とあるマカイのよくある話。

黒谷

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プロローグ

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 赤い空に、黒い雲。
 飛び立つ鳥も魔物もなく、何の隔たりもない空を、ただ仰向けになって眺める。
 この空は、この魔界特有のものだ。
 昔は青い空というものが広がることもあったらしいが、少なくともハイゼットはみたことがない。

(……寝てた)

 ふあ、と相棒に気づかれないように欠伸をこぼす。
 状況に変化はなさそうだ。ついでに、居眠りもバレてはいなさそうだ。
 このままもうひと眠りしてしまおうか、と再び瞼を閉じたところで、額に重い痛みが走った。


「いたたっ、いたっ、なに!」


 慌てて体を起こす。
 寝そべったときと同様、傍らには相棒の死神がしかめっ面で砲台をいじっていた。
 地面に固定して使うタイプの砲台ではなく、携帯用にカスタマイズされた、彼ら専用の特注品である。
 目標へ照準を合わせられるようにスコープまでついている代物だが、いかんせん、それを調整するのにしばらく時間がかかっていた。
 ハイゼットが先ほどまで寝そべっていた場所には、大きめのネジが転がっている。
 恐らくは砲台の部品の一つだろう。そうしてそれは、彼が投げたものに違いない。


「ばーか。二度寝しようとするからだ」


 ハイゼットがネジを拾い上げると、死神が不機嫌そうに声をあげた。
 視線は砲台からあがることはない。
 その手は休むことなく砲台のスコープをカチャカチャと弄っている。


「投げることないでしょ。ひっどいなあ、たんこぶできるかも」


 頬を膨らませて、まるで子供のようにハイゼットは呟いた。
 彼の手は額をさすっている。


「たんこぶくらいで文句言うんじゃねえ」

「くらいってなんだよ、くらいって! 痛いモンは痛いんだからね!」


 彼らがここを訪れてから、おおよそ一時間は経とうとしていた。
 深い森の中にある、切り立った崖の上。
 ここからじゃなければ、狙えないモノを彼らは待っていた。


「ところで、終わった? それ」

「んー、あとちょい」

「デスでも難しいコトがあるんだねえ」


 ぐぐーっと、ハイゼットは体を伸ばした。
 寝そべっていたからか、体の節々が痛い。


「お前は俺をなんだと思ってんだ」


 スコーン、と今度は工具がハイゼットの頭へ激突した。

 それからもうしばらく経った頃、ようやくのことデスが立ち上がった。
 ぐぐーっとその筋肉質な体を思い切り伸ばす。

(俺の体とは大違いだよなあ)

 ハイゼットとデスは同い年の悪魔である。
 それというのもデスいわく、二人は幼馴染であり、小さい頃からの顔見知りらしい。

(記憶さえあれば、何を喰ってああなったかとか、わかるのに)

 ハイゼットには、昔の記憶がなかった。
 彼が覚えている一番古い記憶というのは、帝王城の医務室で、それよりも前、つまりは幼い頃の記憶というものがごっそり抜け落ちていた。
 目が覚めたときに傍にいたのはデスで、呆然としているハイゼットに色々と教えてくれたのもデスだった。
 父親を名乗る男が帝王城で宰相をしていることにはまるでピンとこなかったが、デスだけは別だ。
 幼馴染で、親友だった。
 きっとそうに違いない、とそういう直感があった。


「んあー、おっけー、完璧」


 長時間座っていたためか、多少よろついている相棒をみてハイゼットはクツクツと笑う。


「何。お前に向けて試し撃ちしてやろうか」

「い、一応俺、次期帝王候補なんですけど!」

「そんなの俺が知ったことかよ。クソくらえだ」

「立派な帝王になれって背中押してくれたのデスなのに!?」


 そんなことより、とデスは砲台を肩へと担ぎ上げた。


「準備はいいか? もう間もなく、現れるぞ。そうしたら仕事だ」

「んー」


 頭につけていたゴーグルが彼の目に下がる。
 ハイゼットも立ち上がって、少し後ろ、地面に差しっぱなしにしていた剣を抜いた。


「おっけーい。そんじゃ、いっちょ、仕事しますかー!」


 剣をふるって、土を落とす。
 それからそれを、腰の鞘にしまった。
 そうして、デスが砲台を空に向ける。
 赤い空には、変化が訪れようとしていた。
 遠く、果ての方から、赤が薄れていくのだ。


「おお……」


 ハイゼットは感嘆の声を漏らした。
 それは、彼が見てみたいと望んだ『青』だった。
 透き通るような青が、赤を塗りつぶして白と共にやってくるのだ。


「アレだ」


 彼の向けた照準の先に、ソレはいた。
 青い空を引き連れてやってくる、帆船。
 真っ白な帆に、木の枠を持った、空を征く船。


「デスっ! あれ、『アオゾラ』だよな! なあ!」


 鋭い目線を送るデスとは対照的に、ハイゼットは目を輝かせて指をさす。
 子供のようにはしゃぐハイゼットにげんこつを落として黙らせると、改めて、デスはスコープを覗いた。
 それこそが彼らの標的だった。
 今回彼らに帝王から課せられた仕事は、その帆船の破壊。帆船の乗組員の『抹殺』だ。


「よっと」


 殴られてもなお、呆然と空を眺めるハイゼットの隣から、砲台が火を噴く。
 きっちりと調節されたソレはぶれることなく、帆船の側面へ直撃した。
 すぐに火と、煙が上がる。
 青い空は台無しになってしまった。


「あー、アオゾラが……」

「おら仕事だ、シャキッとしろ!」

「いたい!」


 使い終わって煙をあげる砲台を、地面へと放り投げる。
 それから強く地面を蹴って、デスは煙の渦巻く空へと飛びあがった。
 背中からは蝙蝠の羽根が現れ、それが強く空を叩く。


「あーっ、待ってよ、デス!」


 慌てて、ハイゼットも地面を蹴る。
 彼の背中からは蝙蝠羽根ではなく、カラスの羽根が現れ、ぎゃあぎゃあと喚きながらデスの後を追って行った。


 
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