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14:裏側。
しおりを挟む―――函館市、某所。
五稜郭タワー、最上階。
「岸辺。いよいよ、明後日。我々がこの地を支配し、この世界を征服する、夢の第一歩。……市長選が始まる」
「……そうだな」
二人の男が、椅子に向かい合って座っていた。
函館山からみえる、百万ドルの夜景には少し及ばないものの、そこからみえる夜景もまた、素晴らしいものだった。今回、悪魔は、そこにはいない。
「わざわざ悪魔召喚にまで手を染めたのだ。……どんな犠牲をはらってでも、我々は絶対に、市長選に勝つ」
高木は夜景ではなくもっと遠くをみつめていた。
そんな高木をみながら、岸辺はうつむく。
「……高木」
少し間を開けて、岸辺が口を開いた。
「本当に、天沼矛が手に入れば――、この世界、いやこの国の実権を手にできるのか? いまいち、俺にはそれが理解できない」
「……ああ、君にはまだ話をしていなかったな」
高木は胸ポケットから一枚、封筒を取り出すと、それを岸辺に差し出した。
差し出された封筒を、岸辺は受け取る。
「天沼矛……。この国を事実上造った矛だ。この矛でもう一度この地をかき混ぜたなら――、どうなるか」
「!」
「そう、そのとおりだよ岸辺。我々の思い描くとおりに、この国自体を作り替えられるのだ」
そんな重要な話を聞きながら封筒を開けた岸辺は、中身をみて固まった。
「ふふふ……。驚いたかね?」
高木は満足そうに笑う。
封筒の中に入っていた、ものは。
「それは魔界で現在、ダントツトップアイドルだといわれている、『純白の天使』――マックスの生写真だ」
「………」
沈黙が流れる。
「彼女はどんな悪人にもその純白の笑顔を振りまき、あらゆる罪を浄化してくれるのだという。……どうだね、こんな天使……。欲しいとはおもわんか? 世界さえ手に入れば、そのようなことも簡単なことだ」
自慢げに言う高木に、岸辺はそっとため息をついた。
「………高木」
「なんだ」
ひどく呆れたような、悲しげな目をした岸辺は、生写真をみつめながら、呟く。
「話がずれている」
「ああ、失敬」
ぴっと岸辺の手から生写真を奪い取り、高木は再び胸ポケットへとしまった。
それから再び、腕組みをして、岸辺に向き直る。
「我ら『黒十字騎士団』が目指すのは、どこぞの馬鹿が目指すような空中帝国ではない。理想郷でもない。ただの、絶対王制帝国だ。……そのために、かつての友人であるあの『ガキ』さえ、利用したのだからな」
もはやすっかりシリアスな雰囲気などなくなったというのに、高木は顔に怪しげな影をつくりながら、喋る。
喋っている内容は、もっともらしかったが、岸辺の頭には何も入ってこなかった。
徐々に侵食が始まったのだ。
「……そうだな」
生返事で、岸辺は返事をした。
「この仏像で、この周辺には結界が張ってある。これで我らは感知されることもない」
高木の視線は、不意に中心に置かれている仏像へと注いだ。
が、すぐに写真へと視線が戻る。
「岸辺。お前はわたしの幼稚園からの、友人だ。信じられるのは貴様だけだ。……くれぐれも、悪魔の誘いに身を任せ、お互いがお互いに自滅…なんてことは、気をつけてくれよ」
「……ああ」
高木はその返事を聞きながら、生写真をみつめてうっとりとした。
そう、二人はすでに侵食されはじめていた。
――『支配』されるまで、あと、数時間。
◇◇◇
「ところで、君、よく『天沼矛』なんて知ってたね?」
ふと思い出したように、堕天使がつぶやいた。
その手には渡された資料が握られている。
古い文献のようで、変色した紙に筆と墨で書かれたそれは、彼だからこそ読み解けるものの、悪魔によっては解読も難しいことだろう。
「この国出身でもないのにさ」
「どうでもいい無駄話をしている余裕があるとは」
「そりゃあ、余裕でしょ。いくら相手が『アレ』だとはいえ、今回奇跡的なまでに『帝王』が関係ない。今の時点ではということになっちゃうけどね」
くすくすと笑う堕天使に、彼はあからさまに不機嫌そうな顔をした。
失敗談を話されるのは、思い出話でも好きではないらしい。
「でもさ~、人間を支配して利用しようなんてどういう風の吹き回し?」
「……とくに、なんでもない。ただの気まぐれだ」
そういうと、彼は視線を窓の外に向けた。
その手には少女から奪った、天沼矛――だという首飾りが握られている。
本来、天沼矛とは首飾りではない。
両手で持てるサイズのものである。
とはいえ、これは偽物ではない。
「くるかなあ、彼ら」
「くるだろう」
「おお、断言したね」
茶化すような堕天使の反応は無視して、悪魔は続けた。
「人の子とは馬鹿な生き物だ。己の力量も相手の力量も推し量ることはできず、できたとしてもその『信条』とやらを守るためにより強いものに歯向かう――そういうふうに、できているようだからな」
嫌味でも吐き捨てるように笑う悪魔に、堕天使は冷めた視線を送った。
「まさか漫画本を読んで勉強したーとか、そういうことじゃないだろうね」
「そんなわけあるまいよ。過去の例から行動パターンを推測しただけのことだ」
「ならいいけどさー」
そういうと、堕天使はくるりと背を向けた。
「どこへいく?」
「あの子たちだけなら君とその子だけで余裕でしょ。僕は戦闘向きじゃないから、『別』なことして遊んでるよ」
悪魔の声をかわすようにひらひらと手を振って、堕天使はドアから出ていった。
がたん。上の階から音がした。
まるで椅子から転げ落ちるような、そんな音だった。
壁にひっそりとたたずんでいた男は一瞬反応をみせたが、悪魔はまるで気にする様子がなかった。
「……やれやれ。いつもこう、順調だといいのだがなあ」
彼の視線は、窓ガラスよりもずっと遠く、まるで別の次元をみているようだった。
「まあ、順調すぎても『つまらん』か。くくく、くく」
クツクツという嫌な笑い声が、室内に静かに響き続けていた。
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