シロトラ。

黒谷

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12:暴走する虎。

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「!」
 刹那わたしの身体は動いていた。
 まずは、じじいを掴んでいる、手首の破壊。
 べきりっ。
「ぐっ!」
 予定通り、わたしの右足は手首を直撃した。
 骨が軽く砕けるような感触が心地いい。
「ほう、某の手首を砕くとは……。やはり、蘆屋道満の子孫なだけはあるな」
 感心するように、男は砕けたらしい手首をみつめた。
 ぶらんとしている様子が、視認できる。
 わたしはそのすきにじじいを回収する。
 じじいは意識がないのか、はたまた―――もう天に召されたとでもいうのか。
 ぴくりとも動かなかった。
「だが無駄なあがきだ」
「!」
 ひゅっと空気を斬る短い音がして、わたしは気づいた。
 ――右腕、左足が、動かない。
「……これは、ワイヤー?」
「そのとおり。某のワイヤーは、ただのワイヤーではない」
「………」
 言葉とほぼ同時に、今度は左腕と、右足。
 ついでに首にもみえないがワイヤーが巻かれたようだ。
 これでは、身動きができない。
「さあ神体はどこか、いいたまえ。言わなければ君の一部を順番にはね飛ばそう」
 これは新手の脅迫だった。斬新だ。
 わたしは彼を見つめる。
 対峙してわかることは――男が、人間ではないということで、とりあえず悪魔だということだ。
 神体というのは、おそらく『天沼矛』のことだろう。
 ガキのハナシにあった『魔界の悪魔』とは、おそらく。
 こいつの、ことだ。
 半ばタイミングが良すぎるようにも感じる。
「……おあいにく様。わたしは知りません」
「そうか。あくまでしらをきるか」
 ぐ、とワイヤーに力を込めたのがわかった。
 わたしの左足が、わずかに痛む。
「待て!!!」
「「!」」
 よく聞き慣れた声が、響き渡った。
「……待て、クソ悪魔……! その子は、その子は本当に、……本当に神体の場所など、知らねーんだ……!」
「……これは妙な話だ」
 悪魔の視線は、わたしの側にあるじじいへと注いだ。
 声は、無理矢理絞り出されたような、
「……じじい……」
 わたしの、保護者の声だった。
「ではおたずねしよう。……どこにある?」
 する、とじじいの首に、いや体中に、ワイヤーが巻かれたのが一瞬だけ、煌めいて見えた。
 全身から、血の気がひく。
 ――……これをもし、一度にひいたら……じじいは、今度こそ死んでしまう……!
「…………」
 わたしは、ゆっくり息を吐いた。
 いわゆる深呼吸だ。
 まだ、一度も実戦で使ったことはないが……。
 腰につけていたポーチにひそかに手を伸ばし、一つ、瓶をとる。
 ―――氷だ。
「 『雹撃』 」
「!」
 唱えた瞬間、瓶から氷が『雹』の刃となって、悪魔に向かっていくのがみえた。
 イメージは、氷の槍だ。
 どうやらわたしの想像力が役に立っているようで、本当にイメージ通り。さすがわたしだ。
「くっ」
 悪魔にはかすり傷を負わせただけだったが、ワイヤーの方は切断に成功した。
 法術でなら、切断可能のようだ。
「……まさか法術を使えるとは」
 切れたワイヤーがするすると悪魔の方に引いていった。
 悪魔が怪訝な顔をするが、気にしている暇はない。
「まだ終わりではないですよ。―― 『貫撃』 」
 続いて、雷の瓶をとって発動。
 雷は一直線に悪魔へと向かっていく。
 さらにもう一つ瓶をとる。……炎か。
 うん、わたしは運がいい。
「…… 『渦炎』 !」
 雷のすぐ後ろから、炎の渦が悪魔へと向かう。
 さあ、雷と炎がまざったら、どうなるでしょうか。
 ……なんて、バロックさんなら、言いかねないと思いながらわたしは『イメージ』した。
 悪魔が爆発する、その瞬間を。
「……これは、まずいか」
 身構える悪魔に、ほぼ同時に炎と雷が直撃する。


ドオオオオオオオオオンッ!


 当然、大爆発した。
「――おお……」
 じじいから、驚嘆の声が漏れる。
 悪魔は激しい炎と、煙に包まれていた。
 どうなっているのかはわからないが、さすがに無傷ではないだろう。
「じじい、じじい、無事ですか。あの、わたしには一体何のことだかよくわからな……」
「よくきけトラコ」
 血まみれのまま、じじいは顔をあげた。
「神体というのは、天沼矛は、お前が首からさげたその、首飾りがそれだ。……ここからすぐ逃げて、バロックのところへ向かえ。ほれ……ここにある鬼切も、持って行け」
「……!」
 じじいの手から、愛刀を、とった。
 懐かしい感触。
 どくんと、鼓動がはねる。
「ではじじいは、わたしの背中に……」
「けっ、みりゃわかんだろ……。オレぁもうダメだ、すぐそこまでお迎えもきてやがる」
 そういって、じじいは炎をみつめた。
 ……じじいをおいて、逃げろと?
「いやです。断ります」
「いいからいうこときけ。……お前はオレの娘だ。それは、血のつながりとか、関係ねーことだ。……なあ、虎子よ。虎のように強く、優しく在れよ。そしてできりゃあ……、何か守って生きろ。守られて生きろ。それだけが、オレの願い、じじいの願いってやつよ」
 ぺっ。と、血反吐を吐き出して、じじいは、立った。
 もう立てないはずなのに、立った。
 わたしは、止めることができない。
 止めるなと、このじじいと生きてきた記憶が言う。
 止めろと、このじじいと生きてきた思いが言う。
 どうしたらいいか、わからないと、初めて思って、戸惑って――。
 そして。
「いい度胸だ人間よ。――この地の、守り手よ」
 悪魔がひゅんとワイヤーを振るうのがみえた。
 手にもつ鎌を構える。
 じじいは、笑って、宣言した。
「当然よ。俺ぁ、陰陽師、蘆屋道満が子孫、蘆屋景生だ。この地の守り手、この子の保護者よ!」
 炎から聞こえる声に向かって、じじいは。
 酒瓶片手に――、突っ込んだ。
 思わず手が伸びる。
 届かないと、間に合わないと、わかっていても。
「知ってるかおいクソ悪魔? 炎にこの特製のアルコールを一気に足せばよ、大爆発するんだぜ!?」
「!」
 ちらりと見えた、横顔は。
 じじいの、最後の顔は。
 ――笑っていた。


ドゴォォォォォォォオォォオオオオオンッ!


 一際激しい爆発音。
 爆風。
 目を開けた先には、倒れた悪魔しかいなかった。
「ぐっ、くそ……死に損ないが……!」
「!」
 どうやら、まだ生きているみたいですね……。
 わたしは刀を強くにぎりしめた。
 じじいには、悪いが。
 わたしは憎き仇を目の前にして、背を向けて平然と逃げ出せるほど、大人ではない。
 ものわかりがいいわけでも、ない。
「しかし聞こえたぞ、人間。お前の首飾りが、神体だな!」
「だからどうしたというのですか」
 ヒュンッ、というワイヤーの音がした。
 が、わずかに炎がのっているために、今度は、見える!
「ふっ」
 短く息を吐き出して、わたしは風と共に走る。
 狙うのは――、立ち上がった悪魔の、右足だ。
 目前で、刃を抜く準備。
 必死に高鳴る鼓動を、燃え上がる血潮を押さえつけながら、わたしはありったけの殺意をのせて、抜刀する。
「ッ!」
 ぎいん、という鈍い音が響き渡った。
 抜刀した刃は、悪魔には届かず、悪魔の手に握られた鎌によって、遮られていた。
 ぎりぎりと、金属がこすれ合う。
「……なるほど。人間の雌にしては、中々力は強い方だ」
「貴方も悪魔にしては、筋力衰えてますね。ロウの方が素晴らしいといえます」
 パアンッと、わたしは一度鎌を弾いた。
 そしてもう一度、横殴りの一撃をくわえる。
「!」
 悪魔は防ごうと、鎌を位置まで下げた。
「無駄です、これは、防がせません」
 全力。
 ありったけの、力で。
 ありったけの、憎しみで。
「じじいのカタキです」
 グイッ。
 ……振り下ろそうとした腕が、止まった。
「残念だが、君はもう、某の術中にはまっている」
「………!」
 よくはみえないが、腕ではない。
 刀に。刃そのものに、ワイヤーが絡まっていた。
 その直後、ぐるぐると腕、足、首。身体のいたるところに、ワイヤーが巻かれる。
「動かないことが賢明だな。先ほどのワイヤーとは取り替えた。君が動けば、そのワイヤーはすぐに君の身体を切り裂ける」
「……ではついでに、何故このワイヤーが切れないのか、教えて欲しいところですね」
 悪魔がワイヤーを操るのと同時に、わたしの身体がふんわりと宙に浮いていく。
 どうして浮くのに、切れはしないのか、本当に不思議だ。
「そうだな。冥土の土産に教えてやろう」
 どうやらただ力が掛かると切れる、というわけではなさそうだ。
 悪魔は無表情で説明をはじめた。
「このワイヤーは、君たち人間のつくっているワイヤーとはほど遠い。そもそも構成している分子が違う。ゆえに、ただの刀では切ることなど、ほぼ不可能だ」
「……」
 ありきたりな説明だった。本当におもしろくない。
どうせなら面白味のある説明でもすればいいのに。
 なんて、わたしは意味のないことを、思った。
 これから死ぬだろうわたしが、何を思っているんだか。
「ききたいことはそれだけか? ……では、そろそろ君の祖父と同じところへ送ろう。神体はそれからでも悪くはないからな」
 わたしはふと、刀をみた。
 この状況では、鬼切も人型になることができないようだ。まあなったとしても、バラバラになるだけだろう。
 声すらしないのが、少し、悲しい。
 ――いや、別に悲しいことは、ないか。
「では、さようならだ」
 わたしは目を閉じなかった。
 その最後の景色でも、目に、おさめておきたい。
 わたしが生きた、証として。
 約十五年間。
 何もせず、ただ生きてきた、証として。
 この悪魔が、最後どんな表情をするのか、知りたくて。
 この、先程からずっと――無表情な、悪魔が。
 
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