びそっぽを向いた。
「……『さん』はいらねーよ」
「レオン」
「……ちっ。馴れ馴れしい」
吐き捨てるように呟いて、今度は背を向ける。
うーん、気むずかし屋だ。
「それで、ええと……ロウさん…は、お知り合いなんですよね」
「もっちろん! あったり前でしょ団長!」
ここでやっと、ロウが元気よく声をあげた。
その長い腕がわたしの肩を抱く。
唐突過ぎてうるさかったので、わたしは冷たくあしらった。
「わたしは知りませんけどね」
「ト、トラコ……」
事実を述べたまでですよ。
そんな悲しそうな目でわたしをみつめても、事実は変わらないのに。
「まあ、もうご存じだとは思いますけど、私を含め、この周辺にいた存在たちは誰一人、 human ではありません」
本当に、もうご存じの内容だ。
そんなことよりも今は何時なんだろう。そっちの方が気にかかる。
何でこの部屋には時計が無いのだろうか。
窓からだけじゃあ……星が瞬いている姿しか確認できない。
窓を気にかけるわたしなど気にせず、バロックさんは続ける。
「そうですね。アナタ方のいうところの……、まあいわゆる悪魔、とでもいいましょうか」
「はあ」
適当に頷きながら、しかしわたしは窓を見つめる。
何度みても、時間はわからないが、しんと静まりかえっているようだ。それなりの時間…のような気がする。
や、このご時世なので携帯……は持っているが、自宅なのだ。
それでは携帯の意味がない?
むしろわたしが持ち歩いたらいずれ壊れてしまうのだから、その点は、仕方ない。
「失礼します……」
ガチャリ。
扉がふいに開いて、女性が入ってきた。
「お茶をお煎れ致しましたわ団長……、どうぞ」
「ああ、ルイス。ご苦労さまです♪」
こつ、こつ、と綺麗なティーカップを、女性、ルイスさんは、わたしたちの目の前に置いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます。……?」
ふと彼女の、長い綺麗な髪の隙間から、その横顔がのぞいた。
両目にぐるぐると包帯を巻き、唇がところどころ、縫われている、その横顔が。
妙に、痛々しい。
死人のような、白い肌というのも、それを手伝っているのかもしれなかった。
ていうか両目に包帯を巻いているというのに、どこで視覚情報を得ているのだろう。
だがしかしジロジロみるわけにもいかず、わたしは視線をティーカップへと向けた。
手にとってみる。
……温かい。
「ところでトラコさん。貴方は我々についてどの程度 know しているのでしょう?」
「……は?」
「つまりどの程度知っているのか、ということです」
わたしは言葉に詰まった。
どの程度? そんなもの、知っているわけがない。
ロウと関わっていた記憶もないし、じじいからは少ししか話を聞かないし。
面識があったとしても、認識はしていないはずだ。
が、それをどう表現するか、困る。
「何も知らないですよ、わたしは」
やや間を置いてから、結局この表現で返答することにした。
知っていることに対して、知らないふりはできようが、知らないことに対して、知っているふりはできない。
「ほほう? 何も知らない女の子が、こんな事態になって動揺もしない、と」
「はい。別に驚くほどのことでもないかと」
淡々と述べるわたしを、興味津々の目で、バロックはみつめてくる。
その視線を断ち切るように、ロウが視界に割り込んだ。
「だあから、トラコの家、神社だもん! そんなの、日常茶飯事だよね!」
「いえ。わたしの記憶にそんな日常はありません」
「あったじゃんかあああ!」
ロウの絶叫。
すぐ隣でやられると、やはりうっとうしい。
しかし、ここまでロウの記憶と食い違うならば、わたしは一度記憶喪失を疑わなければならないようだ。
ロウの目に、言葉に、嘘偽りはみられない。ということは、まことに不本意ながら――真実なのだろうから。
わたしの頭がおかしいのだろう。
「……、まあ、度胸がある、ということでいいでしょう」
「! いいのかよ!」
わたしたちのやりとりをじっとみていたバロッさんクの頷きに、レオンが声を荒げる。
納得がいかないようだ。
「かまいませんよ」
「バロック!」
「かまわないでしょう。害はありませんよ」
「……ぐ」
言いくるめられて、レオンは唸る。
それを確認してから、バロックさんはわたしに視線を戻した。
一指指を、口元に当ててウィンクする。
「ただ、トラコさん。トラコさんに、一つ、大事なお話があります」
「?」
なんだろう。
ここで死んでもらう、とかいう話だろうか。
それとも記憶を消すという話だろうか。
はたまた、口外したら殺すという話だろうか。
いろいろ考えられるが――まあそんな展開になってもわたしは一向に構わないのだが――きっとロウは反抗するに違い無い。
そうなると面倒だ。
頭の中でぐるぐると思考する。
しかしバロックさんの言葉は、わたしの考えを大幅に裏切って、実に意外なものだった。
「……我々の work を、手伝っていただきたいのですよ」
どうやらわたしの進路希望にも、光が見えてきたらしい。
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